◇氷岡忍
「お待たせしマシター!」
元気な声とともに運ばれてきたのは美味しそうな料理の数々。テーブルに座る皆の前に並べられていくのは、和洋中、国籍を問わぬ色々な料理たち。主役はケーキと七面鳥だ。今日のこの催しがクリスマスパーティーであることを思い出させてくれる。
それらを含め、忍の住み込み助手である瑠璃──つまりラズリーヌが皿に取り分けてくれていた。
「どぞっす」
「ありがと」
「ありがとうございます」
ビュッフェでとっちらかったメニュー選びをする人みたいな超折衷プレートを2人並んで受け取った。
「えっと……プフレさんは良かったんですか?」
隣の席に座る黒髪の美人女子高生に恐る恐る話しかける。はじめ彼女は受け取った料理のいい匂いに夢中な様子だったが、話しかけられたことに気がつくと、深いため息を混じえて話し始める。
「実はですね……深い訳があるんです」
「深い訳ですか」
「はい。お嬢ってば……『私は魔法の国主催のパーティで忙しいから、君だけで楽しんできたまえ』とか言い出して」
「あぁ……」
シャドウゲールとプフレは常に一緒というイメージがあったが、どうもそこまでべったりというほどではないらしい。今でこそ忍はどこに行くにも瑠璃がつきっきりだが、聞いたところによると本来付き人らしい彼女がそうならないのは不思議な話だ。
プフレの欠席自体はそう意外でもなかった。彼女は人事部門長とかなりの立場にあり、さらに魔法の国のパーティとあっては、恐らくは彼女よりもさらに上層の組織の人物が参加する。さすがに抜け出せない。
「なので、全力で楽しんでやろうかと」
実際、このパーティーもシャドウゲールからの連絡で始まった。実質的には主催が彼女だ。ルームを借りて、ツリーを用意し、全体を飾り付けた、つまりルームを用意したのが彼女だった。
残念ながら最初に連絡を受けたたまはラズリーヌが忙しいらしく来られなかった。だが、シャドウゲールのおかげで皆が集まれたことには間違いない。あの『魔法少女育成計画』を生き残った魔法少女たち8名、そのうち6名だ。
「あ、美味しい」
「……もう食べ始めちゃっていいんですかね」
「まあ、冷めないうちに食べちゃいましょう。もう出揃ってるわけですし、ほら」
「いやぁこれは自信作デス。おいしくできマシタ」
「ただし、貴女の暴走を私が抑えたおかげで、でしょう。マロングラッセをおにぎりに入れようとするとかさすがにありえませんわ」
キッチンの方からは、忍の学生時代みたいなメガネっ子──クランテイル、外人のおねーさん──御世方那子、気品ある別嬪さん──リオネッタ、の三人組がこちらに来る。調理班だ。この頃料理に凝っているという彼女らの趣味が披露されている。揃ってハマるものが料理だったというのには、あの子の影を感じざるを得ない。そして共同作業そのものは、なんだかんだうまくいったらしい。
「ベルっちベルっち! はい! あ〜ん、っす!」
なぜか取り分けてくれたぶんがあるのに食べさせようとしてくる瑠璃。やりたかったのだろう。口を開けて瑠璃を待ち、差し出されたれんげのかに玉を頬張った。っ、熱い、熱い──けど、美味しい。思いやりに溢れ、溌剌で、けれど上品な。
「美味しい……」
「っすよね! リオネッタちゃん那子ちゃんテイルっち! ありがとっす!」
「おそまつさまデシター!」
「なるほど。面と向かって褒められるのも悪くありませんね」
「……」
瑠璃が料理の続きをがっつき始めた。忍にとっては、美味しそうに食べる彼女が一番の主菜かもしれないな、なんて。次々と調理班も席に着く中、パーティーは続いた。夜には成人している面々でボトルを空け、忍はその夜の記憶を失った。
◇たま
「たまちゃん! そっちに行ったよ!」
スノーホワイトの声で、両手を構えた。
すっかりクリスマスシーズンの中、たまが追いかけているのはトナカイやサンタではなく、真っ黒な人型。暴走したホムンクルス、あるいは悪魔、と呼ばれるものらしい。独特な実験棟の薬品のような匂いを辿り、気配を読み切り、飛び出してきたのに合わせて爪を振るう。すれ違いざまにつけた小さな裂傷が悪魔の体に直径1メートルの穴を穿ち、破裂した悪魔は融けて消えた。
「……こっちも片付いた」
合流してきたリップルの足元には、今回追いかけていたお尋ね者魔法少女が転がされている。彼女は監査部門からも追われていたような人物だ。このN市に潜伏しようとしたのが運の尽き、パトロール中のリップルと修行中のたまがスノーホワイトに合流。実験用ホムンクルスを暴走させて解き放ち、街が混乱している隙に行方をくらますという計画は、3人によって暴かれ、こうして挫かれた。
「くそぉ……まさか『魔法少女狩り』と『音楽家殺し』のいる街だったなんて……」
そうとだけ言い残すとお尋ね者は気絶した。スノーホワイトによってなんでも入る魔法の袋の中に回収され、これで任務は完了だ。
「ごめんね、たまちゃん。こんな日に」
「う、ううん。元々私も、師匠に言われて追いかけてた相手だったから」
「ありがとう、助かったよ。ね、リップル」
無言で頷くリップル。スノーホワイトは戦闘中に見せる冷徹な彼女とはうってかわって、ふっと表情を綻ばせ、リップルとたまの間に入って、双方の手をつなぐ。
──リップルの左腕と左目は、治療しないことを選んだらしい。彼女がなにを思ってそうしたのかはわからない。が、きっと、背負いたいものがあってそうしている。
たまの右腕は、繋げてもらった。技術者を紹介してくれたのはオールド・ブルーだ。なんとか部門の施設でやってもらったのだ。マリアの体になっていたおかげで新鮮なままだったがゆえに、繋げるのは難しくなかった、と聞いた。後でその話をシャドウゲールにしたところぎょっとしていた。今のところ、前のように動かせている。不自由を感じたことはない。
ぎゅっと、グローブに包まれた手でスノーホワイトを握り返した。
「ねえ、この後、どこかに行かない?」
せっかくのクリスマスシーズン。互いに仕事だったとはいえ、こうして集まることが出来たのだ。目標を監査部門に引き渡したら、あとは3人で遊びに行きたい。というのはスノーホワイトの提案で、リップルも断る理由はないらしかった。もちろんたまも快諾だ。
「そうだ! あのお店、キューティーヒーラーケーキをやっててね──」
手を繋いだまま、歩き出す。
彼女らの隣に立つ資格は、たまにはきっと無い。けれど、今は、この幸せは、噛み締めていたい幸せだ。置いて行きたくない心の引っ掛かりを全て引きずったままでも、生きていく。いかなくちゃ。
穴は穴だけでは存在できない。喪ったものは、残されたものがあって、はじめて存在し続けられる。この心に空いたものにも、意味があるから。
右手で首輪に触れた。金具がしゃらん、と小さく音を立てる。