◇たま
壁に穴を開け床に穴を開け、さらには天井を突き抜けて縦横無尽に逃げ回り、気がつけば来た道を忘れていた。兵士の姿もなければ、延々と続く廊下はなにもない部屋の扉がずらりと並ぶばかり。簡単に言えば、迷子だった。
「どうしよう」
「どうしましょうね」
とりあえず歩みを止めてはいない。ただ、だからこそ迷子になるということには誰も気がついておらず、また時間が経つ。この王城に辿り着くまでそうだった。2人して会話もなく、隣の人について行けばなんとかなるだろうと思っているせいで、彷徨は続く。
「……あ、あの」
沈黙に耐えかねたのはたまだった。シャドウゲールの視線だけが彼女に向いた。
「プフレさんとは、どういう関係なんですか……? あ、いや、その、なんだかすごく仲が良さそうに見えたから」
今聞くのか、という顔をされた。確かにいつでもいい。世間話をしている暇じゃないだろと思われている。その通りだから何も言えない。撤回する勇気もなく、しばらく2人の間に沈黙が帰ってくる。
「……生まれた時から一緒にいる、みたいな」
「家族……なんですか?」
「似たようなものではありますが……私とお嬢は……」
ああでもないこうでもない、どう説明したものかと言葉に詰まっている。たまは待つのがもどかしく、ふいに出たその呼び方を深堀りしに行くことに決めた。
「あの、その『お嬢』って」
「……えっと、それは」
「あ、あの、変とかじゃなくって、なんだか良いですね、特別な存在っていうか。生まれた時からずっと、魔法少女になっても一緒で、ロマンチックかも? ……あっ、といってもその、少女漫画みたいとかって意味ってほどでもないんだけど」
ロマンチックだと言われ、シャドウゲールは露骨に眉間に皺を寄せた複雑な顔をした。言葉選びを間違ったかと慌てて訂正しにかかるが、すぐ彼女の中では納得したらしく、聴こえていない。
「え、えと、ごめんなさい、その、魔法少女の友達とか……あんまりいないから、うらやましくて」
「……そうですか? 魔法少女の友達は私も特に思い当たりませんけど」
「みんないなくなっちゃったから……スノーホワイト、くらい、かな? リップルさんは……まだ苦手で」
自然と首輪に手を触れる。首輪をくれたルーラは友達……とは少し違う、けど。余計な感傷を打ち切ったのは、魔法の端末の通知音だった。
「あ、ラズリーヌさんから『落ち着き次第1階中央に集合』だって」
「1階……ここ何階ですかね?」
「わかんない……」
結局この後、たまはシャドウゲール発案の作戦により、天井と壁に穴を開けまくり、城の屋上に飛び出し、上空から正門に移動するという力業で迷子を解決したのであった。正門にはもう兵団はおらず、ドロップアイテムと思しき槍がごろごろ落ちている。アイテムは魔法の端末にインストールしてから取り出して使う仕様なのだが、乱闘の最中ではこれを魔法の端末に収納する暇もなかったのだろう。いくらかを拾っておきつつ、先に進む。戦闘の痕は激しく続き、中央広間に通ると、壁に寄りかかったカプ・チーノとまず目が合った。
「遅い」
「う……え、えと、夢中で逃げてたら、その、迷子に」
「あたしらも迷子だったし、同じっすよ」
カプ・チーノは激戦で擦り傷が少なからず目立つ。ラズリーヌとディティック・ベルは元気そうだ。ディティック・ベルの方はこれまでなかった髪飾りを装備している。バーチャルねむりんの言っていたエリアボス攻略アイテムかもしれない。ともあれ無事にメンバーは揃った。兵士もどこかに散っていっている。今のうちに、と意を決して中央の荘厳な扉に目を向ける。そこには五つの星のマークが書かれており、1人で押そうとするとびくともしないが、手を触れている間は星がひとつ点灯する。
「触れている魔法少女1人につき1つ、つまり5人でやれば開く」
カプ・チーノの言葉に皆で肩を並べ、一斉に手を触れた。扉が輝き、皆の体が光に包まれ──いつのまにか、大広間ではない場所におり、目の前にあるものは扉ではなく、赤い絨毯と、その先に聳える玉座だった。そこに座るのは、ただ1人。たまが目を丸くするとともに、くぐもった声が響いた。
「ルーラの名の下に命ずる。跪け」
凄まじい全身への重圧。体が勝手に動き、皆は女王の前に片膝をつく。魔法少女たちを見下ろすは城主に相応しい高貴な姿。たまの記憶にある姿よりは彩度が低く、肌も異様に白いが──その姿は紛れもなく、魔法少女ルーラだった。
バーチャルねむりんという前例があった。ゲームキャラクターとして再現されているだけだろう。それでも、たまはあの姿を見ると、目の前で見た初めての死を、綺麗な顔のまま息絶えたあの女性を思い返してしまう。そうして呆気にとられている間に、こつ、こつとハイヒールの足音が近づいてくる。するとたまの隣にいたカプ・チーノへ、次の言葉が浴びせられる。
「ルーラの名の下に命ずる。仲間を襲え」
「……っ!?」
