◇たま
あれからオルカの指示は来ない。『初心に還る』と宣言し、一人でキューティーヒーラーストライプ、つまり自身の出演作の上映会を開始し、それっきりだ……と、ノゾカから聞いた。ここ数日は何かあれば連絡をくださいとだけメッセージを送り、ノゾカと一緒にブラック・ロゼットの遺品を届けるため、広報部門の施設からは離れている。
だがメッセージへの向こうからの返答すら来ておらず、リオネッタにも同様のメッセージを送っても既読すらついていない。レイン・ポゥとポスタリィはそもそも人質であり端末を没収されているため、広報部門とは実質的に別れてしまった形になっている。
これでいいのだろうかとはと思うが、店主さんに頼まれたことは完遂したかった。
「きょ、今日会う人は……大丈夫かな」
小さな包みを持ち、プフレに頼んで連絡をつけてもらい、外交部門所属の魔法少女たちに話を通した。要件はロゼットの遺品、プレゼントとして購入されていた衣服を届けることだ。届けるだけと言えばそうなのだが、生来の人見知りは変わらない、正直怖い。
魔王塾関係の魔法少女と言えば、思い出すのは森の音楽家クラムベリーや炎の湖フレイム・フレイミィ、袋井魔梨華といった錚々たる面子。これまで渡していた者の中には、血の気が多い者もいて、襲われかけたこともある。パッと見の印象とは逆に、パステルカラーの大具足という異様な見た目でありながら素直に服を受け取ってくれた魔法少女もいたりして、魔法少女は特に見かけによらないと実感させられた。ただ、中の人(?)と服のサイズは合うのだろうか、そこは疑問だった。
そして今日会う予定なのは『雷将』の異名を持つ魔法少女だ。外交部門の関連施設での待ち合わせとなり、ドキドキしながら向かう。待っていたのは軍装風の魔法少女。羽織るマントには稲妻模様が描かれ、そのスパークの閃光のような瞳孔はたまに気がつくと、こっちや、と手を振った。
「あんたらが人事部門の、やったな」
「あっ、は、はい、人事部門所属ではないというか、私用……なんですけど」
「人事部門からいきなり話が来た時はどうなるかと思ったわ」
彼女の名はアーデルハイト、だったか。魔王塾卒業生は二つ名も含めて正式名となるため『雷将アーデルハイト』がフルネームだ。ロゼットの手紙に「アーデルちゃん」と書かれていたのを思い出す。彼女に言われるがままその横に座り、さらにその隣にノゾカが並んで座る。そしてノゾカがこれで最後となったプレゼントの紙袋を取り出したのを受け取って、早速彼女に渡した。中身はフリルとレースでいっぱいの黒いドレスだ。アーデルハイトの印象とは異なるが、確かにこういうのも似合うかもしれないと思わせる代物だ。
「なんや、服……ロゼットか? こんなんわざわざ人に頼まんでも……」
「ロゼットさんは……その」
真実を伝えるのを躊躇い、口から言葉を出せなかった。けれど伝えなければどうにもならないのはわかっていて、見つめるアーデルハイトに一言、亡くなりましたと告げた。
「……そっかー、ほんま、死んでもプレゼントとは、お節介やな」
「その……ごめんなさい」
「なんであんたが謝るんや。私に謝られてもな」
これまで何度ごめんなさいばかりを口にしてきただろう。それでどうにもならないとは、皆に言われ続けている。それでも罪悪感は晴れなくて、重くのしかかったままだ。ノゾカが心配そうに手を背に回してくれたのを感じる。私は……。
「てかその犬耳に手袋。あんた……『音楽家殺し』か」
「っ……」
「やっぱりせやろ。うちらの間じゃ有名人やで」
罪悪感……そうだ、人を死なせたのは初めてじゃない。ルーラだって、スイムスイムだって、クラムベリーだって、忘れていた罪悪感ならいくらでもある。アーデルハイトの言葉に彼女が見られなくなって下を向くと、周りからの視線がこちらに集まっている気がして、今すぐ穴を掘ってどこかへ行きたくなった。
「何があったか、私にはようわからんけど……魔法少女、特にうちらみたいなのは生き死にと隣り合わせや。取った取られたがどうこうなんて不毛やし。ロゼットのこと、気に病まんどいて」
「……」
「あ、でも。ありがとな。ロゼットのプレゼント、しゃーないから大事に使ったるわ」
アーデルハイトはこの後もいくらか外交部門の仕事関連の用事があるとのことで、用件が終わると行ってしまった。気を遣ってくれたであろう言葉たち。でも、あの感謝は……少しだけ、たまを楽にしてくれる。もう少しだけ、前を向かなくちゃいけない。レジスタンスを追う戦いはまだ終わってなんかいない。
「……平気、たま?」
「う、うん。受け取ってくれて……よかった」
「完遂、喜んでると、思う。ロゼットさん」
