魔法少女育成計画DonutHole   作:皇緋那

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第7話『薔薇の残り香』

 ◇たま

 

 前回のゲームから丸3日。時の流れは早かった。ゲームに巻き込まれたことに対し、魔法の国の誰かに頼ろうとして、レディ・プロウドにもアンブレンにもスノーホワイトにも連絡はつかなかった。最後に、躊躇いに躊躇って、二の足どころか五十の足を踏んで、リップルに電話をかけようとしたが繋がらなかった。ここで、初めて魔法の端末側がおかしいことに気がついた。それからはなにをするでもなく、多少体を動かし、ほどほどに人助けをし、魔法少女らしい3日間を過ごしてメンテナンス期間が終わった。

 

 そして、この再ログインに至る。丁度時間が経った時、強制的に変身させられ、意識はいつの間にか荒野エリアにあった。作り物とは思えないリアルな土臭さと眩しさに迎えられつつ、まずは前回のログアウト前に約束した、パーティメンバーとの合流を目指すことにする。地図を開き、パーティメンバーの位置を探そうとした。

 その時である。荒野エリアの土の匂いの中に、ほんのかすかに、薔薇の匂いが混じる。

 

「──ッ!!」

 

 一気に警戒体勢を最大限に引き上げる。低く構え、その瞬間に頭上を何かが通過していく。矢か。いや、銛だ。荒野エリアにはただのスケルトンしか出現しないはず。であれば──そこに現れるのは、魔法少女に違いない。たまの目の前に、手には銛を持ち、薔薇の香りを纏い、こちらを睨め上げる少女の姿が現れた。さらりとした金髪。現実離れした尖った耳。青く咲いた花。細部は違うが、その姿はたまに最悪の思い出を甦らせる。

 

「あ、あなたは」

「この顔ざ忘れだどは言わせね」

 

 その声と激しい訛り、本人とは違う。しかしながらその姿はどうしても彼女を彷彿とさせるのだ。あの『魔法少女育成計画』、阿鼻叫喚の殺し合いのその黒幕──森の音楽家クラムベリーを。

 

「わげはわがねばっておめだげは殺さねぐぢゃいげね」

 

 何を言っているのかうまく聞き取れない。だが再び放たれる銛の投擲。殺意は変わらない。身をかわし、視界から薔薇の魔法少女が外れた。視線を戻すと──いない。本人の濃い匂いは残っている。魔法少女の嗅覚が由来を辿り、その先に振り向くと銛が放たれている。即座に叩き落とすが相手の姿が見えず、視覚を捨て鼻に集中するしかない。

 姿を隠すアイテムか、あるいは魔法か。身を隠す手段は魔法少女界にはいくらでもあるとはプロウドの言葉だ。犬の嗅覚は確かに殺意の薔薇を嗅ぎ取り、再びの襲撃を前転で躱す。その瞬間に肉球の間に石を挟んで拾い、当たったらごめんなさいと心の中で先に謝罪して、反撃に打ち出した。直後、息が漏れたのが聴こえる。それでも負けじと銛が飛来し、恐らくは無尽蔵の投擲を前にどうすべきか考える。槍を相手に地面に隠れるのは得策じゃないはずだ。

 ゲームの中だからって、わざわざ他の魔法少女と戦いたくはない。だけどあの薔薇の魔法少女が諦めるとは思えない。あれはリップルの目に近い。例えるのなら、研がれた切っ先。

 

「あっ! いた! よかったわ、何かあったのかと──」

「っ! 危ない!」

 

 そこへ響いてきたのは仲間の声だった。マスクド・ワンダーからは薔薇の魔法少女が見えていない。たまは全速力で駆ける。飛び込んで、代わりにその銛を受けた。右肩が抉れる。痛い。だがたまの肉は銛を受け止め、貫かせなかった。その光景を前に、一瞬硬直したマスクド・ワンダー。しかしさすがは正義の魔法少女、敵襲と判断しこちらへ駆け寄ると、たまを抱え上げ、その場から思いっきり離脱する。彼女の魔法は重量の操作である。たまと自身の重さを操ることにより、一蹴りで大幅な離脱を可能とした。

 

 薔薇の魔法少女の視界からは外れただろう。上空から、合流に向かっているだろうプフレとシャドウゲールを確認。2人の眼前に着地し、しばらくは再び襲撃に遭うことを警戒していた。

 

「えっ、そ、それ」

「なるほど。そういった手合いはどこかには居ると思っていたが、ログイン直後を狙われるとはね」

 

 たまの怪我を見て、シャドウゲールは動揺するが、プフレは驚いた様子さえ見せなかった。彼女は冷静に指示を出し、シャドウゲールがコスチュームに付属した包帯で応急処置をしてくれる。買い込んであった回復薬も併用し、そのお陰から痛みは和らぎ、出血も抑まってくる。突き刺さった銛を半ば強引に引き抜き、痛みには耐えながら、皆には伝えようと声を絞る。

