◇トーチカ
人事部門襲撃から帰還したトーチカが真っ先に行ったのはもちろん自室だった。疲れた、それに尽きる。恐らくだが、ミルキーウェイは素人が戦っていい相手ではなかった。レシピの魔法と、キュー・ピット・アイの手助けがあって、ようやく五分、いや四分くらいに押し込めたのだ。
そんな戦闘の末、疲れきっていないはずもなく。ベッドに思いっきり寝っ転がりたい。そのまま泥のように眠り、傷を癒したい。と思っていたのだが、トーチカは自分が使っている部屋に入ろうとして、当たり前のように何人もぞろぞろ続いてくるのに、遅れて違和感を覚えた。
「なんでまた僕の部屋なんですか」
「えー別によくない? なんか無理やり集合した方が狭くてやりやすいっていうかさ」
「なー。うちら、なんやかんや前のアジト気に入ってたんやと思うわ」
「わ、私は別に、トーチカくんの邪魔をしたいわけじゃないんだけど」
「まあまあいいだろう。トーチカが最もルナ様に重用されている。であればトーチカが主役。主役の部屋でやるのが正しい! 違うか?」
4人娘がまたわいわいやいのやいの言い始め、いんくの言葉を否定しようとして、言葉を詰まらせた。現在、レジスタンスの方針を握っているのはトーチカだ。『魔法少女のレシピ』……それを、奪い取った名簿から編み上げなければならない作業もある。そう、その内容こそが、重要だ。自分の金髪をわしゃわしゃと掻き、端末を手にベッドに寝転がった。
「っていうかトーチカくん……当たり前みたいにベッドにまで入ってきてる人にはなにもないの?」
「……アイさんはもうそういうものですから」
「ふふふ♡ 私にとっても、もはやおうじさまといるのが当たり前ですわ♡」
出会って数日なんだけどな、本当に。ため息混じりに苦笑を出そうとして、アイの言葉は止まらない。
「ちょっと待ってくださいまし。おうじさま、今、私のことをアイさんと」
「え? あ、あぁ、アイさんでしょ」
「くっ……これは私、究極の選択……やや他人行儀でも私を思って決めてくださった呼び名か、それともより親密であると方々に知らしめる呼び名か……」
「キュピちゃんでいいんじゃない?」
「なっ……
「そんな〜」
「まったく……やはりここは『ハニー♡』と」
「呼ばないから……」
案の定これで心安らげるはずもない。ないのだが、常に魔法を使い続けながら格上と戦った疲労はそれよりも大きく、既に眠たい。次第に会話の返答もうとうとしながらになり──そのうち自然に意識を手放していた。
「……はっ!? ぼ、僕、寝てた!?」
「はい♡ それはそれは可愛らしい寝顔でしたわ♡」
目を覚ました時、目の前で微笑むアイで視界がいっぱいになり、慌てて飛び起きた。4人娘は……まだいる。全員ダラダラしており、特にいんくは完全に寝ている。エンタープリーズもサッキューの太ももを枕にすやすや寝息を立てており、そのサッキューもうとうと船を漕いでいる。絶えずお菓子をぼりぼり食い続けているイロハだけがこちらに気が付いた。気の抜けた「おはようさん」が飛んできて、何気なく返す。
「そうだ……作業、やらなきゃ」
「あの女に頼まれた、ですの?」
「あの? あぁ、ルナさんの」
端末に魔法少女名簿を表示させ、その魔法の簡易的な説明とを目に通し、トーチカ自身の魔法を交え、標的を決める。……トーチカが選んだ魔法少女に、害を及ぼすことが決まる。迷ってしまったらできない作業だ。それでもトーチカがやらなければならない。ディティック・ベルの手を躊躇って取らなかったのは、トーチカ自身だ。
「ふふ、おうじさま♡」
そんな作業の最中にあっても構わず来るのが、キュー・ピット・アイだった。
「ごめん……今はちょっと。その……ゆっくり考えないといけないというか。ルナさんに完成品が見たいって、言われてるし」
