魔法少女育成計画DonutHole   作:皇緋那

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第41話『看守のお仕事』

 ◇フィルルゥ

 

 フィルルゥは魔法少女刑務所に務める看守である。この日、アメリカの某所にある第四宿舎にて、普段通りに勤務中であった。

 全く普段通りとは少し違う。急に欠員が出て、今日は人が少ないな、と思いつつもいつも通りに働こうとしていた、というのが正しい。そして大抵の場合意味の無い、封印刑をくらっている連中の区画を見回り中、見つけてしまった。同僚が倒れている。

 

「だ、大丈夫……ですか?」

 

 恐る恐る声をかける。返事はない。見た限り外傷は額の擦り傷くらいで、息もしている。思いっきり殴られて気絶させられた、といったところか。フィルルゥは警戒心を抱き、壁に向かって、己の魔法であるところの糸を伸ばした。僅かだが、壁から伝ってくる振動がある。看守として、刑務所の運営は円滑に、平穏に。不穏の芽は摘む必要がある。最悪、事が起きていたらフィルルゥが失職する、なんて未来さえ有り得るのだから。

 こちらの区画にいる同僚は、恐らくこの気絶している彼女くらいだろう。彼女の頬を軽く叩き、それでも起きないことを確認したフィルルゥは、単身奥へと向かう覚悟を決めた。脱獄囚がいたらどうしよう。容赦はするなと言われているが、フィルルゥ1人で、刑務所にぶち込まれるような極悪非道の魔法少女を相手にできるのか。できなくてどうする。

 ぐっと、手の中に魔法の糸の端を握り込む。勘づかれぬよう息を殺して進み、何度目かの通り過ぎようとした時、気がついた。扉が開いて、魔法陣が壊されている。……脱獄事件だ。上司に連絡をと端末を起動し、通話が繋がらず、早々に諦めて先を急ぐ。駆け出して、人影が見えて、近くの独房に飛び込み物陰から様子を窺う。

 

「あれは……」

 

 中心に立っているのは、月とアイドルの魔法少女、マッド=ルナ。確か魔法の国に反抗する反体制派の魔法少女だ。その周囲を、見知らぬ魔法少女1名、どこかで見たことのある気のする魔法少女1名、そして複数名の囚人魔法少女が囲んでいる。ここから見ただけでも、キュー・ピット・アイ、華刃御前……炎の湖フレイム・フレイミィまでいる。

 フィルルゥたった1人であれを相手するのは不可能だ。今は戻って応援を呼べるように逃亡を。

 

「はぁ、はぁ、疲れた……疲れた……」

「うるさい! みんな疲れてるんだ!」

「うちよかマシやしA案よりマシやろ」

「エンプリちゃん、大丈夫? ハグする?」

「するぅ……」

「あぁこらサッキュー、甘やかしすぎやって」

 

 いくつか壁に繋いでおいた糸が会話を拾ってきた。同僚の声ではない。囚人魔法少女と職員の双方に『エンプリ』『サッキュー』に該当する者もいないはずだ。よって、侵入者には違いない。あとはフィルルゥで鎮圧できるかの問題だ。隠密での行動を続け、独房を覗く。彼女らガスマスク4人組は油断しているらしい。こちらから仕掛けるなら、可能性はある。

 

「はい、ぎゅ〜っ!」

 

 小悪魔の魔法少女が鍵の魔法少女を抱きしめている。鍵の魔法少女は蕩けた顔をして、癒されているらしい。ネズミのしっぽがぶんぶん振られている。残る冬服魔法少女と画家魔法少女もそちらに気を取られており、これは好機だ。フィルルゥは片手に魔法の縫い針を4本用意し、そして陰から放つ。この縫い針は痛みを感じさせずに縫うことができる。気づいた頃にはもう遅い。

 

「えへへ、サッキューちゃんいい匂い……」

「でしょー? ほら、でもそろそろ続きやらなくちゃ」

「うん……あれ? 動けなっ……?」

「エンプリ? なんや、あんたサッキューにくっつきすぎやないの」

「違っ……」

「あれ? あたしももしかしてこれ縛られてる?」

「なんだと? 仕方ない、手を貸してうわーっ!?」

「は? なに転んどるんや。いんくまでふざけてるんとちゃう──ッ!?」

 

 フィルルゥは飛び出した。鍵と小悪魔はハグのまま糸でぐるぐる巻きにしてある。画家は今、足をひっかけて転んだ。その瞬間を狙って床に縫い付けてやる。残った冬服がフィルルゥに振り向いたが、既に投げつけた縫い針がすっと肉体をすり抜け、彼女に糸を通す。咄嗟の抵抗でカイロらしき白い物体を投げつけてきて、それが赤熱して爆発してくるが、こちらが回避している間に何をできたわけでもなく、次のカイロを投げつけてきたところでフィルルゥが彼女に通した糸を引っ張り、頭上に手首が揃えて縛られた。これで次の投擲もできない。

 

「な、なんなんや、これ!」

 

 何なのか問いたいのはこちらの方だ。魔法少女4人組を拘束したが、まだ脱獄囚たちが残っている。フィルルゥは額の汗を拭い、上司は諦め監査部門への連絡を優先するため端末を手に取る。通話をかけ、耳元に当て、幸いにもこちらは繋がり、「はい、監査部門です」の声が聞こえたその瞬間、手元の端末が何かに弾き飛ばされた。

 

 ──手裏剣?