 

「薔薇の魔法少女にやられて……それで……」

「無理しないでください」

 

 2人の肩を借り、付近の岩に寄りかからせてもらう。呼吸を整える。まずは、落ち着いて。胸元に無事な方の手を当て、目を閉じた。大丈夫。もう痛くない。

 

「……ログインした後すぐ、薔薇の魔法少女が追ってきたんです。姿を消す魔法かなにかを持っていて……その、殺そうとされました」

 

 プレイヤーキルを狙う者がいる。その事実を前にして、存外皆驚いてはいなかった。どこか、そうなることを予期していた、みたいな。そう感じることをシャドウゲールは嫌悪し頭を振り、マスクド・ワンダーは静かに受け止め、プフレは当然として話を続けた。

 

「薔薇の魔法少女ということは、前回ログアウト時に姿が見えなかった魔法少女だと見ていいだろう。ディティック・ベルチームの残り1人だね」

「でも、ディティック・ベルもラズリーヌもカプ・チーノも協力してくれて」

「全員が同じ方針とは限らない。あるいは損得の勘定にもよるだろうさ。何よりも今価値があるのはその存在が私達に周知されたことだ。知っているのと知らないのとでは違う」

 

 プレイヤーキル狙いの魔法少女が紛れており、姿を隠す魔法を持つ。それはゲーム内に安心出来る場所はないということを暗に示している。さすがにパーティ単位で相手取る気はないにしても、特にログイン時に警戒は欠かせなくなる。

 

「私たちを取り逃したんですもの、以降はより慎重になるんじゃないかしら」

「そうだといい、とも言えないがね」

 

 魔法少女同士の殺し合いなんて、誰もが嫌だ。プフレでさえも嫌そうに目線を落としていた。

 

 ◇リオネッタ

 

 新たに開放されたエリアは『サイバーエリア』というらしい。エリアミッションの報酬である多額の賞金を目指し、リオネッタたちペチカ・チームはそのサイバーエリアに直行すべく待機していた。

 

「クランテイルさんはまだデス? もう乗り込まないと日が暮れちゃいマース!」

 

 那子の言う通りだ。荒野エリアからお姫様エリアへの移動地点を合流に定めていたが、一向にクランテイルが現れない。ペチカも那子もリオネッタも、彼女を待とうとゆっくり移動してきたし、その後はアイテムの整理などをして過ごしたが、かれこれ2時間は現れない。地図アプリで彼女の居場所を確認しようとした、が、表示がない。諦めて、先に進むことにした。彼女のアドレスには、探索しているよと一応メッセージを送っておく。

 

「ずっと待っているわけにもいきませんわね。先にサイバーエリアまで行きましょう」

「いいんデスか? ペチカさんもそれで?」

「……う、うん……きっとすぐ戻ってくる、と思います、し……」

 

 クランテイル不在はパーティにとって痛手だ。それでもリオネッタたちは3人でサイバーエリアに踏み込むことに決める。皆でエリア移動の光を潜り、お姫様エリアではバーチャルねむりんの隣を通り抜けてその先へ。辿り着いた先は、見渡す荒野とも荘厳な大理石とも異なる、近未来の街並みだった。金属のビルは相変わらず無機質だが、水色の発光体や動く歩道などサイバー空間な印象を受けるオブジェクトで荒野ほど殺風景ではない。

 

「これはさすがにロボしか出なそうデース……でも諦めまセーン!」

 

 そして残念ながら、那子の期待する味方にできるモンスターが出そうになかった。那子の魔法は動物を友達にし、使役するものだ。これまでにも、スケルトンは動くだけの骸骨、そしてねむりんソルジャーは顔がついた雲のマスコットということで、魔法が通じなかった。この調子だとゲームクリアまでに動物が出る気配はあまりないのだが。

 

「出てきていただきませんと、実質魔法なしのままですものね」

「くっ、痛いとこつきマスね!? ぐぬぬ……出てきてくだサーイ! サイバーライオンとか! 何か!」

 

 那子が喚き、そんなに騒がしくしたらモンスターに見つかるでしょうと言おうとした。その瞬間、物陰から明らかな駆動音がして、何かが姿を現す。魔法少女のようなシルエットだが、どう見えもロボット。ランドセル型のブースターから火を噴き、両腕に備えた機銃の銃口をこちらへ向け、赤い瞳のランプを明滅させていた。

 

「オーノー! ロボットデスネー!」

 

