◇フィルルゥ
フィルルゥが勤務していた魔法少女刑務所第四宿舎は、無事取り潰しとなった。つまりめでたく失職である。そこは覚悟していた。本当にそうなってしまった実感は薄く、看守という実績なのかどうかもわからない職歴での求職活動をしなければならないのかと諦観の中にいた。
ただ幸運だったのは──最後に交戦して降伏した相手、ディティック・ベルたちが色々と取り計らってくれたことだった。彼女から依頼主である人事部門長に話が通り、人事部門長から新魔法少女刑務所の看守長(予定)に話が行き、その後色々とあって、最終的にフィルルゥの勤務先は新設の『第八宿舎』となった。
現在はその八つに別れた層のうち、第一層での勤務にあたっている。最も浅い層とはいえ、相手は犯罪者。侵入者に敗北し逆に協力させられるという大失態を犯したフィルルゥを受け入れてくれた現看守長のためにも、気を引き締めて、これまで以上に励まなければ。あと前に比べて、お給金も上がったし。
──なんだけど。
「それでね。あの子とバンド組もうと思って」
「……あの」
「フィルルゥちゃんは知ってる? あの子のこと、い〜い感じの取っ掛りが欲しくて」
「……トットさん?」
「はいなのね」
「いくら食事時間とはいえ、看守に話しかける囚人っておかしいと思いませんか?」
「そんなこと言われたって、トットとフィルルゥちゃんは看守と囚人である前に友達なのね」
「逆です! 友達である前に看守と囚人!」
一緒になって降伏し、色々の減刑を受けて、ついこの間この第八宿舎に送られてきた囚人、トットポップ。なのだが、彼女は檻の中でもいつもの調子であり、このようにフィルルゥにも友達感覚である。もう一部の囚人たちとは打ち解け始めているらしい。さすがはトットポップとも言えるし、看守としては、囚人がいつ徒党を組むとも知れずヒヤヒヤする。
「どう? 刑務所のご飯美味しい?」
「え……」
いつの間にか、さっきまで話していた囚人仲間の隣にいつの間にやら移動していた。トットポップならそんな問題を起こすこともない……のか。いや、レジスタンスを焚き付けて監獄破りをした悪行は変わらない。重要監視対象だ。気を引き締め直す。
「そのヴァイオリン、めっちゃイカすのね」
「え、あの……」
「もしかしてだけど音楽系魔法少女? ほらこれ、トットのギター。いいでしょ」
顔を近づけ、それから攻撃的な見た目のギターを見せつけるように、すごい勢いで距離が詰められていく。パーソナルスペースをほとんど無視した踏み入り、からのあの人懐っこさ。最速で警戒心を破壊しにかかる。
ヴァイオリニストの魔法少女は最初こそ戸惑っていたものの、やはりトットポップの対話能力はすさまじかった。そのうち獄中ロックだ獄中クラシックだの話になり、魔法の使用が制限されているせいで演奏できない不満の話にもなり、ちらりとこちらに目が向けられる。
フィルルゥにそこの権力はない。使用制限をかける魔法の持ち主は別の看守の領分だ。フィルルゥにはあくまでも物理的拘束しかできない。首を振りながらバツ印を作ると、だよねー、という反応だった。
「もっと下層の方がよかったかなぁ……」
何気なく呟く。
各階層に相応の看守が据えられていることは知っている。階層の希望を聞かれ、トットポップがいるのを知っていて第一層を選んだのはフィルルゥの方だ。
だが例えば──フレイム・フレイミィ。糸が燃やされると相性こそ最悪だが、今回の事件において更生の兆しが見られたとして、封印──最下層から減刑され、どこか中層にいたはず。ああいう基本的に物静かな相手の方が、仕事そのものは楽かもしれない。他の魔法少女がそうとは限らないのも知っている。あぁ、だけど──。
「そうだ! フィルルゥちゃんも糸とか使って楽器作れたりしないのね? ほら、ハープ的な感じで」
「えぇ……? 弦楽器ばっかり3人目にするつもりですか?」
駆け寄ってきたトットポップに悪い気はしない。真面目な同僚には怒られるかもしれないが、こういう時、ふっと綻んでしまうのがフィルルゥだった。
◇トーチカ
