魔法少女育成計画DonutHole   作:皇緋那

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第73話『ラスト・ピースⅢ 愛と思い出の輪舞曲』

 ◇キュー・ピット・アイ

 

 生田愛(いくたまな)は、愛するために生まれ、愛されるために生きる女の子である。魔法少女になる前からそう。魔法少女『キュー・ピット・アイ』に選ばれてからも、ずっとそうだ。

 運命の王子様(おうじさま)を探して、魔法少女になってからもずっと探して。見つけたと思っても、(まな)を拒む偽物で、何度も悲しい別れを経験してきた。

 

 でも、挫けなかった。騙されて金銭を搾られても、近寄るなと叫ばれても、殺されかけるほどの暴力を受けようとも。アイはいつか来るその日を待ちわびていた。運命の王子様(おうじさま)じゃなかった相手のことなんて忘れてしまえばいい。偽物は、二度と間違えないよう、消してしまえばいい。

 

 どこまでも、本当の運命を探して、探して、探し続けて──それを阻んだのが、『魔法の国』と『魔法少女狩り』だった。

 

 (アイ)はただ、(あい)を探していただけなのに。あろうことか、監査部門からやってきた魔法少女はアイを逮捕。これまで消してきた偽物の王子様たちのことを取り沙汰され、一度は魔法少女を辞めさせられた。記憶を消されて放り出されて、生田愛には運命があったような気だけが残った。

 

 だけど、そこにはわずかな違和感があった。本能(こころ)が覚えていたのだ。(まな)はまた運命の相手を探して、自分がキュー・ピット・アイだった痕跡と、王子様候補を見つけ出した。偶然すれ違ったその匂いで、全てを思い出したのだ。

 それだけ思い出してしまえば、魔法少女に再び変身することだってできた。記憶を消されて変身する方法さえ思い出してしまえば、また魔法少女になれるのだ。

 

 運命を決して逃がさない、執念と愛情を司る蛇の魔法少女、それがキュー・ピット・アイ。蛇は永遠の象徴だ。アイは永遠で、(あい)は永遠だ。

 それなのに、彼女は舞い戻ったアイを拒絶した。運命が偽物だったことに気付かされたアイは、これまでと同じように偽物を始末して、また次の運命を探す旅に出るところだった。

 そんな時に出会ってしまったのがあの『魔法少女狩り』だった。彼女はアイの魔法である『視界に捉えた相手の動きを封じる』魔法を、視界を遮り、身を隠しながら戦い続け、姿を見せることすらなくアイを制圧した。あの悔しさには、キュンと来てしまうほどだった。少しだけ、この人に会うために戻ってきたのかな、なんて思ったりもした。

 

 そして2度目の逮捕を受けて、魔法少女としての記憶を抹消する刑でさえ刑として作用しなかったことから、身柄をそもそも封印する、という措置が取られてしまったのだった。

 連行された時のことはよく覚えている。わざわざ目隠しなんてして、目を合わせるなよと言い含められていた。失礼なものだ。運命の人はアイが決める、どころか決まってしまうものだ。見えなくたって、居ればわかる。

 

 そう、そうだ。あの時、挨拶と称して向こうから会いに来てくれた時。永遠に続く封印の地獄からアイを解き放ち、忌々しい目隠しも外して、ここまで連れてきてくれたあの王子様候補(トーチカ)。今、アイの一番の運命は彼女にある。

 

 彼女がやろうとすることのためだ。運命がそう言っている。愛の邪魔をする魔法の国なんて壊してしまう反体制(レジスタンス)、いいじゃないか。

 

 アイは己の目の前で怒りを露わにする標的を前にしてなお、彼女のことはまるで頭になかった。だって、彼女の語る元王子様候補なんて、記憶から消してあるんだもの。

 

 

 ◇ノゾカセル・リアン

 

 ──ノゾカセル・リアンには友達がいた。

 銀河色のドレス、コスチュームに着けられた鎖、輝くプラチナの髪。名前はロンド、『アン・ドゥ・ロンド』。中学校のクラスメイト同士で、魔法少女になる試験で一緒に合格して、友達になった。ロンドは試験の時も助けてくれたし、口下手なノゾカによく話しかけようとしてくれた。

