「────見事だ」
季節は秋に差し掛かった頃。
木々に緑は見えず、枯葉が目立ち紅葉が辺りを彩るはずの景観は、巨大なクレーターが所かしこに生まれ、地面はひび割れ、抉れ、砕けている。
草木は一面見当たらず、太陽は分厚く不気味に濁った雲に遮られ地上は気味が悪いほど暗い。
「断言しよう。貴様は今まで出会ってきた術師の中で最も強く、脅威であったと」
更地となった広大な広場に存在するのは二人。
一人は4本あるうちの一本の腕を欠損し、顔の皮膚が半分抉れながらも、反転術式による治療が再開され始め徐々に傷が癒えていきながら口角を上げて悠然と佇む。
そしてもう一人は、近辺の土を血で染め上げ、膝を地面へと着き這いつくばっている。
そう、俺である。
「だからこそ────解せんな」
目の前の四本腕のバケモン──両面宿儺が、先程までの悦の感情を隠し、疑問と呆れを見せる。
「お前……何故術式を使わん?」
あー、腕の感覚が戻ってきた。呪力も練れる。全部反転術式に回せ。ぶち抜かれた腹の穴を瞬時に塞ぎ、疲労が抜けきらないままに震える膝にムチを打って立ち上がろうと試みる。
「俺と比べても遜色のない呪力。持ってい無いわけではあるまい、何故使わん?」
「……ハハッ」
死ぬ気で与えたダメージも、腕も、全部何も無かったかのように再生させて、顎に手を添える宿儺の仕草に笑いが込上げる。
「別にッ……大層な意味なんか、ねぇよっ……」
「ほぅ……?」
俺が術式を使わない理由……?
ああ、持ってるよ、相伝だよ、使わないなんて選択肢はねぇよ。
──術式使わずにどこまでやれるか、とか。
──使わない方が強いから、とか。
──使っても意味ないから、とか。
そんな、真っ当な理由なんて無いよ。
痛覚なんかどっかいったけど、身体は悲鳴を上げてるんだろう。麻痺しながらも、呂律も上手く回らない拙い俺の喋りを、宿儺は面白そうに待ってくれている。でも、申し訳ないな。お前が思ってるような理由なんてないんだ。
俺が術式を頑なに使わなかった理由なんて馬鹿みたいなもんだ。以前までの俺だったら、初めから術式使って戦ってただろうな。
変な意地張って術式使わないで、領域の押し合いも負けて、炎で燃やされて……ああ、なんで術式使わなかったんだ俺は。
ああ、やばい。寒い。血が足りない。傷が癒えてもあと数時間しない内に死ぬな俺。
頭がぼーっとする。呂律も思考も回らない惨めな俺なんかを、待ってくれている宿儺には感謝しかない。
「くろ、歴史……なんだよなぁ……ッ」
「くろれきし……?」
「酒には気をつけろ……って、ことだよッ……!!」
息が乱れる。ダメだ、俺の体は今生きるためだけに意識を向けちまってる。血も、酸素も、何もかも足りてない。
──もう、いいや。
暗く淀んだ空を見上げ、俺はニカッと笑う。俺の放った言葉の意味を理解できなかった宿儺は呆気に取られたような顔を一瞬だけ見せて、思わず笑いが込み上げてきた。
昔話をしよう。と言っても、さほど昔のことでは無いが。
禪院家に生まれた……転生した俺は、相伝である十種影法術を宿していた。
未来において、禪院家の文献では、十種影法術の最強の式神であるまこーら……八握剣異戒神将魔虚羅の調伏に成功した者は誰一人いない、とされていた。原作軸では、それは正しいのかもしれない……いや、正しいだろうな、あいつバケモンだったし。
まあ何が言いたいかと言うと……俺は、まこーらの調伏に成功したのである。
正直、無理だと思っていた。「当たって砕けろぉぉぉぉぉぉ!!」と、おかしなテンションで挑戦を即決していた俺を褒め讃えたい。
それに、式神も一体も欠けることは無かった。まこーらは適応のバケモン。黒閃に適応されたらお手上げだったので最後まで使わず、ちまちま削っていき最後に黒閃を一度に重ねて放ち、見事勝利した。
その光景を見守っていてくれていた禪院、五条、加茂の三家は、それはそれは盛り上がっていた。今の時代の御三家は、俺が頑張って仲を取り持っていたので仲良しである。
まこーらの調伏に成功した俺を、誰もが褒め称え、そして喜んだ。あの日が、俺の二度目の人生で最も笑った日かもしれない。
そして始まる、今では黒歴史のトリガーとなってしまう、宴会。
仲のいい連中で集まり、飯をつつき、騒ぎ、飲んで、呑んで、飲みまくった。
そう、飲みまくったのである。
特段酒に弱いわけではなかった俺だが、その日は普段とはレベチなほどに、酒を煽っていた。場に流されたと言うべきか、なんというか。宴会の場において、正しい思考を保てた者は誰もいなかったと言えば、当時の酒事情を理解頂けるだろう。
俺は飲んだ。限界を迎えても飲み続けた。体が羽のように軽く感じた。俺は飲んだ。
気づいたら、あみだくじを作っていた。全くもって直線では無い線を引き、きっったねぇ字で10通りの名前を書いたそれを、俺は高く掲げて、こう宣言した。
────あみだくじで当たった式神に、その他の式神を継承させまあぁぁぁすうぅぅぅぅッッ!!!
フラッフラで顔を真っ赤にして馬鹿なことを叫んだ俺に、場は一瞬の静寂を見せ、数瞬後。
────いええええええええええええいッッッッッ!!!
やはり、バカしかいなかったのである。
冷静に考えて馬鹿な提案を、冷静に判断できるだけの脳みそはこの場におらず、「やっちまええ!!」と弾んだ声で後押しが迫る始末。
そこかしこからのコールが鳴り止まず、気分が上がりまくった俺は、声高らかに開幕宣言を始め、地獄のあみだくじがスタートして────
深呼吸をして震えを止める。反転術式を脳にかけて思考をクリアに、連発した黒閃の影響が今来ているのではないかと言えるほどに、アドレナリンが分泌されていることがわかった。
そして、俺は両手をあわせる。それは、領域展開の時に用いる形とは違う、複雑な指の絡ませ方。パッと見て、それが何を形作っているのかは分からない。
不意に、重厚な雲に隙間が生まれ、眩い太陽の日差しが俺の体を照らし始めた。暗く淀んだ空間の中、俺だけが照らされているような感覚。そんな中、宿儺は確かに見たのだろう。
光に照らされた俺の手が形どる、兎の影絵を。
「────"脱兎"」
その後、宿儺に敗北。宿儺ニッコリ笑顔ホックホク。