◇ディティック・ベル
広報部門はたま、及びノゾカセル・リアンが協力していた相手だった。彼女らはラズリーヌの師匠、初代ラズリーヌに師事しており、
彼女が協力しているというのは確実だ。
ただ、こちらの依頼元であるプフレ──つまり人事部門とはどういう関係なのだろう。信用に値するのだろうか。念の為に疑いの目を持ち、この作戦における指揮官だというキューティーオルカの部屋を訪れた。
いや、まだ訪れようとしただけだ。彼女が籠っているという部屋の場所を聞き、ラズリーヌを連れて廊下を歩いている。キューティーオルカは探偵事務所記念すべき初の依頼人であった。テプセケメイの件では、人事部門との関係は悪くなさそうだったが……今はどうだろう。なんて思っていると、廊下にまで響く大音量で、声が聞こえてきた。
『ン大海原をゆく白と黒の……ァアバンチュールッ!!! キューティー……オルカァッ!!!!』
なんというか、すごい『圧』だ。聞くところによると自分の出演作を何周もぶっ続けで見続けているという。その行為が何を意味するのかは全くわからないが、もしかしたら邪魔をしたら命はないかもしれない。アニメ化魔法少女だけあって、独特の美学があるんだろう。やっぱり訪問はやめようか、なんてようにも思ったりもした。が、キューティーオルカは広報部門でもかなりの実力者。マリア・ユーテラスに対抗するには彼女の力があるべきだ。
「部屋の前で待とう。時間はないけど、出来る限りで」
「はいっす。なんかさっきの名乗り、最終話っぽかったっす。そろそろ1周終わるっすよ」
「そうかな」
「キューティーヒーラーストライプはまだ観てないっすけど、そんな感じが──」
「ストライプを観たことがない!?!?!?」
扉がぶっ壊れるかと思うほどの勢いで開かれ、実際壊れた。頑丈そうな防音のシアターから飛び出してきたのは、例の白と黒のパーカーを着た魔法少女だ。シアター内ではまさに主題歌とともに、魔法少女たちが敵と戦う映像が流れているところであり、確かに映像の気合いの入り方的になんとなく最終話っぽい。
「ストライプねぇ、良いよ。この世の全てが詰まってる。何も言わずに観た方がいい。骨折とかにも効くよ。マジで。効いたし。てか今から空いてるよね? 具体的には24時間ほど」
「いやいやいや、アニメ50話ぶっ通しの時間ですよねそれ、もしかしなくても」
「劇場版はまた別カウントね」
「い、いや、あの、レジスタンスが……」
「レジスタンスぅ?」
ぴくり、と、オルカの長い前髪の奥で眉が動いた。
「ちょいと待ってね。停止、停止……いいところだったけど、すごく熱い場面だったけど、泣く泣く停止……っと。あ、よく見たら探偵事務所の。久しぶり」
「お久しぶりっす。オルカっち、力を貸してほしいっすよ」
「オルカちゃん、自分を見つめ直し中なんだけども。それでもやらなきゃいけないことが来たかな?」
「レジスタンスが蘇生させようとしていた魔法少女であるマリア・ユーテラスが蘇り、行動に出ようとしています」
今度は眉どころではなく、目を見開き、ギザギザの歯をにやりと見せた。
「へぇ? なるほど……マリア、あの革命軍旧幹部の……かな。蘇生、ね。よくもまあそんなことができたもんだよ」
「これがレジスタンスとの決戦となるでしょう。貴方の力が必要です」
ぐいっ、と顔を近づけられる。眼はギラついており、背筋が凍りかけた。ここまで近くに来られると、負い目もなにもなくても食いちぎられるんじゃないかという本能的恐怖を感じる。鮫を見ると噛まれる想像をするのと同じ生理現象かもしれない。
「協力していただけますか」
「とーぜん。ヒーローなしで何が決戦? って話。アニメストライプはこの世全ての正義だけど、現実のストライプは純粋な暴力だかんね。広報に喧嘩売ったこと後悔させてやらなきゃ」
これは素直に喜んでいいのだろうか。バキバキと指を鳴らすオルカ。気泡の音のはずなのに、骨を噛み砕くような音で怖い。
「で、いつ出る? いつでもいいよ。すぐ行こう、今すぐ行こうか? オルカちゃん、もう全快だからね」
「そ、それはさすがに。こちらには怪我人もいる、まずは皆と作戦を合わせようと」
「……あのさぁ」
「ひぇっ、は、はい」
何か失礼があっただろうか。何を言われる。思わず身構えて、オルカは急に撒き散らしていた攻撃的なオーラを引っ込めた。
「冷静でいいね。そうしよっか」
「あ、え、はい」
「よっしそれじゃあ行くぞ探偵ちゃんたち! 会議室に集合だー!」
