魔法少女育成計画DonutHole   作:皇緋那

73 / 88
第72話『ラスト・ピースⅡ 少年は尚』

 ◇ディティック・ベル

 

 なんとか、今回は間に合ったらしい。

 スノーホワイトとフレイミィとは二手に分かれた。戦闘能力に秀でる彼女らには接近するレジスタンスの相手を任せ、機動力と直感力のあるラズリーヌを先に行かせ、急ぐチェルナーに必死で走ってついていって、ようやく追いついた時、そこはもう戦場だった。トーチカがあのキュー・ピット・アイのナイフを手にして、まさに今ノゾカセル・リアンを害しようとする場面だったからだ。

 

 チェルナーの叫びが間に合っていなければ、今頃ノゾカは腕を落とされていたかもしれない。アイの魔法が解けるや否や、ノゾカがアイに襲いかかり、リップルとたまはこの場から離れていく。残されたのはトーチカだけだった。

 

「トモキ!」

 

 チェルナーが声をかけても、トーチカは息を乱して肩で呼吸をするばかり。敵は敵として、ラズリーヌは戦闘態勢を解かないが、ディティック・ベルにはトーチカが戦える状況にあるとは思えない。今はとにかく、声をかけ続けるしか。

 

「人事部門で出会った時は伝えられなかったけど。私達よりペチカさんと親しかった魔法少女の心当たりならある。それに監獄にいる真犯人だって、どうにか話を通せば」

「……リオネッタさんとキークならもう会いました」

「なっ──」

「会って……言ってたんです。姉ちゃんは人殺しだって。リオネッタさんはきっと嘘ついたりしてない。でも、僕には……あの姉ちゃんがそんなことできるとは思えない」

 

 そうか、キークはあの封印刑からの脱獄事件で行方知れずとなった脱獄囚の1人だったか。

 よろめきながらもトーチカは腰から文化包丁を武器として手に取った。凶器を構えてくるのは、まだ敵対の意思があるということ。待ってくれ、と言っても、返ってくるのは反抗の理由だけだ。

 

「マリアのレシピが完成すれば……いずれ姉ちゃんにも会えるかもしれない。会って、聞かなきゃ」

 

 死者の蘇生──そんなの、見え見えの甘言だ。いくら魔法の世界でも、そんなことができたらもうとっくにやっている。

 なんて断ずるのは簡単でも、それに縋るしかない者のことはどうすればいい。ディティック・ベルだって、あの音楽家に殺し合いをさせられたひとりだ。失うことは……知らないわけじゃない。その心中がどれほど痛いのかは窺い知れなくとも、痛いことは判る。

 

 どう、すればいい。受けた依頼は彼女の確保だけ。首を突っ込んだ事件を解決するには、強引な方法だって解決は解決だ。だけどそれじゃあ、彼女の痛みは取れやしない。トーチカの心には刺さったままになる。奥歯を噛み締め、トーチカに告げる。

 

「わかった。君のお姉さんについて知っていることを話そう。君のお姉さん、ペチカは……『魔王』役だった」

「ベルっち? 全部、言っちゃうっすか」

 

 ラズリーヌからも話さないようには気をつけてくれていたんだろうが、今自分たちからトーチカにできることはこれだと決めた。彼女の向けた視線には頷いて返し、ラズリーヌはトーチカに目線を戻す。包丁を持つ手が震えているのがわかった。

 

「……彼女は、ペチカはあのゲームで『魔王』をやらされていた。他の魔法少女を殺さなければゲームから出られない、裏切り者の役職だ。その魔王として、クランテイルと御世方那子……2人を手にかけたのが、ペチカだと聞いている」

「クランテイルと、御世方那子……?」

 

 その名を彼女が知っているとは思わず、復唱に対して素性の話をしようとした。ペチカとチームを組んでいた魔法少女で、と続けてなお、トーチカは何かが引っかかる様子で視線を隅へとやっていた。

 

「その2人だ、間違いない。他の犠牲者はまた別の」

「……会ったんです。キークの世界で、2人に」

 

 キークは脱獄し、そのままレジスタンスと同行していたのだろう。そしてその魔法の世界、つまりあのゲームの中にトーチカも足を踏み入れていた。そこに那子とクランテイルがいた、ということは。ペチカの手で脱落した2人は、現世に戻ることが出来ていないだけ、なのだろうか。つまり──。

 

「2人を元の世界に戻す手立てがあるのなら、ペチカは誰も殺していないのと同じだ。被害者が帰ってこられるのなら、そもそも人殺しにはならない」

「……っ、なんだよ、それ」

 

