◇たま
痛い。切断された右肩の断面が焼けるように痛む。思わず手で押さえ、どくどくと溢れ出す血で肉球が真っ赤に染まる。けれどそれよりも、それを見てしまったスノーホワイトに、あんな顔をさせたことが何よりも心を痛ませる。現実を受け入れられない、茫然自失の顔。
「っ……違う、の……! スイムちゃんを止められなかった私がっ、受け止めなくちゃっ……だから、リップルは何も……!」
どうにか言葉を絞り出して、自分の痛みにも言い聞かせるように、これは当然の報いなのだと吐き出した。対するリップルは血のついた刀を取り落とす。きっと今は同じ気持ちだ。スノーホワイトだけは、巻き込みたくなかった、なんて。
「ッ、私は──」
「あは……みぃつけた。魔法の……腕ぇ……」
歯を食いしばり、拳を握り直し、何かを吐き出しかけたはずが、突如として声がした。煌びやかなステージ衣装は焦げ、肌は焼け爛れ、リップルに掴まって立っているような状態の──マッド=ルナだった。つまり反体制派幹部、紛うことなき敵。リップルにこんなことをさせた張本人だ。彼女は呆気に取られる魔法少女たちを余所に、ゆらりと地面に転がる刀を拾い上げる。
あの火傷、もしかして先程の爆発か。ノゾカは無事なのか。たまは片腕だけでも身構え、ルナの行動に備えようとし、目の前でリップルの左腕が突き刺されるのを見た。
「えっ──」
リップルは今は反体制派、ルナにとっては味方のはずだ。それがなぜ、リップルを害しているのか。リップル自身もわけがわからないうちに刃を受け、痛みに表情を歪め、どうにかルナを突き飛ばした。ルナはよろめき、さらにそこへいち早く我に返ったフレイム・フレイミィが乱入。炎の一撃でルナをさらに吹っ飛ばし、彼女は血を吐く。
「っ、は、はははっ……取って逃げるよ……トットちゃん」
「はいはーい、やっと出番なのね」
物陰からまた新手だ。いかついギターを手にしたパンクな魔法少女はその弦を掻き鳴らし、実体のある音符を撒き散らす。普段なら簡単にかわせるだろう攻撃だが、疲弊した今はその簡単すら精一杯。彼女は魔法少女たちが気を取られているうちに、切り落とされたたまとリップル、2人の腕を拾い上げると、さっさと逃げ去っていく。
「……! 逃がす……ものか……!」
ここでもフレイミィが動いた。しかしその炎は、鳴り始めた謎のメロディによって引き寄せられる。マッド=ルナの魔法だった。いつの間にか出現していたステージの上、ふらつくように覚束無い足取りの踊りが皆の視線を吸い上げる。注目を集めるのが彼女の魔法だ。誰もあのパンクな魔法少女のことを追うことができないままで、マッド=ルナへの対処を強いられる。我に返ったリップルがクナイを放ち、避けようともしないルナの額に突き刺さり、それでも踊り続けるルナへスノーホワイトが
「……あははっ、リップルちゃぁん……? ノゾカちゃんの自爆にはしてやられたけどぉ……きみが友達の腕を切り落としてくれたおかげで……材料、集まっちゃった」
「ッ──」
「きみのお陰で魔法の国が変わるよ。ありがとねぇ?」
歌の代わりに飛び出したリップルへの嘲笑。その中で、たまには聞き逃せない言葉が混じっている。
「待って、ノゾカが、自爆って」
ディティック・ベルが言っていた、狙われているのはノゾカだと。幹部であるマッド=ルナは、本命の標的のノゾカを最優先に狙うのが自然かもしれない。それが、火傷を負ってこちらに来たということは、そのノゾカの肉体が手に入れられなくなったということだ。そして口から出た自爆という言葉は、つまり、ノゾカの安否を示していた。
「そん、な」
急に、片腕の痛みが激しくなる。動悸がして、出血が激しくなった。立っていられずに蹲る。これで、たまの近くにいたはずの友達が行ってしまうのは何度目か。
