魔法少女育成計画DonutHole   作:皇緋那

78 / 88
第77話『取り合うべき手』

 ◇たま

 

「いっ、いたた……」

「動いたら痛いですよ」

 

 広報部門管理下の研究施設に辿り着いて、魔法少女一行はまず怪我人を医務室に運び込んだ。ここまで来られた中で一番の重傷は言うまでもなく片腕を持っていかれたたまとリップルだった。たまよりも重傷の者は、もういないものだと思う。フレイミィに焼き塞がれた傷口が消毒され、しっかり包帯が巻かれていくのを待ちながら、帰ってこられなかったノゾカのことを思い、残っている手に力を込めた。

 マッド=ルナがあれだけの傷を負い、狙いを変えなければならなくなったのはノゾカの決意があったからだ。あるいは、ただ奪われて、マッド=ルナを倒すことも出来ていなかったかもしれない。だから彼女の決断には大きな意味があったのだ。……なんて言い聞かせて、寂しさを誤魔化した。オールド・ブルーの下での修行生活のことも、ここに来てからのことも思い出す。

 ──やっと、話してくれるようになってきたのにな。

 

「たまちゃん……その、手」

「あっ、うん、大丈夫。ちょっと不便だけど」

 

 魔法の国の技術であれば失った手足も治す手段はあるというが、そこまでの設備にはここにはない。今はその時間すらも惜しく、片腕だけでも戦う覚悟はある。リップルも同じだろうか。雑用扱いに思うところのありそうな顔をしたレイン・ポゥに包帯を固めてもらいながら、隣のベッドに座ったまま俯くリップルを見た。

 

「ねえ、リップル」

 

 寄り添い、時に手伝ってくれていたスノーホワイトが、ふいに声に出す。思えば。スノーホワイトとリップルは、いつかから話せていないと言っていた。そんな2人が、ようやく状況も落ち着いた。言葉も溢れだしてくる。きっかけはスノーホワイトからだった。

 

「どうして、反体制派に……手を貸していたの」

 

 ここでも答えはない。リップルはどうして反体制派に与していたのか、たまだって知りたくはあった。自分との戦いで見せるのは、いつもスイムスイムへの怒りばかり。あの日のことを思い出してしかいない様子だったから。

 スノーホワイトのためにというのが本当だったのか、ルナの言うような死者の再現……トップスピードの後悔が、彼女を動かしていたのか。どちらとも、答えは言わなかった。それでもスノーホワイトには心の声が筒抜けだろうに。

 

「どうして、たまちゃんのことを傷つけてまで戦おうとしたの」

「……」

「どうして……何も言ってくれなかったの」

「私は……」

 

 それでも問い続けて、初めて、リップルが口を開いた。

 

「スノーホワイトは巻き込みたくなかった。もう、スノーホワイトは戦わせたくなかった」

「だからって……!」

「……私は人殺しでもいい。だから、貴方を苦しめる魔法の国を……変えたいと思ったんだ。最初は、それだけだった」

 

 マッド=ルナが解放され、トーチカの存在からマリア復興の計画が立てられ、それに続いて各地の襲撃と殺人が始まった。リップルにとっての予想外はたまが立ちはだかったこと。そして、マッド=ルナが死者の蘇生を餌としたことだ。

 

「復讐になんてならないこと……わかってた……つもりだった」

 

 会えるかもしれないと言われて、たまが立ちはだかって、トップスピードの姿が脳裏に浮かんでいたんだろう。気持ちは分かる。これまで何度も、心の傷につけこもうとされてきた同士だ。

 

「……ごめんなさい」

 

 呟かれた言葉に、スノーホワイトからの視線がたまの方に向いて、反応が遅れる。まさかここで自分の方に来るとは思っていなくて、慌てて謝らなくていいと手を横に振った。

 

「い、いやっ、大丈夫、私は大丈夫だから」

 

 腕ならクラムベリーにやられたこともあったし、ゲームの中でも散々やられたし。このくらいの痛みだったら平気だ。

 ……いや。平気では、ないけれど。それでリップルの復讐の炎が少し和らぐのなら、それで構わなかった。

 