 ぐっと、手に力が入っているのが見えた。

 

「じゃあっ! 僕が殺させた人達はなんだったんだよ。死んだ人たちは! どうして姉ちゃんだったのか知りたかっただけだったのに、僕は……僕は! それでも! やらなくちゃいけないんだ……っ!!!」

 

 ラズリーヌに向かって包丁を突き刺そうとして、あっさり腕を掴んで受け止められる。それでも表情は鬼気迫るもので、彼女の中で、これまでの事件がどれだけ重いものか思い知らされる。

 いや。そもそも、建原智香は中学生だった。その弟妹だと言うのなら、当然、まだ子供じゃないか。

 

「チェルナーさんは離れてて……僕は……僕はもう、帰れないから」

 

 そんな彼女に、ここまで言わせるのか。

 

「私は、ただ君の力に──」

「っ、ベルっち! 来てるっす!」

 

 振り向いた。両手に大きな鍵を持ち、襲いかかってくる魔法少女が視界に飛び込んでくる。エンタープリーズ、つまりレジスタンスの新手だ。咄嗟に後方に跳ぼうとし、バランスを崩して尻もちをついた。すかさず敵は追ってきて、魔法のテレポートで青い煌きが割り込み、鍵を蹴飛ばし攻撃を逸らす。それでもさらに振り回し、攻勢をやめない。ラズリーヌは次々と身を躱して、時に受け流して対応し、大鍵は空を切り続けていた。

 

「邪魔しないでよ……抵抗しないでよ……大人しく死んでよ……」

「そうもいかねーっすよ。探偵は悪い奴捕まえるもんっす」

「っ……なにしてるのトーチカちゃんっ! 殺してよ! こいつらっ、魔法の国の……敵なんだよ!」

「わ、わかってるって……!」

 

 エンタープリーズの叫びに、トーチカがよろめくように駆け出してこちらに来る。自分が立ち上がってすらいないことを思い出し、慌てて後退りして、振り下ろされる包丁をすんでのところで避けることができた。それも長くは続かない。苦しんだ表情のまま、歯を食いしばって刃を強く握り、掲げられた銀色が鈍く光った。

 

「ごめんなさい──」

「ダメぇっ!!!」

 

 チェルナーだ。数メートルほどのサイズに巨大化した彼女はその巨体でトーチカを叩いた。トーチカはあっけなく吹き飛び、木にぶつかった。肺から空気を一気に吐き出し、痛みに呻く。

 

「がっ……!」

「それだけはダメ……トモキはチェルナーのファミリーだから。ダメなことは、チェルナーが叱るんだよ」

「……チェルナーさんまで……っ」

 

 トーチカが視線を落とす。思わず、彼を心配して駆け寄った。衝撃でナイフはどこかへ行ったらしい、手元には見えない。ラズリーヌはエンタープリーズに対処している、肩を貸せるのは自分だけだ。傍らに屈み、その手を自分の肩に回させる。

 その時ようやく、彼女の足元すぐそこに、包丁が落ちているのが見えた。トーチカも同時に気づいたのだろう。咄嗟に蹴飛ばすことができたらよかったのだが、トーチカの方が反応が早かった。反射的に掴み、振り上げ、そして、躊躇った後、手から力が抜けて地面に転がった。

 

「……できるわけ、ないだろ」

 

 呟きを最後に、戦意を失ったらしかった。

 

「……なんで……なんでっ!! 動いてよ、動けよ! 咲楽ちゃんが殺されたんだよっ!!! 私たちの目的はっ、私たちがやらなくちゃ、ぁぐ……ぅっ!?」

 

 エンタープリーズがその様子に叫び、ラズリーヌは逃がさなかった。振り向いて隙を晒した瞬間、打ち込まれた拳で言葉が途切れる。鳩尾への一撃、並大抵の魔法少女なら一発でノックアウト。彼女もその例に漏れず、そのまま意識を手放しラズリーヌにもたれかかった。

 

「加減はしたっす」

 

 トーチカとエンタープリーズの身柄はこれで確保したと言えるだろうか。スノーホワイトからの連絡はなく、たまやノゾカの様子はわからない。けれどそこへ、トーチカが呟いた。

 

「……残りのレシピはルナさんに伝えてある。レジスタンスの目的は、僕が欠けてももう止まらない」

 

 そうだ、そもそもレジスタンスはノゾカを狙っていた。そして最悪のパターンを想像してしまった途端、遠方から爆発音が響いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。