◇ディティック・ベル
トーチカの目の前にまで迫り、しかし彼女を逃した。あの蛇の魔法少女のものであろう動けなくなる魔法が解けてから、大急ぎで裏口へと向かっても、彼女らの姿はない。呼吸を整え、付き合ってくれたラズリーヌを見る。彼女もすっきりしない表情だ。
「なんすかね。気分よくないっすね」
「……姉ちゃん、か」
姉に先立たれた気持ちは、ディティック・ベルにはわからない。だとしても、あの手を取れなかった、せめて引き戻す手助けになってやれなかったのは、依頼の件を抜きにして悔しさが残る。
「失礼、少しばかり、肩を貸していただけないか。くっ、一生の不覚……!!」
そう言い出したのは確か、警備員だったはずの魔法少女だ。ディティック・ベルは快く肩を貸した。体力を消耗しているらしい。曰く、マッド=ルナを己の魔法で食い止めていたはずが、その手下を逃がしてしまう失態を犯した……と、暑苦しく後悔を語った。マッド=ルナ、話によるとかつてのレジスタンス幹部で、脱獄囚の中でも特に危険視されている人物だ。殺さなかったのは、彼女の方針か。
「はぁ、はぁっ……キューティーさんっ! あっ……探偵さんに……ら、ラズリーヌさん!? どうしてここに」
ディティック・ベルたちと警備員魔法少女のところまで、へろへろになりながら駆け寄ってくるのは、かつて人事部門を訪れた際ラズリーヌにサインを貰っていたあの子だ。名はミルキーウェイといったか。彼女も体力は限界で、そちらにはラズリーヌが肩を貸す。
「おっとと、大丈夫っすか?」
「は、はい、私は……問題ないです。でも、賊を逃がしてしまい……」
ミルキーウェイから語られる状況もほぼ同じ。警備員として、こうもしてやられたのは悔しいのだろう。いや、彼女の場合はそうじゃない、か。
「ごめんなさいっ……一緒に、がんばるって……声、かけて、くれたのにっ……!」
「なんでミルっちが謝るんすか?」
「へ……?」
「ミルっちはがんばったじゃないっすか」
向けられた何気ない笑顔。ディティック・ベルは思う。自分がミルキーウェイの立場にいたとしたら、こんな当たり前のように認めてくれたら、惚れるまで行ってしまいそうだ、と。ふいにラズリーヌの視線がこっちに向き、思わず帽子をぐっと深く被って顔を隠し、首を傾げられた。
「あっ! 皆さん! ご無事で……!」
そこへ現れ声をかけてきたのは、学ランにゴーグルの魔法少女、7753だった。
「ななっち! 大丈夫っすか、なんともなかったっすか?」
「えぇ、はい……警備員さんとテプセケメイのおかげです」
ラズリーヌの顔がミルキーウェイに向く。彼女は目を丸くした後、理解して頬を染めた。
テプセケメイと聞いて、そういえば7753に預けたままだったかと思い出し、ちょうど後方からふよふよと浮いて現れた。7753からは「あれから人事部のマスコットみたいになっているんですよ」と付け加えられた。色々と押し付けてしまったが、うまくやっているみたいでよかった。
そんなところをテロリストに襲撃されたテプセケメイは、無表情ではあったが、ずっと裏口の方を見ていた。
「逃げられた」
「……そうですね」
「機械を、いじっていた」
機械? 気になる言葉で7753に目を向ける。
「テロリストたちはどうやら、私のパソコンからデータを盗んでいったみたいなんです。盗まれたのは『面接予定者リスト』と……1年前の事件の……」
「1年前? ってことは……キークの」
「『魔法少女育成計画』っすか」
あの反応からしても、トーチカはまず間違いなくペチカの血縁、恐らくは兄弟姉妹。であれば1年前の事件を探っているのも理解できる。身内が突如死に、その原因に得体の知れない事件が絡むのなら、真実を明らかにしたいと思うだろう。だがどちらかといえば、わざわざ7753の面接が予定されている魔法少女のリストを持っていったことも引っかかる。
