魔法少女育成計画DonutHole   作:皇緋那

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第6話『ねむりんスロット』

 ◇たま

 

 お姫様エリアのエリアボス──モンスター図鑑によると『デスルーラ』を撃破したたまは、その後の休憩中、微睡んでいたところを強制転移させられた。気がつくと、荒野エリアの街に立っている。近くには、ようやく気がついたらしいシャドウゲール、久方ぶりに会う気すらするプフレとマスクド・ワンダーがいる。つまり、パーティメンバーが揃っていた。

 

「例の看板は役に立ったかな?」

「まあ、はい」

「ワンダーの方はどうかな」

「私の方は特に収穫なし、よ。いくつか悪くない湧きポイントはあったけれど、もうエリア解放だし、関係ないわね」

「えっと、こっちはエリアボスと戦って……倒しました……」

「え、そうだったの? すごいじゃない!」

「大手柄だよ」

 

 マスクド・ワンダーは目を輝かせ、プフレからも微笑みがかけられる。純粋に褒められるのは気持ちがいい。思わず自分の頭を搔く。

 

「情報の共有をしておこう。主に他プレイヤーについてだ。会ったことがあるのは?」

「あのチームですね。探偵のディティック・ベル、青い方がラピス・ラズリーヌ、黒い方がカプ・チーノ」

「3人パーティなのかな?」

「あれ、もう1人いるはずですが……」

「姿が見当たらないね。この場にちゃんといるのなら、魔法で見えなくなっている、だとか」

「隠れたい理由がある……?」

 

 そういえば、ディティック・ベルのパーティの残る1人のことは何も知らない。首を傾げて、他の魔法少女たちのことを見回した。これだけの、数えてみると15人も魔法少女が揃っているのは驚きだ。皆バラバラの世界観で、統一性がないのが魔法少女らしい。鹿のケンタウロスと人形と料理人が一緒におり、侍にしきりに話しかけ無視されている巫女を不安げに見つめている。ヒーローめいたスーツの魔法少女が大きな菊の花を身につけた魔法少女に目を輝かせ、チャイナ服の魔法少女に見守られている。

 傍から見れば、深窓の令嬢、黒い看護師、アメコミ風のヒーローに犬というこちらのパーティもおかしなものなんだろう。

 

  『皆さん、3日間のゲーム攻略お疲れ様でしたぽん』

 

 各々の会話を遮るように、大きめに電子音が響く。広場の中央、枯れ噴水の正面に現れる白黒の影。ファルだ。

 

『これより日没とともに一時ログアウト。それから3日後、再ログインしてもらいますぽん。以降もクリアまでこの繰り返しになりますぽん』

 

 皆の視線が彼に向き、静まり返る。

 

『ログアウト時にはイベントが発生しますぽん。プレイヤーに有利なものから不利なものまで、ランダムで1つ発生しますぽん。今回は……』

 

 じゃーん、という効果音と、淡い黄色やピンクの紙吹雪とともに、ファルの隣、何も無かったはずの空間から魔法少女が出現する。お姫様エリアのショップの店番、バーチャルねむりんだった。

 

「バーチャルねむりんだよ〜。今回のスペシャルイベントはね〜……『ねむりんスロット』だよ〜。パーティごとに1つ、ここでしか手に入らないアイテムがランダムにプレゼントされるんだ〜」

 

 それぞれのパーティの目の前に、大きなスロットマシンが出現する。いくつもの電灯がチカチカ輝き、横にある大きなレバーは先端の球体が虹色に発光している。

 

「回したそうな顔をしているね」

「なっ……そ、そういうわけでは」

 

 プフレからシャドウゲールに、からかうような視線と言葉。だが彼女が少しうずうずしていたのは間違いないようで、皆彼女がスロットを回すことについては異論はない。あっさりそのまま代表が決まり、シャドウゲールは前に出て、レバーをガコンと一気に下げた。スロットの回転が始まり、中央のボタンが明滅する。これが停止ボタンらしい。強そうな武器や煌びやかなアイテムなど色々な絵柄が変化していく中、シャドウゲールはしばらく真剣な目で絵柄とにらめっこをした後、その中にあった強そうな武器を目押ししようとして──ズレた。ボタンを押しても即止まることはなく、いくつか滑ってから止まり、正面の絵柄は鍵のアイテムを示していた。

 

『おめでとう! 『車庫の鍵』を手に入れた』

「しゃ、車庫?」

 

 シャドウゲールの手元に出現する小さな鍵。魔法のアイテムっぽい装飾がされているわけでもなく、シンプルな鍵だ。申し訳程度にねむりんを模したキーホルダーがついているが、それ以上でもそれ以下でもない。

 

「隠しエリアに行けるようになるのかしら。いいじゃない」

「でも車庫の鍵って……」

 

 絵柄だけ見えていた豪華アイテムを狙っていたシャドウゲールにとっては、どうしても地味な感じが拭えないらしい。この後、宝物庫とかならまだしも車庫って、と何度か溢しており、そんなに車庫に期待が持てないんだと思った。だが結果は結果。仕方なく、彼女は己の魔法の端末に車庫の鍵をインストールする。

 

『みんないいアイテムは手に入ったかぽん? それではまた次回ログインの時に会おうぽん』

 

 果たして車庫の鍵が役に立つ時は来るのか。少なくとも、現実世界で3日の間、答えはわからないことになった。

 

 

 ◇九条李緒

 

