◇トーチカ
「キークちゃん? キークちゃんなら、あっちの方の部屋にいるのね」
「……え?」
「あの時連れ帰ってたよ?」
姉、智香──ペチカの死を知るであろう人物、キーク。その存在への手がかりにすべくトットポップを訪ね、そして、本人がこのアジトにいるという、手がかりどころか答えを提示されてしまった。
全く予想外のところに飛んで行った話に呆然とし、トットポップに首を傾げられ、彼女はぽんと手を叩くとトーチカの手を引いて連れ出してくる。
「キークちゃんに会いたいなら案内したげる」
「え、あ、あぁ、ありがとうございます」
アジトの白い廊下を、彼女は迷いなくずんずん歩いていく。正直、まだ状況が飲み込めたわけではないのだが、歩きながら呼吸を整えた。真相に一気に近づいているんだと思うと、鼓動が早まってくる。やがてトットポップが立ち止まる。そういえばここは、挨拶回りをしようとした時、ノックしても返事もなにもなかった部屋だ。トットポップがコンコン叩いてもやはり返事はなく、いないかと思われたが、続けてドアノブに手をかけている。
「可愛い可愛いトットポップちゃんが来てやったのね。開けちゃうのね〜」
ガチャリとノブを回し、開け放たれる扉。鍵はかかっていないようだったが──かわりに、その扉の向こうが異界化していた。まず床がなくなっており、風景のすべてがデータの海というべきか、明滅する細かい光の集合体となっている。アジトにこんな場所があるわけがない。
「あはは、キークちゃんの魔法でこうなっちゃってるだけだってば」
トットポップはそういうが、それが一番の問題だ。足場らしきものは、その辺を浮遊して移動している謎の立方体くらいしかなく、これを辿っていくしかないらしい。空間の底は見えず、落ちたらどうなってしまうのか、想像できないししたくもない。
「でも、前より酷くなってるのね」
「以前からこんな感じなんですか?」
「着いてすぐこの部屋まで逃げ込んで、それっきり」
あの時軽率に開いて入ろうとか考えなくてよかった。そう思いつつ、タイミングを窺うトットポップに続き、トーチカも飛び込もうと心を決めた。と、後ろを見ると、アイが珍しく目を逸らしている。
「私、ブルーライトが苦手でして……」
「……? それならアイさんは待ってて。すぐ戻ってきますから」
「あっ……♡ はい♡ おうじさまを待つのも姫の役目♡ ですわね♡」
これまで全然離れようとしてくれなかっただけあって意外だった。そんなにこの電子機器のような発光が苦手らしい。だったらトットポップと2人で行くしかない、というか、そもそもアイを頭数に入れていた方が変だった。トットポップと目を合わせ、息を合わせ、さらに助走も合わせて、異界と化した部屋の中に飛び込んでいく。思いっきり床を蹴り、浮遊移動するキューブの上に飛び乗った。
「着地成功! さてさて、奥に行くにはどうすれば……」
「はぁ、ひとまず助かっ……あっ、ちょっと待って、この足場──」
乗っているはずのトットポップとトーチカは運ばれず、足場だけが動いているという事実に気がついた時、既に遅かった。重力があるはずなのに摩擦がない、本当に足場だけが先に行っている。足元を見た時にはもう両足が外れており、重力が体を下へ下へと引っ張っていく。
「っ!? お、落ち、落ちっ──」
「あっははは! やっば、めっちゃ落ちてるのね!」
「わ、笑い事じゃないですって! これ、いつまで落ちるんですか!?」
「わかんない! 全く底見えないもんね!」
そうだ、もう何百メートルも落ちているはずなのに底が全く見えてこない。よくわからない立体の横を通り過ぎていくだけだ。なのにトットポップには一切の危機感がない。見上げたら、通ってきたはずの入口さえ見えなくなっていた。このまま永遠に落ち続けるのでは、という予感さえして、いっそ気絶してしまった方がいいと目を閉じることさえ考えた。
