◇エンタープリーズ
裏口の警備にあたっていた魔法少女はマッド=ルナがひとりで引き受けた。互いにミュージックをスタートさせ、ルナが可愛らしいダンスを始めた時は、魔法少女同士の戦いって極めるとダンスバトルになるんだ、と呆然となりかけた。最初のうちは巻き添えをくらい、目の前に出現した矢印に対応できず激しい電撃のような衝撃をくらって、エンタープリーズたちレジスタンスチーム全員行動不能になったりもしたが、なぜか次第に警備の魔法少女はルナの相手で手一杯になり、横を抜けていくことができたのだった。見ていても、何が起きたのかはエンタープリーズにはわからなかった。
そして、今はこうして、目的地であるところのオフィスにまで来ている。固いバリケードの存在でエンタープリーズがパニックになりもしたが、封印解除プランを応用した3人のコンビネーションでバリケードを突破。内部へとなだれ込んだ。
中には数名の魔法少女。ヘッドホンを首にかけた少女は、電話口に「話が違うっすよ」としきりに話している。タキシード風と学ラン風、それにアラビアの踊り子の3人は物陰に隠れている。隠れているだけならこちらからは何もしない。目的のものが奪えればいいのだ。
エンタープリーズはパソコンの前にかじりつき、かかっているパスワードに対して魔法を使う。気難しいことのある扉と比べたら、データのパスワードに対しては少し横柄なくらいでいい。こいつらは従順だ。開け、開け、開けと脅せばすぐに開く。
「あれは悪い魔法使い?」
隠れている魔法少女の方からそう聞こえた。踊り子がそう問いかけたのに、学ランが頷いて応えた。その瞬間、室内だというのに強風が吹きつけて、エンタープリーズはパソコンの前から飛ばされた。警戒体勢ではあったはずのいんくに思いっきり激突し、後ろから「ぐえっ!」という悲鳴がした。
さらに続けて空気の塊が何発も飛来して、エンタープリーズたちの肌を掠める。うまく避けきれずに頬や手の皮膚が裂けている。もっと対応が下手だったら、全身穴だらけにされていたかもしれない。
「奴さん、やる気かいな!」
「エンプリちゃんはデータ盗むのに集中して! あたしらでなんとかするから!」
言われた通り、一緒に吹っ飛ばされてきたパソコンを見た。引っ張られて抜けていた線を差し直し、マウスとキーボードを引っ掴み、己の手元で作業を再開する。そうだ、こういう時、いつもみんなが、サッキューが守ってくれる。また一から強引にパスワードを解除して、フォルダを漁って見つけたのは『面接予定リスト』だった。もうこれでいい。多少少なくても、なんとかなるはずだ。魔法の端末とパソコンを繋ぎ、また警告を出すセキュリティに開けと言い聞かせて突破。エンタープリーズの手元に送信してしまう。
「それとっ……!」
まだあるか、次の名簿を漁ろうとした時、風を切る音がし、端末を持つ手に痛みが走った。またあの空気の弾丸だ。端末を取り落とし、慌てて拾う。そこへ追撃に来る踊り子の魔法少女を、イロハの爆発が阻もうとし、さらにサッキュー自身が突っ込んできて、格闘戦に持ち込む。とはいえサッキューだって戦いの得意な魔法少女じゃない。口元にストローを当てて、攻撃を受けつつもその分のダメージを相手から元気という形で吸収し続ける。
「よ、よし、いいぞ皆! その調子だ!」
「いんく! あんたもなんかせぇ!」
「なんかって何だ!?」
「相手に色塗って状態異常とかかけられへんのか!?」
次々とカイロを生み出しガムシャラに投げて攻撃するのを繰り返していたイロハがいんくに怒鳴る。いんくは慌てて筆を振るい、しかし飛び散った灰色を、踊り子の魔法少女はぼわんと分裂することで回避してしまった。
「はぁ!?」
「メイはこんなこともできる」
「……うん! 私だけ逃げ帰ってもいいかな!?」
「駄目に決まっとるやろがいこんのダボ元リーダー!」
離れられるなら早く離れたい。エンタープリーズだってそうだ。でもあともう少し、もう少し……!
