魔法少女育成計画DonutHole   作:皇緋那

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第84話『最終決戦Ⅵ 孔を穿て』

 ◇たま

 

 キューティーオルカやディティック・ベルたちによって惹き付けられ、魔法少女の軍勢が手薄なルートが出来ていた。それを使って、たま、リップル、そしてスノーホワイトはマリアがいるであろうホールを目指す。時に壁に穴を開けたり、背後からの不意討ちを仕掛けて最低限の交戦に抑えつつ、ディティック・ベルのメッセージからファルが作ってくれたマップを辿り、大きめの扉に差し掛かった。

 

「……大丈夫。すごく少ないよ。7人……くらいだと思う」

 

 マリアの声は不明瞭で、外からでは人数は確定させられないとのこと。心の声による索敵を行い、互いに顔を見合わせた。リップルも、スノーホワイトも、たま自身も、覚悟は決めている。息を合わせ、扉を開け放ち、転がり込むと同時に身構える。見回しても魔法少女はいない。広いホールの奥、壇上に立っている人影、1つだけを除いて。

 

「おや。敵意。戦意。殺意。わかりませんが、わかります。私の、敵ですね」

「……貴方が、マリア」

「はい。マリア・ユーテラス。そういうことになっています。初めまして」

 

 礼儀正しく頭を下げる魔法少女は異様な姿をしていた。継ぎ接ぎなのだ。統一感のないちぐはぐなコスチュームで、そのスカート、両腕には見覚えがある。スカートは殺されたブラック・ロゼットのもの。そして。

 

「いえ、初めましてでは……ありませんね。ふふ……『私』になっていただいた方々でしたか。その節は、どうも」

 

 その事実に気がつくと、マリアは両手を広げ、わざとアームカバーやグローブを見せるようにしてくすっと笑う。スノーホワイトの手に力が籠っているのが見えた。間違いない。あの女には、たまとリップルの腕が使われている。他の魔法少女たちの肉体で体を作ってあるのだ。腕の他も、レジスタンスが起こした殺人事件の被害者なんだろう。込み上げてくる感情に整理がつくより先に、リップルが動いていた。一度の投擲で放たれる三本のクナイが真っ直ぐにマリアへと飛来する。

 対するマリアはその場から動かない。リップルから奪った左腕で、スカートを変化させて作ったナイフを持ち、同様に投げてくる。クナイとナイフ、刃物同士が空中で引き寄せられるかのように動き、金属音を立て互いに砕け散る。

 

「なっ……!」

「百発百中、ですね。便利です。ふふ」

 

 リップルと同じ魔法だ。スカートの変化はブラック・ロゼットの魔法でもある。

 さらにマリアは衣服の胸元をはだけさせると、その瞬間に光が迸った。咄嗟に左右に分かれて躱す。

 

「安心してください。革命は遂げます。魔法の国は変わるでしょう。どうなるかは、わかりませんが。マリアは、あなたたちを、分け隔てなく照らします」

 

 今度はブロンドの髪が輝き、周囲にあった小さな破片が魔法少女の姿に作り替えられる。現れた魔法少女たちは何の疑問も抱かず、マリアの指示でこちらへ襲いかかってくる。スノーホワイトが前に出て、振り上げられた武器を弾き飛ばし、ルーラの柄を叩きつけて吹っ飛ばす。彼女に続き、向かってくる魔法少女をかわして距離を詰める。それでも右に回り込んでこようとする相手を、手裏剣が狩る。リップルだ。おかげで一瞬振り向くだけで済み、マリアに向かって飛びかかる。

 同じ肉球のグローブに受け止められ、その瞬間スカートが回転ノコギリに変化、咄嗟に飛び退き何を逃れる。リップルからの援護の手裏剣が飛来するが、それらをビームで撃ち落とし、全て対応してくる。穏やかな笑みのまま、今度は頭部の魔法が手下を作り、さらに胸元からの光線。なんとか避けて、向かってくる魔法少女たちを引っ掻き、止むを得ず魔法により爆散させた。が、さらにマリアの片足がバネに変化し、突っ込んでくる。予想外の動きに逃げきれず、バネを軸足に叩き込まれた強烈な蹴りを脇腹へ貰った。

 

「ぎゃん……っ!」

 

 内臓が傷ついたんだろう。腹の奥が痛い、喉の奥から鉄の味がこみ上げてくる。さらに衝撃はそれだけで終わらなかった。もう1発、食らった蹴りと同じ衝撃がたまを貫き、さらに血を吐かされた。マリアは脚を動かしていない、2発目はあの脚に備わった魔法だ。宙を舞う中体勢を整えようともがき、空中でリップルが受け止めてくれる。