レジスタンスとの決戦を経て、監査部門の手が入り、降伏した元レジスタンス構成員は身柄を確保された。
中でも──トーチカは大勢の人を巻き込んだ。ルナがあの計画を実行したのはトーチカのレシピありきで、その通りにマリア・ユーテラスは復活し、皆は決戦に挑まなくてはならなくなった。その元凶は、間違いなくトーチカと言える。首謀者だ。
なのだが。どこからどういう証言が出たのか、トーチカもまた脅されていただけであり、そして年齢や魔法少女歴を加味し、収監ではなく保護観察処分という判断が下された。「その件についてですがぁ……トーチカさんは今まで通りの生活に戻っていただきます。保護観察官はしばらく私が担当し、他部門からも順番に出させていただくことになりますね」という特別待遇だった。
やったことに対しては軽すぎるくらいで、トーチカは愕然とした。魔法の国における刑罰の基準がわからない。が、そんなトーチカの隣で、チェルナーが大喜びしていたのは強く覚えている。チェルナーが望むなら、日常を、罪の意識を背負って生きていくしかない。
そして今月、監査部門の人から担当が変わり、人事部門所属の新たな保護観察官と顔合わせということになっている。待ち合わせ場所のカラオケボックスに現れたのは、学ラン風の魔法少女。なんとなく見覚えが──。
「はじめまして、7753と申します」
「あっ! あの、人事部門ってことは……僕がミルキーウェイさんと戦ってる時、部屋の隅っこにいた」
「あ、そんなこともあったような……よく覚えて……んん、とにかくよろしくお願いします」
「いえいえこちらこそ」
自分は保護観察中の身、失礼のないようにしないと。頭を下げる。
「そちらの方は?」
「チェルナーはチェルナーだよ」
「メイもいる。メイはメイ」
ひょこっと顔を出した。彼女は魔法少女・テプセケメイだといい、色々あって7753に同伴しているという。チェルナーはテプセケメイに向かってなぜかハグしようとし、するりとすり抜けられた。互いの間に沈黙が一瞬、そしてその後に追いかけっこが始まる。この狭い部屋でバタバタしないでもらえるように言うが、聞こえていない。7753は早々に諦め、トーチカにだけ話しかけてくるようになった。
「お互い大変ですね」
「あはは、そうですね……」
とはいえ、こうして無邪気に……無邪気に? 結構真剣に追いかけ回しているチェルナーを見ると、彼女の方が先輩魔法少女なのに、トーチカは見守っている年長者の気分になる。
──智樹と智香の関係はそうではなかったが。もっと小さい頃の、危なっかしい僕を見る姉は、こんな気分だったのかな。
「あっ!」
声がして振り向くと、チェルナーに端っこを掴まれ、バランスを崩したテプセケメイがちょうどこちらに降ってくるところだった。チェルナーからすり抜けていたように、その魔法でぶつからない──かと思われた。いや、ぶつからなかったことには違いない。しかしそれは空中でテプセケメイが止まったせいだった。
「……!?」
止められた本人は表情を動かさない。トーチカが一番、しまった、という顔を浮かべた。こんなことができる者は、思い当たるのはひとりしかいない。この場にいないのに、いてもおかしくないあの人。
「……あの。さすがに今出てくるのはまずいですよね」
「
やっぱりいた。いつからいたのかわからないが、椅子の裏からぬるりと現れた。左目にはハートの眼帯を着け、体をくねらせながら、姿を現してくる。キュー・ピット・アイだ。7753が「ひい! 不審者!」と声を上げた。ぐうの音も出ない。
「あの……これはその、隠し通せないので言っておくんですけど……この人脱獄囚です」
「はい?」
「先のレジスタンス事件の時に色々あって……僕がいれば悪いことはしないと思うので……」
「はい♡ 運命ではなく。私の意思でここにおりますので。もはや運命にも引き裂けませんの」
我ながらめちゃくちゃだ。監視されている身なのに、凶悪犯罪者匿ってるんですけど許してくださいとは。7753はしばらく硬直し、これ以上ない絞り出した苦笑いを浮かべた。