何とか入れたくて1万字を超えてしまった。
わたしが
わたしにはお母さんがいた。お父さんはわたしが小さい頃に家を出て行ったらしい。
物心着いた時には、お母さんが唯一の家族だった。けれど、その時にはもうわたしを産んでくれた、名前を付けてくれたお母さんはいなかった。
1人で育児をしなければならないストレスか、それとも只々面倒くさかったのか、わたしはお母さんから母親らしいことをされた覚えがなかった。
小さい時から、褒められたり、悪いことをして窘められるとこがなかった。手を握ることも、頭を撫でられることも、抱き締められることもなかった。
どうでもいい、という事はなかったと思う。死んだら面倒、くらいには思ってたと思う。今となっては分からないけど。
ただ、本当に、わたしに最低限の干渉しかしなかった。ご飯を作るのも、自分のついでみたいに。テレビを見る時も、わたしはいないかのように。保育園のお遊戯会も、来てくれたことは1度もなかった。
───わたしが5歳の時に動きはあった。
その日、お母さんは帰りが遅かった。置いてあった菓子パンを食べて待っていると、お母さんが帰ってきた。
その時のお母さんの顔を、わたしは今まで見た事がなかった。いつも家にいる時は無表情か、わたしをウザがるような表情をしているのに、その日のはどちらでもなかった。
玄関からツカツカと歩き、わたしの所まで来ると、お母さんは前髪で顔を隠しながら暫し立ち止まった。
『………お母さん?』
何ヶ月ぶりかにそう呼んだ。お母さんが何を考えてるか分からなかったから。
お母さんの顔を覗き込んだ。
……その表情は覚えていない。それよりも鮮明に覚えているのは、
────頬から聞こえた乾いた破裂音だった。
『……え?……』
状況が理解出来ず、頬を抑えて固まるわたしを、お母さんは黙って見ていた。
次いで、支離滅裂な罵倒をヒステリックに喚き、わたしを椅子から引きずり下ろして矢鱈滅多ら暴れ始めた。
なんで私ばかり、なんで貴方なんかが、なんで、なんで、なんで、と。うわ言のように叫びながら、わたしに呪詛と暴力をぶつけた。
叩かれた痛み、首を絞められかけた苦しさ、罵声を浴びされた悲しみ。それがお母さんから貰った初めての『感情』だった。
……しかし、ここまでなら、わたしは歪まずに済んだかもしれない。このくらいだったら、わたしに呪いを残さなかったかもしれない。
一頻り暴れて、お母さんに疲れが出始めた頃、絞り出すように言った言葉さえなければ。
『アンタなんか産まなきゃよかった!アンタなんか、これっぽっちも愛してないのよ!!』
─────その言葉が、どんな痛みや苦しみよりも、深く深くわたしの心の奥深くまで抉った。
分かっていた。分かっていた事だ。けど、否定したかった。そんな筈がないと。心のどこかで、見ないふりをしていた。
…………
その日から、わたしは変わった。
代わりに、保育園では沢山笑うようにした。
ただ1度、保育園で貼り付けていた笑顔を家にまで持ち込んでしまったせいで、気持ち悪いと叩かれた。その日以来、1人の時は笑わなくなった。
小学校に入っても、やる事は変わらなかった。家ではなるべく音沙汰を立てず、学校で皆と仲良く過ごす。いつの間にか、何も意識せずとも笑顔は作れていた。まるで仮面を被るように、中身のない笑みだったと今では思う。
1日を作業のように過ごしていた。いつも周りを見て、角が立たないように、何も思われないように、人形みたいに生きていた。
凡そ、7歳かそこらの子供がしていい事じゃない。自分でも思う。歪んで歪んで、嘘で固めた仮面を被ったお人形。気付いたらそんな物になっていた。
小学2年生の中頃に事件が起きた。
───
駅のホームから飛び降りたという。遺体は損傷が激しく、見せては貰えなかった。
祖父母はわたしが産まれる前に亡くなってた。だから葬儀や相続は、今のお義母さんとお義父さんがやってくれた。どうやら、偶然駅のホームに居合わせた
全て、滞りなく進んだ。わたしはお義母さんの家に引き取られる事になったし、溜まってたお金もわたしの進学費用って事になった。
何も問題なかった。何も、わたしの心には、
