春は過ぎ、5月。
1ヶ月ほど前、クォーターポイントである第25層を突破し、現在は第30層。
その第25層においては、様々なことがあった。
4分の1の節目である25層は、通常よりもボスモンスターが強力であり、それまで順調に進んでいた攻略は滞るだろうと思われていた。
そんな中、突如として結成が発表された新興ギルド、その名も《血盟騎士団》。
ヒースクリフという男が団長を務めるギルドで、SAOでも選りすぐりの強豪が名を連ねている。
そのヒースクリフは、《神聖剣》と言われる攻防一体、完全無欠のユニークスキルを持っている。
盾と片手剣を巧みに使い、今までHPバーが
プレイヤー最強との呼び声も高い。
そして、なんと言っても驚くべきなのが、そのギルドの副団長があのアスナなのである。
そう、あのアスナである。初対面で腹ぺこだったからと無愛想に振る舞い、その癖食い気と風呂欲はあり、突きの剣先が見えないくらい速くて、かなり統率力というか指揮力の高い、あのアスナである。
……何やら悪寒がしたが気のせいだろう。
それはともかく、ボス戦前にいきなり聞かされた時には、オレもキリトも驚いたものだ。ミコトは知ってたらしいけど。というか勧誘されてたらしいけど。
「忘れてた♪」じゃないのよ。アスナもため息ついてたし。
とまあ、そんな血盟騎士団の活躍もあって、第25層は突破された……のだが。
その代償はとても高くついた。
多数の死者、とりわけ、SAO最大人数を誇っていたギルド《アインクラッド解放軍》が、功を急いて無理な攻略をしたせいで、多くの死者を出してしまった。
その結果、解放軍は前線から退いた。
兎にも角にも、その後血盟騎士団はメキメキ成長し、SAO最強のギルドと呼ばれるまでに至った。
アスナの人気も凄まじい。元々女性プレイヤーってだけで、この男9女1の世界では人気者なのに、ここまで有名になると外出も一苦労だそうだ。アイドルかよ。
とまあ、全体はこんな感じで。
個人的なことと言えば、オレの友達が最近前線に来なくなったことか。1ヶ月ほど前から、迷宮区で黒ずくめの奴を見る機会が減った。てかほぼゼロになった。
流石におかしいと思い、オレは今日ようやくそいつを2層のカフェに呼び出した訳だが……
「……なるほどなぁ……」
「分かってくれたか?」
「いや、分かったよ?分かったけどさ……」
……どうやら、キリトはギルドに入ったらしい。
《月夜の黒猫団》、11層に拠点を置くパーティだ。
前線トップの実力を持つキリトがなぜそこに入ったかというと、クエストの素材集め中に、モンスターに襲われてたところを偶然助けたらしい。
そのまま祝勝会、その中でギルドに誘われ、なし崩し的に加入したのだと。
「なんだよ、言いたい事があるなら言ったらどうだ?」
「……あんだけ俺はソロだとか言って、オレたちともボス戦の時しかパーティ組んでくれなかったキリトが、ギルド入りねぇ……」
「うっ……仕方ないだろ。前線には俺はビーターで通ってて嫌われてるんだから」
「そのくらいは別にいいんだけどなあ!こっちは!」
キリトが勝手に(いや、別に隠してた訳では無いらしいけど)ギルドに入ったことで、オレは少し不機嫌だった。
なんか、アスナが急にギルド入りした時のミコトの気持ちが分かった気がする。アスナの場合は言ってたから良いけど、こっちは1ヶ月言われてなかったんだからね?