──その時だった。ふわり、羽毛がトーチカとトットポップを受け止める。目の前には少女の背中が2つ。2人の少女が巨鳥に乗り助けに来てくれたのか。いや、これは──乗っているのは片方、巫女姿の方だけだ。もう一方の着物風の少女の上半身はこの鳥の頭部の代わりに生えている。ケンタウロスの鷲版とも言うべき姿だ。彼女は真っ直ぐに伸ばした翼を巧みに動かし、浮遊する立方体の横をすり抜けて進んでいく。
飛び続けるうち、自ら動いていない浮島が見つかり、鷲の魔法少女はそれを目指した飛行に切り替えた。ようやく地面を踏むことができて、胸を撫で下ろした。
「いやー、助かったのね! 一生落ち続けるところだったのね」
「お礼には及びマセーン! 魔法少女は助け合いデース!」
巫女服魔法少女の言葉に、鷲の魔法少女も頷いた。頷いた後、彼女は何やら魔法を使ったらしく、その下半身は鷲でなく小型の馬に変わる。これぞケンタウロスという見た目になった彼女は、無言かつ無表情のまま、じっとトーチカの方を見ている。
「えと……その、ありがとうございました」
彼女も軽く頭を下げる。異形の見た目は体高も高く威圧感があるが、こうして見ると普通の魔法少女の、ような。
「ワタシは御世方那子いいマス。こっちはクランテイルさん」
「はーい! トットはトットポップ! この子がトーチカなのね!」
「よろしく……お願いします」
御世方那子に、クランテイル。どこかで見覚えのある名前だと引っかかって、少なくとも脱獄囚ではないはずだと考え、思い出した。1年前の事件の関係者としてリストに名があった魔法少女たち、のはずだ。それも、死亡扱いとされていた──。
「……あの」
これだけは聞いておかなくちゃと思い声を出す。那子もクランテイルもこちらを見て軽く首を傾げた。
「ペチカ……って魔法少女のこと、知っていますか」
那子とクランテイルは顔を見合わせ、頭を悩ませるような仕草を見せる。あのリストにあった魔法少女ならという期待をして、しかし叶わなかった。
「ごめんなさい、私たち、何も覚えていないんデス。なんでここにいるのかもよくわからず」
問題はそれ以前にあった。2人は記憶喪失になっており、そもそも脱出する方法も思い当たらない。あんなに落ちてきてしまったら、もはや上を目指すのも不可能に近い。そもそもの目的であり、この空間の主であるところのキークに会うしかない。
「だったら一緒に行くのね!」
「それがいいデス!」
トットポップと御世方那子は波長が合うというか、テンションが近く、主にこの2人でどんどん話が進められていく。早速出発、となり、トーチカとクランテイルはそれに黙ってついていくことになる。隣を歩くクランテイルから蹄の音がする中、トーチカはふと、置いてきたキュー・ピット・アイに連絡をしようと魔法の端末を取り出そうとし、見つからないことに気がついてしまった。
◇キュー・ピット・アイ
「おぉ、トーチカ……じゃ、なかったか」
「おうじさまはキークに会いに行きましたわ。まだしばらくかかると思いますわよ」
「そうか。であれば仕方ない、トーチカ抜きでも作戦を実行しよう!」
「……? あら、そちら……おうじさまの端末では?」
輪になった4人組の中央に置かれているのは、
「トーチカが印をつけて残してくれたのだ。重要人物に違いない! これより、我らで確保作戦を始めるぞ!」
「キュピちゃんも来る?」
「いえ。私には、おうじさまを待つ役目がありますもの」
4人組はばたばたと出ていった。名簿に目を通していた時、おうじさまはあの時出会った2人組── ディティック・ベルとラピス・ラズリーヌだったか──をはじめ、生存者に印をつけていた。確かに事件に巻き込まれた当人であれば話を聞けるかもしれないが……わざわざ確保しに行くものだったのだろうか。
「災難ですわね、この『シャドウゲール』さんとやらも」
キュー・ピット・アイは呟き、おうじさまのベッドに潜り込む。魔法少女のいい香りと共に、魔法少女ではない、少年のような汗の匂いがする。それが誰に由来するのかまではわからなかった。