魔法少女育成計画DonutHole   作:皇緋那

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第58話『キーク・ワールド・デバッグモード』

 ◇トーチカ

 

 キークの世界の中へ入ってきて、もう何時間が経っただろう。2日くらいは経ったかもしれない。太陽は昇りっぱなしで時間の感覚が失せるようなあてのない空間は、さすがの魔法少女たちにも精神的に堪えるところがある。初めのうちは楽しく談笑が絶え間なく続いていたトットポップと御世方那子でさえ、会話が途切れつつあった。

 

「あ〜もう! 発見もなにもありマセーン! クソゲーデース!」

「……気持ちはわかるけど」

「宝箱どころかモンスターも何もありまセン! エリアがちょっと変わるだけ! 紛うことなきクソゲーデス!」

「さすがのトットも飽きてきたかも」

 

 この先になにかあると信じて進み、風景が変わる度今度こそはと期待し、裏切られてきた。大理石の城、本まみれの図書館、古びた樹海の迷宮、鬱蒼としたジャングル、近未来的な街、どれも無人だ。

 トットポップ曰く、キークの魔法は『電脳世界』。ゲームの世界を作り、他人を招くようなこともできるという。彼女はこの奥の奥に閉じこもっているはずだ。そう言い聞かせて、なんとか気力を保つ。トーチカは己の頬を叩き、さすがのトットポップと御世方那子でさえも口数が減り、寡黙だが尻尾に感情が出やすいクランテイルも馬体の尾が振られていなかった。

 

 廃墟同然の近未来都市を抜け、たどり着いたのはまた大理石のお城。雰囲気は多少違うが、城の中という感触は同じ。まさかこの雰囲気というのは勘違いで、ループしていたりして、なんて最悪の想像が過ぎり、歩調が落ちる。けれどその先に、これまで一切見かけなかったはずの──人影が、あった。

 

「……! トットさん、もしかしてあれが」

「んや。キークちゃんはもっと、これぞ陰キャみたいな感じなのね」

「えぇ……」

 

 その先にふよふよと浮かんでいた少女は、クリーム色の優しい色使いの髪を床に引きずりそうなほどのツインテールにしており、コスチュームはパジャマ姿だった。那子やクランテイルと同じく、なぜかこの空間に迷い込んでしまった魔法少女だろう。リストの中にそれらしき名前があったか、記憶を辿りつつ、真っ先に恐れ知らずのトットポップが接触していく。

 

「どもども。宛のない冒険者トットちゃんご一行のお通りなのね!」

「やぁやぁ、こんなところまでお疲れ様〜。ねむりんでぇ〜す」

 

 波長が合っているのかいないのか、ねむりんは雲に乗ってふわふわ浮かびながら、癒しの笑顔を見せた。ねむりん、リストにはなかった名前だ。事件の関係者を期待していたが、そうではないのだろうか。

 

「こんなとこでなにしてるのね?」

「ん〜、お昼寝かなぁ? 元々ショップ番だったんだけど、誰もこなくなっちゃったから〜」

「ショップ?」

「そうだよ〜、あれ、新しく来た人にも使えるのかなぁ?」

 

 ついに発見されたゲーム内施設はお店だったようだ。だが、棚もなにも見当たらず、近くにあるのは見るからに古めかしい壺ひとつだけ。これがショップには到底見えないが。

 

「魔法の端末から見るんだよ〜」

 

 言われて皆がポケットや懐を探り出す。トーチカも万が一あるかもしれないと思ってそれに乗り、案の定なく、クランテイルの端末を見せてもらう。確かに普段用いるメニューとは別にショップ利用のアプリが追加されていた。開いてみると、商品一覧が表示される。

 そういえばお店と言うなら貨幣が必要だ。上部のこの飴のマークにはゼロが書かれており、やはりこのゲームの中の貨幣は持っていない。それでショップを使っても買えるものがあるのか。ここでも一抹の不安がよぎり、すぐに払拭された。ショップ一覧にはよくわからないアイテム名の羅列があり、その全ての価格に『0』と書かれていた。

 

「デバッグモードだからねえ」

 

 『水のお守り』も『邪神の弓』も『携帯食料』も、なんなら『鍋』や『水鉄砲』といった用途不明のものまで好きなだけ買えるらしい。魔法の端末にインストールし、実体化させる、という手順が必要になるため、トーチカにはどれも使えないのが残念だが、そこは皆に頼るしかない。

