▉▉▉▉サーカスへようこそ!   作:青ボタン

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序章 開幕前の喧噪

その異界は、どこまでもちぐはぐだった。

真っ赤な空は、いつか見ていたあの世界と同じ。世界を包む嫌な気配も、脳を突き刺す絶望の空気もそのまま、あの絶望の未来と同じだ。それなのに、

 

「旅のかた、随分イケメンだねぇ!こんなに人数いるとちょっときつくなるけど、宿が必要なんだろ?今は空いてるしね、お安くしますよ!」

「あ、ああ……ありがとう。この辺りは、平和なんだな」

「そりゃあもう!この近辺はさ、治安がいいことで有名なんだよ。夜になりゃあ良いもんも見られるからね。あんた達も見に行ったらどうだい?」

「そ、そうだな……余裕があれば行ってみるよ」

 

屍兵もいない。血の匂いも、死体も、戦いの気配すらない。おかしな点と言えば、真っ赤な空とそれすら覆うような濃い霧だけ。寒気がする程に――平和だった。

 

『この世界は、最早手遅れです。異界の戦士達よ。せめて、全てを覆い隠すあの絶望の霧を、晴らしてはくれないでしょうか……』

 

この世界のナーガ様は、そう言って私達をここへ送り込んだ。私達が元いた世界よりもずっとひどい光景を覚悟していたというのに、これではあまりにも拍子抜けだ。

人数オーバーでやや狭い部屋に武器以外の荷物を下ろし、ベッドに腰掛け仲間たちと顔を見合わせる。

 

「……どうなっているのでしょうか。この世界は、間違いなく――」

「間違いなくギムレーが復活してる。そうよね、みんな」

 

口ごもった私の代わりと言わんばかりにセレナが声を上げる。

 

「間違い、ないと思うのです。でも……」

「お、おかしいわよね、こんなに平和なんて。そりゃあ、平和な方が良いけど……」

「屍兵の一匹もいないってどういうことなのかな?あ、もしかして、もうギムレーはこの世界のあたし達に倒された後だったりして!」

「シンシア、本気で言ってるの?それなら、ナーガ様があんなこと言う訳無いじゃない」

「そ、そうだよね……うーん」

 

仲間たちが次々に不安を口にする。

この世界に着いてから今まで軍の皆で情報収集をしていたのだが、聞けば聞くほど『呆れるほど平和』の一言だった。屍兵や戦争なんかはもちろん、軽犯罪の噂すら一度も聞くことがなく、転移した瞬間の覚悟や緊張感も完全に霧散してしまった。

 

「ひとつ気になるのは、この世界の私達です。住民の皆さんの話では、私達の世代は全員健在で、大抵はイーリス城にいる、との話でしたね」

「今すぐ行くんじゃダメなのですか?何かが起きてるなら、きっと急いだ方がいいのです」

「でも、何も起きてないのよ。何故か分からないけど……」

「ノワール、何も起きてないはずは無いって、あんたも分かってるでしょ?ねえ、クロム様に相談してみましょうよ」

「ンンも賛成です。ルキナ、まだ日は落ちきって無いんですから、間に合うはずなのですよ」

「そう、ですね。許可が出るか聞きに行ってきます。皆は部屋で待っていてください」

 

部屋から一人廊下に出る。すると、夕食らしい暖かく良い香りが、ふわりと鼻腔をくすぐった。この香りは、牛肉たっぷりのシチューだろうか?折角なら、晩餐は皆で美味しいものが食べたいですね……なんて、どうしても緩んでしまう思考を忘れるように、両の手で頬を叩いた。隣の部屋を通り過ぎざまに覗くと、ロランとウードを筆頭に真剣そうな顔で話し合いをしている。――それなのに、私がぼんやりしてどうするんだ……ときつく拳を握り、そのまま一番奥の部屋の扉をノックする。

扉を開くと、お父様とルフレさん、それにサーリャさんとマークの四人が、ベッドに敷いた地図を囲って、ちょうど話し合いをしている所だった。

 

「ルキナ、お前も来たのか。丁度良かった」

「今、呼びに行こうと思っていた所だったんです。サーリャさんがあの霧について何か分かったようで」

「そんなにちゃんと分かった訳じゃないわ……ただ、あの霧からは呪術の力を感じるって、そう言いに来ただけよ」

「それでも、少なくとも平和なだけでは無いことがはっきりしました。晴らす方法は分からないみたいですが、糸口が掴めただけでも進展がありましたね」

「ふふふ……貴女が望むなら、このまま寝ないで解析するわよ……任せてちょうだい……」

「そ、それはやめて下さい!今日は疲れているでしょうし、ちゃんと寝るんですよ?」

「分かったわ、貴女が言うなら……」

 

そう言って、サーリャさんは部屋を後にする。ナーガ様が晴らしてと仰った、あの深い霧。どうやらお父様やルフレさんは、一番警戒すべきはあの霧だと考えているらしい。考えてみれば当然だけれど、私たちは世界全体の異様な雰囲気の事ばかりに囚われて、霧のことなどすっかり忘れかけていた。

 