そう……悲しくなかったのだ。あの人が死んだ。居場所も分からない父を除けば、唯一の肉親が死んだのだ。なのに、わたしの心はどうしようもなく凪いでいた。
涙も出ない。寂しくもない。テレビで人が亡くなったニュースを見た時のような、無関心しかなかった。
遅れて気付いた。こうなっている理由に。
……わたしは、
それに気づき、わたしは吐いた。胃の中身も、心の中身も、自分の何もかもが気持ち悪くて仕方がなかった。
普通、家族が死ねば悲しむだろう。当たり前だ。
愛するのが当たり前なのだ。たとえわたしを愛してくれていなくても、わたしは違うと思いたかった。わたしは
けど違った。わたしは愛してなんかいなかった。そう自分に言い聞かせていただけだった。
『家族も愛せなかったお前が、誰かに愛されるなんて、誰かを愛する事なんて、できやしない』
義両親に引き取られてからも、何度も夢に見た。
この時からだ。わたしが素直に愛を受け取れなくなり、人を愛せなくなったのは。
お義母さんとお義父さんは、わたしに良くしてくれた。家族というものに慣れないわたしに優しく接してくれた。わたしを引き取ってくれたのは、同情と共に子宝に恵まれなかったという彼らの個人的な理由もあったが、それでも本当の家族のように接してくれた。
初めて授業参観で後ろを振り向いた。初めて転校先で友達ができたと報告した。初めて食事の席で言葉を発した。何もかもが初めてで、眩しくて、愛されてんだと実感できた。
それも、あの夢で全てリセットされる。愛されてると思う度、その夜に
それが2年ほど続いた。正直疲れていた。学校での笑顔の仮面は外れない。笑いたい気分でなくても、人から愛されなくなる事を怖がるわたしがそれを許さなかった。
そんな時だ。
『右京天音。よろしく、左波』
『よろしくー! 名前に右が入ってるんだ!わたしも左って入ってるよ!お揃いだね!』
『お揃い……なのか?』
仲の良い友達グループがあって、たまたま一緒に遊ぶ事になった。その中で、初対面だったのは天音だけだった。
初対面では、『なんか大人びてるカッコイイ子』って感じだ。髪色も黒ってよりは灰色だし、変な子……とまではいかなくても、第一印象はそれなりに強かった。
それから偶に喋るようになり、ある日友達の家でゲームをする事になった。
わたしはゲームが好きだった。煩わしい夢の事を忘れられるから。ちょうどお義父さんもゲーム好きで、家にも結構な数のゲームがあっていくつかやり込んでいた。その日やったのも、その内の一つだ。仲良しグループの中では負け知らずな程には。
案の定、天音はボコボコにした。最初の方には余裕そうに笑っていたのが、時間経過で焦っていくのが面白かった。
思いの外天音は負けず嫌いだったようで、その後何度も再戦した。結局その日は勝てなかったけど。
どうやら天音もゲーム好きならしく、その日以来ゲームの話で盛り上がり、わたしの家で遊ぶことが多くなった。中学に進む頃には家族ぐるみで仲良くなっていた。
天音とするゲームは楽しかった。天音は他の人よりゲームが上手くて、他の人より負けず嫌いだ。負ける度に悔しそうにして、勝つ度にムカつくドヤ顔を向けて来るのが、わたしの楽しみになっていた。
天音といる時、わたしは自然に笑えた。何年もしていただけ作り物が、本物になっていた。
天音はどんどん、わたしを暴いていった。小さい頃に閉じた心の扉が、天音と会う度に開いていった。
中学一年生の冬頃、わたしは通り魔に襲われた。
突然の事で一瞬思考がフリーズしたが、わたしは何故か妙に落ち着いていた。
罰が下ったんだと思った。今でもたまに見るあの夢。誰も愛せない薄情なわたしへの罰。それがこの時なんだって。
わたしはそれを受け入れようとして……目の前にいる天音に気が付いた。
今わたしが殺されたら、次この男は何をする? 恐らく正気は保っていない。わたしを殺したら、また別の人を人質にするかもしれない。すぐ近くにいる人間を。すなわち、天音を。
何より、何より……わたしは天音に会えなくなるのが怖かった。
死んだら、もう天音とゲームが出来ない。もうあの楽しい煽り合いが出来ない。声を聞けない。顔を見れない。もう、会えなくなる。
怖かった。どうしようもなく、死ぬのが、天音と一緒にいれなくなるのが怖くなった。
