魔法少女育成計画DonutHole   作:皇緋那

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第80話『最終決戦Ⅱ 誰でもいいから血を流せ!』

 ◇マリア・ユーテラス

 

 ──私は、誰だろう。

 

 マリア・ユーテラスだとは知っている。マリアは魔法の国に生まれ育って、時々こっそり抜け出して人間界に友達を作るような、ちょっとお転婆な女の子。でも、そうじゃない。自分はこの体に生まれついた生き物ではないと、心がそう言っている。ここにいる自分の思考はマリアの紛い物だという実感がある。

 現に首の継ぎ目より下は彼女(マリア)じゃない。見知らぬ誰かの無念の塊で、見知らぬ誰かの怒りの塊だ。意識をそちらに傾ければすぐに伝わってくる。脈打つ鼓動は怨嗟の音。鳴らす靴音は断罪に燃え、スカートの衣擦れは血を求め、忍者のアームカバーは復讐を叫び、肉球のグローブは拒絶に咽ぶ。

 

 頭の片隅にあるのは、自分の鏡像、あるいは誰かの投影、月として創った誰かのこと。彼女と一緒に目指した夢のこと。魔法の国は変えなくちゃいけない。どうして? それはわからない。知っているのは、もういないマリアと、もういないルナだけだ。

 何か、大事なことがあった、ような。

 

「考えても、仕方ありませんね」

 

 あぁそうだ、仕方がない。ここにいる私は私でしかない。だから。魔法の国を壊すって、思い描いた夢だけは、形にしたくて。それがここにいる理由だから。

 

 創る。創る。創る。壁材から、布切れから、血痕から、仲間たちを作り続ける。魔法少女を生み出すのがマリアの魔法だ。全身から放つ陽光が、新しいシルエットを作っていく。みんな同じ顔だ。太陽の前では全てが月で、光の前では皆が影になる。

 そうならないものは呑み込んでしまえばいい。侵入者、あの青い魔法少女。青の輝きも、押し潰してしまえばいい。

 

「あ、あの、マリア様っ!」

 

 振り向いた。魔法で作り出した魔法少女たちを一斉に向かわせる中、指示に従っていないのはそうじゃない者だけだ。あの糸玉を着けた魔法少女もそうだったが、どこかに走っていってしまった。ここに残っているのは、彼女だけか。

 

「……貴方は」

「え、私のこと、覚えてますか」

「そうですね……かつての私にも付き従ってくれていた、ということはわかっています」

「……いんく、です。カラフルいんく」

 

 魔法少女はカラフルいんくと名乗った。そういえば、そうだったような気もする。マリアに付き従っていた魔法少女のほとんどは捕まるか、死ぬか、逃げ出すかしていた。その逃げ出したうちのひとりに彼女がいた、はずだ。それもそうだ、捕まるか死ぬかしていたら普通はここにいない。

 

「わ、私は。一応その! リーダー代理だったというか」

「そう、なのですね。では、私が従えばよろしかったでしょうか」

「いや、そこまでは良くて……その、この、皆さんの指揮権をというか」

「構いません。皆さん、いんくさんにも従うように」

 

 急いでいく魔法少女たちはマリアの指示に急ブレーキで立ち止まり、全員が頷いた。知性のないものから生み出された彼女らにあるのはほとんど最低限の自我。動物ですらない存在から生み出された魔法少女は知性らしい知性を持たない無我の軍隊だ。マリアの指示を聞き入れないことはない。

 

「屋外にも魔法の国の魔法少女たちがいるようです。そちらは、任せますね」

「はっ、はいっ!」

 

 いんくも混ざって走り出して、その後ろ姿は見えなくなっていった。マリアもまた歩き出す。行く宛てはない。あるとすれば、夢の実現、それだけだ。

 

 

 ◇キューティーオルカ

 

 ディティック・ベルからの連絡を受け、魔法少女たちは予定していたより早くレジスタンスの拠点へと飛び込んだ。奥からは無数の足音が聞こえる。かなりの人数だ。対するこちらは、マリア討伐チーム3名、キーク対策チーム2名に、外に何人か。両手の指を越えてはいても数で言えば完全に負けている。