「あら、そうでした? でも、急ぐことではありません♡ それよりも二人っきりであることの方が大事です♡」
「いや、うちも起きとるけどな」
イロハに突っ込まれた後、アイは数秒沈黙し、何事もなかったかのようにまた距離を詰めてくる。柔らかい体が当たる。魔法少女に変身していなかったら、本当に危ない。
「ふふっ……ですけど、私、ただ絡みついているだけでもありませんわ」
「え?」
失礼ながら、やりたいからやっているだけだと思っていたのだが。そういう反応をしてしまったトーチカに、基本はそうですわ♡なんて本音をいただきつつ、話は続く。アイは急に真剣な表情になり、いつもならハートに染まっている目を細めた。
「おうじさま。これが今後のレジスタンスの動きに関わるもの、だとしても。全てを決めてしまうのはよろしくないのでは?」
「……どうして?」
「マッド=ルナは平気で誰かを使い捨てますもの。フレイム・フレイミィを見捨てたこと、もうお忘れですの?」
そうだ。今初めて、彼女がいなくなっていることに気がついた。アジトにフレイム・フレイミィは帰りついていない。侵攻と撤退に使ったゲートは解除しているため、少なくともトーチカたちが使ったルートは使えない。マッド=ルナは触れもしなかった。フレイム・フレイミィはどうなったのか。全く姿を見せなかったことからして、再び捕まったのだろうか。彼女を最後に見たのは、エントランスに残してきたあの時だ。
「『レシピを作る』おうじさまの魔法が貴重なら、他人に渡さないために消しておく……なんて、あの女ならやりかねませんこと?」
「っ……そ、そんな……ことは……」
「ふふ♡ 私も元々はレジスタンスと無縁の魔法少女。彼女らの所業はよく知りませんから、杞憂かもしれませんけど。封印刑を受けるような囚人、信用するものではありませんわ♡」
暗に自分を信用するなと言っているかのような口ぶりに、さすがに頷くことはできなかった。苦笑いしながら、魔法の端末を軽く操作した。
開いたのは、事件の方の名簿だ。初めて目を通す。そこに並ぶ名のほとんどは当然知らない魔法少女の名前ばかりだが、いくつかは聞かされた。『ディティック・ベル』。あの探偵の言っていたことは真実に他ならないのだろう。そして、そこにはもちろん。
「『ペチカ』」
ぽつりと呟いた。本名の
「……ん」
十数名のリストの中半分以上に確認された死亡時刻が並ぶ中、唯一、日時が書かれながらも死亡ではなく『確保』とされている魔法少女があった。名は……『キーク』。しかもその内容には、収監、第四宿舎にて封印刑に処す、と。第四宿舎といえば、トーチカたちが襲撃した監獄である。わざわざ収監され、しかも封印刑にまで処されているということは──。
「あー、何見てるの?」
目が覚めたらしいサッキューとエンタープリーズ、お菓子を食べ続けながらのイロハと、いんく以外が並んで覗き込んでくる。エンタープリーズが取ってきた名簿だと話し、目を戻そうとした時、サッキューがキークの名を指した。
「あっ、このキークって名前。トットちゃんが友達だって言ってたよ」
トットポップが? いや、トットポップなら、誰と顔見知りでも驚くべきではない。急に名前が出てきてもおかしくはないだろう。だったら、彼女に聞くのが最も早い。またしても、思い立って立ち上がる。今度は当たり前のようにキュー・ピット・アイもついてくるが、もう気にしない。そして、人質の檻がある部屋にいたトットポップを訪ね、キークについて聞いてみた。
あっさり返ってきたのは、衝撃の言葉。
「キークちゃん? キークちゃんなら、あっちの方の部屋にいるのね」
「……え?」
「あの時連れ帰ってたよ?」
──思いのほか。手がかりは身近にずっとあったらしかった。