◇トーチカ
作戦会議から数日が経ち、上層部とやらから指定された日がやってきた。トーチカたちレジスタンスは6人でまとまり、拠点のボロアパートを発った。
といっても、軍服にパンクファッションならまだギリギリ、いや目立つが、下着同然の格好にガスマスクなんて姿で往来を歩けるはずもなく、外套で魔法少女とわからないようにしたうえで、屋根の上を警戒しながら移動している。
「こっちなのね」
レジスタンス組織上層部が用意したゲートを使い、魔法少女監獄『第四宿舎』へと移動する──そういう手筈の通りに、ゲートのところまでやってきた。都内某所、一見して何の変哲もない、無造作に積み上がったガラクタたち。だが試しにトーチカの魔法を通すと、また杭の時のように、その時よりも激しく、脳内に大量の情報が流れ込んできた。思わず気分が悪くなって頭を押さえたトーチカの様子を察し、サッキューが背中をさすってくれる。
「あんまり無理しないでね? ほら、イロハちゃんのカイロ使う?」
「お、うちの出番か?」
「あはは……ありがとうございます、まだ平気です」
「あまり魔法の解析をしていると目をつけられるかもしれないな。ハハハッ! レジスタンスの時点で目をつけられないはずもなかったか!」
「い、いんくちゃん……声大きいよ……」
「まあまあ。誰か来ても飛び込んじゃえばヘーキヘーキ」
最も上層部との連絡を取っているはずのリーダー・トットポップが投げやりな発言をするごとに、トーチカが最も緊張する。大丈夫なんだろうな、と思いつつ、当人はゲート起動のための操作を行っていく。起動自体はあっさり終わり、あとは定刻まで待機。緊張が高まる中、他のレジスタンスメンバーはどこか浮き足立った様子で、不安は加速した。
「そろそろ突入時間なのね」
「あぁ! 高鳴るな。ここから我らの革命が始まる……!」
「レッツゴー! なのね!」
さっきよりは声を落としているうえガスマスクにこもっているおかげで、最もテンションが高まっているいんくの声も、それほど響かずに済んでいた。幸い目撃者が出ることもなく、トットポップの合図で次々とゲートに飛び込んでいく。視界が光に包まれ、その先へ。思わず目を閉じ、開くと、そこは既に黴臭くて暗い、牢獄らしいコンクリートの廊下が伸びていた。
「ここが……」
「こっからは全速前進! 作戦通りに、スピーディーに、なのね」
事前の打ち合わせの通り、魔法少女部隊が目指すのはとある囚人の繋がれた牢獄だ。地図は共有されたものに目を通してある。警備が手薄な時を狙ったというだけあり、人の気配はほとんどない。それは同時に魔法少女監獄の異常性でもある。通りがかる独房にさえ、誰もいない。中央に魔法陣があるだけだ。あの魔法陣が封印の術式なんだろう。軽く見ただけでも、これが拒絶、肯定、拒絶と魔法陣が組み上がっている、これまでの2つとは比べ物にならないくらい複雑な魔法が使われているのがわかる。
「こっちだ!」
足が止まりかけたのを、トーチカのすぐ前を走っていたいんくが引っ張り、さらに奥へ。その道中でついに看守らしき魔法少女が歩いていたのを発見した。ここはイロハが、固有魔法で出現させたカイロを投げつけ、熱の力を過剰に発揮させて爆発させる。パァンという破裂音がその少女の後頭部で炸裂し、強かに頭を壁にぶつけた彼女は昏倒した。
そして騒ぎになる前にとより急いで駆け出し、何度も角を曲がって、ようやく着いた。
目的地には目的地らしい特別な目印はない。囚人に振られた番号だけだ。格子扉の鍵はエンタープリーズが「お願いします」と囁くことであっさりと開き、狭い部屋の中に入って、皆が並ぶ。
「トーチカ、頼む」
「……はい」
まずはトーチカが封印のつくりを解析する。魔法のレシピを見るのも3つ目。脳が少しだけ魔法に慣れたのか、複雑で難解で頭痛がするが、それでも高度な魔法を脳にいきなり解説されても気絶せずに済んでいる。そしてそれを頭の中でなんとか自分なりに整理できたら、皆に伝える。
「C案でお願いします」
「封印解除、配置はC案を採用! みんな、配置につくのね!」
C案は鍵開けの魔法であるエンタープリーズよりも、内部に熱エネルギーを送り破壊工作をできるイロハ、そしていんくが持つ杭を軸に添えるプランだ。
まずはエンタープリーズが手を合わせ、封印へと干渉を開始した。格子扉のようにあっさりはいかず、彼女の腰から伸びるネズミのしっぽが緊張にぴんと立っていた。