 だがどれほどの巨悪だったとしても、絆で結ばれた仲間が4人いれば大丈夫。だってこの世は魔法少女の世。ここがアニメの中でなくたって、キューティーヒーラーがここにいる。正義と愛が勝たなくてなんとする。

 

 足音が迫る中、オルカはむしろ足音の方へ歩き出す。曲がり角の向こうから現れる魔法少女の一団に対し、堂々と立ちはだかり、ソロの時用の名乗りのポーズで高らかに告げた。

 

「なんだお前は!」

「──大海原をゆく白と黒のアバンチュール! キューティーオルカ! 今日だけは白黒つけようか。キミたちの、黒星をさァ!」

「マリア様の敵だ! 皆! やってしまえ!」

「あははっ! いいね、悪の組織と戦ってる感じがして!」

 

 この感覚は久しぶりだ。パンダもゼブラもペンギンも、ここに居合わせなかったのが可哀想なくらい。選り取りみどり、ここにいるの全員ぶっ飛ばしてイイなんて。思わずフードを脱ぎ、マスクを下ろして歯を見せて、爽やかにオルカスマイルを浮かべてしまう。頭の中の仲間達──ゼブラに「笑顔怖っ」、ペンギンに「悪役すぎ」と揶揄われ、パンダの掲げるプラカードの『ごめんなさいねうちの子が』に何様だよと突っ込みながら、その妄想のやり取りさえドーパミンに変えて突っ込んでいく。

 

 先頭で武器を構えていた魔法少女にまずは先制攻撃。長剣の刃を噛み砕きながらの飛び蹴りでノックアウトを決めたら、口内に残った破片を吹きつけ目を潰す。

 飛びかかってきた獣系の魔法少女と組み合い、頭突きで制し、忍び寄る別の魔法少女を回し蹴りで叩きのめし、近くにいた長柄武器持ちから奪い取って向かってくる連中の足元を刈り、最後に持ち主に脳天から返してやって、ふと思いついた。

 

「そうだっ、あれを言ってなかった」

 

 ふいに後方を振り返る。ここまでオルカが引き連れてきた5人、もう誰もいないが、この状況になったら絶対に言いたいあの台詞。

 

「ここはオルカちゃんに任せて……先に行けぇっ!」

 

 決まった。飛んできた風の刃をかわし、さらに不意打ちの銃撃が掠って少し出血する。関係ない、むしろ痛みは高揚の元だ。銃撃が飛来した方向にオルカキックで飛び込み、魔法少女たちの真ん中に着地。思いっきり吸い込んだ息を超音波という名の衝撃に変えて放つ。至近距離で食らった者たちは鼓膜を破られ気絶し、倒れた連中は耳から血を出しながらそのまま消滅した。変身の解除が行われると消えてしまうらしい。いや、残虐さを感じさせないための日曜日朝番組的な配慮だね、なんて冗談を吐こうとしたその時、視界が暗くなった。

 

「ッ……!」

 

 何者かの魔法か。対応のため一度抜け出そうとし、細く超音波を出して反響により自身の位置を特定、離れた廊下に着地する──予定が、足元が粘着する何かに掬われる。さらに襲ってくるのは酸らしき液体による焼けるような激痛、そして側頭部への強烈な一撃だ。さすがのオルカも意識が途切れかけ、真っ黒から真っ白になった視界が戻るには10分の1秒もの時間を要した。

 

「あぁ……痛い。痛いなぁ。痛いけどさぁ……死ぬってのは……無いよねぇ。だってさぁ……ストライプの続編やってないんだからさァ……!!!」

 

 頭の中の思考をオープニングテーマで塗りつぶしたら、ここからが本番だ。パーカーのジッパーを全開にし、自分の血の味を噛み締めながら、オルカは止まらない。

 

「みんな……力を貸して……パンダ、ペンギン……イセエビ!」

 

 叫び、飛び込み、またひとり、またひとりと喰いちぎる。返り血は拭う暇もない。ゼブラなら「キューティーイセエビがいるわけないだろ」と返してくれる。頑張れの言葉は返ってこない。それでいい。きっと画面の向こうには、オルカ頑張れコールがこだましているはずなんだから。

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