◇フィルルゥ
「こっちの方です。リップルさんに引っ掛けていただいた糸に反応が」
「やるねぇフィルルゥちゃん」
自分はなぜ反体制派に手を貸しているのだろう。レジスタンスの目的である魔法少女を追いながら、フィルルゥはふいに我に返っていた。そもそもどうしてフィルルゥをここまで協力させるのか。監視についているのもトットポップだけどころか、彼女はフィルルゥを一方的にレジスタンスの仲間認定している。マッド=ルナもそれに近い認識だろう。でなければ最重要目標を追跡する役割なんて、任せない。
「あの……」
「? どうかしたのね?」
「そもそも私はレジスタンスではないんですが、いいんですかね、こんな重要なこと」
「それだけ頼りにしてるってことね」
「あ、あはは……そうですか」
隣を歩く彼女から、こうしてこの笑顔を向けられるのは嬉しくなくもない。というか、トットポップと話しているとこちらの前提が狂わされる。フィルルゥは看守、秩序を守る側だ、そのはずだ。己の胸に手を当て、信念を持ち直そうとした。
「あ、そうそう。魔法少女刑務所がなくなるみたいな話が出てるらしいのね」
「……へ?」
「人員とか全部取っ替えて、システムを変えるとか……なんか、囚人を使ってよくないことやらせてた記録が出てきたーみたいな」
「総入れ替え!? それって……つ、つまり」
失職。働く先がなくなったら、もちろん職もなくなる。もしかしたらクビかも、と思っていた不安の部分が、別の方向へと急激に成長した。刑務所がなくなるとしたら……どうする? どうにかなると思っていたら、取り残されるかもしれない。実際、フィルルゥが持っている人脈なんて刑務所関係しかなく、つまり全部なくなるようなものだ。焦りで手元が狂いそうになり、息を荒くしたところで、ふとトットポップのことが目に入る。彼女はまた、笑顔を向けた。
「でもフィルルゥちゃんは大丈夫ね。可愛いトットちゃんたち、仲間がいるから」
リップルが何を欲していて、トーチカが何をしようとしていて、マッド=ルナが何を考えているのかなんて、どれもわからない。一つだけわかるのは、目の前にいるこの彼女だけは、疑うべくもないということ。
「……そうですね!」
もう、レジスタンスでいいか。
フィルルゥは諦め、捕虜の身分でありながら、誰よりも積極的にターゲットを狙う方針に切り替えた。近辺に張り巡らせた糸を使い、その中から逃げているであろうロゼットのことを探す。先程まであった感触が消えている。消失地点からは近いだろうが、どこへ行ったのか。勘づかれたのか。フィルルゥはトットポップを連れて急ぎ、林の中、恐らくは気配が消えたであろう場所で立ち止まった。
「『
その瞬間だ。物陰から飛び出してきたのは炎を纏った魔法少女。飛び込みながらの回し蹴りがフィルルゥを吹っ飛ばす。飛ばされて、魔法で木々の間に網を貼り自身を受け止めさせ、着地直後、コスチュームの糸玉と木に引火したのに慌てているとトットポップの放った音符が地面にぶつけられ、その衝撃波が鎮火を行った。
「何人もの気配、戦場の空気……これでただ逃げてはいられませんね。貴方がたも追手でしょう? もっと、見て行ってくださいよ。私の早着替え」
ブラック・ロゼットだ。資料と異なるのは、長い脚を包むスカートが炎となっているということ。彼女の魔法は『スカートを変化させる』魔法だと聞いた、それが炎のキックを生み出していたというわけか。フィルルゥの糸は絹糸のようなもので、炎には弱い。
「フィルルゥちゃん、無事?」
「あ、はい。すみません、炎を使える相手だと、私の糸は……」
「まあまあ。ここはトットちゃんにお任せね」
