◇ディティック・ベル
なんとか、今回は間に合ったらしい。
スノーホワイトとフレイミィとは二手に分かれた。戦闘能力に秀でる彼女らには接近するレジスタンスの相手を任せ、機動力と直感力のあるラズリーヌを先に行かせ、急ぐチェルナーに必死で走ってついていって、ようやく追いついた時、そこはもう戦場だった。トーチカがあのキュー・ピット・アイのナイフを手にして、まさに今ノゾカセル・リアンを害しようとする場面だったからだ。
チェルナーの叫びが間に合っていなければ、今頃ノゾカは腕を落とされていたかもしれない。アイの魔法が解けるや否や、ノゾカがアイに襲いかかり、リップルとたまはこの場から離れていく。残されたのはトーチカだけだった。
「トモキ!」
チェルナーが声をかけても、トーチカは息を乱して肩で呼吸をするばかり。敵は敵として、ラズリーヌは戦闘態勢を解かないが、ディティック・ベルにはトーチカが戦える状況にあるとは思えない。今はとにかく、声をかけ続けるしか。
「人事部門で出会った時は伝えられなかったけど。私達よりペチカさんと親しかった魔法少女の心当たりならある。それに監獄にいる真犯人だって、どうにか話を通せば」
「……リオネッタさんとキークならもう会いました」
「なっ──」
「会って……言ってたんです。姉ちゃんは人殺しだって。リオネッタさんはきっと嘘ついたりしてない。でも、僕には……あの姉ちゃんがそんなことできるとは思えない」
そうか、キークはあの封印刑からの脱獄事件で行方知れずとなった脱獄囚の1人だったか。
よろめきながらもトーチカは腰から文化包丁を武器として手に取った。凶器を構えてくるのは、まだ敵対の意思があるということ。待ってくれ、と言っても、返ってくるのは反抗の理由だけだ。
「マリアのレシピが完成すれば……いずれ姉ちゃんにも会えるかもしれない。会って、聞かなきゃ」
死者の蘇生──そんなの、見え見えの甘言だ。いくら魔法の世界でも、そんなことができたらもうとっくにやっている。
なんて断ずるのは簡単でも、それに縋るしかない者のことはどうすればいい。ディティック・ベルだって、あの音楽家に殺し合いをさせられたひとりだ。失うことは……知らないわけじゃない。その心中がどれほど痛いのかは窺い知れなくとも、痛いことは判る。
どう、すればいい。受けた依頼は彼女の確保だけ。首を突っ込んだ事件を解決するには、強引な方法だって解決は解決だ。だけどそれじゃあ、彼女の痛みは取れやしない。トーチカの心には刺さったままになる。奥歯を噛み締め、トーチカに告げる。
「わかった。君のお姉さんについて知っていることを話そう。君のお姉さん、ペチカは……『魔王』役だった」
「ベルっち? 全部、言っちゃうっすか」
ラズリーヌからも話さないようには気をつけてくれていたんだろうが、今自分たちからトーチカにできることはこれだと決めた。彼女の向けた視線には頷いて返し、ラズリーヌはトーチカに目線を戻す。包丁を持つ手が震えているのがわかった。
「……彼女は、ペチカはあのゲームで『魔王』をやらされていた。他の魔法少女を殺さなければゲームから出られない、裏切り者の役職だ。その魔王として、クランテイルと御世方那子……2人を手にかけたのが、ペチカだと聞いている」
「クランテイルと、御世方那子……?」
その名を彼女が知っているとは思わず、復唱に対して素性の話をしようとした。ペチカとチームを組んでいた魔法少女で、と続けてなお、トーチカは何かが引っかかる様子で視線を隅へとやっていた。
「その2人だ、間違いない。他の犠牲者はまた別の」
「……会ったんです。キークの世界で、2人に」
キークは脱獄し、そのままレジスタンスと同行していたのだろう。そしてその魔法の世界、つまりあのゲームの中にトーチカも足を踏み入れていた。そこに那子とクランテイルがいた、ということは。ペチカの手で脱落した2人は、現世に戻ることが出来ていないだけ、なのだろうか。つまり──。
