◇たま
護衛対象の魔法少女との待ち合わせは、彼女の担当地区で行われた。オルカとは別れ、ノゾカと2人で、コートを羽織り、人目につかない雑木林の中で待つ。彼女は予定の時間よりも少し遅れて、黒い豪華なスカートを揺らして現れた。
「お2人が……ですよね?」
「あっ、は、は、はいっ」
「……護衛、ノゾカセル・リアンと、たま。よろしく」
「ご丁寧にどうも。でしたら私も自己紹介を」
ここで一度切るということは、自分流の名乗り口上を持っているタイプの魔法少女に違いない。アニメ化魔法少女であるオルカをはじめ、中にはそういう人もそれなりにいる。彼女はスカートの両端を持ち上げ頭を下げ、口上を始める。
「変幻する真実を宿せしフリルと幽玄なる荊棘を纏いし黒の終端、或いはブラック・ロゼットと申します」
「えっと……ロゼットさん?」
「変幻する真実を宿せしフリルと幽玄なる荊棘を纏いし黒の終端、或いはブラック・ロゼットです。師匠にこれがいいと伝えただけで正式な申請はこれからですが、いい2つ名ですよね。我ながらいいものができたと思います」
……いや、違う。口上だと思った部分も含めて全部が名前だ。変幻の……有限の……駄目だ、たまにはまったく覚えられない。とにかく元々の名前はブラック・ロゼットで間違いない。戦う魔法少女たちのサークル『魔王塾』を最近卒業したとのことで、実力は折り紙付きだ。
「今日は護衛に来て下さっているんでしたよね。これでも私元魔王塾生ですから、生半可な相手でしたら返り討ちのつもりですが……危険が迫っている、ということですよね」
「そ、そう、なんです」
「ふふ。燃えますね」
そして戦闘を好むからこそ、わざわざ護衛を寄越されるような状況で、笑ってもいられる。たまには無理だ。
「せっかく来てくださったんですもの。お2人とも、付き合ってくださいますか?」
ブラック・ロゼットはそう言い出すと、たまとノゾカを連れていく。町外れ、寂れたシャッター街の一角まで来ると、さすがに一般人からの視線もない。周囲に活気がない中に小さなお店があり、軒先に小さく店名らしきボロの看板が出ている。
「ごめんください」
「あら……ロゼットちゃん。いらっしゃい」
堂々と入店するブラック・ロゼットに、魔法少女のままでいいのかと不安でいっぱいになりながらついていく。すると店の奥では、暇そうな少女が店番をしていた。格好からしても魔法少女らしい。こうして店を構えている人もいるんだ、と思い、知り合いが探偵事務所を作ったという話を思い出した。
「ここにあるものは、魔法少女の身体能力でも破れないように作られてるんです。私、これ合わせるのがすごく好きで。やっぱり色んな服、着たいじゃないですか」
たまだって一応年頃の女の子ではあるが、ほとんどの生活を引きこもり、制服、魔法少女と私服に袖を通さず生きてきたせいで、服飾のことはよくわからなかった。けれど、並ぶ様々な衣服を見ていると、わくわくしてくる感覚はある。ノゾカが隣でふといくつかの商品を手に取り、じっと見つめていた。
「私はゆっくり見てきますので。それはもう1日を潰す勢いで。お2人もぜひ、どうぞ。おすすめです」
薦められて、まあそれなら、と沢山並ぶ商品に視線を戻す。一般人の中に紛れられるような普通の衣服と、魔法少女のコスチュームに近いコスプレ的な衣装が別々のラックに掛かっており、それぞれの華やかさがある。何気なくコスチューム側に行ってみると、よく見るときわどいものが多い。
……いや、たまもお腹を出しているし、ノゾカも鼠径部を見せるかのようなレオタードだ。水着同然、どころか水着そのものがデフォルトの魔法少女だっていたことを知っている。だから、そうだ……魔法少女向けの服屋にスクール水着が並んでいたって、おかしくはない。
「『魔法少女のまま水辺で遊びたい人向け』……たま、行きたい?」
「ひゃっ!? あっ、い、いや、そういうことを考えてたんじゃ、ないけど……」
ふいにノゾカが、水着についていたタグを読み上げた。海やプールに友達と遊びに行く、か。たまには経験がないことで、憧れる気持ちもある。さすがにもうシーズンが過ぎているけれど、来年……たまから声をかけるのは、ちょっと怖いけれど、行ってみたい、かも。
それに──ノゾカになら、過去のことは話すべきだ。
「えっと……ね。コスチュームがこの水着の……白いやつみたいな感じの子と、友達、だったの。思い出しちゃうなって」
「……そう」
ノゾカもたまの経歴は知っている。それがどういう意味なのかはわかってくれる。ぽつりと小さな返事だけが来て、スクール水着をラックに戻す。するとノゾカはまた別の衣類を引っ張り出していて、こちらの方に翳していた。
「これ、似合うかも」
「えっ? そ、そうかな?」