大股で歩き出したオルカを先頭にして、慌ててついていく。一応、魔法の端末から皆には伝えておく。即返信が来た。スノーホワイトだった。たまやリップルの傷の処置は終わったのだろうか。彼女らの受けた欠損も、いずれ落ち着いて治療できるといいのだが。
「よくわかんないけど、なんとかなったっすね」
ストライプという言葉には敏感なのだろう。彼女のことだから、何をしていてもキューティーヒーラーストライプの話題だけは逃さないに違いない。
オルカを連れて会議室に入った時、レイン・ポゥが『よくこいつ連れ出せたな』という顔をした。ポスタリィもオルカを信じられないものを見る目で見ている。本当に、あちらから出てきてくれて助かった。
心配していたたまとリップルは気丈にも、包帯を巻かれたのみでここに来ている。まだ自分は戦うんだという目だ。彼女ら自身よりも、その間に座るスノーホワイトが近寄り難い表情をしていた。
フレイム・フレイミィはいつも通り。何を考えているのやら、目を閉じて堂々と座っている。チェルナー・マウスは心配そうな表情で、手元のひまわりの種を齧ってもいない。
そしてリオネッタ。ここに彼女がいることは予想外だったが、ペチカの弟であるトーチカの存在に最も動揺しているのは彼女だろう。だがトーチカとは話を付けてきたのか、澄まし顔には動揺はない。
ディティック・ベルは空いている一列へ、キューティーオルカとラピス・ラズリーヌに挟まれて座り、これで全員が揃った。
総勢11名。これだけの魔法少女たちによる作戦会議、この先の探偵人生でまたあるだろうか。魔王の城に突入する時のような、ボス目前の空気感がそこにはある。
緊張感に頬の冷や汗を拭い、オルカを見た。オルカもこっちを見ていた。探偵ちゃんが仕切りなよと言いたげだ。ディティック・ベルは大きな咳払いをして、皆の注目を集め、会議を始める。
「まず……ファル、状況は?」
『リップルから聞いた座標にアクセスしたぽん。聞いていたよりも……ずっと大量の魔法少女の反応があるぽん。マッド=ルナに似てる、ちょっとずつ違う反応だぽん』
「マリア・ユーテラスに関する資料によると、彼女の魔法は『魔法少女を出現させる』らしい。無機物に命を与え、魔法少女に近いものに変化させる……というような」
「つまりその魔法で兵隊を作ってるってことっすかね。レーダーには分身系に近い感じで反応してるんじゃないっすか」
あちらが動くのを待っていては遅い、というのは共通の認識だ。そのうえでどうするか。魔法少女の反応が多いということは、やはり大元を討つべきだ。奇襲に向く魔法少女は多く、やはり陽動と手分けをするべきか。
「マリア・ユーテラスは私が」
スノーホワイトが手を挙げた。心の声を聞く魔法は索敵にも向く。彼女ならば戦闘能力も高く、信頼できる、が。たった1人で親玉の下に向かわせるわけには。
「……私も出る」
「い、一緒に行かせてください」
そしてそれに続き、リップル、そしてたまの手も挙がった。
敵の親玉との戦い、怪我人には危険な役割だと言っても、ここで止めても止まるものではないだろう。ディティック・ベルとしては、信頼するしかない。少なくとも、片腕でもディティック・ベルよりは強いわけで。頼むと、頷くしかない。彼女たちなら、勝ってくれると信じて。
「わかった、3人とも。マリア自身は貴方たちに頼むよ。皆は、どうかな」
「異論はないよ。腕、取り返しちゃえ」
オルカ以外からの返事はないが、それはつまり先に進めていいということ。そこへ、リオネッタが続いて挙手して発言を始める。
「私はトーチカさんと共に、キークの確保に向かいますわ。こちらにはこちらのやり残しがありますの」
「……そうか」
御世方那子とクランテイルの話だとは察した。捕虜であるトーチカを連れ回すのに対しても、異論のある者はいない。オルカも事情は知っているらしく、あぁ、アレね、といった反応だ。彼女に関しては、むしろ
「チェルナーも行くよ」
意外な反応を見せたのはチェルナーだった。いや、予想していなかっただけで、意外ではないかもしれない。理由は想像がつく。
「トーチカはファミリーだから。危ないことをするならチェルナーが守るよ」
「あら。そちらの人手はどうですの」
「問題ねーっす。あたしがついてるっすから! チェルっち、そっちは任せたっすよ」
「もちろん!」
ふたりが胸を張ったところで、残る探偵チームとオルカ、それとレイン・ポゥたちの配置を詰めていく方向に話を移す。それぞれが別方向から切り込み、マリアの生み出す魔法少女やレジスタンスの残党を食い止めるということで話が決まっていく。
「では……行こう。事件を終わらせに」
これが最終決戦となることを祈り、ディティック・ベルは立ち上がり、帽子を整えた。