そこでふいに目に止まったファイル。1年前の日付に、集団不審死事件の文字。トーチカが追っていたあれだ。エンタープリーズは即決でそれを転送しようとし、ボタンにカーソルを合わせたその時、部屋の入口から魔法少女が飛ばされてくる。青くキラキラした衣装の彼女は、エンタープリーズにぶつかって、デスクを壊しながら着地。起き上がるや否や、状況を見て、エンタープリーズを羽交い締めにした。
「データが目当てだったんですね……っ! 離れてください……っ!」
抵抗しようにも力が強い。エンタープリーズの力では動けない。イロハもサッキューも分身したメイと戦っている。ならあとは、頼れるのは元リーダーだけだ。
「い、いんく、ちゃんっ! お願い!」
「む!? あぁ、そうか、わかったぞエンタープリーズ!」
いんくがパソコンの方に飛び込み、最後の確認ボタンを押した。データの転送はすぐ終わる。完了メッセージが表示され、いんくは勢いよく振り返る。
「終わった、撤退か!?」
食い気味に頷く。
「よぉし! 任務完了だ! 総員、撤収!!!」
いんくの号令で、皆の体勢が変わる。抗戦から逃亡だ。さらにいんくはエンタープリーズを拘束する青いキラキラの魔法少女に灰色の絵の具を塗りつけ、意識を朦朧とさせる。灰色は強い眠気の色だ。拘束が弱まった今なら、エンタープリーズでも抜けられる。もがいて抜け出し、いんくと一緒になって走り出した。オフィスから飛び出し、イロハとサッキューができる限りいろんなものを投げつけてメイを撒こうとするがメイは追ってくる。
「トーチカ! 撤収! 撤収だ!」
いんくがオフィス前で先の青いキラキラと交戦していたトーチカ、及び彼女にくっついて回るキュー・ピット・アイを呼び戻さんと声を張った。走りながらトーチカのいる方を見ると、彼女は──立ち止まり、誰かと相対していた。
◇トーチカ
レジスタンス4人娘が一斉にオフィスから飛び出してきたのに気がつき、合流しようとしたその時、待て、と声をかけられた。振り返ると、探偵らしき魔法少女と、青い魔法少女の2人組がこちらを追ってきている。警備の新手かと身構えたトーチカに対し、息を切らした探偵が声を絞り出す。
「はぁ、はぁっ……君が……ペチカ、いや、トーチカ……なのか?」
トーチカの耳と脳は、名を呼ばれたことよりも、その直前にぽつりと出た言葉を拾い上げた。ペチカ。それは……もしかして。
「ペチカ……」
「あぁ、すまない、知っている魔法少女によく似ているんだ」
「その人は……1年前の事件で、亡くなっていますか」
「……! やはり君は、ペチカの……?」
探偵が驚いた顔をしてみせたことで、エンタープリーズが手に入れたであろうデータを見るよりも前に、確信を得た。
「私はディティック・ベル、探偵だ。私たちと来てくれ。ペチカさんのことは……よくは知らないが、よく知る人物の心当たりはある。あの事件の時、私たちはペチカさんに助けられたんだ。レジスタンスに与していたことだって、まだ引き返せるはずだ。だから」
「……っ、僕は──」
トーチカの言葉を遮るように、ディティック・ベルの後ろに控えていた青い魔法少女が飛び出してきた。いや、彼女だけではない。トーチカの背後から現れた、影がもう1つ。キュー・ピット・アイだ。その手には刃物を握り、その手を青い魔法少女が掴み押しとどめていた。
「今、ベルっちに何するつもりだったっすか」
「……っふふ♡ 止められてしまいましたわ。そぉんなに私を見てくださって……運命ですの?」
「これで何するつもりだったか聞いてるっすよ」
青い彼女はキュー・ピット・アイが力を込めてきたのを押し返し、回し蹴りで凶器を弾き飛ばす。トーチカが呆然とする傍らで2人が睨み合い、一触即発の数秒後、先に口を開いたのはアイだった。
「おうじさま。このままだと逃げ遅れてしまいますわよ」
「っ……そう、ですね」
アイに手を引かれるがまま、トーチカは2人から離れていく。ディティック・ベルは追ってこようとしたが、アイの魔法で動きが止められ、視界から外れるまで動けず仕舞いだった。先を急いだ4人娘とは、彼女らを追っていた踊り子の魔法少女にもアイの魔法を効かせ、裏口付近で合流した。アイはずっと、追っ手を褒めているのかなんなのか、相変わらず運命がどうこう喋り続けていた。
そして、突入時からずっと、音楽に合わせて踊っていたらしいマッド=ルナとも合流。音楽は流しっぱなしにして、さっさと裏口から出ていってしまう。
「ルナ様! 無事名簿を奪取しました!」
「やったね! みんな、ありがとう♪」
「ふふんっ!」
「ほぼエンプリの功績やがな……」
疲れていてもいつもの調子のいんくとイロハ。エンタープリーズはサッキューによしよしと頭を撫でてもらっている。そうして皆が人事部門の建物から離れ、遠ざかっていくのを振り向きながら、あの──ディティック・ベルの手をとっていたらどうなっていたのか、考えてしまって、振り払った。後戻りする気なんて、元からなかったはずだ。
「おうじさま。初めての戦い、ご立派でしたわ♡」
傍らにいるのは、こうして頬を擦り寄せ胸を押し付けてくる、キュー・ピット・アイだった。