 心の底から悲嘆の叫びの直後、魔法少女ロボットは銃の乱射を開始する。こいつがこのエリアのモンスターだ。銃撃から散開して逃げ惑い、リオネッタは己に注意が向くように周囲の看板をもぎ取って投げつける。看板自体は銃撃で破壊されてしまうが、逃げ惑っていたペチカやリーチの足りない那子から惹き付けられた。リオネッタなら対応出来る。投擲では飛行と銃撃で届かないが──リオネッタは人形だ。ロボットが低空飛行で突撃をかまして来たその瞬間、蛇腹に折り畳んだ腕を伸ばし、鉤爪を引っ掛け捕まえる。そのまま地面に叩きつけ、怯んだところへさらに一撃。背面を貫くと金属が破損する音と共にビクンと大きく痙攣し、消滅する……かと思った瞬間、倒れ伏したまま腕を動かし、銃声が鳴り響いた。弾丸が頬を掠めて表面が削られる。恐らく最期の抵抗だろうが、念の為さらに何度か突き刺して、消滅を見届けた。那子とペチカが駆け寄ってくる。

 

「キャンディはかなり増えていますわね」

「飛ぶし撃ってくるモンスターとは厄介モンデスネ。お友達にできたらよかったのデスが……」

「……あっ、ま、待って、まだ戦闘終了してない……!?」

 

 ペチカが声をあげるとほぼ同時。ビルの向こうから飛来するは複数の魔法少女ロボットだ。先程倒したはずのモンスターと同じモンスターが、5体隊列を成して現れた。さすがの那子も絶句し、リオネッタは咄嗟にペチカを抱えて横に跳んだ。振り返ると、さっきまで立っていた場所が一斉射撃により穴だらけになっていくのが見えた。那子は逆側に避けている。だが今回は、リオネッタ1人でどうにかできるようなものではない。

 

「急に仕掛けてきますわね……!」

 

 モンスターは『街』の中までは追ってこない。市街地のようなエリアだと語弊があるが、このゲームには安全地帯が存在するという話だ。倒せないのであれば街まで逃げればいい。逃げられるのか? 腕の中で不安げにするペチカを一瞥し、逃げ切らなければならないと決心する。クランテイルさえいれば、彼女にペチカを託すなり、共に戦うなり、ずっと楽だったろうに。

 もしもの話に思考が逃げた時、ミサイルが飛来し、リオネッタのすぐ傍らで爆発を起こす。ペチカを庇い、コスチュームのフリルが焦げてしまう。それで彼女の手が傷つかないのなら、安い。しかしロボットたちのミサイル攻撃は激化していき、反撃に出ていくつか叩き落とせるものの、あまりにペチカを危険に晒す。どうする。守るには、どうすればいい。汗のない人形の体で、冷や汗をかくような思いだった。

 

「きゃあっ!?」

 

 それを吹き飛ばしに現れたものがいる。ビルの1つを派手に叩き壊し、現れたのは建物と同程度の体躯を持つ竜であった。黒い2本の角、金色の瞳に凛とした縦長の瞳孔。尾は剣のように変化しており、どうやらその剣尾がビルを一撃で破壊したらしい。

 新手のモンスター、しかも今度は明らかに強力な相手だ。生物的なフォルムは那子の援軍という可能性を期待するが、彼女の姿はここにはない。仮に援軍であれば、その背に乗って助けに来マシターなどと叫んでいるのが目に浮かぶ。那子の友達でないとしたら、即ちモンスターは敵なわけで。

 

「どう、しましょうね」

 

 リオネッタにも答えは見えなかった。前門の竜、後門のロボット兵器の状況を前に、これを打開できるほどの魔法はここにはなかった。──ここには。ここでリオネッタとペチカを救うのは偶然だ。竜が動いた。魔法少女たちではなく、ロボットめがけて。大きく跳躍し、その尾を振り抜き、その瞬間だけ尾の刃が巨大化して叩きつけられる。回避する間もなくロボットたちは巻き込まれて破壊され、跡形もなくなっていた。

 

「……え? モンスター同士が戦って……」

「おふたりとも! 街はこっちデース!」

 

 那子が進行方向の先で手を振っていた。だったらやはり那子が連れてきたのか……? 謎は尽きないが、竜は幸いこちらに興味がないらしい。悠然と佇む竜を尻目に、リオネッタは走り出す。

 

「い、今のって」

「舌を噛みますわよ!」

「ワタシ何も知りマセーン!」

 

 それより後はロボットに追われることもなく、命からがら、街までたどり着く。ようやくペチカをお姫様抱っこから下ろせる。彼女を地に立たせると、気が抜けるとともに急に空腹感に襲われた。腹の虫は鳴るわけではないが、それとなくペチカの顔を見ると、彼女はなんとなく察していた。

 

「ご、ご飯休憩にしましょうっ」

「待ってマシタ! オー、リアルドールもお腹空いてる顔デスネ」

「ゲームの仕様ですもの。仕方ありませんわ」

 

 そうは言いつつも内心浮き足立っていたのは、ここにいる彼女らには知られたくない。

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