一度宿舎に戻ろうと話し、2人で歩き出す。外交部門のゲートから抜けて、広報部門の拠点施設に続く獣道を辿る。大丈夫、まだみんながいる、ノゾカがいてくれる。次こそは……リップルも、逃がさない。ちゃんと話をして、分かってもらう。胸に手を当て深呼吸をしながら、隣のノゾカと目を合わせ、彼女がその無表情をぴくりと動かそうとしてくれたのを見て笑いが込み上げ、揃って前を向いた。
道中、魔法の端末が着信音を鳴らす。
『私だよ。ディティック・ベル』
「……? はい、たま、です。ベルさん? 」
『ノゾカセル・リアンとは一緒かな』
「そう、ですけど」
『彼女から離れないでくれ。レジスタンスの次の狙いは彼女かも──』
カラン、と何かが当たって、たまの端末が弾き飛ばされる。振り向き、端末に当たったのがクナイであることを認識する。強い衝撃、クナイ、間違いない。彼女だ。気がつけば周囲に人の気配はない。直後、姿を見せたリップルの手には忍者刀が既に構えられていた。
「リップル……ベルさんから、聞いたよ。今度の狙いは……ノゾカ、なんだって」
「……私のやることは、変わらない」
向けられる刃。同じ試験を生き延びた、友達の友達として、リップルには向き合わなくちゃいけない。リップルがノゾカ目掛けて放った複数の凶器をたまが爪と魔法で砕き、彼女の近くに踏み込んだ。振るった爪を刀身で受け流され、振り抜かれた刃を躱す。やはり速い、次々と繰り出される凶器を破壊し続けられるかに懸かっている。そしてたまが捌ききれなくなりそうな時、飛び込んできてくれるのがノゾカだ。その指で作った枠からは他ならぬリップルの刃が飛び出して切っ先を弾く。そして2人で一斉に仕掛けよう、というその時、ノゾカの動きが止まる。
「……ッ!」
歯を食いしばるノゾカ。彼女に迫った手裏剣を止めて、ノゾカが眼だけでぐっと睨みつけるその先には、新手がいる。ひとりはペチカと瓜二つの魔法少女、トーチカ。そしてもう一方の──ハートの散りばめられた衣装の彼女と目が合った時、たまの体にもドクンと掴まれたような感覚が走り、筋肉が強張った。動かない、力を込めようとも動かせない。あの魔法少女の、魔法か。
「ふふ、おうじさま、捕まえましたわ。さっさとすませてしまいましょう」
「……うん、ありがとう、アイさん」
2人組はゆっくりと歩み寄ってくる。アイと呼ばれた魔法少女から、トーチカにナイフが手渡された。トーチカはナイフを握りしめ、刃に映った自分の顔を見つめている。その間に、ノゾカが吠えた。
「……貴様……なぜここにいる……!」
「あら、私をご存知ですの? 運命感じてしまいますわ♡」
「運命、なものか……ロンドを、殺したのは、お前のくせに……キュー・ピット・アイ……!」
ロンド、とは聞いた事のない名前だったが、初めて見せるようなその表情と声色に、きっとそれが大事な人だったであろうことだけは伺い知れる。ノゾカが見せたのは憎悪の目だ。だが対するアイと呼ばれた魔法少女は、その何も心当たりがないようで、首を傾げた。
「あら……失礼、何番目のおうじさま候補だった方でしょう。私、おうじさまでなかった方のお名前はわかりません」
「ッ……お前は、お前はぁ……ッ!!」
「さあおうじさま。必要なのは両腕だけでしょう? 私、あの方の目が怖いですわぁ、助けてくださいましっ」
「……言われなくても、やるよ」
どれだけノゾカが怒りを募らせても、アイの魔法が彼女を離さない。たまも同じだ、動けないまま。体は言うことを聞かない。無理やりにでも動けと力を込め続けていても、無駄な事だ。トーチカが静かに刃を振り上げる。彼女の手元は震えている。下唇を噛み、振り上げたまま、動けないでいる。躊躇う彼女の姿に、たまが見たペチカの最後の姿が重なるようで、見ていられない。何度目かの躊躇、徐々に荒くなる呼吸に、見かねたアイが視線はこちらに向けたままで手を重ね、手助けしてやろうとしたその時だった。
「トモキっ!」
かけられた声に目を丸くして、トーチカが振り向く。着ぐるみのような格好のふわふわした魔法少女だ。彼女の傍らには、息を切らしたディティック・ベルと、真剣な眼差しのラピス・ラズリーヌの姿もある。
「チェル、ナー……? なんでここにチェルナーが」
「トモキ……! だめだよ、そんなこと……!」
「おうじさま。手が止まっていますわよ。巻き込んできたものを無駄にするおつもりですの?」
「っ、ぼ、僕は……っ」
トーチカがナイフを取り落とした。頭を抱え、視線を泳がせて、大きくよろめいて、それに気をとられてアイの視線がこちらから外れた。体の自由が戻ってきたのに気がつくと、ノゾカはもう飛び出している。目標はアイだ。組み付き、トーチカから引き剥がし、己の魔法によって弾丸や刃を呼び攻撃に移っていく。落ちているナイフを拾ってアイも応戦し、金属音が響き、ようやくリップルとたまも我に返った。
「……リップル、2人きりがいい、よね」
「その方がいい」
目を合わせ、どちらからともなく、合図もなく飛び出した。