幸い、通り魔は突如とんでもない挙動で動いた天音によって撃退され、わたし達は事なきを得た。
助けられ、天音に抱き寄せられた。そして天音の体温を感じた時、耐えられない安堵と緊張からの解放に襲われ、数年ぶりに泣いた。溜め込んでいたのかと思うほど泣き、いつの間にか眠っていた。
その後目が覚め、警察に色々聞かれ、お義母さん達に泣きながら抱き締められた。かなり疲れて、目が覚めたのは次の日の昼間だった。
昨日の感覚が残っているのを感じていると、インターホンが鳴り、学校をサボった天音が来ていた。少し気まずくなりながらも、わたしは部屋に招いた。
部屋に入って暫く、わたしは何を話せばいいか分からなかった。あの時の感情は何だったのか、整理がついていなかった。
『…………』
ふと、隣に座る天音を見た。
何やら、気まずそうに目を泳がせていた。めちゃくちゃ焦っていたようで、傍から見てもそれは一目瞭然だった。わたしは、天音も同じなんだろうかと思った。いつもの天音は、あんな行動は取らない。自分でもそれを自覚していて、まだ整理がついていないのではないかと。
わたしと同じだった。そして、天音を鏡のようにして、わたしはわたしを見ることができた。
天音は、わたしにとって特別なんだ。
お義母さんにもお義父さんにも、向けたことがない感情。居なくならないでほしい、一緒にいて欲しい。そういう特別なんだって。
それを自覚して、わたしは昨日みたいに感情を抑えきれなくなって、咄嗟に天音に抱きついてしまった。涙が堪えきれなくなり、嗚咽混じりに気持ちが飛び出た。
天音は優しく受け止めてくれた。少し大きな手でわたしを包んで、『どこにも行かない』と、『1人にしない』と言ってくれた。その言葉で、わたしの目からは更に涙が零れ落ちた。
『尊』
名前を呼ばれ、胸にこすり付けていた顔を上げた。いつもは女の子みたいな天音の顔が、その時は無性に男の子っぽく思えた。
『………好きだ、尊』
天音の口から、吐露するように、しかしハッキリとそう告白された。その言葉とわたしを見る真剣な目で、わたしの心はいっぱいいっぱいになった。
(……そっか。これが『好き』って事なのかな……)
自分の感情もそうなのか、わたしには分からなかった。けど、そうでなくてもわたしは『そうなんだ』と選んだ。『愛してる』は、まだ分からない。まだわたしは人を愛せない。
けどいつか、この人を愛したいと思った。だから、まだ言えなくても、返事はしたかった。
『……はい……わたしも、大好き………!』
いつかこの言葉が、『愛してる』になる時が来ることを、わたしは確かに望んだ。
──────SAOが始まった。
プレイヤーがゲームから出れなくなり、わたしもナギも、『死んだら死ぬ』世界へと閉じ込められた。
そこでもわたしは、何故か冷静だった。チュートリアルが終わり、他プレイヤーがパニックを起こす中、ナギに連れられた。
ナギが提示した選択肢としては、普通に攻略するのと、言ってはいないけれどこの街に留まることだろう。
前者は、この世界から積極的に脱出する為。後者は、安全性がこの上なく保証される。
きっとナギだけなら、迷わず前者を選んでいた。わたしがいるから、後者も選択肢に入った。
なら、わたし達が取る手段は一つだ。
わたしが、ナギをこの世界から脱出させる。他の何を差し置いても、たとえ
わたしは所詮、人を愛せない人間だ。
今度は、ただ見ているなんて事にはさせない。
手段は厭わなかった。危険な状況でも、わたしだけが被害を被るものなら、構わず突っ込んだ。被害は避けたかったが、あくまで二の次だ。死んでもこの世界を終わらせる。戦いの場では、常にそんなことを考えていた。
その過程で、色んな人と出会った。親友と呼べる人、世話を焼いてくれる人、妹みたいな人、頼りになる人、面倒臭い性格だけどいざという時は頼りになる人、他にも色んな人がいた。
関わってくうち、いつの間にか特別な人が増えていた。救うと誓った人の中に、どんどん救いたい人が増えていた。
次第にわたしは、ナギから、皆から受け取る気持ちを理解していった。アスナが叱ってくれたり、キリトと馬鹿やったり、ナギといつも一緒にいたお陰で、私は『愛』をだんだん受け取れるようになった。
……じゃあ、わたしは?