 ログアウトにより意識が落ちていくから目覚めると、李緒は自室にいた。確かにゲーム内で過ごした時間は、現実ではほぼ一瞬だったらしい。しかしそれよりも、魔法の端末が何とも通じなくなっているのが問題だった。

 九条李緒──いや、魔法少女リオネッタとしての仕事が、事実上全てご破算だ。リオネッタの稼業、いわゆる汚れ仕事には汚れ仕事なりの信用が必要だ。突如音信不通になる者に任せるとはいかない。メールも通話も効かないとなると、どうしようもない。ゲームの攻略に注力しろと言いたいのか。マスターの強引な施策に腹が立ち、李緒は気晴らしに目的のない散歩へ出ようとした。不本意ながらも目立たないよう質素な衣服にマスクで口元を隠し、わざわざ現住所を悟られぬよう駅複数個ぶん電車に乗って移動する。

 その途中に思い立ち、まずは口座を確認すると、確かに参加報酬の百万円が振り込まれていた。ゲームのクリア賞金の額はそれよりも高い。それだけあれば、李緒が背負わされた借金を、あるいは吹き飛ばせるかもしれない。

 

 あまり知らない街中で降り、そして、ゲーム内での体験だが、あのおにぎりの味を思い出した。

 

 ──あれは良い。ペチカ、彼女の魔法で紡がれる料理は繊細で、筆舌に尽くし難い。ただの塩にぎりだというのに、塩加減、米の香り、空気の具合、どれを取っても非の打ち所は見当たらなかった。

 

 そもそも借金を返すために汚れ仕事をしているなどという身の上の関係で、これまで私生活の食事も蔑ろにしてきた。現実では魔法少女に変身していれば空腹にはならないし、ゲーム内での携帯食料にも不満はなかった。だが、あの時、お姫様エリアのモンスターから効率よく回収されたキャンディの使い道としてゲームの中のガチャを回し、鍋が手に入ったのをきっかけに、味気ない携帯食料ではなく、ペチカの魔法で作られた食事に手をつけた。あの時ばかりは、寡黙なクランテイルも、あの小煩い御世方那子も、心は同じだったに違いない。食べ終わるまで、皆何も言わなかった。リオネッタでさえ、似合うだけの褒め言葉が見つからないほど。

 

 現実での仕事がこうなってしまっては、李緒もゲームの再開を待ち、早々にクリアを狙う。どこか待ち遠しい、と思うのは、きっとペチカのせいだ。魔法少女として何も気にせず優雅に舞い、そしてあの料理を食べられるのであれば、あるいは現実よりも充実している、のか。

 

「……あら」

 

 気がつけば、知らない中学校の横まで来ていた。校庭では野球部が練習中らしい。縁のない世界だが、何気なくその風景を見ていた。その中に──ふと。知っている横顔がある。

 目を疑った、が、間違いない。グラウンドの横から足早に出ていく少女。清楚で素朴なワンピース姿だが、見ればわかる。あれはペチカだ。魔法少女としてのコスチュームを外して着替えただけの変装といったところか。李緒はペチカの後をつけ、彼女が1人になるのを待った。後を追ってきたらしい野球少年と彼女のやり取りを見守ったのち、公園に誰も来ないのを確認し、彼女に接触する。もちろんその瞬間は、九条李緒ではなく、リオネッタとして。物陰で変身して人形の姿となると、ブランコに揺られるペチカに話しかける。

 

「こんな場所で、奇遇ですわね。ペチカさん」

「え……えっ、あ、え!? り、リオネッタ、さん!? な、なんで」

「本当にただの偶然ですわ。通りがかったところに、見知った顔を見かけただけですのよ」

 

 嘘はついていない。初めは警戒していたペチカだが、リオネッタが隣のブランコに座っても逃げ出すことはなかった。思えば二人きりになるのは初めてのことだ。俯くペチカに何を話せばいいやら、リオネッタは軽くブランコを漕いだ。ブランコに乗るなんて、いつぶりだろう。

 

「あの殿方は?」

「え、えと、彼はその……」

 

 頬を染めるペチカ。踏み込むのは無粋だったようだ。話題を変える。

 

「先のエリアボス、先を越されてしまいましたわね」

「は、はい」

「次エリアこそ、あの御世方那子が扱えるモンスターが出るといいのですけれど」

「そう、ですね」

「お供なしでも盾にはなってくださいますが」

 

 話題を間違えたろうか。ゲームの話を持ち出した途端に、表情が暗くなった気がした。

 

「そう不安がらないでくださいまし。貴女の手は私が守りますもの」

 

 あのゲーム『魔法少女育成計画』は疑えばいくらでも疑えるほどにきな臭い。この先、現実世界に影響が出ないとは言いきれない。いつなにを課されてもおかしくないのが魔法の世界だ。だからこそ、彼女の不安には、私がいなければと思えた。自分のためにまた料理を作って欲しい、なんて欲望でもある。

 

「……あの、リオネッタさん」

 

 リオネッタはブランコを止め、ペチカの続く言葉を待った。

 

「本当に、ずっと、味方でいてくれるんですか?」

 

 ペチカの不安は人を疑うというよりも、自分の意義を疑っているように思えた。だとしたら、彼女のことを肯定すべく、リオネッタは静かに頷く。

 

「貴女が一緒に来てくださるのなら」

 

 例え、人形の手が汚れていたとしても、手を取ってくれるのなら、人形は応えよう。繊細にして巧緻なるその指先が傷つかぬよう。

 ペチカの表情が、少しだけ明るくなったように見えた。

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