元凶であるところのキークは収監され、魔王だったのはペチカだった。トーチカが人を探している線は薄い。だとしたら魔法少女のリストはなんのために? トーチカの目的とは別に、マッド=ルナの目的があるのか。
「……だめだ、わからない」
探偵はいつも後手だ。事が起こってからでなければ、推理のしようもない。ディティック・ベルは考えるのはやめ、現在の状況に思考を戻す。
「そうだ。エントランスは」
裏口には、奴らを追いかけて取り残された者しかいなかった。エントランス側の騒ぎは収まったのか。コートのポケットから引っ張り出した魔法の端末を起動し、スノーホワイトに連絡を取る。
『はい、スノーホワイトです』
「こちらディティック・ベル。そちらは?」
『フレイム・フレイミィの制圧は完了しました。重傷者の保護にあたっています』
「なるほど、了解。こちらは人事部門の魔法少女数名と一緒で……これよりそちらに合流します」
さすがは魔法少女狩り。かつて捕らえた相手に2度目はない、といったところか。彼女に話を持ちかけたのは間違いではなかったと確信しながら、ディティック・ベルはラズリーヌに移動の旨を伝えた。
◇炎の湖フレイム・フレイミィ
消火剤を食らった全身が痛む。炎そのものとなるフレイミィにとっては、むしろそれが火傷のように激痛として襲いかかるのだ。何度食らっても慣れない、耐えられない痛みにいまだ苛まれながら、フレイミィは魔法のロープに手を縛られている。力を込めるほどに固くなるという特性は、力自慢の魔法少女ほど拘束するだろう。
スノーホワイトはそんなフレイミィのことなど眼中にないかのように、後から居合わせたらしい魔法少女たちと共に負傷者の応急処置や輸送にあたっていた。火傷を負った魔法少女を、旗を担架がわりにして運んでいるのが見える。
……魔法のロープもロープはロープ。つまり、燃やせば燃える。フレイミィは炎も吐けるし、全身から発火もできるし、周囲を燃やせたなら炎に潜り拘束を無効化することだって可能だ。そんなフレイミィに対する拘束をこれだけとしているとは、魔法少女狩りも程が知れる。一度勝った相手だからと、道具に頼り図に乗ったか。フレイミィの本領はここからだ。消火器に屈するフレイム・フレイミィではない。二度とあの地獄に戻されてたまるものか。
さあ隙をついてやろうと身構え、炎を噴き出す用意をしたその瞬間、スノーホワイトがすっと手を挙げ、それを合図に泡とゼリーがぶっかけられた。
「待っ」
言い終わるより先に被り、悶える。消火剤ほどではないが、魔法の泡や魔法のゼリー、これらだって炎をかき消し得る。つまり耐え難い。悲鳴を吐き散らし、抵抗する意思を削がれ、これを何度か繰り返した末、フレイミィは抜け出そうとは思わなくなった。炎なのに、寒い、震える。
ひと段落ついたらしいスノーホワイトは、電話に応対した後、こちらに歩み寄る。あの薙刀は手にしたままだ。今後こそトドメを刺すつもりかと戦慄するが、彼女は無表情のまま、口を開いた。
「……目的は?」
襲撃の目的は知らない。知らされないまま、暴れろとだけ命じられた。地獄から解き放たれたばかり、付き従う先もないフレイミィは、言う通りに暴れてやった。それだけの話だった。そう答えてやろうとも思ったが、悲鳴と消火剤のせいでうまく声が出せず、睨み返すだけで終わった。
「リップルは何処?」
リップル……?
どこかで聞いたような……そうだ。マッド=ルナが、あの……赤いマフラーの忍者魔法少女をそう呼んでいた。何処と言われて教えられるわけがない。今回同行していないんだから、レジスタンスのアジトに待機しているんだろうが──など、そんな無意識下の思考は、当然スノーホワイトには筒抜けだった。
「そう」
オフィスへ繋がる廊下の方から、魔法少女たちが合流してくるのが見える。レジスタンスの連中は、とうにフレイミィを見捨て逃げたらしい。それがどうした、せめて憎き魔法少女狩りに手傷だけでもと思いっきり吐き出した炎は、半歩体をずらすだけで躱され、燃えず残っていたスタンプラリーのポスターに当たって焼き尽くし、消えていった。