わたしは、みんなを愛している?
分からない。皆に向けてる感情が、仮面を被ったわたしなのか、本当のわたしなのか、分からなくなってしまった。ナギといて、仮面を脱ぐようになって、どっちが本当のわたしかをいつの間にか忘れてしまっていた。
ヒースクリフさんに言われた『ナギへの気持ちは現実と変わりないか』という質問。
現実との変化はない。わたしはナギが好きだ、大好きだ。けれど愛しているのかは、自信が無かった。『好き』とは言えるのに、『愛してる』と言う時は口が鉛のように重くなる。
自分がどうなってでも、ナギを救いたいという気持ち。コレは『愛』なのか?ただの自己犠牲の自己満足じゃないのか?自分の感情を肯定したい気持ちと否定したい気持ちがぶつかって、どうしたらいいか分からなくなった。
皆から簪をプレゼントしてもらって、余計気持ちがぐちゃぐちゃになった。こんなにも愛されてるのに、それを返してあげられない自分へ更に怒りが湧いてくる。
2Pに言われた事は、だいたい真実だ。
愛が分からない癖に、ニコニコ笑ってナギの側にいる。アイツからしたら、さぞ滑稽に見えたことだろう。
『あなたは愛してなんかいない』なんて、どの口が言えたんだ。
どの口で、ナギに『助けて』なんて言えたんだ。どの口で、今まで『大好き』なんて言えたんだ。どの口で、『愛したい』なんて言えたんだ。
もういいんだ。これ以上は自分を許せなくなる。
だから、今言った。わたしが隠してきた全てを。
愛していないって、ずっと嘘をついてたんだって、ずっとだましてたんだって。
いっその事、拒絶して欲しかった。突き飛ばして、恨み言を言って、わたしを独りにして欲しかった。
その方が良い。ナギも、みんなも、そっちの方が幸せになれる。
身勝手にも、わたしはそう思っていた。
◇◇◇
話を終えた。話している間、ナギは一言も喋らなかった。ただ黙って、握った拳を震わせながら聞いていた。
俯いたまま話していたわたしは、その顔を見る勇気がなかった。拒んで欲しいと思っておきながら、それを恐れていた。こんな時でも、自分の自己中に嫌気がさす。
わたしが決心つかず黙りこくっていると、ナギの方から口を開いた。
「ミコト」
わたしの体がビクッと震えた。名前を呼ばれただけなのに、今はイヤに頭に響く。
ナギが何を考えているのか、全く分からなかった。いつもなら手に取るように分かるのに、今は靄がかかったように不明瞭だった。
……そんな不安は、次の言葉で一旦止んだ。
「────ごめん」
「……………え?」
なんで、謝るの?ナギが。謝らないといけないのはこっちでしょ。
頭を上げ、ナギの顔を見た。
その顔は、今にも泣きそうで、苦しそうで、何かをとても悔いているような顔だった。
なんで、ナギがそんな顔をするの? わたしが全部悪いのに、自分を責めてるみたいな顔してるの?