 

「モンスターも出ないのに使い所あるんデスカ?」

「いるよ、ラスボス」

「片っ端から全部買っといてよさそうデス。日用品以外!」

 

 手のひらを返して画面をバシバシと連打していく那子。一番激しいのは彼女だが、クランテイルも次々と購入しているらしく、お金の効果音が鳴り響いていた。この間に、何かねむりんにこの空間のことを聞こうと口を開く。

 

「えっと……ねむりんさん」

「どうしたの〜?」

「他の魔法少女は見ませんでしたか?」

「ん〜……でも、あなたたちが探してる人は、あっち。没データゾーンの方にいると思うよ」

 

 ねむりんが指したのは、これまで進んできた道の先ではなく、その傍流。ショップの近くにあった裏道を覗くと、これまでのエリアに突入する以前の、ぐちゃぐちゃした漂流データの塊のような領域がある。それを踏破した先に……と思うと、気が遠くなりそうだ。

 

「うん。あなたたちはねむりんと違って、みんな帰る場所があるみたいだし。ちょっと、働いちゃおうかな」

 

 しかしトーチカたちが幸運だったのは、それをねじ曲げうる魔法少女がここにいたことだった。ねむりんはよいしょ、と雲の上で立ち上がり、深呼吸をひとつ。皆の視線が集まる中、両手のピースを額に当て、相変わらずのふわふわした声で高らかに宣言する。

 

「ねむりんびぃ〜む! びびびびびび」

 

 効果音は口で言うらしい。呆然とするトーチカをよそに、ねむりんの額からは確かに光線が発射され、稲妻のごとく迸り、なにもないはずの空間に向かって激突する。激しく火花が散り、トットポップと御世方那子が「おおー!」「オオー!」と同時に歓声をあげ、やがて空間が歪む。その先に、これまで通ってきたエリアとはまるで異なる、ジメジメした洞窟らしき場所が見える。

 

「ごめんねぇ、今のねむりんじゃボス手前までが限界かも」

「謝らないでください。すごく助かりますから」

「あの長い道を歩き続ける工程がカットされるだけでも最高なのね!」

 

 那子とクランテイルの買い物は終わっているらしい。見ると、2人して手には仰々しい武器、装身具がジャラジャラついている。お守り類を全部装備するとこうなるようだ。和風テイストのおかげか、むしろ卑弥呼チックで似合っていると言えなくもない見た目である。

 買い物は終えた。支度が終わっているなら、あとは進むのみ。魔法少女4人は互いに確認し、ねむりんが開いた孔に向かって駆け出す。ふとねむりんを見ると、可愛らしい笑顔で手を振り、応援してくれているのが見えた。トーチカは思わず立ち止まる。

 

「ねむりんさんは……」

「私は行けないんだ。パーティは4人までだしね。頑張ってねぇ〜」

「トーチカさん? 置いてっちゃいマスヨ?」

 

 慌ててついていき、ねむりんの姿が見えなくなって、たどり着いたのは洞窟の中だった。ジメジメしている分居心地が悪く、密林のエリアを思い出す。が、ここにはボスがいるという。警戒は最大限に強めながら奥へと進む。やがて広い場所に出たかと思うと、そこにはねむりんに続いて2回目となる生命の気配。だが、魔法少女でなく、絶望的な光景だ。

 

「ワーオ、これはものすごくドラゴンデスネ」

「……」

 

 全員、こんなの相手にできるのか、という顔をするしかなかった。赤い鱗、巨大な体躯、見開かれた細い瞳孔。圧倒的な威圧感を誇るそれは間違いなく、ゲームなんかで見るドラゴンだ。周囲を見回したトットポップが最初に口を開く。

 

「なんか線引いてあるのね? この先に入ったら戦闘になるとか?」

 

 試しに石ころを投げ込んだ。するとドラゴンは即座に反応し、炎を吐いて石ころを消し炭にしてしまった。魔法少女でも消し炭にそれてしまいそうなほどの火力、余波だけでも火傷しそうだ。

 

「炎攻撃……そうだ! さっき売ってた水のお守りが効くのね」

「水のお守りだけでは足りまセンネ。この『竜の盾』なら」

「名前的にあいつの素材使ってそうだし効きそうね」

「あと『竜殺し』もありマス! 対策はばっちりデース!」

 

