魔法少女育成計画DonutHole   作:皇緋那

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第69話『渡さない』

 ◇エンタープリーズ

 

 サッキュー・ラッキューが死んだ。藁部咲楽(わらべさくら)が死んだ。エンタープリーズの大事な友達が、特別な人が、殺された。彼女はエンタープリーズに魔法の力を遺し、身代わりになって死んでいった。

 

 彼女が死んだのは、情報が漏れていたからだ。

 キューティーオルカやあの虹の魔法少女をはじめとした魔法の国の者たちが、奪われたリストの中から、本来ならトーチカが選ばなければ狙われないであろうブラック・ロゼットをピンポイントで護衛する、というのは明らかにおかしな状況だった。

 

「ルナさん。どこかから、情報が漏れていたのではなくて?」

 

 レジスタンスの中に魔法の国に通ずる裏切り者がいる、ということは、真っ先にキュー・ピット・アイが言い出した。彼女はトーチカには聞かせぬよう、マッド=ルナと2人きりになり、直接それを告げていた。

 

「だよねえ」

 

 対するルナの答えはそれだけだ。ルナは椅子に座ったまま足をぷらぷらさせるだけで、探し出そうとはしていなかった。エンタープリーズはただそれを覗き見していただけだが、そのルナの表情からわかる。彼女はサッキューや脱獄囚の1人が死んだことにも何とも思っていない。ただ、最終目的が遠ざかることだけは良しとせず、代わりに速度で対応しようと言い出していた。

 そもそもバラバラの脱獄囚に、寄せ集めのレジスタンス。誰かが裏切っていたっておかしくはない。だからこそ、マッド=ルナは戦力を出し渋っていたのかもしれない。

 

 エンタープリーズにはよくわからない。ただ、ルナが次のターゲットをどう襲おうかと考えて出した時、思わず彼女の所へ飛び出していき、やらせてくれと志願した。本当はキューティーオルカも、あの虹の魔法少女も、何回だって殺してやりたい。もう一度現れたら殺してやろうと思っている。だからその前の1歩目、誰でもいい、野望のため、いや、これはエンタープリーズの八つ当たりだ。誰だってやってみせる。

 それを告げられて、ルナはきょとんとした後、ふっと笑顔になって、素直に頷いた。

 

「うん、いいよ。サッキューちゃんから魔法力を受け取ったきみなら、人殺しもできる」

 

 できなくてどうする。心の中でそう叫びながら、ルナが差し伸べた手に指を重ねる。ルナの手は冷たかった。これがサッキューのあの温かな手指だったら、どんなによかったことか。思わず力を込め、ルナにはくすりと笑われた。出発は少し後で、目標の場所が特定されたら声をかけると言われ、自分の中で覚悟を決める。ぐっ、と拳を握るのだ。

 

 そうして部屋を後にして、エンタープリーズは自分で使っている部屋へ一直線に戻った。もういんくの作戦会議も行われないし、必要ない。すれ違う魔法少女もいない。ただ施錠されていない扉を勢いよく開き、生活感のない部屋でベッドに飛び込む。この数日、まともに使ったこともない布団。あのボロアパートでの生活が恋しい。何をしてもサッキューの影がちらついて、何をしても彼女のことを考える。せめて目を閉じて。それでいいと受け入れるなら、思い出に浸っていよう。

 そうすることも許さないように、やがて扉を叩く音がする。ほんの短いため息をつき、渋々立ち上がって、来客を招き入れた。もう目標の居場所がわかったのかと思ったが、そうではないらしい。来たのはイロハだった。

 

「イロハちゃん」

「エンプリ……平気なんか?」

「なんのこと?」

「いや、その……」

「サッキューちゃんのことなら、平気じゃないよ。平気でなんていたくない」

 

 気まずそうにするイロハを部屋の中に招いた。真新しい椅子を引き、座るように促すが、互いに腰掛けることはなく、立ったまま扉のすぐ側で目を合わせ、普段とは逆にイロハが先に逸らした。

 

「マッド=ルナと話しとったやろ。なんの話やったん?」

「レジスタンスのこと」

「まさか、やけど。次のターゲット、行くんか」

「うん」

「……その、大丈夫な相手なんか? うちは、その、心配で」

「それは平気。サッキューちゃんに貰ったから、元気」

「相手の素性とかは? 名前とか、魔法とか。うちならアドバイスができるかも」

「わかんないよ。全部。それに相手が誰でも関係ないから」

 