ナギがわたしの手を掴んだ。
「……ミコトが抱えてるものに、今まで気付けなかった。全部1人で背負わせた。辛いのを、分かちあってやれなかった。だから、ごめん」
「ちがっ……全部、全部わたしのせいなんだよ。ナギは悪くなんかない。わたしが、こんなだから……」
「ふうぅぅ~~~……」
ナギが大きく息を吐いた。それがどんな意味か分からなくて、怯えてわたしは口を噤んだ。
「───よし、オレからの謝罪は以上だ。次は説教だぞ」
「…………へ?」
急にしかめっ面になってナギはわたしに体を向けた。
あれ、コレ怒ってるけど、何か違う気が……。
「まず、今までこれを言わなかった事についてだ。なんで黙ってたんだ?」
「それは……こんな事言ったら、ナギになんて思われるか分からなくって……」
「ミコト、お前初日でオレになんて言ったか、覚えてるか?」
初日って、SAO開始の初日のことか。
わたしがナギに言ったこと。どれのことだろう。
考える暇もなく、ナギはわたしに言った。
「あの時、弱気になってたオレに言ったよな。『もっとわたしを信じろ』って」
「あ……」
「そのお前が、オレを信じないでどうすんだ。特大のブーメラン投げてた事になるぞ。……分かったら、もっと信じろ。オレも、皆も。いいな?」
「……」
予想だにしていなかったお説教に、唖然となってしまったわたしにお構い無しに、ナギはまだ説教を続けた。まるで、わたしの抱えていた問題を根こそぎ引きずり出すように。
「次に、嘘ついてた、だったか?」
「……うん。ずっと、嘘ついて、嘘の笑顔で皆と接してて……」
「はい、シャラップ」
「アイタッ!?」
また俯きそうになったわたしにデコピンし、強制的に顔を上げさせられた。筋力値が高いナギのデコピンなので、そこそこの衝撃に額を抑えた。
見上げたナギの顔は、少し怒っていた。
「うるっせえ。何が嘘だ。んなわけねえだろうが」
「いや、実際わたしが……」
「実際とか関係ねえ。お前がどう思おうが、オレが認めねえ。お前は確かに心の底から笑ってた。いつだって、
無理やりすぎる意見に、わたしは半分呆れてしまった。
流石に、詭弁だろう。ナギがそう思ってないから嘘じゃないなんて。わたしが納得出来ない。わたしがわたしを許せない。
そうしていると、ナギから怒りの感情が消えた。次いで、諭すような口調で言った。
「ま、これじゃミコトは納得しないだろ?だから、次の話だ。…………『愛してない』、ミコトはそう言ったな?」
「っ!」
心臓が一気に跳ね上がった。2Pに襲われた時とは、違う緊張が体を走った。
怖い。何を言われるのか分からないのが怖い。今更になって、ナギから拒絶されるのが怖い。
わたしの怯えを知ってか知らずか、ナギはとても穏やかな口調で話した。
「……オレも、まだガキだからさ。愛がどうとか考えた事なかったよ。だから、あくまでオレの考えを言う。
『愛』なんてのは、結局は客観的なもんだ。自分がどんだけそう思っていても、相手が同じく思ってなきゃ意味ねえだろ?」
「え……まあ、うん」
予想の斜め上の事を言ってきたナギに、わたしは小さく肯定した。
「要はな、受け取り手の問題なんだよ。差出人の方はその後。『愛されてる』って思ったなら、そいつは誰かに愛されてるし、その誰かはそいつを愛してる。ミコトが思ってるのとは順序が逆なんだよ」
ま、あくまでオレの意見な。と付け加えて、ナギはいったん区切った。
「……ミコトは、確かに元の母親には愛されてなかったかもしれないし、ミコト自身も愛してなかったのかもしれない。けど、だから他の人も愛せないなんて、ある筈ない。所詮は受け取り手で決まるんだから、お前がどう思おうが、『ミコトから愛されてる』と思った人間は皆、お前が愛した人間だ。
ミコトがどう思おうが、嘘だと言おうが愛してないとか言おうが、全部全部関係ねえんだよ。オレはお前に愛されてる。そう思ってるし信じてる。……だから、ミコトも信じろ。オレの気持ちも、自分自身の気持ちも」
……………ああ、もう。
ズルいよ。
ナギを信じろって言われたら、ナギの今の真剣な目で言われたら、そうするしかないじゃん……。
「……いいの?そんなこと思って。……そんな簡単に自分を許して」
「いいんだよ。第一、お前から愛されてないなんて思った事ねえし、ずっと愛されてるって思ってたんだぞ。何もしてないようなもんだろ。隠し事以外 」
