◇ディティック・ベル
「あれがレジスタンスのアジト……」
リップルに聞いた移動装置や魔法の器械を使い、辿り着いたのは大きな施設だ。以前からレジスタンスの拠点として使われていた場所で、かつてのマリア派が壊滅して以来は手入れされていないらしく植物は伸び放題。新しめの外観ながら、荒れた印象を受ける。
だがしっかりと結界には守られているらしい。リップルが皆を制止し、ディティック・ベルが触れようとした指は強い力で弾かれた。感電した時のような感触で指がヒリヒリする。まずはこれを解除する手段が必要だ。
「たまちゃんって、こういうのに穴を開けることはできるんすかね」
「えっと……やったことは、ない、けど」
ラズリーヌの提案にたまが前に出て、結界のある際に立ち、爪をぶつける。接触を受けた結界はバチッと拒絶の力を働かせるが、それがつまり『爪でつけられた傷』となる。景色が直径1mほど歪み、弾けて元に戻った。もう1度手を伸ばすと確かに結界が消えている。ラズリーヌがハイタッチを求め、たまが応じたところで、ディティック・ベルは深呼吸をひとつ。
「……さて。まずは、私が行くよ。隠れるのは得意だし……というか、今私に出来ることはそのくらいだから」
皆、傷つくほど必死になって、人死にが出るほど傷つけあって、それでもディティック・ベルはただ見ていたに等しい。張り込み、潜入、ちゃんと探偵らしいことだ。大丈夫。それならできるはず。
連絡はするから待機を頼むと伝え、歩き出そうとした。見張りはいないが、なるべく音を立てぬように慎重に踏み出し、足音がついてくるのに気がついた。振り向くと、当たり前のようにラズリーヌがいた。
「どっから入るべきっすかねー、開いてる窓とかあればそっから入れるんすけどね」
「ラズリーヌ?」
「どうかしたっすか」
「いや、潜入、2人で?」
「違うんすか?」
戦闘能力のないディティック・ベルとしてはやはり、ラズリーヌの存在は安心になる。けど、いつも彼女には助けられてばっかりで──あぁ、そうか、ラズリーヌはこれまで、ずっと一緒にいてくれたのか。ゲームの外で出会ってから、探偵事務所を立ち上げて、一緒に暮らすようにまでなって……当たり前のように隣にいてくれた。
「あたしは助手! 助手はつまり助ける人っすから!」
「……! うん、ありがとう」
「降りかかる火の粉はこう! っすよ、こう!」
キレのある殴打のジェスチャーが頼もしい。思わずふっと頬が綻んで、気合いを入れ直す。
「……それに。ベルっちからはもう離れないって、決めたっす」
ふいに見せたその顔の意味はわからないままだったが──助手に情けないところは見せられない。まずは侵入口を探す。周囲に見張り番などはおらず、ぐるっと一周して裏口が見つかった。扉そのものは何の変哲もないように見え、鍵がかかっている様子もない。ただ、ここはラズリーヌを頼る。アイコンタクトで理解してくれたらしい彼女が先に扉へ手をかけ、じっと観察する。気配がないことを確認し、優しくコンコンと叩いてみて、ぴくりと反応した。
「……ん? なんかあるっす」
「なんか、って?」
「トラップっすよ」
奴らもさすがに罠を構えていたらしい。元よりこの明らかな裏口には期待していなかった。窓を割るのはさすがに派手すぎる、ダクトか何かが使えるならそうしたいところだが、もう潜入捜査というよりは泥棒だ。もっとスマートな方法を見つけたい。
「そうだ、ラズリーヌ。魔法に使ってる宝石って、どのくらいのサイズ?」
「あたしのっすか? 普段はこういうのっすけど、ちっちゃいのはもっとちっちゃいのあるっすよ」
ポケットから大小さまざまの青い石が取り出され、彼女の手のひらの上に並ぶ。大粒のものや綺麗なものになると探偵業では手の出ない金額になりそうな代物だが、それはそれ。この中から特に小粒なものを摘んだ。
「破片がどうかしたっすか?」
「あれ、あそこ」
指した先は何らかの戦闘の跡が残る壁面だ。かなり抉れており、ほんの少しだが、穴が空いて向こうが見えている。これだけなら風でもなければ出入りできないただの穴だが、ほんの小さな宝石と、宝石の下へ瞬間移動できる彼女がいれば話は違う。互いに顔を合わせ、頷いた。作戦開始だ。
狙いを定めたら、親指の上に乗せた青い欠片を人差し指で弾く。宝石はしっかりと内部にころんと転がり、ディティック・ベルは静かにガッツポーズをした。
「……よしっ。ラズリーヌ、向こうに」
「はいっす!」