「2人を元の世界に戻す手立てがあるのなら、ペチカは誰も殺していないのと同じだ。被害者が帰ってこられるのなら、そもそも人殺しにはならない」
「……っ、なんだよ、それ」
ぐっと、手に力が入っているのが見えた。
「じゃあっ! 僕が殺させた人達はなんだったんだよ。死んだ人たちは! どうして姉ちゃんだったのか知りたかっただけだったのに、僕は……僕は! それでも! やらなくちゃいけないんだ……っ!!!」
ラズリーヌに向かって包丁を突き刺そうとして、あっさり腕を掴んで受け止められる。それでも表情は鬼気迫るもので、彼女の中で、これまでの事件がどれだけ重いものか思い知らされる。
いや。そもそも、建原智香は中学生だった。その弟妹だと言うのなら、当然、まだ子供じゃないか。
「チェルナーさんは離れてて……僕は……僕はもう、帰れないから」
そんな彼女に、ここまで言わせるのか。
「私は、ただ君の力に──」
「っ、ベルっち! 来てるっす!」
振り向いた。両手に大きな鍵を持ち、襲いかかってくる魔法少女が視界に飛び込んでくる。エンタープリーズ、つまりレジスタンスの新手だ。咄嗟に後方に跳ぼうとし、バランスを崩して尻もちをついた。すかさず敵は追ってきて、魔法のテレポートで青い煌きが割り込み、鍵を蹴飛ばし攻撃を逸らす。それでもさらに振り回し、攻勢をやめない。ラズリーヌは次々と身を躱して、時に受け流して対応し、大鍵は空を切り続けていた。
「邪魔しないでよ……抵抗しないでよ……大人しく死んでよ……」
「そうもいかねーっすよ。探偵は悪い奴捕まえるもんっす」
「っ……なにしてるのトーチカちゃんっ! 殺してよ! こいつらっ、魔法の国の……敵なんだよ!」
「わ、わかってるって……!」
エンタープリーズの叫びに、トーチカがよろめくように駆け出してこちらに来る。自分が立ち上がってすらいないことを思い出し、慌てて後退りして、振り下ろされる包丁をすんでのところで避けることができた。それも長くは続かない。苦しんだ表情のまま、歯を食いしばって刃を強く握り、掲げられた銀色が鈍く光った。
「ごめんなさい──」
「ダメぇっ!!!」
チェルナーだ。数メートルほどのサイズに巨大化した彼女はその巨体でトーチカを叩いた。トーチカはあっけなく吹き飛び、木にぶつかった。肺から空気を一気に吐き出し、痛みに呻く。
「がっ……!」
「それだけはダメ……トモキはチェルナーのファミリーだから。ダメなことは、チェルナーが叱るんだよ」
「……チェルナーさんまで……っ」
トーチカが視線を落とす。思わず、彼を心配して駆け寄った。衝撃でナイフはどこかへ行ったらしい、手元には見えない。ラズリーヌはエンタープリーズに対処している、肩を貸せるのは自分だけだ。傍らに屈み、その手を自分の肩に回させる。
その時ようやく、彼女の足元すぐそこに、包丁が落ちているのが見えた。トーチカも同時に気づいたのだろう。咄嗟に蹴飛ばすことができたらよかったのだが、トーチカの方が反応が早かった。反射的に掴み、振り上げ、そして、躊躇った後、手から力が抜けて地面に転がった。
「……できるわけ、ないだろ」
呟きを最後に、戦意を失ったらしかった。
「……なんで……なんでっ!! 動いてよ、動けよ! 咲楽ちゃんが殺されたんだよっ!!! 私たちの目的はっ、私たちがやらなくちゃ、ぁぐ……ぅっ!?」
エンタープリーズがその様子に叫び、ラズリーヌは逃がさなかった。振り向いて隙を晒した瞬間、打ち込まれた拳で言葉が途切れる。鳩尾への一撃、並大抵の魔法少女なら一発でノックアウト。彼女もその例に漏れず、そのまま意識を手放しラズリーヌにもたれかかった。
「加減はしたっす」
トーチカとエンタープリーズの身柄はこれで確保したと言えるだろうか。スノーホワイトからの連絡はなく、たまやノゾカの様子はわからない。けれどそこへ、トーチカが呟いた。
「……残りのレシピはルナさんに伝えてある。レジスタンスの目的は、僕が欠けてももう止まらない」
そうだ、そもそもレジスタンスはノゾカを狙っていた。そして最悪のパターンを想像してしまった途端、遠方から爆発音が響いた。