「……今までの笑顔も、元は作り笑顔だったんだよ?……明るいのも、元は皆から嫌われたくなかったからで……」
「『元は』だろ、それ全部。オレやアスナの料理食べた時も、キリトやシリカと楽しそうにしてた時も、リズやクラインとツッコミの押収してた時も、お前はちゃんと笑ってた。嘘でも作り笑顔でもない。ただの思い込みだ」
ナギは、わたしの反論を尽く詭弁スレスレの理論で返した。有無を言わせず、わたしの今までを全部肯定してきた。
(この人は、ホントに………ホントに、ズルいよ……)
いつの間にか、わたしの目から涙が溢れ出ていた。ナギの胸に額をぶつけ、両腕でポカポカと力無くナギを叩いていた。
「わたしは……ずっと、気持ちに、自信がなくて……ずっと、愛してるって……言えなくて……」
「なら、今から好きなだけ言えばいい。自信がないなら、オレに言え。アスナやリズでもいい。お前の気持ちを肯定してくれるやつは沢山いる。そいつらを頼れ、特にオレをな」
「……わたしは……いいの?お母さんを……愛せなかったのに……自分を、許して……ナギを……愛して、いいの……?」
半分以上が嗚咽だった。
その問いかけに、ナギは今まで以上に優しい声で、今までのわたしの罪を許すように言った。
「……ああ。いいんだよ。正直になって……
─────お前は、人を愛せる人なんだから」
「あっ───」
わたしは許しを求めてた。
ずっと辛かった。嘘をつくのも、隠し事をしてるのも、苦しくて苦しくて、解放して欲しかった。
ナギは、わたしを許してくれた。
母親を愛せなかったわたしを、ずっと自分の愛を受け入れられなかったわたしを、1番愛していたこの人は、許してくれた。
それを意識して、また涙が出る。ナギの胸に顔を埋め、大声をあげて泣いた。仮面を被ったあの日から何も変わらない子供のように、ひたすらに号泣した。
ナギはずっと静かにわたしの頭を撫でてくれた。子供をあやすように。優しく。
(やっぱり、わたしは──────)
散々泣いた。もう涙腺も枯れきったんじゃないかってくらい泣いた。
なんか、不思議なくらい清々としている。さっきまであんな暗かった心が、雨のあとのように晴れていた。
ただ、体勢は変わっていない。ナギに抱かれて、顔をうずくめている。体温が心地よかった。
「落ち着いたか?」
「……うん。でも、もう少しこのままでいい?」
「ああ、いい……あ、ヤベ」
「? どうしたの?」
「忘れるとこだった……」
「ちょいと失礼」と言い、少しだけ距離を離された。体温が名残惜しい。
ナギはストレージを開き、アイテムを物色した。どうやら共通ストレージのわざわざ端っこの方に隠していた物を取り出したようだった。
取り出したのは、小さな正方形の白い箱だった。
「何それ?」
「11時58分、ギリギリだった……」
「……あ、そっか」
そうだ。誕生日プレゼントだ。簪と皆からのプレゼントとその他諸々色々あったせいで、ナギから個人的に貰ってないのを忘れていた。
というか、この箱って……
「……前、言った時はちょっとアッサリし過ぎたと思ってな。こんな所になったけど、それは許してくれ」
「…………」
「ミコト、誕生日おめでとう。それと……」
ナギが、白い小箱を開けた。
中に入っていたのは、銀色の円環に、透き通った綺麗な石が施されたリングだった。
「改めて……オレと、結婚してくれ」
……この人は、今日だけで一体何回泣かせれば気が済むんだろう。
とっくに枯れたと思ってたのに、まだ止めどなく溢れてくる。ナギは本当に、わたしを泣かせる天才なんだろうか。サプライズなんて、1日に2回もするもんじゃないでしょうに。
わたしは涙を乱暴に拭って、
「……はい、勿論……!」
ナギが少しホッとしているところに、わたしはガバッと抱きついた。
「み、ミコトさん……?」
「ナギ」
ギョッとしているナギの顔を正面から見る。
そして、ずっと言えなかった言葉を紡いだ。
「──────愛してるよ。これからも、ずっと」
ああ、やっと言えた。
もう、間違えない。これからは、嘘はつかない。
きっと大丈夫。ナギはわたしを信じてる。わたしもナギを信じてる。だから、きっと大丈夫。
この『愛してる』は、きっと嘘じゃない。