 

 床に転がったフィルルゥの端末には手裏剣が突き刺さり、バチバチと火花を散らしている。つまりもう援軍は呼べない。そしてこの手裏剣、脱獄囚の中に忍者がいた覚えは無い。つまり恐らくは、これも侵入者。そう思っているうちに、赤いマフラーをした忍者姿の魔法少女が姿を見せた。その姿を見るなり、助っ人だ!と拘束済みの魔法少女たちが歓声をあげる。

 忍者の魔法少女は纏う雰囲気からして彼女らとは違う。怒りだとか使命だとか、なにかに燃えている目をしている。彼女と真正面からの戦闘は厳しいと判断し、口を開く。

 

「っ……わかっていますか、今やっていることが……社会を脅かすことだって」

 

 忍者は何も言わず、忍者刀を構え、動き出したのはフィルルゥとほぼ同時だった。あちらの方が迅い。両手の間に魔法の糸を展開し、即席の布にして刃を受け止める。束ねれば魔法少女の刃にも負けないのがフィルルゥの糸だ。受け止めたのを押し返して、すぐさま縫い針を忍者刀に通し、ぐっと引いて後方に吹っ飛ばした。そのまま接近戦に持ち込むべく踏み込み、回し蹴りを放つ。ひらり避けられてもこれが本命ではない。振り返りざまに忍者の体に糸を通し、反撃に投げられる手裏剣は躱し、さらに抑え込もうとしたところ、一周して戻ってくる手裏剣に今しがた通した糸を切られた。精度が高すぎる。いや、これこそが彼女の魔法なのか。

 目を見張った瞬間の側頭部に殴打を喰らい、フィルルゥはよろめき耐える。体制を整える振りをして組み付いてやろうと飛びかかり、回避されても肩に掠めた縫い針が糸を残す。その糸を手繰れば忍者は引っ張られ、その手にあった手裏剣が離れた。彼女を背負い、受け身も許さず床に叩きつけてやる。侵入者に容赦はいらない。

 

「ッ……!」

 

 忍者から吐息が漏れる。すかさず次の糸で床に縫い付けようと動き、振り返って馬乗りになろうとした時、先程手から離れただけの手裏剣が部屋の隅に金属音を鳴らした。一瞥をする意味もないと切り捨てて、複数本の縫い針で忍者を制圧し、振り向くと、そこには自由の身となった冬服の魔法少女と、その手には大きく膨らんだカイロ。

 

「助っ人さんの方が一枚上やったみたいやな」

 

 フィルルゥに向かって投げられたカイロが爆発し、衝撃を喰らって独房の外にまで吹っ飛ばされた。廊下の壁に背中から激突し、大きく咳き込む。まだ意識は明瞭、戦えはする、が。忍者と冬服が追ってきて、そのうえで廊下の奥からも足音がして、制圧しきれなかったことに歯を食いしばるしかなかった。

 

「げっ! フィルルゥちゃん!」

「え……あっ! 思い出した、あなた、監査部門の!」

 

 マッド=ルナ率いる脱獄囚の行軍に混ざっていた、パンクロッカーな格好の魔法少女。以前フィルルゥが監査部門にて講習を受けた際に担当になった、部門の魔法少女……のはずだが。なぜ監査部門の内勤が、こんなところにいるのだろう。しかも、脱獄囚の手助けをする形で。

 

「トットちゃん、お知り合い?」

「えっとえっと……まあそんなところなのね」

「トットキークさん、監査部門のあなたがどうして」

「トットキーク……? ポップじゃなく?」

「その、色々あったのね。監査部門に潜入している時にちょっと、ね」

 

 トットキークは変な汗を流していたが、マッド=ルナはふぅん、とあっさり流し、フィルルゥの横まで、戦闘態勢に入ろうとすらしないまま歩み寄ってくる。肩で息をしながら呆気にとられるフィルルゥ。吹っ飛ばされてきた独房の方向を見て、魔法少女が3人拘束されているのを見たマッド=ルナはぐりんとこちらを振り向くと、愛らしくも狂気の笑顔で言った。

 

「いいこと思いついた。きみ、人質決定ね」

「っ……わかり、ました」

 

 これだけの相手を前に逃げられるとは思えない。マッド=ルナの背後にはまだまだ凶悪な魔法少女たちが控えている。下手なことをすれば殺すと宣告するかのような笑顔を前に、フィルルゥは看守だというのに、脱獄囚の一行に加えられてしまったのだった。

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