そんなたまの脳裏に巡る感情も知らず、震えるスノーホワイトの刃先を煽るように、言葉が続く。
「魔法少女狩りちゃんだったっけぇ……? ふふっ……ぼくはねぇ、死んだマリアちゃんに会いたかったんだ。マリアちゃんだけじゃない。この儀式が形になれば、死んだ誰かを再現できる。殺し合いの試験でいなくなった子とまた会えるんだ。それがどんなにみんなの夢か。魔法の国は何もしてくれないでしょ?」
「……」
「会いたいと願うことの何が悪いのかなぁ? ねぇ……想いまで狩っちゃうのかなぁ、きみは──ァっ」
「……それ以上……余計なことを……聞かせるな」
フレイム・フレイミィの炎がルナを焼き、言葉を潰した。熱にスノーホワイトが思わず少し離れると、息の荒い彼女の代わりに前に出て、振りかぶった拳で止めを刺した。断末魔が短く響き、炎の中のシルエットが消え、そしてどこにもなくなった。死んだ、のだろうか。周囲を警戒しても、再び現れるような気配はない。
『マッド=ルナの生体反応、完全に消えてるぽん。そもそも正体、人間だったのかも怪しいぽん』
炎は燃え尽き、やはりそこには何の死体もない。灰すらも残っていなかった。
「っ、そうだ、あの子、追いかけっ……」
「……動くな……少し手荒だが……我慢……」
「えっ? あっ、ぁあああっ……!?」
傷口にフレイミィの手が押し当てられ、さらに焼け付く痛みが襲って呻いた。が、どうやらこれはフレイミィなりの応急手当らしい。リップルに対しても同様に傷口を焼き、出血を止めてくれる。
「……荒療治……でも、失血死より……マシ」
「ぅ、うん、ありがとう……?」
というか今まで色々ありすぎて考えられなかったことが頭の中に浮かんでくる。そもそもこの人、味方してくれているけど、脱獄囚じゃなかったっけ……?
受け取った好意はとにかく受け入れておき、ようやく呼吸を整えた。まずは……持ち去られた腕と、逃げていったあの魔法少女。ルナは材料が揃ったと話していて、反体制派がたまとリップルの腕で何かをしようとしていることは確かだ。
戦闘と失血の疲弊は大きく、歩き出そうとして倒れそうになり、フレイミィに支えられた。ここでも彼女に頼らざるを得ない。
リップルの方には、スノーホワイトが肩を貸してくれていた。
「ファル、あの魔法少女は」
『もうこの辺にはいないぽん。すごい逃げ足ぽん』
「……そう」
ファルの電子音が無理して追跡しても甲斐はないと告げてくれ、たまの残った肩に入っていた力が抜ける。緊張の糸は切れてしまった。無理をして歩くのは、今はもうできそうにない。
「みんな……! 無事!?」
「お〜い! スノっち! フレっち! あっ、それに、たまちゃんも──!」
ディティック・ベルたちが手を振り、駆け寄ってくる。彼女らの方はと言うと、こちらに比べれば五体満足で無事そのものだ。そしてノゾカの姿は、当然ながら無い。代わりに、拘束されている状態で、トーチカと、見知らぬ魔法少女が連れられていた。反体制派の魔法少女、ということになるのだろう。
「……ごめんっす。ノゾっちは連絡もつかなくて、爆発の跡にも……いなかったっすよ」
「ら、ラズリーヌさんが謝ることじゃ……ないよ」
「これだけ、拾えたっす」
ふいに、無事な手を握られた。その手の中、血の付着した肉球の上に、ヒビの入ったネックレスの破片。その中に宝石は入っておらず、割れてしまった枠だけがある。いや、宝石がないのは元々だ。ノゾカが首元に提げていたものは、そうだった。
「……捕虜も……負傷者も……いる。落ち着ける場所と、治療を……」
「あ、えと、この先に広報部門の施設がある、から。とにかくそこに」
フレイミィに肩を借りながらも、たまは案内のため、皆を先導する。まずはそれからだ。希望の話も、失ったものの話も。