◇ディティック・ベル
プフレから依頼された魔法少女の確保のため、ディティック・ベルはここ2週間、ひたすら候補地に赴いて建物に訪ねるアナログスタイルで調査を繰り返していた。
ただ今回はラズリーヌの時とは話が違っている。そもそもの候補地が広かった。さらにその容姿が他の──ディティック・ベルも知る料理人の魔法少女と被るため、個人名を知らない建物たちに聞いても、現在の居場所については分からずじまいであった。ラズリーヌの人脈は、そもそも連絡先も持っていない顔見知りばかりで、連絡をつけようにもつかないのがたくさんで、トーチカのヒントはなかった。
だがほんの数日前、話が大きく変わった。プフレからの続報だ。アメリカの魔法少女刑務所が襲撃され、その事件に関して、トーチカと思しき魔法少女が襲撃犯の中にいた、と。ただ、あくまでラズベリー探偵事務所は探偵事務所である。凶悪脱獄犯の追跡は専門外だ。専門外のはずだった。
「失礼、ないようにね」
「もちろんっす。あ、ベルっち、パンケーキ頼んでもいいっすか?」
「……まだ時間あるしまあいいか。いいよ。じゃあ私も何か……」
コスプレ可能であるがゆえに魔法少女が利用する定番のカフェにて、ラズリーヌと共に相席予定の相手を待つ。ついでにせっかくなのでスイーツも食べようと、軽くメニューを見て、どうせならとカロリーの高そうな、クリームがみっちみちに詰まったパンを選んだ。ラズリーヌはベリー系のパンケーキを頼んだらしい。
「ベリー系、好きなの?」
「ほら、あたし達ラズベリー探偵事務所じゃないっすか。だから普段食べるものもラズベリーに寄せるっすよ」
「あぁ……ん?」
「ベルっち見てると甘酸っぱいもの食べたくなるんすよね」
納得しかけたが、よく考えるとどういう意味かわからない。そもそもディティック・ベルもそんなに美味しそうな衣装ではないような。首を傾げるうちに、スイーツが運ばれてくる。片方はディティック・ベルのマリトッツォ。もう片方はラズリーヌの頼んだパンケーキだ。最初は何も乗っておらず、自分でソースと生クリームをかけるらしい。絞り袋が一緒に渡され、彼女は嬉々として手を取った。
こちらもマリトッツォを手に取り、なんとか圧縮して口に入る厚みにしながらかぶりつく。逆側からクリームがはみ出るが、これはどう対策すればいいかわからないので、はみ出たクリームだけ食べた。魔法少女のまま食べたものに関しては一切のカロリーを気にしなくていいのが嬉しいところだ。
ラズリーヌも容赦なく、絞り袋からどんどん生クリームも盛り付けていく。
「スノーホワイトってどんな子なんすかね」
「……話を聞く限りでは、無慈悲で無感情だって印象だけど」
これから会う相手がそのスノーホワイト、『魔法少女狩り』だ。クラムベリー最後の試験を生き残り、監査部門の外部職員として次々と魔法少女犯罪者を摘発し、とある地域の紛争を根こそぎ止めたという話もある。これより凶悪犯と対峙するにあたり、頼もしい味方となる人物だ。
ただ、ディティック・ベルは『音楽家殺し』が普通の女の子だったと知っている。クラムベリーにさせられた殺し合いを生き残ったのが、怯えてばかりだった実例もここにある。噂の独り歩きなんだろう。
危険に飛び込んで、悪い奴を懲らしめる。探偵や警察とは違う、ヒーローのような、憧れる生き方ではあるが──。
「あの」
何気なくマリトッツォをかじったその時、話しかけられて顔を上げると、そこには白い魔法少女。アレンジされた真っ白な学生服に、可愛らしく花で飾られた衣装。間違いなく、今しがた待っていたはずの相手だった。時間を見ると、まだ予定より少し早いが、完全に気を抜いていた。
かじりついたままのマリトッツォを無理やり噛み切り、咀嚼して、飲み込み、詰まりそうになって水で流し込んで、息を整えた。
「失礼、少々思考のために糖分を」