 

「……リップル……ありがとう」

 

 礼への返事は静かな頷きだった。

 頭の中でどうにか、どこが何の魔法なのか整理しようとしたが、うまく回らない。痛みは忘れろと自分に言い聞かせ、彼女の介助から離れようとする。しかし思っていたよりも痛みは深く、思わずよろめいた。

 

「たまちゃんっ!」

 

 今度は手下を蹴散らしたスノーホワイトが駆け寄り、支えてくれた。マリアの注意はリップルが逸らしてくれている。

 ……一撃。一撃さえ、届けば。あのクラムベリーがそうだったように、全てを終わらせられる、はずなのに。

 

 歯噛みするたまの視界で、マリアのブロンドが輝いた。光はまたしても新たな敵を作る。マリアの笑みは消えない。

 

 

 ◇トーチカ

 

「僕は……ホールに行くよ」

 

 通路を行き交う魔法少女たちに見つからぬように行動する中で、心を決めた。リップル達はもうマリアと交戦している頃だろう。魔法少女をいくらでも生み出すなんて魔法を相手にして、3人で勝てるのか。いくらあのリップルに『魔法少女狩り』『音楽家殺し』と異名をとるらしい魔法少女たちでも、苦戦を強いられるはず。

 

「お待ちなさい」

 

 そうして早足で行こうとして、リオネッタが止めた。

 

「……僕だけでも行くよ」

「那子とクランテイルの救出にだけ協力する、と仰っていましたわよね」

「でも……」

「調子に乗っているのではなくて。そもそも、マリアの復活は貴方の仕業でしょう」

 

 言葉を無くす。彼女の言っている通りだ。トーチカのレシピがなければ、こうはなっていない。

 

「でも──」

 

 リオネッタはなにも答えない。ただ、見つめ返してくる。ガラス玉の瞳に射抜かれて、ふいに足がすくみそうになった。

 けれど踏み留まれたのも、その目のお陰だった。思い出す。リオネッタが、言ってくれたこと。

 

「関係ない、救えるものを救いたい。まだ僕に出来ることがあるなら」

 

 同じだ。そこに最善を手に入れる方法が少しでもあるのなら、手段は選ばない。

 

「掲げてきた理想を裏切ってでも、ですか」

 

 確かにトーチカは調子に乗っているだろう。これはただの我儘だ。レジスタンスとしての大義を裏切ってまで、また誰かを救って、それが相手のためだけだと言いきれない。自分が何か成し遂げたと思いたいだけかもしれない。

 それでも、きっと姉なら、見捨てようとは思わない、はずだ。

 それに、今の理想はもう叶っているも同然だ。姉のやり残したことを遂げられているんだから。

 

「そう、ですか。えぇ、でしたら、止めませんとも。貴方の人形で、もう少しだけいて差し上げます」

「……え、あ、ありがとう……ございます」

「チェルナーのこと忘れないで! チェルナーもずっと、トモキの味方だよ!」

 

 静かな対話をしたリオネッタに対抗して、チェルナーも詰め寄ってくる。もちろん頷くし心強い。ふわふわとした衣装のおかげで、心も休まる。つかの間の平穏のようだった。

 ──そう、つかの間の。

 

「おうじさま」

 

 目の前に現れたのは、これまで一緒にいてくれた、彼女の姿。ハートと蛇のあしらわれた衣装に、食らいついてくるような眼。その片方は白く濁り何も映っていないけれど、もう一方に浮かぶハートは間違いなくキュー・ピット・アイだった。

 

「アイさん……! よかった、生きてたんですね。あ、でも、そんな体じゃあここは危ないですって」

「おうじさまは、何処へ行かれるのですか?」

「僕なら、マリアを止めに──」

「止める? なぜですの? 彼女が復活したことは盗み聞きしておりました。彼女はレジスタンスの悲願だったのでしょう」

「……そう、だよ。でも」

 

 アイの手で、ナイフの刃が鈍く煌めいた。

 

「これは僕の我儘だ。僕にはもう……レジスタンスであることは、必要ないから。ただ、魔法少女として、そうしたい」

「誰かを放っておけ、ないと」

「……そうだよ。助けないでいるなんて嫌だ」

「それが、運命でも、ですか?」

 

 リオネッタのように、仕掛けてくる問答。いや、それよりずっと歪で、アイが求めているのはアイにとっての正解だ。けど、取り繕ってどうにかなるものじゃない。彼女を取りこぼしたくもない。正直に、話す。