カプ・チーノは抵抗する。が、抵抗してどうにかなる魔法ではない。振り切ろうと藻掻くも虚しく、立ち上がらされた彼女はまず、たまとは逆の隣にいたラズリーヌへと拳をかざす。
「っ、く、体が、勝手に……っ!」
「カプっち……! くっ、あたしも動けな……っ!」
ゲームの中であるせいか、ルーラ本人よりもその効力は絶大だ。命令の効果が複数残っている。現にたまだって動けない。目線の先には、不本意にもラズリーヌを攻撃させられるカプ・チーノに、どうにか抗うラズリーヌ、その後ろで震えるディティック・ベル。そして悠々と王笏を構え、命令の効果を持続させている黒いルーラ。逆隣ではシャドウゲールが重圧に呻き、歯噛みしている。だがカプ・チーノは最後の抵抗に、攻撃の矛先を己自身に変えた。思いっきり自分の顎を殴り、自ら昏倒し、その場に倒れる。カプ・チーノが使えなくなり、王笏の先は仕方なく、今度はシャドウゲールに向いた。
「ルーラの名の下に命ずる。仲間を襲え」
同じ命令だ。隣のシャドウゲールはゆらりと立ち上がり、大振りなレンチを手に、狙うは倒れているカプ・チーノ。その時後ろからディティック・ベルが飛び出した。その手には魔法の端末、そして不意にそこから英国紳士のステッキが飛び出し、レンチに叩きつけられる。ゲーム内で手に入る武器だろう。彼女は震えているのではなく、機を窺っていたのだ。
「ごめんっ!」
シャドウゲールの後頭部を思いっきり打ち付けるステッキ。前衛の魔法少女ほど鍛えていない彼女はあっさり気絶し、そのはずみで倒れかかった先に女王がいる。彼女もそれは予想外だったのかもろに頭同士が激突し、黒いルーラはよろめき、命令が解除された。その隙を、ラズリーヌが逃さない。強烈な膝蹴りが突き刺さり、大きく吹っ飛ばされた。
「……ルーラの名の下に命ずる。動くな!」
立ち上がる間もなく、こちらにも拘束が来る。全員の動きを止めようとした命令だ。立ち上がりながら命令のポーズをとったのだ。それでもなお、止まらなかった者が1人。ディティック・ベルだ。ロイヤルバレッタの魔法耐性が効いている。
「やぁあっ!」
がむしゃらに振り回されるステッキだが、このエリアの宝物庫から回収されたその補正値は+3。ショップで手に入る武器よりも威力は高く、黒いルーラの胴を強かに打ち付ける。衝撃にポーズが解け、だがそれでも諦めることはない。次にルーラが狙いを定めたのはたま達の方だった。
「ルーラの名の下に命ずる! 魔法少女ども、私のために戦え!」
拘束させられていたはずの体が急に動かされる。たまが飛び出し、戦っていたディティック・ベルを背後から襲撃してしまう。その瞬間、瞬間移動の魔法によってラズリーヌが割り込み、彼女を攫った。瞬間移動直後の瞬間は命令の効力に抗いやすいのか、歯を食いしばりつつも、大丈夫、任せるっす、そんな表情をしていた。勝手に動く体が、爪が彼女を傷つけないことを祈り、それを口に出した。
「わ、私の爪っ、危ないから! 気をつけてっ!」
叫んだ瞬間に振り下ろされたたまの手を、ラズリーヌに抱えられたディティック・ベルのステッキが受け止め押し戻す。そしてコートを翻し地面に降りた彼女がレイピアのように突き通した一撃が、ポーズを保ったままで戦おうとしていた黒いルーラの体勢を再び崩す。綻びた一瞬。ルーラの名がまた紡がれそうになったその前に、たまは飛び込み、今度こそ爪を振るう。
「その名前を……使わないでっ!」
魔法が使われる。黒いルーラの頬に作られた僅かな擦過傷から、直径1mになるまで穴が穿たれる。無論肉体は引きちぎられ、彼女は破裂し四散した。残った脚は他のモンスターと同じように消滅していき、すぐに何も残らなくなった。
「はぁ、はぁ……これで、倒せた……よね?」
魔法の端末が通知音を鳴らす。エリアミッションのクリアを告げるメールだ。つまりエリアボスは倒れたということで、たまは緊張が途切れ、大きくため息をついた。ディティック・ベルも同様で、彼女はその場にへたりこんでさえいた。
「はぁぁぁあ……! な、なんとか、なった……!」
「やった……! やったっす! あ、お2人は無事っすかね?」
「気絶してるだけみたい。よかった……」
気絶しているカプ・チーノとシャドウゲールを仰向け寝かせ、規則正しい呼吸を確認。ここで迷子と戦闘のぶんの心労がどっと来て、皆それぞれ立ち上がる気もなく、たまも座り込んだ。
「たまちゃんもベルっちもナイスファイト! っすよ!」
初めは互いに健闘を称え合い、やがてそれにも疲れて、たまとディティック・ベルの口数は少なくなり、最後には気絶組と並んで寝転んでいた。ラズリーヌの方はなかなか減らず、たまは照れ笑いと相槌を少なくとも1時間は繰り返していた。
この時点で、ゲーム開始から3日。お姫様エリアのクリアとほぼ同時に、ログアウトの時が近づいていた。
『これよりイベントが発生します。五分後に全てのプレイヤーを『荒野の街』の広場に強制移動します』