「ベルっち、キメてるとこ悪いっすけど口の周りクリームまみれっすよ」
「……」
何事も無かったかのように口の周りのクリームを拭いた。しばらくの沈黙の後、咳払いでごまかし、スノーホワイトとの対談を再開した。
「スノーホワイトさん、ですね。どうぞ、そちらの席に」
「なんか頼むっすか?」
「いえ、お気になさらず」
向かいに座ったスノーホワイトは表情ひとつ変えない。あんな痴態を晒したのだ、笑ってくれた方が気が楽だったかもしれない。かえって恥ずかしくなり、ディティック・ベルは思わず、ハンチングの鍔に指をかけてぐっと下げた。
「……私はディティック・ベル。こちらは助手のラピス・ラズリーヌ。2人で探偵事務所をしています。スノーホワイトさんは、監査部門外部職員として、独自で魔法少女を追っていると聞いて連絡させてもらいました」
「友人から、少しですが話は聞いています。1年前の事件の中で知り合った、と」
スノーホワイトの連絡先を手に入れたのもたまを経由してだった。今たまが何をしているのか、確かラズリーヌが師匠の連絡先を渡していたらしいことしか知らないのだが、たまからスノーホワイトにこちらのことが伝わっていたらしい。好都合だ。
「頼りになる探偵さん、と話していました」
「それはどうも……」
たまから見たディティック・ベルはそういう評価になるとか。……駄目だ、にやけるな、耐えろ。ぐっと表情筋全部に力を込めて、一旦無理やりリセットする。
「実は今、依頼を受けてある魔法少女を追っているんですが」
「……第4宿舎襲撃に関わっていた犯人ですか」
「えぇ、そうです。脱獄囚の中には、貴方が逮捕したはずの魔法少女も含まれている」
スノーホワイトの表情は変わらない。真っ直ぐ、見据えてくる。腹の底まで覗かれているような気分になる。いや、見透かされて困ることはない。はずだ。プフレがトーチカを探しているのは、恐らくペチカに関わる何かだと思いたい。よって、ここは目を合わせに行く。
「協力していただけませんか」
再び訪れる沈黙。今度は居心地の悪さよりも純粋な緊張が、ディティック・ベルの頬に汗を伝わせる。そして、スノーホワイトからの返答は、頷きだった。
「……こちらも。襲撃犯に、知人に似た人物がいたと聞きました。私にも、彼女に会う必要があります」
だからこそ、他の監査部門には任せておけない。そんな理由が彼女の口から聞けて、ディティック・ベルは大きなため息をついた。緊張の糸が抜けて、隣のラズリーヌの方を見た。パンケーキの上で、生クリームが豪華に盛り付けられている。その真っ白になったパンケーキの上に、ラズベリーソースがかけられていく。
ここで、残りのマリトッツォのことを思い出した。先にパンの部分がなくなって、残っているのはほとんどクリームばかりだった。
「……失礼。残りを食べても」
「どうぞ」
気まずいながら、クリームの塊を頬張った。ひたすらに甘いのが脳に沁みる。スノーホワイトは無言で見ている。協力関係になったのに、気まずい。ラズリーヌなんとかしてくれ、と思っても、彼女はパンケーキに夢中で、堪能している笑顔は可愛らしいが、こういう時に限って静かである。
「……あ、あの」
「はい」
「よかったらご馳走しますよ。せっかく来たんですから、何かスイーツでも……」
何を言っているんだ私は、さっき来た時にはいらないと言っていたのに。口に出してから反省し、冷や汗の感触を強く感じながら返答を待っていると、スノーホワイトはすっと、メニュー表に手を伸ばした。お言葉に甘えてくれる、と。
「……せっかくですから」
「情報の交換は食べながらでもできるっすからね。あ、スノっち、これおすすめっすよ」
いつの間にやらパンケーキが残り少なくなっていたラズリーヌがスノーホワイトと距離を詰め始めて、ディティック・ベルは安心した。スノーホワイトからの警戒が外れたような気がして、コップの水で渇いた口内を潤した。