 

「……運命なんて、ないと思う。だって……あったとしたら、姉ちゃんがあんな目に遭った言い訳になっちゃうから」

「……? 運命が……無い、と……」

「うん。だから、アイさんも自分で僕を選んでくれたんでしょ。これも我儘だけど……また、僕を選んでよ。アイさんの意思で、一緒に来て欲しい」

 

 アイの瞳孔が開く。顔を押さえ、頭を抱えるように悶え、心配になり背に手を回して支えようとし、しかしその心配は無用だった。次にアイから帰ってきたのは笑い声だった。

 

「ふ、ふふ、ふふふっ! えぇ、そうですか、私の……私が選んだ、おうじさま。決まっていたことではなく、決めたこと。あぁ、そう、なんと……恐ろしい」

 

 アイはひとしきり笑うと、大きくため息をついた。

 

「なにもかも裏切ってでもそうしたいと。ふふ……おうじさま……貴方、本当は、私より欲望に生きていたのですね」

「……そうかな」

「そうですわ。そんなおうじさまだから、私は選んでしまったのでしょうか」

 

 絡みつくように腕を組まれても驚かない。アイはそういう人だ。その手の刃はいつの間にか仕舞われ、腕を組んだまま、当たり前のように歩き出そうとしていた。

 

「して、この悪趣味人形とはなぜつるんでいるのです?」

「あら。私からしてみれば貴方のこれでもかというハート柄の方が悪趣味でしてよ?」

「溢れ出す愛の具現に悪趣味も良趣味もありませんわよ?」

「人形も同じですわ」

「もー! 喧嘩しないの!」

 

 この状況になると、チェルナーでさえ仲裁に入るらしい。苦笑いをしながら、3人のことを見て、魔法を使う。思い描くのは、勝利。戦いの末に待つ希望の作り方(レシピ)だ。

 

 

 ◇たま

 

 動いていれば、痛みは忘れられる。自分の頭が単純なのはわかっている。構っている暇がないなら、全部感じない。よろめく体を強引に立て直し、マリアを狙い続けた。何度も爪を振るって空を切り、マリアの多彩な魔法に翻弄される。届かないのがもどかしい。

 やはり片腕では詰め切れない。それはリップルも同じことを思っているはずだ。援護は続いていたはずが、時折放たれる激しい反撃の後、彼女の放っていた投擲が止んだ。心配にふと振り向き、立て直しているのを視認し、だが同時にたまの元へ脚技が飛んできて、なんとか受けきったが後方によろめく。

 

 さらなる追撃を、遮ったのはスノーホワイトだ。武器のルーラを巧みに使い、爪や蹴りを受け止める。弾き返したその瞬間は隙だ。たまが飛び出して潜り込もうとし、後光と光線がそれを許さない。現れた新手がたまの進路を遮り、避けざるを得ない。

 あちらの戦力は無尽蔵だ。消耗はこちらばかりがしている。いくら心の声が読めるスノーホワイトとはいえ、対処しなければならないものが多すぎる。マリアはその身に持つあらゆる魔法で攻め立ててくる。攻勢の激しさは増し、新たに床の破片から産み出された魔法少女もスノーホワイトを囲み、逃げ場を奪っていく。既に欠損したたまやリップルよりも、スノーホワイトを脅威と見なしたのか。マリアの狙いは彼女だ。

 

 ──ダメだ。スノーホワイト、だけは。

 

 道を塞ぐ相手を殴りつけ、囲む魔法少女の壁を引っ掻く。穴を掘る。同時にリップルも飛び込んできて、忍者刀と爪でマリアを襲う。取り巻きが後ろから弓や衝撃波を飛ばしてくるが、構っていられない。ゆらりと避け、受け止めてくるマリアだが、少しずつ追い詰めている。スノーホワイトを閉じ込めようと逃げ場を奪ったその状況が己にも返ってきている。

 

 あと少し、あと少し──! 

 背中が抉られたのがわかる、痛い、でもまだ動ける。音楽家にやられて何もできなかったあの時とは違う。私は、私は、全部を終わらせて……! 

