◇トーチカ
「いやぁ、お久しぶり! トットポップちゃんがこーんなバグの底にまで会いに来てやったのね!」
ゲームの奥底、なにもない果ての果てにただ座る少女。トットポップはそれでも構わずに近寄って、朗らかに話しかける。いつも彼女を見ていて抱く緊張感がまた走り、トーチカが息を呑む。少女、キークからの答えはない。
「……誰……」
「だーかーら、トットポップちゃんだって! 可愛い可愛い妹弟子! もうキークちゃんも知ってるんだったよね? これ。ほら、トットのマスター」
「マスター……ピティ……あっ、あ、ぁああああっ!!!!」
いきなりの大きな声に驚かされた。やめろとか来るなとか、私は違うとか、拒絶の言葉を吐き続け、キークは頭を抱え苦しみ始めた。彼女が苦しむ度に空間にノイズが走り、周囲に浮いている物体の輪郭が崩れる。これ以上は空間の崩壊が起きかねない。危機感とともにトットポップを見る。彼女はキークを訝しげに見つめ、しきりに話しかけている。
「おっかしいのね、さすがに忘れられてるとは思いたくないのね〜」
「ちょっ、と、トットさん? あんまり刺激するとこの場所ごとやばいんじゃ」
「あっ! ぶっ叩いたら直るかも!」
「トットさん!?」
彼女はおもむろにギターを振り上げると、頭を抱えるキークに容赦なく叩きつけた。ブツブツ言っていた言葉が強制終了され、彼女を浮遊させていたなにかの力が途切れる。周囲の浮遊物体は軒並み床に落ちて転がった。倒れたキークはそのまま動かない。どころか、ぶん殴られた後頭部から、赤いものが広がってきている、ような。
「あ、あの、これ……だ、大丈夫なんですか?」
「あー……キークちゃんこの魔法の中じゃ無敵のはずなんだけど……本体はひ弱だから? ね?」
ね?ではない。話を聞くとかそういう次元ではなく、そもそもこれ、生きているのか。どくん、どくんと血溜まりが広がってきているあたり、心臓は動いているはずだが。恐る恐る手を伸ばし、なんとか応急処置をしようとした時、空間に声が響いた。無機質な機械音声だ。
『マスターの生命危機を検知。強制再起動を開始。プロテクトを再構築します』
キークの姿が大量のノイズに包まれる。トーチカは指を巻き込まれ、火傷のような痛みを食らって慌てて引っ込めた。指は無事だ。キークを包むノイズも晴れていき、やがて中から現れたのは、無傷のキークだった。血溜まりもなくなっている。彼女はズレていたメガネを直してこちらを見ると、トットポップの存在に嫌そうな顔をした。
「あれ、あたし、確か……ゲームを……何? なんでいるの?」
「ぃやったー! これでこそキークちゃんね!」
「ちょ、ほんとに何?」
「キークちゃんに会いたくてここまで来たんだよ。元気な顔が見れて嬉しいのね」
「っ……いやいや、だから、こっちも忙しいんだから」
キークは明らかに鬱陶しそうな顔をし、ため息をつく。先程までの精神的に追い詰められている様子はない。再起動や再構築と言っていたのが関係しているらしい。こうしてトットポップがいつもの雑談のペースに持っていこうとしたところで、トーチカは口を挟んだ。
「あ、あの」
「……はい? 誰? あー、いや、その帽子……」
「わかりますか。姉のこと」
「ははぁ……なるほど、あんた、ペチカの妹ってとこ? 何、文句言いに来たの?」
「……単刀直入に聞きます。どうして姉が死ななければならなかったんですか。一年前の事件、あれはなにが起きたんですか」
すぐに本題を持ち出し、彼女を見据えた。トットポップでさえも黙って待ち、空間には沈黙だけが立ち込める。キークの目がレンズの向こうで細められ、さらにため息がもう一度。
「『子供達』だからだよ」
「……はい?」
「『クラムベリーの子供達』だから。そして『正しくない魔法少女』だったから」
「正しくないって……そんなの」
「だってそうだよ。あたしのゲームはそのために作ったんだ。殺し合いの魔法少女試験で、友達を見捨てて生き残ったような子は、そうなって当然だって」
……わからない。クラムベリー? 魔法少女の名前か? 正しくない魔法少女? 殺し合いの試験? 何の話だ。姉が、ペチカが……友達を、見殺しにした?