 イロハは恩人だ。いんくと共に、エンタープリーズとサッキューを魔法少女に誘ってくれた。誘われなければ、サッキューは死なずに済んだかもしれない。いや、そんなことはいい。魔法少女でいた時間は大事なものだ。エンタープリーズにとって、魔法少女だったこと、彼女が自分のために死んだこと、間違ったことはひとつもない。

 それからいんくの方は頭を抱えてばっかりだという話から始まり、ぽつりぽつりと小さな話題が現れて、割れて消えていった。その中で、振り絞った声がする。

 

「あ、あのな」

 

 エンタープリーズは首を傾げた。

 

「いんくちゃんに悪気はなかったねん。ただちょっと、言葉選びがうまくいかんかったっちゅーか」

「そっか」

「……でな? うちも、言い回しはいんくちゃんと同じようなもんなんやけど」

 

 そう言われるとは思っておらず、首を傾げる。言い回し? 何の話だろう、イロハのこんな態度は見たことがなく、見当がつかなかっから、次に来る一言がエンタープリーズに突き刺さった。

 

「いんくちゃんも連れて、うちら、こっから逃げ出さへん?」

「……え?」

「魔法の国の連中にも、マッド=ルナに利用されてたって言えばええ。まだ、ちょっとの刑務所暮らしで済ませてくれるはずや。オルカやってキューティーヒーラーなんや、投降した連中を殺したりは……」

「イロハちゃん……本気で言ってるの……?」

 

 これまであんなに明るくやってきて、今更怖気付いたとでも言うのか。エンタープリーズにはわからない。逃げ出して何になるのか。それじゃあ、サッキューがどうして死んだのかわからない。彼女とその意味を置いていくなんてできるはずがない。

 見つめるエンタープリーズに、イロハはまた言葉を何度も濁らせ、あぁもうと髪を掻き乱した。

 

「……うちな。オルカに脅されたんや。人小路んとこで戦った時、みんなを逃がした時、死んでもええって思ったはずやのに。自分可愛さに、次の襲撃先をバラす約束をしてもうたんや」

 

 と、なると。つまり、あそこにオルカたちがいたのはイロハが情報を流していたからで。

 裏切り者。今しがた、キュー・ピット・アイが話していたのを聞いたばかりのその正体がイロハで。つまりイロハは、サッキューを死なせた責任は自分にあると言っていて。

 

「……イロハちゃんもそうなの?」

 

 イロハが目を丸くする。呆然とする彼女の首元に手を伸ばす。サッキューがくれた『元気』は、本来なら勝てない相手の身体能力にも負けない力をくれた。振り払おうと抵抗するイロハのことを押さえ込んで、彼女の動揺する目を見ていた。

 

「違うよ。咲楽ちゃんは私だけのものなんだから。咲楽ちゃんが死んだことに、イロハちゃんもいんくちゃんも関係ない。関係ないんだから」

「っ、な、何、や、やめっ……! ま、まだっ、三人でっ……がっ、あ……!」

「三人で……何をするの? 咲楽ちゃんはもういないのに? ずっと語ってきた革命から逃げ出して!」

「っ、く、苦、ぅっ……」

「意味、ないの。嬉しかった、楽しかった、全部、全部! いんくちゃんもイロハちゃんも好きだよ。トットちゃんもトーチカちゃんも大事だよ。だけど、だけど、咲楽ちゃんが! 私は咲楽ちゃんが頷いてくれたからここまで来たんだ。咲楽ちゃんが託してくれたからどこまでも行くんだ。渡さない、理由は誰にもあげない、いんくちゃんだってイロハちゃんだってトットちゃんだってトーチカちゃんだってマッド=ルナだってキューティーオルカだって誰だって、渡さない。渡さない、渡さない、渡さない……私の、もの、なんだから」

 

 手に小さな衝撃が伝わった。ばきり、と音がした気がした。イロハの細い首とその体から力が抜ける。手を離す。イロハがそのまま崩れ落ちる。床に倒れ伏した少女の格好は見慣れた暑苦しそうな防寒具ではなく、ラフな部屋着になっていた。首元には真っ赤な痕がある。まだ痙攣している。もうそこに魔法少女・彩葉流歌はいない。

 

 ……なんだ、こんな感じか。

 

 手と脳裏にまだ残る頸椎の手応え。エンタープリーズはもう、足元に転がる女に目を向けることはなかった。

 

「イロハ! エンプリ! ルナ様からの指令はまだか? 私たちもそろそろ仇討ちに──」

 

 部屋から出ていこうとして、勢いよく開いた扉から、カラフルいんくが顔を出す。もう彼女にも用はない。ただ、すれ違った後、あの時のエンタープリーズのように叫ぶいんくの声が聴こえた。

 それで罪悪感でも、芽生えてくれたらよかったのだが。

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