「とりあえず、今日はこの街で情報収集がてら休憩しましょう。みんなで街の皆さんが言っていたサーカスに行ってみませんか?人も集まるみたいですし、丁度良いです」

「そうだな。世界中から観客が集まると聞いた。色々な話が聞けるかもしれん」

「きっと皆も喜びますよ!」

「あ、あの!」

 

話を遮って声を上げる。このまま流れに任せていたら、今日一日は潰れてしまうだろう。とはいえ、私達の懸念は若干お父様やルフレさん達とはズレている。……折角なら、みんなには平和な世界を楽しんで貰いたい――この世界が危険だと思いつつも、そんな混濁した考えが頭をよぎる。

 

「ええと……私、出撃……いえ、実は外出の許可を頂きに来たんです。どうしても、気になる事があるので……」

「今からか?サーカスには行けなくなるぞ」

「はい。夜中には戻りますので」

 

口をついて、そんな言葉が出る。

 

「良いですが、一人じゃ危険です。……うーん。マーク、悪いのですがルキナさんの護衛をお願いできますか?」

「はーい!僕にお任せを!ルキナさん、それで良いですよね?」

「は、はい。もちろんです」

「そういうことなら、俺も異論は無い。気を付けて行ってこい」

「ありがとうございます、お父様」

「じゃあ、早速行ってきますねー!絶対サーカスに間に合わせますよ!」

 

行きましょう!とマークが私の手を引いて部屋を飛び出す。ちょっとした罪悪感を覚えながら、仲間に事情を説明し準備を整え、二人ですぐに街を出た。

 

綺麗に舗装された見慣れた道を早足で歩く。何度見ても、絶望を叫ぶ本能と目の前の光景の乖離で頭がおかしくなりそうだった。けれどそれは私達、未来から来た者特有の感覚なのだろう。事実、お父様達も横にいるマークも、その記憶が無いからかいつも通りの顔をしている。

街を抜け、イーリス城の下まで来ても、未だに敵の姿のひとつも見えはしない。もうすぐ例のサーカスが開場するらしく、宿を出てすぐの時は大勢いた人々の姿も、ここまで来ると殆ど見えなくなった。

 

「いやー、みんな行っちゃいましたね。これ、お城の人もサーカスを見に行っちゃってたりしませんか?」

「流石に大丈夫でしょう。……マーク、あなたもサーカスを見に行きたいんですよね?良いんですか?」

「いやー!ルキナさんを放って遊びに行くなんてできませんよ!それに、僕もこの世界の事が気になってるんです。ここにいると、なんだか……気分がぞわぞわするんです」

「……記憶は無くても、身体は覚えているんでしょうか。すみません。あなたは、何も感じていないのかと」

「あはは、不安そうな顔をしたって、いいこと無いですからね!……嫌な予感がするんです。一刻も早くこの世界を救って、さっさと帰りましょう!」

 

私を励ますように、マークはにっこりと笑った。こちらに不安など感じさせないような笑顔で。けれどよく見れば、ローブの下では震えるほどぎゅっと手を握っている。……もしかしたら、彼もルフレさんも、私がこの世界のイーリス城に行こうとしていた事に気付いていたのだろうか。流石にそれは考えすぎだろうけれど。

 

――城の中は華やかな街とは反して、薄ぼんやりとした冷たい光に満ちていた。見渡す限り人の姿はなく、私達二人の足音と、窓の外から聞こえてくるサーカスの華やかな音だけが、長い廊下を支配している。部屋も、廊下も、いつもと同じ間取りなのに――なんだか、始めて来た場所のように思えて仕方がない。……過去でも、私たちが元居た未来でも、この場所に人が一人もいないなんて時はなかったのだ。心に巣食うべったりとした不安が、じくじくと痛み始める。

私の部屋の扉の前につくと、隙間から光が洩れていた。ここまで誰もいなかったので、もしかしたらこの世界の私も――と思っていたのだが、杞憂に終わったようだ。数度ノックして、声をかける。

 

「どなたか、いらっしゃいませんか。私は異界のルキナ。この世界を助けに来たんです。お話を聞かせてください」

 

……返事はない。けれど、中で何かが動く音がした。誰かいるのは、間違いないだろう。それでも、扉は開かない。

 

「すみませーん!僕達、ナーガ様に言われて助けに来たんですよ!開けてくださーい!」

 

マークがそう声をかけると、ガタリ、と大きな音がなる。しばらくの沈黙の後、かちゃりと鍵が開く音がした。私とマークは顔を合わせ、ゆっくりとドアノブを捻る。

 

中は、恐ろしい程に、記憶にある私の部屋そのままだった。あの日ギムレーによって失われた、私の部屋そのままだった。まるで、あの世界に戻ったような――そんな錯覚を起こす程に。唯一、冷めきった食べかけのシチューと、白いワンピースをまとい、部屋の真ん中でこちらに背を向ける青髪の少女――異界の(ルキナ)が、そんな錯覚を打ち消してくる。

 

「……ナーガ様は、まだ生きておられるのですね」

 

淡々とした感情のこもらない声が、その唇からこぼれ落ちる。まるで、うっかりガラスのカップを取り落としてしまったみたいに。

 