「それだけじゃない。魔王役を言い訳にして、手にかけてるじゃないか。それも2人も。それが正しい魔法少女なわけがない」
「っ、何を言って……」
「あぁ、知らないの? 魔法少女ペチカは人殺しだって」
……信じられるはずがない。キークが好き勝手を言っているだけだ。そうに違いない。トーチカがただ、拳を握った時、キークはそれを嘲笑った。
「いつの間に一年前のことにされてるけどさ。それ、あたしのやったゲームの話だよね? じゃあそれが何のためにあったか、教えてあげる。
あたしの『魔法少女育成計画』は、候補生同士の殺し合いを経て魔法少女になった連中の資格を再度試すものだった。正しい魔法少女は生き残り、正しくない魔法少女は死ぬ。ペチカは後者だった。それだけの話だよ。まっ、魔王役なんて誰でもよかったんだけど──」
「お前はっ……!!!」
トーチカは耐えられなかった。気がつけば、キークに向かって、思いっきり拳を叩きつけていた。頬を殴られた少女は大きく吹き飛び、少し離れてどさりと倒れた。衝撃で眼鏡が外れ、レンズは砕けている。少しして、ようやく起き上がった彼女からは、笑顔は消えて恨めしい表情に変わっていた。いや、今のトーチカの歯を食いしばった顔も、似たようなものだったろう。
「なんだよ……それが用事だったんでしょ。だってのに……!」
キークは逆上し、トーチカのいるところを指差す。すると床に落ちていたルービックキューブやらが動きだし、周囲を取り囲む。攻撃してくるのかと身構えたが、起きた事象はそうではない。キューブ同士の間にビリビリとした力が走り、回転を始める。
「あたしの世界から出てけ……! 強制、ログアウト!」
トーチカはキークの方をずっと見ていた。本当なら、もっと聞き出すべきことがあったのだろう。だが、こいつの話は聞きたくない。もっと……本当のペチカを知っている者がいるはずなんだ。目の前の景色が変わり、無理やりこの電脳世界から引きずり出されていきながらも、トーチカの中には焦りに近いものばかりが渦を巻いていた。
◇キーク
「ったく……なんなのあいつら……!」
頬はヒリヒリ痛む。さっきから電脳世界のプロテクトが弱い。キークの魔法が弱まっている? ここ1年の間の記憶もない。ファルもいない、何がどうなっているのかわからない。
だが、キークがやるべきことは決まっている。また無作為にクラムベリーの子供達を集め、再選別をしてやらなければ。空中に画面を出現させ、新たにゲーム内に招き入れようとして、知らない画面が現れた。
「……は?」
キークが知らない画面など有り得ない。有り得ないのに、そこには「だめだよ」の文字と、可愛らしいデフォルメキャラの絵。この姿……少しだけ覚えがある。NPCに採用した、あのクラムベリー最後の試験の……そうだ、ねむりん。そのねむりんが、なぜこの画面に。
「いろいろあったからねぇ。無意識の部分が夢と混ざっちゃったんじゃないかなぁ?」
「っ──!?」
振り向くと、そこにはふわふわと浮かぶ少女。デフォルメキャラと同じ見た目、間違いなくねむりんだ。彼女の使う夢の中に入る魔法、キークの電脳世界を支配する魔法が、混ざった……? どうしてそんな事態になったか、キークには理解できないが、確かに主導権が己にない。他人を引き込む主導権を、ねむりんに奪われている。
「あの子たちが帰れるまでは、ねむりんがなんとかしなくちゃだからねぇ〜」
ねむりんが眠たげな目で見つめる中、使命を封じられたキークにできることはない。歯噛みして拳を握りしめ、食いしばったせいで痛む頬を押さえた。