魔法少女育成計画DonutHole   作:皇緋那

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第56話『人小路邸にて』

 ◇犬吠埼珠

 

『人小路邸前駅』なんて、その近くにある1軒の超巨大屋敷のためだけに作られたかのような、使ったこともない駅で降りた。きょろきょろ周囲を見回し、犬吠埼珠としては(・・・・)久しぶりの外出に、自分が変じゃないことをしきりに確認する。

 わざわざこうして、変身せず出歩いているのには理由がある。かつてのパーティメンバーから急な連絡が来たのだ。オールド・ブルーに弟子入りしてからは初めてのことだった。いや、シャドウゲールとはそれなりにやり取りをしていたが、プフレからの連絡は本当に久しぶりだった。

 このやたらと大きな屋敷の周囲をぐるぐると回り、迷子になりかけながら、正面玄関にたどり着く。平日昼間、建設工事の音が響く中、そこからは呼び鈴を押すと出てきた黒服に色々事情を聞かれ、心底怯えながら正直に伝え、この見たこともないような大豪邸の内部に通された。

 

「こうして現実で会うのは初めてだね」

 

 珠を出迎えたのは2人並んだ美少女。少し歳上だろうか。佇まいだけで気品を感じ、柔らかな金の巻き髪のまさにこの屋敷の令嬢といった印象の少女と、その傍らにあってなお不釣り合いを感じさせず、従者らしく付き従う黒髪の少女の、2人組だ。なるほど魔法少女の姿と印象は似ていて、どちらがプフレで、どちらがシャドウゲールかは一目で認識できた。

 

「私は人小路庚江(ひとこうじかのえ)。こちらは魚山護(ととやままもり)。私がプフレで、護がシャドウゲールだ」

「あっ、は、はい……えと、犬吠埼珠です、たまです」

「では珠。どうぞ、こちらへ」

 

 名前と一致しているせいで2回名乗ったふうに聞こえていたのは、言い終えてから気がついた。

 庚江に導かれるまま、ティーテーブルに案内される。護が紅茶を用意してくれ、勧められるがまま口をつけた。……珠には美味しいのかどうかもわからない。猫舌が火傷しそうになったことだけは確かだった。その様子を庚江は微笑みをたたえて見守り、護が席につき、珠がカップを置いたのを合図に、口を開いた。

 

「もうあの事件から1年か、早いものだね。元気にはしていたかな」

「う、うん……元気です」

 

 でなければ、修行にはついていけない。最近はようやく慣れてきた頃だ。

 

「それはよかった。さて、何から話したものか。一番の理由からにしよう」

 

 珠も他愛のない世間話は得意ではない。わざわざ呼び出してきた庚江も、多少は用件を急ぐらしい。すぐに本題が持ち出された。

 

「今回君を呼んだのは他でもない。君が今、命じられている任務に関わる話だ」

「任務……! な、なんでそれを」

「君の師匠から聞いた」

 

 庚江とオールド・ブルーに繋がりがあるとは思わず、狼狽える。確かになんとなくの雰囲気には近しいものがあるような気がするけれど。今の任務は脱獄囚の捕縛で、1年前の事件とはさすがに関わりがない、はずだった。

 

「実を言うと、あれから私も出世してね。人事部門長という立場にいるわけだが」

「えっ?」

「その人事部門が、つい一昨日レジスタンスに襲撃を受けた」

「えっ」

「エントランスがほぼ全焼するほどの被害でね。幸い人死には出なかった。その犯人はスノーホワイトが撃破し確保したわけだが」

「えっ、えっ、ちょ、ちょっと待って」

 

 プフレが人事部門長? レジスタンスの襲撃? スノーホワイト?