ゆっくりと振り向いた(ルキナ)の顔は、何か大切なものを自分で全て燃やしてしまった後のような、――そんな、生きているのか死んでいるのか分からない表情をしていた。いつもの軽鎧も、剣も、大切なティアラさえ身に付けず。生気の伴わない空虚な瞳の奥にある聖痕だけが、彼女が彼女である事を証明していた。

 

「はい。私達は、ナーガ様に助けを求められ、この世界に参りました。……一体何が起きているのか、教えてくれますか」

「ナーガ様は、なんと?」

 

私の問いを無視して、彼女(ルキナ)は私達に問いかける。

 

「ナーガ様は、『この世界を覆う霧を晴らしてほしい』そう言っていました」

「――――ッ!」

 

その言葉を聞いた途端、初めて彼女(ルキナ)は動揺した様子を見せた。真っ白なワンピースがふわりと揺れる。

 

「……聞かせてくれませんか、ルキナ。私は、この空気を知っています。邪竜ギムレーは、一体この世界で何を?」

「……」

 

彼女(ルキナ)は黙りこくったまま、力なくベッドに腰を下ろした。そして、量の手を膝の上でぎゅっと握り、

 

「お願いします。あなた達が無事なうちに――この世界から、帰ってください。あの霧は、もう……晴らさない方が、良いんです」

 

と、自分に言い聞かせるように呟く。

 

「どういう……事ですか」

「霧の影響下にいるうちは、きっと安全なはず。けれど、この私の部屋は霧の影響が薄いんです。……どうか何も知らないまま、お帰りください。ナーガ様がご存命だと知れた、それだけで私は満足です」

「私達は、この世界を救いに来たんです。このまま見て見ぬ振りはできません!」

「そうですよ!僕達を信じてください、異界のルキナさん!」

「……ッ」

 

彼女(ルキナ)は俯き、おもむろに窓の外を見る。もう日も暮れたと言うのに、サーカスのおかげか外は明るい。入口からではよく見えないけれど、きっとこの部屋からは、この世界全体が見渡せるのだろう。私の部屋はそうだったのだから。

 

「……外、明るいですね。あのサーカス、とても人気ならしいじゃ無いですか。あなたは行ったことはあるんですか?」

 

緊張を解そうとそんなことを口にすると、彼女(ルキナ)は勢いよくこちらを見た。そして、吐き捨てるように今までよりも強い口調で言う。

 

「行く訳、ありません!あれさえなければ、私は……私達は……ッ!」

「す、すみません。ちょっとした雑談のつもりだったのですが、嫌でしたか?その……街で、とても楽しいと聞いたもので。お父様達も、今頃はあそこにいるのでしょうし」

「な――――い、今っ!今、なんて言ったんですか?」

「えっ?」

 

がばりと彼女(ルキナ)は立ち上がり、大きく見開いた目で私を見た。真っ青になった頬をつうと冷や汗が伝う。突然の豹変に、マークは小さく悲鳴をあげた。

 

「ど、どうして――異界の怪しいサーカスを、見に行こうなんて話になったのですか!?い、今すぐ止めに行かないと手遅れに――ッ」

 

悲痛な声でそう叫ぶと、彼女(ルキナ)は取り乱したまま勢いよく私の肩を掴む。そして、

 

「今すぐ、お父様やあなたの仲間たちを連れ戻すんです。急げばまだ、間に合うかもしれません……これを」

 

そう言うと、私の手に剣を握らせる。柄にぽっかりと穴の空いた、自分の腰に刺さったそれと全く同じ剣。ファルシオンだ。

 

「このファルシオンは、既に覚醒の義を()()()います。この剣の近くにいれば霧の影響を受けませんから、上手く行けば助けられるはず」

「な、なぜですか!?ファルシオンを手放すなど……!」

「良いんです。私には既にいらないものですから。それに、私はもう……この部屋から出られません。行ってください」

 

そう言うと、彼女(ルキナ)は私を扉の外にぐっと押し出し、そして、もう話すことは無いと言わんばかりにベッドまで戻ると、こちらに背を向けて窓の外を眺め始めた。

 

「ルキナさん、最後に教えてください」

 

私が部屋を出ようとすると、マークが声を上げる。彼女(ルキナ)は何も答えない。

 

「この世界の僕達は、今どこに……?母さんやクロムさん達は、生きているんですか?」

「……異界のマーク。そんな呼び方をするということは、あなた達の世界のお父様達は、この世界と違う関係性を築いたようですね」

 

ぽつりとしかしどこか吐き捨てるように、呟く。

 

「あなた達の事なんて、知りません。私の仲間や、希望のために戦った戦士たちは、みんな死にました。お願い、もう……行ってください」

 

言いながら、つう、と彼女(ルキナ)頬を雫が伝う。私は、まだ何かを言おうとしたマークを手で止めて、その手を引いて扉を閉じた。二本目のファルシオンを腰に差し、城の出口の方へ歩を進める。マークは少しの間扉の方を気にしながらも、すぐに追い付いて、私の少し後ろをついてくる。城には、相も変わらず、誰もいなかった。

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