続くいんくは筆を振るって、魔法少女たちの体にオレンジの塗料を付着させ、魔法の力を強めていく。
そこでサッキューが魔法のストローを口元に添え、息と一緒に魔法陣の中にある力を吸い上げて、それをエンタープリーズとイロハに分配する。
そして強化を受け取ったイロハがカイロを魔法陣に貼り付け、また熱エネルギーを送り出す。魔法陣とカイロをくっつけて同一化させ、一緒に破裂させる作戦だ。
ここに、いんくが先日の、魔法がかかった杭を投げて突き刺す。そこから植物が根を張り、さらに奥へと根を伸ばす。これでより奥まで力が伝わる。そして、その時が来るのはすぐだった。パキパキと音がして、大きく膨らんでしまったカイロごと、パァンと破裂し──途端、周囲に色彩が溢れ出した。
いんくが何かをしたわけではない。視認できるほどに強い魔法の力が外に溢れ出ているのだ。空間が色彩でぐにゃりと歪み、自分が立っているのかも曖昧になり、そこで何かが割れる音がした。封印最後の砦が壊れたらしい。見守るうちに集束が始まり、色彩は吸い込まれるようにひとつの光となり、光の中に人影ができていき、そして彼女はそこに現れた。
輝く満月の黄色と、夜空の落ち着いた紺の二色の衣装。ふわりと広がったスカートや華美な装飾、頭の丸い黄色の飾りから、アイドルめいた姿だなと感じる。同じ魔法少女であるトーチカと比べてもより整った線の細い顔立ち。ゆっくりと開かれた両眼には三日月形の瞳孔。それが光を取り戻し、きらっと光って、周囲のガスマスク軍団を見回した。
「ん……はぁ……あれぇ? ぼく、生きてる?」
「お迎えにあがりました、マッド=ルナ様」
「あっ! いんくちゃんだ! わーい!」
無邪気に喜び、手を振っていんくに駆け寄る魔法少女。彼女がかつてのレジスタンス幹部、マッド=ルナだというのか。幹部というにはこう、雰囲気がトットポップに近い。
「やーやー。トットはトットポップっていうのね」
「トットちゃん! よろしく! うん、いんくちゃんを連れてきてるってことは、身内だね。どうして今更ぼくを?」
「お上から声がかかったのね」
「ふぅん……まあいいや。ね、きみたちがぼくの封印解いてくれたんだよね。同じこと、まだできる?」
「えっ!?」
こっそり侵入し、ルナを解放し次第すぐさま切り上げる。そういう作戦だったはずが、ルナはまだ解放させようとし始めている。
「ここ第四宿舎だし、そんなビッグネームはいないだろうけど。ここにいるような極悪魔法少女たちなら、戦力としては申し分ないよ」
「そんなこと言ったって、時間の問題が……!」
「怖い人たち来ちゃうのね」
「まあまあ。多少の騒ぎくらいなら、起こした方がよくない? この分だと、誰も来ないっぽいし」
道中で気絶させた看守が目を覚ましたり、気絶しているのを発見されたらまずい。というのに、むしろ追手が現れるのは当然として、ルナが急ごうという気配はない。
「一応お上から助っ人が来るとは聞いてるけど……まさか、思いっきりやりあえって意味だったのね?」
「だろうねー。ぼくに好き勝手またやってほしいんだっていうなら……ここに仕舞われてる魔法少女が大量脱獄、くらいのインパクトで応えなきゃ。ね、いんくちゃん」
「っ!? は、はい」
「ってなわけで、行ってらっしゃーい」
「……っ、い、行くぞ! 皆!」
ルナに促され、いんく始め4人組はぞろぞろと独房を出ていった。すぐ後に隣の独房の扉を開く音がする。あとは封印の解除は同じ手順で済むだろう。トーチカの役目は終わっている。呆然と、トットポップともう打ち解けたように話しているルナの横顔を見ていた。そして、それが気づかれる。
「きみは?」
「えと……トーチカ、です」
「トーチカちゃん! 魔法とか、教えてよ」
「……物のレシピがわかる、ってやつです。今回は魔法の解析をさせてもらってて」
「そっか! あー、あの魔法陣? すごく複雑なやつだと思うんだけど、それを分析しちゃう魔法ってことね。ふぅん? 魔法使いに吠え面かかせるにはいい魔法かも」
トーチカの眼前にルナの顔が迫る。じっと目を合わせられ、見られていると恥ずかしくなって目をそらす。しかしぱちんとルナが指を鳴らすと、何かの力が強引にトーチカの視線をルナに戻し、無理やり見つめ合わされた。そして彼女は何かを思いついたようで、にっと笑ってみせる。
「きみの魔法で、人間って作れるのかな?」