 那子とクランテイル、そしてトットポップの視線が、トーチカの方に向いた。そうだ、トーチカには魔法の端末がない。お守りも盾も剣も買えず、使えない。この空間の仕様らしく、渡されても端末を介さなければ効力が発揮されないらしい。つまり、トーチカは絶対にあの炎を受けてはいけない。

 

「ここで待機してもらうべき」

 

 クランテイルの言う通りだ。悔しいが、トーチカは戦えない。姉のことを追うだなんだ言っておいて、こんな時に前に出られない。ぐっ、と拳を握る。そこへ、トットポップが魔法の端末を見ながら、あー、と声を出した。

 

「どうかしたデス?」

「えっと、えっと……トーチカちゃん、急いだ方がいいかもなのね。ちょっとまずめというか」

「なっ……」

 

 トットポップはぼかそうとしているものの、隠し事は苦手で、現実世界の方で何かが起きているということは明らかだった。背筋が凍る。

 

「でしたら……ワタシとクランテイルさんでドラゴンを惹き付けマス。トットポップさんはトーチカさんを守りつつ強行突破デス」

「え、でもそれは囮ってことじゃ」

「ここは私たちに任せて先に行って」

 

 クランテイルの言葉に愕然とする。が、この先にいるキークに会わなければ、トーチカの目的は果たせない。脱出だけでは、ここに来た意味がない。ここは……2人を、置いていくしか。

 

「お言葉に、甘えさせてください」

 

 那子が頬をつりあげ、クランテイルもほんの少し口角を上げた気がした。

 

「任されマシタ! 行きマショウ、クランテイルさん!」

 

 2人が先行して飛び込み、ドラゴンが吼え、灼熱で応戦してくる。空気が震え、熱されている。クランテイルは次々と下半身の動物を変身させながら、高い身体能力で炎をかわしていく。那子はそのバックアップとして、時に炎をひきつけ盾でなんとか受け止め、隙を見て購入アイテムのひとつ『邪神の弓』で攻撃を試みる。邪神の弓の攻撃力は高く、ドラゴンの鱗を突き通すが、その巨体に致命傷とはなり得ない。憤怒と共に那子を狙いつつ、飛び回るクランテイルには爪や巨体での攻撃で接近を許さない。双方に自らの天敵、竜殺しがあることを理解して動いているようにも見えた。

 

「さすがデバッグモード? のアイテム祭りなのね。2人であいつを翻弄してるのね! 今のうちなのね!」

 

 勇ましく戦う魔法少女と、恐るべきドラゴンの横を、トットポップに連れられ駆け抜ける。ドラゴンは熊に変身して応戦するクランテイルを弾き飛ばし、那子のことを尾で薙ぎ払うと、今度はトーチカを狙ってくる。何発もの炎に対し、トットポップは魔法のギターを掻き鳴らし、音符の海で相殺する。

 

「おお! さすが、課金アイテムのアンプ! めっちゃ威力上がってる!」

 

 なぜかショップにあったアンプは彼女の魔法を強化してくれたらしい。おかげでトーチカに攻撃は届かず、壁に叩きつけられていたクランテイルと那子が復帰。ドラゴンは彼女らの相手にまた手一杯となり、奥にある梯子まで辿り着いた。トットポップに促されて先に上る。きっとトットポップが守ってくれているのだと信頼し、無我夢中で、次へ次へと手を動かす。そうしてやがて、穴から顔を出し、その先にある細い洞窟や抜け道を、時に駆け、時に這って──地底エリアを抜けた。

 

 何か世界が切り替わるような感触がして、景色が変わる。その先にあるのはこれまでにないほど真っ白で、なにもない空間だった。

 

「あっ、あれ」

 

 そしてその中央。回転するタイプのチェアに座って、俯き、こちらを見ることもなく、ただ項垂れている少女。ぶかぶかの白衣、眼鏡、ニーソックス、なんて特徴的な見た目だ。声を出したトットポップに反応して、向けられたその目には光が宿っていなかった。

 

「……だ、れ?」

 

 ぽつりと出る嗄れた声。トットポップの反応からして、彼女が追ってきた者であることに間違いなさそうだった。

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