青い煌めきが一瞬にして消え、壁と穴の向こう側に現れた。その穴からしばらく覗いていたが、ラズリーヌは一見何も無いところでアクロバットをしながらすいすいと移動している。ここからの目視ではわからないだけで、やなり罠が多数あるらしい。先程の裏口にまで移動して待つこと数分、扉が開き、中に出迎えられる。
「いやぁ危なかったっすね。なにもせずにいきなり開けてたら、糸でぐるぐる巻きにされて吊られてたっす」
「……優秀な助手がいてよかったよ」
内部への潜入には成功した。ここで、ディティック・ベルは自身の魔法を使うため、通路の端にある使われていないらしい部屋に入った。中には生活感が残っており、脱獄囚のいずれかが使っていたのかもしれないが、関係は無い。目的は壁だ。壁に向かってキスをして、ディティック・ベル自身の魔法を使う。それによりカートゥーン調の顔が浮かび上がり、こちらを見下ろしてきた。
「何かご用かな」
「……誰も見当たらないけど、魔法少女たちはどこに?」
「全員中央のホール部屋だね。1階はもう満杯だけど、2階席があるよ」
「そんなコンサートみたいなものが……いや。歌って踊る魔法少女が根城にしていたんだっけ。道を教えてほしい」
「いいとも」
道順は建物自体に聞いた。これで間違いない。教えられた通りの道のりで階段を上り、誰にも見つかることなく、中央ホールの中に入ることに成功した。こちら側には誰も来ないと思っていたのやら、鍵も罠もない。そっと扉を開き、身を低くして入場する。ここなら手摺りの影に隠れられそうだ。ほんの少しだけ顔を出し、目視で様子を見る。
「これは……」
思わず呟いた。数十人を超える人影。これがほぼ全て、マリア・ユーテラスの魔法によって生み出された魔法少女だというのか。このすべてに正面から相手をするのはさすがの選りすぐりの面子でも厳しいだろう。集団戦に向く、あるいは広域破壊兵器を持つ魔法少女ならここで仕掛けてもいい。だがここにいるのは探偵と助手。冷静に、まずは状況の報告を。ディティック・ベルは端末を操作し始め、スノーホワイト宛のメッセージとして打ち込んでいく。その最中、声が聞こえてくる。壇上に立つひとりの魔法少女のものだ。
『私がここに立っているということ。全てを擲ち、私に捧げてくれた者たちがいたということです。ですから。求められた革命を、ここに成しましょう』
魔法少女たちは静かに聞き入り、マリアに従う様子を見せ続けている。よく見れば、壇上に立つ彼女の両腕には、確かにたまとリップルのコスチュームがそのままだ。あれがマリア・ユーテラスで間違いない。まさか本当に奪い取った肉体を継ぎ接ぎにして体にするとは、目の当たりにすると異様さに驚かされる。この後もマリアの話は続いている。中身はないも同然だ、物静かなホールに、声だけが響き続けている。まだ話は続くと思い、皆にそれを伝えようともう一度端末に目を向けた。その時、気配を感じたのかラズリーヌがディティック・ベルの肩を叩き、しかしその警告のわけがわからず、戸惑ううちに入ってきた扉が勢いよく開いた。
「あら。誰かと思ったらコメットちゃん。こんなとこでなにしてるのね?」
「……トットっち! えっと、それは〜……迷子というか」
「なぁんだ、迷子なのね……とはならないのね。結界、あったでしょ」
現れたパンクロッカーな魔法少女──トットポップ。ラズリーヌの友人で、レジスタンスの一員。人懐っこい笑顔だが、反体制組織の中核メンバーであることに変わりはない。現にラズリーヌも身構え、ディティック・ベルを後ろに隠すように立っている。
「ベルっち、跳ぶっすよ」
「え? うわっ!?」
急に肩に背負われたかと思えば、ラズリーヌが手摺りから飛び出した。そして上空、階下の魔法少女たちが一斉にこちらに注目する中、今度はディティック・ベルを思いっきり上方に投げ飛ばす。このラピスラズリの髪飾りを利用して瞬時に移動し、投げられるがままのディティック・ベルをさらに上空でキャッチ。勢いに乗せて天井まで到達すると、その瞬間に繰り出すハイキックで蹴破り突破。屋外に飛び出し、着地する。
「危なかったっすね」
「あ、あぁ、心臓に悪……え」
あの群衆の中に飛行できる魔法少女が何人もいたらしい。さらに翼や翅で追ってきた者に混じって、抱えられたトットポップがまた現れると、ギターを構えた。
「さすがにタダで逃がしてあげるほどトットも甘くはないのね」
やっぱりこうなるか。屋外に持ち出したのはラズリーヌのファインプレーだった。こうなったら、囮役を全力で遂行するしか。
トットポップが最初の一音を掻き鳴らし、それが合図となって一斉に攻撃が始まる。ラズリーヌが足元を蹴り、ディティック・ベルもまたその場から駆け出した。