 

 気弱だけど心優しく、率先して人を助け、誰かのために身を粉にする。まさに、魔法少女らしい魔法少女。彼女はそういう女の子だった。ノゾカはずっと、ロンドを魔法少女として尊敬し、友達として傍にいたかった。その分け隔てない優しさの心地良さを、ずっと浴びていたかった。

 

「なのに……お前は……ッ!!」

 

 指で作った枠の中から銃弾を放つ。アイが止められるものは眼球の数まで。3発目からは止められない。それは本人が最も理解していて、一瞬の停止から避けられる体勢を作って確実に回避してくる。格闘に持ち込んでも、こちらの攻撃が当たりそうな瞬間には体が動かなくなり、回避しようとしてまた動きが封じられ、思うように動けない状況が続く。常に指の枠は作り続けていなければ、いつか隙を刺される。

 思考を読みアイを完封したという魔法少女狩りが羨ましい。羨ましい反面、こいつの思考が流れ込んでくるのは拷問かと思い当たり、失笑する代わりに口の中に溜まった血を吐き捨てた。

 

「仇敵ッ……お前だけは──ここで──!」

「仕留めたいのはこちらも一緒ですわ」

 

 踏み込もうとして動きが止まる。この感覚、慣れたくもないが慣れてしまったものだ。刃が走り、ノゾカの肩が切り裂かれる。幸い傷は浅く、痛いだけだ。ただ、アイは躊躇うような奴ではない。その傷口をさらに抉るように突き刺そうと、ナイフを持ち替えるのが見えた。

 

 ノゾカは辛うじて作れていた指窓からあるものを飛び出させた。それは地面に落ちるや否や、衝撃で内部から激しい輝きを放つ。つまり──閃光弾だ。

 視覚が奪われたことで魔法が解ける。こちらは位置くらい知っている。渾身の力を込めて脚を振り抜き、叩きつける。手応えは確かだ。光が晴れ、腹部に食らったアイが目線を戻すより先に、弾丸の召喚と次の蹴りのため踏み込んだ。アイが咄嗟に銃弾を優先し、二発目の蹴りは食らって吹き飛びながら、致命的な銃創は免れる。地面を転がり大きく咳き込みながら、アイは立ち上がってくる。

 

「げほっ、げほっげほっ……! 嗚呼、ここまで……きゅんとこない痛みは初めて……ですわ。あまりにも運命を感じない」

「奇遇……私もだよ」

 

 今度は指窓から起こすのは黒い煙だ。思い出の中から激しく黒煙を撒き散らして視界を奪い、薄く見えたアイは見るからに不快な顔をしていた。そしてむしろ突っ込んできてくれるのを認識し、互いの視界が奪われた中、風切り音と師匠に鍛えられた直感で攻撃を流す。勢いよく突き出される攻撃に横から肘で軌道をずらして頬や肩への浅い傷だけに留め、致命傷を避け続ける。ペースはこちらのものだ。煙の中ならアイの奴の顔も見なくて済む。

 

 ──そこへ響いてくる、突如起こったメロディ。アイドルソングらしいイントロに、ラズリーヌ候補生としての直感が働いた。何かがまずい。アイの刺突を1度、最小限致命傷を避けて背中に受け止めながら、メロディのする方に振り返った。アイの魔法が来るよりも先に、黒煙の中からでも見えるスポットライトが視界を埋めた。

 

「はーい、こっち向いて」

 

 視線が強制的に、その小さなライブステージに吸い込まれる。中央に立つのはアイドルめいた魔法少女。強制的に注目させる魔法か。あのまま背を向けていたら首が折れていた可能性すらある。

 そうだ、こいつ、レジスタンスの首謀者の──。

 

「……あれ? あーあ、気づかれちゃったか。まあいいや、やっちゃえ〜」

 

