◇フィルルゥ
がちゃり、扉の音がして、牢屋の中のフィルルゥは顔を上げた。
「いやー、一昨日は悪かったのね。フィルルゥちゃんの職場がそこだとは知らなかったのね」
「あ、あの……」
あまりにも見た事のある顔、パンクファッションでトゲトゲで、やたらと人懐っこい笑顔をした魔法少女。トットキーク……というのは名前ではないらしい、トットポップが見張り役に入ってくる。気がついたら、確かにあの見張りの忍者、リップルが見当たらない。彼女は一言も発しない。リップルのマフラーに隠れた口元を見たことがないほど、フィルルゥに構おうとはしなかった。
ただトットポップは真逆である。牢の格子のすぐ近くに屈み、わざわざ顔を寄せてまで話しかけてくる。
「ベテラン看守フィルルゥちゃんでも捕まる側は初めて?」
「べ、ベテランというほどでも……って、捕まったことがあったら看守になんてなれないですよ」
「あっはっは! そりゃそうだったのね!」
トットポップは無邪気に、けらけら笑っている。つられて苦笑いが出る。
「じゃあずっと、鞭でバシーン! とか! やる側ってことね!」
「い、いやそんなことはしないですよ。更正は私の担当じゃありませんし。そういった魔法の方がいる、とは聞いたことがありますが、大抵はなにもしなくても皆さん真面目に刑務作業してくれます」
「意外と平和なのね?」
「まあ、わりと立っているだけですね。まあ、ここにいらっしゃる封印刑のみなさんのような重い罪の方には刑務作業とはなりませんから」
「だって封印してるもんね!」
そうだ、ここにいるのは封印されるような重大魔法少女犯罪者と、それを解き放つテロリスト。そう自分に言い聞かせ、口は滑らすまいと決意する。この後、トットポップがにこにこ話を聞いてくるので決意はどこかに飛んでいくのだが。
「大立ち回りしたのは初めてなの? うちのメンバーみんな一網打尽にしてたけど」
「あぁ、以前の監査部門の研修のおかげでもありますし……あの後、ちょっとした騒ぎがあって」
「おお! 聞かせて聞かせて!」
既に、エピソードトークくらいならいいか、と思っていた。魔法少女の知り合いも多くないフィルルゥには披露の席もないし、使えるなら持ちネタにしたいと思ったのである。
「そうですね。その日は更正担当の方とご一緒させてもらっていたんです。といってもただの見学ですから、鞭を持ったりはしてませんよ」
「ほうほう、まだ平和ね」
「しかしその時。示しを合わせた囚人たちがですね」
「来た! よりによってお客様いる時に!」
「えぇ、むしろ説明なんかに人手が割かれていて、ちょっと手薄だったのかもしれません」
「さすが囚人、ずるがしこいのね。更正してないじゃない」
「そうなんです。で、なんと看守仲間にですね──」
そして──1時間後。
「そうしたらその時! あらかじめ掛けておいた糸が引っかかり……!」
「おおー! すげえ! フィルルゥちゃん頭良すぎるのね!」
会話が盛り上がっていたところで、扉ががちゃりと開いた音がして、そちらに互いの視線が向いた。ここでようやく、そもそもここがレジスタンス、言い換えれば反社会勢力の本拠地だということを思い出した。
扉の音で入ってきたのはリップルだった。もう交代の時間かとトットポップが尋ね、頷かれたが、トットポップは動く様子がない。
「そうだ! せっかくだしリップルちゃんのお話も聞きたいのね!」
フィルルゥは耳を疑った。驚いた顔でふたりを交互に見た。そもそもリップルが喋っているのを見たことがない。なのにそんな簡単に行くわけない。そう思い、実際、トットポップでもアピールを開始してもはじめはかわされていた。しかし、それで止まらないのがトットポップでもあった。
「まあまあ。お姉さんのお節介くらい聞いてくれても──」
「……チッ」
舌打ち。フィルルゥと、恐らくはトットポップも、初めて聞いたリップルの声はそうだった。声というにはただの音すぎるかもしれないが、それを引き出しただけでもすごい。またもや目を丸くしていると、さらに驚くことになる。
「……話すことないから」
「まあまあ話すことないなんて言わずに。リップルちゃんはどっから合流したの?」
「……話すことないって」
「わざわざこんなとこに来るってことは、凄く理由があったり? 覚悟なかったら単身で看守と戦ったりしないって」
「……」
あのリップルが応じたかと思いきや、何か思いを巡らせ、視線を外してどこか違う方向を何度か見た後、鉄格子に寄りかかり、答えた。
「友達のため」
「お友達! たった1人のために革命志すとか、最高にロックなのね!」
「……」
「あ、どっちかっていうとJ-POPなのね? 世界を敵に回しても的な!」
リップルは何を思い出しているのか、その無表情にほんの少しだけ郷愁を浮かべ、小さく、うざ、とこぼした。トットポップは聴こえなかったのか、そのまま追撃が始まって、それからもリップルから少しずつ言葉が引き出され、気がついたら数十分、彼女の刃のような気配が、少しだけ収められているように思えた。リップルの立っている場所も、フィルルゥのいる格子に2歩ほど近づいている、ような。
そこで、トットポップが放り込む。
「リップルちゃんの大事なお友達……ってのは、スノーホワイトのこと?」
空気が凍りついた気がした。リップルは頷くでもなく、寄りかかる体勢を少し変え、腰のクナイが当たり、金属が擦れる音を立てる。
「トットは知ってるのね。トットのマスターぶっ捕まえたのもスノーホワイトだって」
「……あの子は」
リップルからの視線が一瞬、敵意、殺意を含んで鋭くなり、対峙したあの瞬間を思い出す。この場にいる誰かではなく、もっとどこか、遠いものへの怒り。
「戦うべきじゃ、ない」
フィルルゥにはその覚悟が張り詰めた糸に思えた。あまりにもぴんと張って、弾こうとする指が切れてしまうような。それでも次の言葉を繋げようとするトットポップがいて、慌てて止めるべきか過ぎったが、会話の中断は別の要因によって引き起こされる。アジトに張り巡らされた結界の解除、そして再構築。機械音とともに自動扉が開閉し、ただいまという高らかな声。気がついたトットポップは立ち上がり、通りすがりにフィルルゥとリップルに軽く手を振りながら、部屋を出ていった。部屋の外からは、彼女らしい楽しげな声。
「おかえりなのね! 首尾はどんな感じ? えー、すごいのね! 大成功じゃない!」
すっかり主な音の発生源が部屋の外になり、鉄格子の部屋自体は静かになっていた。