「……なにそれ」

 

 呟いたのは、これまで静かにしていたレイン・ポゥだった。

 

「自分の腕切り落とした相手、そんな簡単に許せるの?」

「えっと……」

「音楽家殺し……あんた、自分が殺されても、同じこと思うの」

 

 そう、かもしれない。少なくともあの時の自分は、死にたくないという気持ちと同じくらい、リップルにだったら仕方がないかなという思いも持っていたから。

 

「……たぶん、友達だから」

「わけわかんない」

 

 ぐっと、ひときわ強い力で包帯が締められた。これで完成の合図だった。

 

 

 ◇リオネッタ

 

 もう立ち上がることもないと思っていた。希望の種も、残った奇跡も、潰したのは自分だと打ちひしがれていた。だから彼女が──また別の知人に連れられてだが、姿を現した時、目を疑った。

 

「……生きて、いたのですね」

 

 トーチカ。特別なあの子、ペチカの荷姿。捕虜として拘束された彼女は、仮の捕虜部屋に押し込めてある。室内に入ると、彼女はベッドに腰掛けたまま、リオネッタへの敵意を露わにして睨みつけてくる。ペチカそっくりの顔でそうされるのは心にくるものがあった。

 

「……聞きました、ベルさんに。姉ちゃんと……那子さんとクランテイルさんのこと」

「……そうでしたか」

「嘘じゃ、ないんですよね」

 

 頷く。初めから、彼女のことで嘘などついていない。普段の、建原智香を知る者にとっては信じ難かっただけのこと。

 

「えぇ。那子とクランテイルはペチカさんの手にかかり……いまだ眠り続けている。取り残された肉体だけは、生きていようとしている」

「……」

「貴方の魔法であれば。或いは、それを目覚めさせられるかもしれない。キークの魔法を解析し、或いは改竄する。全ての魔法少女に対してそれが行え得るのが貴方の魔法ですもの」

 

 トーチカは目を逸らす。

 

「許せないんじゃ、なかったんですか」

「私にとっては……決して許せない方であることに変わりありません。だからこそ……遺された可能性(もの)を、蔑ろになどしたくもありません」

 

 許すなと言われたから、それが人形の私に絡みついた糸だから、それだけは決して変わらない。

 

「僕は……レジスタンスです。反体制派の大罪人だ、人殺しだ。無関係な人を巻き込んで死なせた、何人も」

「関係ありませんわ」

「でもっ……」

「貴方なら救える。貴方でなければ救えないんですの」

 

 その手が汚れていても関係ない。この汚れた手でさえ、手に取ってくれた少女がいたのだ。リオネッタはトーチカを見据えた。

 

「そう、だよな。姉ちゃんは……助けられるものを助けない人じゃないんだよな」

 

 そんな呟きをひとつ吐き捨てた後、トーチカはほんの数秒目を閉じて、それからリオネッタの視線に応えた。

 

「……わかりました。けど……僕は、レジスタンスのみんなと戦うことは……できない。協力できるのは、那子さんとクランテイルさんの救出だけです」

「上等ですわ」

 

 手を差し伸べる。互いに手を握る。

 人形は──あの日、ゲームが終わりを告げたあの時、繋ぐことが出来なかった白く美しいその姿を幻視した。

 彼女は──理想を裏切ってでも、やり様(レシピ)があるのなら、届く希望があるのならと、歯を食いしばり立ち上がった。

 

「リオネッタさん」

 

 捕虜ではなく協力者として連れ出そうと踏み出した1歩目、それに続く2歩目でふいに聞こえた声。振り向くと、敵意でも決意でもなく、照れた様子の少女の姿。警戒は解いていないのに可愛らしいのは、あぁ、こうして見ると、本当に似姿だと息を呑まされる。

 

「あの。ずっと聞きたかったんですけど……姉ちゃんの料理はさ、美味しかったんですか?」

「えぇ。それは、もう」

 

 思い出して、笑顔が溢れると共に、悲しくなった。けれど人形に涙はない。反復する思い出は、笑顔だけだ。

 

「この世で一番。特別な手料理でした」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。