 ばらばらに知っていたものがそれぞれ突然繋がり出そうとして、頭の中が混乱する。

 

 人事部門といえば選抜試験なんかを担当しているため多くの魔法少女に関わりのある部門で、クラムベリーもあの時は所属していた、という。その人事部門の長が、今目の前にいる彼女だと。そんな偉い人が知り合いに居たとは。

 そして、その人事部門を、今まさに珠たちが追っている相手であるレジスタンスと脱獄囚が襲撃した。つまり、足跡が残っているかもしれないということ。部門長である庚江は、その情報を持っている、というのだろうか。

 そして最後に……同じ試験を生き残った、スノーホワイト。彼女は監査部門の立場を持ち、悪事を行う魔法少女を捕まえている。脱獄囚なんてものが出て、監査部門が動かないはずもない。スノーホワイトのことはそれほど驚かずに済んだ。

 

 1つ1つ整理して、順を追って驚いていったところで、庚江は大丈夫かな、と声をかけてくれた。とりあえずある程度は飲み込めたとして、頷く。

 

「どうやらオルカはそれすらも話していなかったみたいだが……ここまでは状況の確認だ。ここからは、情報の提供になる」

 

 庚江の目が、真剣な眼差しに変わる。差し出されるのは何かの資料だ。報告書と題され、赤い文字で機密の印が押されている。珠にとっては、見るだけで背筋が凍るようだ。庚江はそれを容赦なく開く。

 

「レジスタンス……かつてのマリア派の調査報告書だ。第四からの脱獄囚に、マッド=ルナという魔法少女がいる。彼女はこのマリア派の幹部で……彼女が逮捕された際のことが記されているはずだ。機密とあるが、キューティーオルカやリオネッタには見せても構わない」

「えっ、と、その……いいんですか、わ、私に、こんな」

「もちろん。君のためにやっていることさ」

 

 開かれた資料には、当時レジスタンスに与していた魔法少女と、各部門混成チームとの戦いが記されていた。マリア派の討伐は、互いに甚大な被害、多くの犠牲者を出しながら、最後にはレジスタンス他派からの裏切りによってリーダーであった『マリア・ユーテラス』が死亡。そしてその右腕だったマッド=ルナの逮捕により、ほぼ全てが幕を下ろした、となっている。

 報告書ゆえに淡々とした語り口だが、起きている出来事はショッキングなものばかり。クラムベリー最後の試験やキークの起こしたゲームのことを、嫌でも思い出す。

 

「さすがに監査部門のデータベース全ては見せてくれなくてね。脱獄囚すべての詳細までは用意できなかった。交戦するようなことがあれば役立ててくれ」

 

 そう告げて、他にも報告書の冊子をいくつか差し出すと、庚江は席を立った。手には魔法の端末が握られている。

 

「お嬢?」

「ちょっとした野暮用さ」

 

 珠だけでなく、護にも聞かせられない話がある、という合図らしい。残された部屋で、護が紅茶を口に運ぶ。

 

「え、えっと……」

「いつものことですよ。珠さんがいてもこうなるとは思いませんでしたが」

「そ、そっか。あの……」

「……どうかしましたか?」

「資料……」

「?」

「読めないところ、教えてほしくて」

 

 読めない漢字は読み飛ばしたため、大枠でしか出来事は理解できていない。結局この頭がいい出来じゃないことは、何を経ても変わらなくて、それでもいいですよと言ってくれる護のような人が仲良くしてくれるのは、恵まれていることだと思う。もちろん、この資料で手助けをしてくれようとしている、庚江のことも。

 

 友達──。

 

 そんな感覚に、思い出してしまうこともある。もう犬吠埼珠ではいたくないと、もうずっと会っていない人だっている。あの子はまだ、珠を受け入れてくれるだろうか。護は珠がそんなふうに、他の人のことを考えているとも知らず、真剣に報告書とにらめっこしている。

 

「……あぁ。彼女のスケジュール帳によると、そろそろかな」

 

 そんな中、ふいに扉の向こうから聴こえた庚江の声は、何かが始まろうとしていることを示していた。

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