 メロディは流れ続ける。視線は突如現れた魔法少女に固定され、幸いアイの魔法もノゾカには作用できないようだ。互いに余所見しながらの応酬だ。視界の隅で刃をいなし、闇雲な蹴りは当たらず、切りつけられたのを避けて指窓からの刃で切りつけ返す。当たったのか、今飛び散ったのはどちらの血か、それすら把握出来ない。

 そして最悪なのは、ステージから踊りながらこちらに来る者がいたことだ。目線は彼女に奪われたまま、アイの攻撃が続く中、彼女は振り付けの中にあるらしいキックでノゾカを蹴りつけ、予想外の一撃にノゾカも防御できなかった。顎へのクリーンヒットで脳が揺れる。その瞬間また刺傷の痛みが襲って来た。今度は脚、太腿だ。蹴りを潰しに来たらしい。

 

「はぁ、はぁ……無駄な抵抗はおやめなさいな。必要なのは貴方の体だけ。それ以外は要りませんもの」

 

 体──? わざわざ殺して、死体を何かに使おうとでも言うのか。アイの言葉を受けて、ノゾカの中にひとつだけ、最終手段が浮かび上がる。誰に会えなくなってもいい、ここでこいつらだけを連れていく、というのなら。

 

 ここは獣道、普通は誰も寄り付かないような防風林だ。たまからも、途中で現れたあの魔法少女たちの一団からも、大きく離れた。たまには、この女を近づけずに済む。そして、巻き込む覚悟でしか使えない思い出もある。

 ステージの魔法少女は踊り続けている。アイはそこに視線を奪われながらも、ノゾカに馬乗りになり、腿に突き刺したナイフを握っている。好機はここにある。曲のワンコーラスが終わり、メロディが途切れたその瞬間、そっと、指窓を作る。

 

「……! 今度は何を」

 

 次にノゾカが映した思い出から黒い物体が転がり出る。無骨な形状に不釣り合いな装飾、そして取り付けられた残り数秒を示すタイマー。アイはその正体にすぐさま気がついたのであろう。凶器を手放しすぐさま逃げようとする。逃がすものか。指窓を覗くように、飛び退いたアイには『視線』を贈る。

 もう1人はダンスに夢中で、こちらには目もくれない。ありがたい話だ。お前も巻き込めるんだから。

 

「っ、これは……私の……!」

「……あれ? アイちゃん? 仕留められてないけど、それって」

「単純、明快。爆弾を作る魔法少女に1度、見せてもらった。さすがに爆発そのものは受けたことはないけど……言っていた。魔法少女消し飛ばすくらいは余裕だって」

「まさか貴方は──」

「体が欲しいんだった? 残念。思い出だけになってやる」

 

 ノゾカは笑って、踊り続ける魔法少女のステージに、そのとっておきを蹴りこんでやった。タイマーがゼロを示す。思い出を映す鏡は割れていく。跡形もなく──。

 

 

 ◇キュー・ピット・アイ

 

 爆炎が晴れる。熱いや痛いを通り越して、その瞬間は何も感じなかった。最後の最後、爆発の瞬間にマッド=ルナを狙ってくれたお陰で、アイの火傷は──愛がなければ死んでいたくらいには深刻だが、愛があれば死なない程度だとも言えた。防御がうまく間に合わなかったらしく、左目には何も映らない。焼けてしまったのか。魔法少女キュー・ピット・アイとしては、四肢よりも大事なものが持っていかれた、というわけだ。

 

「……やっ、て、くれました、わね」

 

 立っている力をなくし、その場に膝から崩れ落ち、周囲を見回す。落ちているのが、マッド=ルナが魔法を使う際に持ち込む小ステージの破片なのか、ノゾカセル・リアンの焦げた跡なのか、マッド=ルナがこの中に含まれているのか、その判別すらもつかない。

 ただ、少なくとも、レジスタンスが材料として欲していたノゾカの両腕は、この世になくなった。その点で言えば、勝ち逃げ、されたと言う他にない。

 

「……はぁ。王子様でもないくせに……こんな運命が、あってたまるものですか……」

 

 アイは地面に転がった。まだ動けない。残った右目に映るのは、無駄に青い空。

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