前に出たトットポップ。何か策があるのか、と思いきや、彼女はめちゃくちゃにギターを掻き鳴らし始める。音符が実体を持って撒き散らされ、乱反射して木々を抉りながらロゼットの周囲を跳ね回る。炎のスカートを翻して華麗な蹴りで音符を迎撃し、捕らえきれず何発かはロゼットの衣服を傷つけていく。トットポップの演奏はまだまだ止まらない。これはまずいと判断したのか、炎のスカートを一気に膨れ上がらせ、ロゼットの魔法で新たな形となる。
「『
硬質化したスカートが彼女の全身を包み、音符を弾き返した。しかもその、スカートに覆われたままの弾丸みたいな形状で、こちらに突っ込んでくる。トットポップの音符による迎撃は火力が足りず、この状態なら糸が通じるとフィルルゥが前に出る。縫い針をいくつも同時に投げ、地面に縫いつけ、動きが止まったのを認識すると共にロゼットのスカートが解けた。
「『
布が鋼に変わり、回転ノコギリと化した。駆動音を響かせる刃が一気にフィルルゥの糸を切り裂き、さらにロゼットが地面を蹴る。猶予は数秒、トットポップが肩を叩き、上を指した。フィルルゥが木の上方に糸を伸ばし、急速に巻き取り上空へと緊急回避。跳躍で追ってくるロゼットに、トットポップが音符を乱射して迎撃する。
上を取れば、少なくとも彼女の魔法は上半身には作用しない。先程の繭のように全身を包むしかなくなるはずだ。狙い通り、回転ノコギリが硬い殻に姿を変える。そのままでも突っ込んでくるが、糸で拘束すれば打破のためまた刃物や炎に変えざるを得ないはず。木の上から縫い針を構え、投げようとして、またしても技名を聞くことになる。
「『
ロゼットから放たれるナイフの群れ。スカートを変化させて飛ばしたのか。現にロゼット本人のもとには布がなくなっている。好機を認識したフィルルゥが先に飛び込み、トットポップが続く。さらにかき鳴らす音符がフィルルゥに向かってくるナイフをいくつか撃墜し、フィルルゥ自身も魔法の縫い針を駆使して軌道をずらし、最後に真っ直ぐ突っ込んできたひとつを糸玉で受け止めて無力化、そのまま接近したロゼットに糸を通す。トットポップはもうギターを振りかぶっている。ロゼットの糸を引き、構えて魔法を使おうとするロゼットの体勢を崩し、意識を逸らす。出かけた技名が、直後、トットポップが叩きつけた魔法のギターによって潰された。顔面にクリーンヒットした一撃は彼女を大きく吹っ飛ばし、木に激突してようやく止まる。幹が砕け散る衝撃だったが、土煙の晴れた後、ロゼットは立っていた。鼻と口の端の血を拭い、笑っていた。
「いいじゃないですか。修行の日々を思い出します。私を捕まえたいんでしたね、もっと本気でかからなければ捕まりませんよ」
ロゼットの腰、露わだった下着の上に一瞬で布が戻ってくる。これは振り出しか。やはり魔王塾出身者、一筋縄では──。
「……? 音楽?」
「どうかしたのね?」
気配を読もうと伸ばしている糸に伝わってきた振動。アップテンポのアイドルソングのようなものが流れている。そんなものがどうして。混乱しながら、導かれるように、ロゼットよりも向こう側に視線を向けた時だった。何の変哲もないはずの森の中にスポットライトが点き、魔法少女を照らし出す。
「はい、こっち向いて」
どこからともなく流れるイントロ。その瞬間、トットポップも視線を奪われる。何かの力に無理やり動かされたかのような感覚。そしてそれはロゼットにも適用され、無理やり首だけで背後を振り向かされた彼女の首からは、ばきり、なんて嫌な音がした。そのまま力が抜け、崩れ落ちる。
「え……?」
「2人とも、時間稼ぎありがとう♪ おかげで、目標達成だね」
突然訪れたのはマッド=ルナと、彼女の引き連れた終わりだった。倒れ伏し、まだ痙攣しているブラック・ロゼットに対し、ルナは刃物を突き立て、スポットライトを浴びたまま止めを刺していた。