「……うん。似合うよ。私も何か思い出しちゃうくらいに」
それはきらきら輝く、星空をモチーフにしたドレスだ。確かに可愛らしいが、数々の水着やコスプレ衣装よりも、少し遠くにあったそれを手に取ったのは、本当に似合うと思ってくれたからなのか。それとも──たまにとっての、スイムスイム、なのか。
だったらこれもと天使風とお姫様風の衣装を探し、ノゾカが着るならどっちかなと迷ったり、さすがにアメコミ風ぴっちりスーツは……とふいに彼女の方を見る。レオタード部分に限っていえば、似たようなぴっちり度合いだった。ノゾカはノゾカで他にも手に取っており、互いに互いのコスプレを選んでいる。中にはキューティーヒーラーの衣装もあって、オルカのパーカーも並んでいる。本人をまじまじと見たことがないぶん、こんな感じなんだという感想が出たりもした。
「試着、させてもらう?」
「ちょ、ちょっとだけ」
それが護衛任務であることも忘れて、たまは何気なく手にしたお姫様ドレスを持ち、店主がいたカウンターの方に軽く駆けていった。そして、店主を押さえつけ刃を突きつける魔法少女の存在を知った。
「いつの間に──」
「動かないで」
黒い髪、切れ長の目、露出の多い衣装、一際目立つ赤いマフラー。
そして、切っ先のような殺意と、冷ややかな声。たまは彼女を知っている。
「──っ、リップル……!?」
「……たま!? チッ……!」
店主を離し、こちらに向かってぐいと投げてくる。彼女のことは体で受け止め、リップルを追いかけていくノゾカを引き止めた。
「ま、待って、ノゾカちゃっ……!」
「ロゼットちゃんが、ロゼットちゃんがあっちに……」
店主が指したのは店の奥。恐らく裏口か。オルカたちはどう動いている? どっちへ向かえばいい? 一瞬考えて、考えるくらいならと、店主をドレスの上に寝かせ、リップルを追うと決めた。魔法の端末を引っ張り出し、リオネッタを選んで連打する。
『──こちら、リオネッタ』
「裏口! ロゼットさん! お願いします!」
『何が起きましたの? 敵襲?』
「そう、です……ッ!」
『……! 了解ですわ、こちらはお任せなさい』
リオネッタの方から通話が切られ、端末を仕舞いながら店から飛び出した。そこには対峙するノゾカとリップルの姿。リップルの手にはクナイが複数握られ、ノゾカは両手を構えている。一触即発だ。そうはなってほしくない。ノゾカの前に割り込んで、リップルを見据える。
「リップル……」
こうして顔を合わせるのすら数年ぶりだ。互いにスノーホワイトを経由して、ほんの少しだけ近況を聞いていた。だけど、こんなところで、この任務の最中に、敵として出会うなんて。
「これって、反体制派、だ、よね……? どうしてリップルが?」
「……」
返答の代わりに放たれたのはクナイだった。リップルの魔法は必中の魔法。どんな軌道を描いてでも当ててくる。回避という選択肢はない、迎撃あるのみだ。爪で叩き落とし、たまの魔法が粉砕する。相手はやる気だ。彼女の纏う敵意がこちらに向けられている。
「私には……やらなきゃいけないことがある……」
次が来る。二発、三発、放たれる瞬間を見てどうにか合わせる。迫り来る小さな的を引っ掻き続けなければ対処できない。そして、どうにか対処している間、こちらからは仕掛けられない。次々と繰り出される投擲に当て、砕き、たまとリップルの視線は互いに集中し続ける。
「魔法の国は……変えないと……」
「変えるって、そんな、ロゼットさんや店主さんを巻き込んで」
「誰かを巻き込んででも……誰かがやらなきゃ……変わらない」
脳裏に浮かんだのは、スノーホワイトが見せたことのある表情。己に陰がさしてなお、俯いていても、間違っていても、決意で前に進もうとする顔だ。今のリップルは魔法の国に仇なすテロリストの一員に他ならない。スノーホワイトには会わせられない。
一気に何本ものクナイを引き抜き、一斉に投げつけてくるリップル。たまを包囲する形で動いてくる。後退して、まず1つ、2つと潰し、高速でついてまわるのから逃げながら隙を見てクナイを破壊する。しかし振り向いたその時、そこにリップル自身が忍者刀を振りかざしており、こちらは回避するしかない。そして回避に意識を割いた結果、打ち漏らしたクナイがすぐ目の前に。数本の被弾は覚悟した時、どこからか放たれた弾丸がクナイを撃墜した。弾丸のやってきた方向を見ると、ノゾカが指で小窓を作り、己の『枠の中に思い出を映す』魔法を行使していた。今のは銃を使ってくる魔法少女との戦いの思い出だ。記憶から飛び出した銃撃がたまを救った。
「邪魔しないで……」
「対話、終わり。任務、貴方を捕まえる」
事情を知るためにも、ここでリップルを逃がすわけにはいかない。ロゼットや店主の無事を祈りながら、たまは再び爪を構える。