 投げようとする手はリップルが押さえた。蹴りつけて離れようとするマリアの抵抗にも負けず、リップルは耐えている。飛ばされた刃が彼女の左目を切り裂いて、血が迸る。だが倒れない。たまも負けていられない。光線に脇腹を撃ち抜かれても、相手がたまと同じグローブの爪を振り上げていてもそれでも構わずに飛び込み、ついにその時が──。

 

「たまちゃん、駄目……っ!!」

 

 スノーホワイトの叫びとともにルーラが飛来し、咄嗟にお互い後方へ跳ぶ。その瞬間にスノーホワイトが上と下を指した。なんのことかはわからなかったが、天井が軋む音を聴き取り、とにかく床を引っ掻き地面に穴を開けた。スノーホワイトとリップルを連れて飛び込んで、穴の中で、上空から天井ごと押し潰しながら迫る巨大物体を見た。

 

 轟音とともにホールが揺れる。何が起きた。穴の底に3人重なって倒れ込んだのをなんとか立て直し、地中を掘り進めて少し離れた地点から上を目指す。顔を出した先では、巨大な物体が、今まさに縮み、元に戻ろうとしていた。チェルナー・マウスだ。トーチカと、キークを背負ったリオネッタも一緒だった。

 キークの件は無事に片付いたんだと安心し、しかし安心しきることはできない。半ばクレーターめいた破壊痕ができたチェルナー落下地点へはリオネッタの操る人形が斥候に向かい、人形にその穴を覗き込ませた時、頭部を掴み這い上がってくる者がいる。

 

「なるほど穴を掘る魔法とは……こう使うのですね。間一髪でした」

 

 マリアは無傷だ。掴んだ人形を握り潰して放り投げ、またそのブロンドを輝かせてくる。これでも終わらないのか。

 

「……終わらせます。一瞬、作りますから」

 

 答えてくれたかのような言葉はトーチカのものだった。再び大きくなったチェルナーが進撃し、リオネッタは人形を展開して集団戦に対応する。マリアは相変わらずの笑みで、2人が繰り出す攻撃を悠々と潜り、こちらに投擲や光線を放ってくる。防いだのはトーチカで、その手のフライパンが光を逃がしていた。チェルナーの手が巨大化と同時に叩きつけられ建物全体を揺らし、すり抜けたマリアをリオネッタの操る人形たちが追う。手下を増やす暇を与えない。

 

「リップルさん、閃光弾を!」

 

 そこへ飛んできた指示に、リップルは頷き、マリア目掛けて放った。凶器を警戒し迎撃したマリアの視界を光が埋め尽くす。そしてそれは天井の破壊されたホールの外まで届く。外には、まだ戦っている者がいる。

 

上は大火事(デスフレイム)

 

 降り注ぐ炎。マリアは対応を余儀なくされ、生み出した魔法少女を盾にして炎を防ごうとする。生まれると共に焼かれた人型は灰の中へ消え、続くチェルナーやリオネッタを警戒し、両腕を構えた。仕掛けるのはその瞬間で、既にスノーホワイトが動き出している。

 

「……!?」

 

 マリアが止まった。いや、止められた。現れたのはキュー・ピット・アイだ。彼女は残った右眼から血を流しつつもその魔法にマリアをかける。限界は近い、がスノーホワイトは間に合う。ルーラの刃を回転させるように振るい、両腕を切り落とす。ここでアイの魔法は解け、マリアは片脚をバネに変えて抜け出そうとし、その時リップルがたまのことを抱える。

 

「お願い」

「……! うん、任せて……!」

 

 リップルがぐんと力を込めて、たまのことを上空に向けて投げ飛ばす。百発百中の彼女の魔法なら、たまは必ず当たる。とにかく逃げ出そうとしていたはずのマリアに迫る。両腕を失い、そして空中では、光線しか使えない。最後に残った胸元からの光線を──投げ込まれたフライパンが、その磨かれた底面で歪め、たまには届かなかった。そして互いの距離がゼロになろうとする瞬間、たまは残っている腕を振り抜く。宙を蹴って身を捩るマリアに、浴びせられたのは小さなかすり傷だ。

 

 その小さなかすり傷が、全てを終わらせる。

 

「っ、これは──私は、必要とされて──」

「ごめんなさい。これから進む世界には……革命はいりません」

「──わかりませんね。わかりませんが、わかりました──」

 

 何が起きたか理解する間もなく、マリアの頭部、そして奪われた魔法少女たちの肉体が捻れ、開放された。赤い絵の具の雨が降り注ぎ、散々に破壊されたホールの床に赤く飛沫を振らせ、赤真っ赤な薔薇を描く。その真ん中に、たまは着地する気力もなく、叩きつけられようとした。血を流しすぎただろうか。

 

 そんなたまを抱き止めたのは──白い、魔法少女。

 

「……やっ、た。やったよ、ねぇ……」

 

 緊張の糸が切れたのに、痛みすらまともに感じられない。けれど、強くぎゅっと抱きしめられていることだけは、よくわかった。

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