◇トーチカ
キュー・ピット・アイに背中を押され、歯を食いしばって覚悟を決める。これからも魔法少女と対立することはある。ここで決められなくてどうする。その一心で、駆け出した。
「とっ……とりゃああっ!」
ミルキーウェイに向かって、まずはトーチカから仕掛けていく。コスチュームについているフライパンを振りかぶって、突っ込む。そこに、可愛らしい少女に向かって殴り掛かることへの躊躇いが残っていた。それが魔法少女同士で通じるはずがないと知ったのは直後。あっさり受け流されて、反撃の拳を食らう。
「がっ……!?」
一発目、二発目、くるりと回って三発目。最後の大ぶりのだけはなんとか腕で受け止めるが、痛みは想像以上だ。いくら魔法少女の身体能力が高いと言っても、それは相手も同じこと。しかも訓練を積んだ警備員に、ただの小学生が変身したトーチカでどうにかなるはずがない。フライパンを握り直し、もう一度構え、既に迫っていた回し蹴りをどうにか防ごうとして後方によろめいた。フライパンで受けても衝撃は逃がせず、転んでしまう。
そこへミルキーウェイは踏み出すともに、首から提げた小さな金属板を咥え、恐らくは魔法を使った。ミルキーウェイが跳んだその足元に金属製の橋が現れ、それを足場に加速、トーチカに向かって急降下キックを繰り出してくる。見上げた時には遅い。せめてなんとか立ち上がろうとして、目を瞑り、眼前でミルキーウェイが止まった。
「なっ……!?」
ミルキーウェイも驚く。ふいに振り向いて、互いに意識から、ずっと見ていたキュー・ピット・アイの存在が消えていたことを思い出した。彼女は手を後ろに組み、片目はミルキーウェイを捉えたまま、眼球を左右別々に動かしトーチカに一瞥、ウインクをしてみせた。
「
トーチカがミルキーウェイの着弾地点から離れると、アイが瞬きをして魔法が解除される。床に蹴りが叩き込まれ、タイルが割れる。ミルキーウェイは既に、トーチカよりもアイが脅威だと認識を改めている。銀の金属板から橋を架け、アイの方へと迫っていく。
しかし真っ先に繰り出した蹴りは、アイの魔法が一瞬動きを止めたことで逃げられる。続くジャブ、ストレート、ハイキック、全部そうだ。一瞬の停止で紙一重の回避を繰り返され、ミルキーウェイが歯噛みする中、アイからの目配せが再び来る。
「おうじさま。魔法少女同士の戦いは……可憐に、派手に、そして、容赦なく、ですわよ。例えば」
「っ、次こそ──きゃあっ!?」
「こんなふう、に」
アイはミルキーウェイががむしゃらに繰り出した拳に突如噛みつき、鋭い牙で流血させた。さすがに慌てて手を引っ込め、後退するミルキーウェイ。
「ごめんあそばせ。あら、でも久方ぶりの血の味ですわ。血を口にするなんて、実は運命……♡」
「何言ってるかわかりませんけど、大丈夫です、この程度、問題ありません!」
ミルキーウェイから出てくるのは自らに言い聞かせるような言葉だ。対して、アイはあとはどうぞとトーチカに獲物を譲ってくる。彼女の思惑はわからない。それでも、トーチカだって覚悟はしなくちゃいけない。
手元のフライ返しを少し見た後、ミルキーウェイの姿を見る。手を咬まれても、青く煌めく瞳に変わりない。諦めない意志、痛みを耐え単身、襲撃者を止める勇姿。誰が見ても正義は彼女にあるだろう。だったとしても、こっちを選んだのはトーチカ自身だ。だとして、トーチカにやれることは──レシピ作りだ。
「可憐に、派手に、容赦なく……」
トーチカの目が青く輝く。脳内に定義するのは『気絶したミルキーウェイの作り方』。脳内に直接流し込まれるような情報たちが、体の動かし方を教えてくれる。踏み出したその瞬間から、ミルキーウェイの動きから目を離さない。
再度接近し、格闘戦に入る。躊躇うのはやめだ。両手で握ったフライパンを剣のように使い、攻撃を入れる。ストレートには躱してから側面で小手を叩き、キックは逃げてやり過ごす。ふいに現れた鉄の橋には対応できず、繰り出したパンチが当たって、こっちの手が砕けるかと思った。橋を壊すのは考えない方がいい。
ミルキーウェイの動作ひとつひとつへの対応が脳内に広がってくる。それが実行できるかとは、別として。
追いつけるように頭を回して体を動かす。うまくいかないのが何度も続き、思いっきりの右ストレートが鳩尾に入って呼吸が苦しくなるが、なんとか耐える。耐えて、次の一撃にカウンターを、と目を光らせた途端、同時にアイも眼を見開く。やはり一瞬動きが止まり、集中を乱されたミルキーウェイの攻撃はズれて、トーチカが思いっきり振り抜いたフライパンが彼女の頬を強かに打ち付けた。
「ぐふぅっ!? ……まだまだっ……!」
されるがままに大きく吹き飛ぶミルキーウェイ。転がって衝撃を軽減し、立ち上がるのは早い。今のはまだ狙いが甘かった。体勢を建て直しつつ、彼女は首に提げた板のうち青の宝石を咥え、また飛び込みながら橋が架かる。今度は1度だけじゃない、連打だ。めちゃくちゃに作られた橋はオフィスへの道を封鎖するもののように、トーチカとミルキーウェイを通路からも隔てる。アイからの視線を遮ろうとしたのか。
「あら……ふふ、私の魔法が視線によるものだと気が付かれたのですね。あぁ、ということは運命♡」
こんな時でもアイはそのままの調子で、どころか戦闘に参加しようともして来ないのはそのままだった。代わりに、言葉だけを届けてくる。
「私のヘルプあり、恋のチュートリアルは終わりですわ。あとはご自身で、勝利を掴み取ってくださいまし。あと私のことも後で掴み取ってくださいましね♡」
「……何言ってるかわからないけど、やるよ、1人でも!」
「私にだって! 負けられない理由、ありますから……!」
初めての魔法少女戦は続く。体はまだミルキーウェイには追いつけないが、あとは意地の張り合いだ。意志の張り合いなら、姉ちゃんにだって負けたことはないんだから。
「あっ、あっ、扉じゃない! どうしようっ、扉じゃないよっ!」
そんなトーチカとミルキーウェイの耳に届いた声。振り向くと、オフィスに続くバリケードの前であたふたする、エンタープリーズの姿があった。エンタープリーズだけじゃない。いんく、サッキュー、イロハ、みんないる。彼女らは裏口からのルートということになっていたが、あちらの警備はどうにかなったのか。
「おっしゃ! 爆破するで!」
イロハがバリケードに大量のカイロを貼り、そこにいんくが赤い塗料を塗布、そしてサッキューが思いっきり元気の力を注入することで、爆発の勢いはミルキーウェイの橋を破壊できるほどに強くなっており、轟音とともにオフィスへの道が開いてしまった。
「なっ……! 待って、ここは通さない……っ!?」
「悪いけど、ミルキーさんの相手は僕だ!」
駆け出そうとした彼女に殴りかかって引き止める。トーチカもミルキーウェイも体力は削れている。なら尽きるまでだ。立ちはだかる者と阻まれる者の関係は逆転していた。