「そうは言うがな。フレンドリストを見れば、名前の横にギルドのマークが付いてるはずだぞ?確認しなかったのか?」
「え?……マジじゃん」
「お前……一応βテスターだろ?」
「フレンドリストとかほとんど見んし……」
「意外と便利だぞ?死亡してるか迷宮区にいなければ、位置も追える」
「それも初耳ですね」
段々オレが知らない機能講座になってきた。おかしい、このゲームにはそこそこ詳しいはずなのに。
一通り教えて貰ったところで、オレは脱線した話を戻した。
「それで、キリトはその月夜の黒猫団のコーチ的なことをしてると?」
「ああ。最近は大分強くなってきて、もうしばらくすれば攻略組にも追いつけそうだぞ」
「マジか、うかうかしてらんないな」
「……ただ」
「ただ?」
一瞬キリトの顔に影が差すが、それを頭を振って払った。
「いや、なんでもないよ。それより、ナギさえ良ければ、これからうちのコーチ手伝ってくれないか?皆にも紹介したいし」
「あーすまん。これからちょっと用事入っててな。リスケできないやつ」
「そうか、分かった。じゃあ、今日はこれで。また時間がある時に遊びに来いよ」
「おう。お前も偶には前線来いよ。オレにレベル置いてかれても知らねーぞ?」
「言ってろ」
そう言って、オレとキリトは別れた。
◇◇◇
第28層 主街区ロンバール
そこのとある喫茶店の前にて、オレとミコトは待ち合わせしていた。
「うしっ、セーフ」
「おっそいよ!遅れたらわたしが怒られる所だったじゃん!」
「悪い悪い、久々にキリトに会ったら話が弾んでな」
頬を膨らませるミコトに苦笑する。
ミコトの言葉から分かる通り、これはデートではない。
ある人からの呼び出しである。
喫茶店の中に入ると、そこへ張本人らが既に座っていた。
1人はアスナ、ここへ呼び出した人。
そしてあともう1人は……
「……やっぱアンタからの呼び出しか」
「ふむ、そこまで嫌そうな顔をされると、流石の私も少しは傷つくのだがね」
「笑いながら言われても説得力ねーよ」
肘を付き顔の前で手を組みながら、愉快そうに笑っている。灰白色の髪を後ろに束ねた20代後半程に見える男。
血盟騎士団団長、ヒースクリフであった。
25層以降は指揮をほとんどアスナに任せ、ボス戦にも来ないことがあるこの男が、わざわざお出迎えか。
今日の話題が分かりすぎて、今日2回目のため息をついた。
オレとミコトは対面に座り、話を促した。
「一応聞く。要件は何だ?」
「話が速くてありがたいね。まずは、今日この場に来てくれたことに」
「そういうのいいから。前置きが長いリーダーは嫌われるぞ」
「ハハッ、これは手厳しいね」
「……」
アスナがこちらを睨んでくるが、努めて無視だ。
最近、いや前からだけど、アスナが怖い。
なんか張り詰めてるというか、焦ってるというか、そんな感じがして周りへの当たりが強くなってきてる気がするのだ。
話を遮ったくらいでそんなに怒んなくてもいいだろ。
「では、単刀直入に聞こう。ナギ君、ミコト君、我々のギルドに入る気はないかな?」
「ないかな」
「まっ!?待ちなさいよ!もう少し考えたらどう!?」
「ここに呼び出された時点で、こういう事だとは思ってたんだよ」
アスナの驚きの声に、オレは何でもないかのように返す。
このタイミングで、普段ミコトしか誘わないアスナがオレら2人を呼び出す。何かあるとしか考えられないだろう。
「一応、理由を聞いても?」
「1、今のままでも特に不便してない。2、ノルマとかめんどい。3、規律とかめんどい。4、集まりとかめんどい。総評、めんどい」
「半分以上あなたの私的な理由じゃない!」
「ふむ……。ミコト君はどうかな?君は結成時からアスナ君が声をかけてくれていると聞いているが」
「ん〜……アスナがいるから考えなかった訳じゃないけど、ナギが入んないならわたしもパスかな。実際わたしも、ギルドのノルマとか規律とか面倒臭いタイプだし」
「ミコトまで……」
アスナがガックリ項垂れるが、こればっかりはどうしようもない。生来の物なのだ。諦めろ。
「それに、わたし達をわざわざ勧誘する必要ある?もう十分最強ギルドでしょ」
「強い者を増やしたいと思うのは、ギルドの長としては自然じゃないかね?」
「ヨクバリス」
「ナギ!」
「へいへい」
今日何度目かも分からぬアスナの叱責を適当に返す。これならまだ1層の時の方が可愛げがあったな。
これ以上意見が変わらなそうなオレたちの様子を見て、ヒースクリフは降参だと言うように両手を上げた。
「致し方ない。強引な勧誘は、かえって逆効果だからね。またの機会にしよう」
「また呼び出すつもりかよ……」
「私は諦めが悪くてね。そうそう、心変わりしたら、何時でも連絡してくれたまえ」
「したら、な。しねえと思うけど」
「そのようだね。……あ、この店の代金は私が持とう」
「……それはありがたいけど」
「心変わりしたかな?」
「露骨過ぎんだろ!?」
ハハハと笑いながら、ヒースクリフとアスナは店を出た。
「アスナまたねー!」
「ええ、また」
2人になった喫茶店で、ミコトはオレに聞いてきた。
「ねえナギ。ギルドに入らなかった理由、もう1個あるでしょ?」
「その感じだと、ミコトもあるんだな。……あの団長、なーんか信用出来ないんだよなぁ……」
「分かる。誠実そうなんだけど、裏がありそうっていうか……」
オレが挙げた4つの理由に比べれば、そこまで大きくはないけれど。
どこか、戦闘以外でも背中を預ける気にはなれないのだ。あの男には。何なんだろうか。
……深く考えても仕方ないか。
「ま、それはいいや。てかミコト、アスナ最近怖くね?さっきとか後半ほぼ睨まれっ放しだったぞ?」
「あれはナギも多少は悪いと思うけど……。忙しいんじゃない?副団長として色々あるんだよきっと」
「そうかねぇ……よし、キリトのとこでも行くか」
「あ、キリト居たんだね。どうだった?」
「ギルドに入ってた」
「えぇっ!?」
オレの言葉に目を見開くミコト。そうだよ、オレたちよりも遥かにボッチ適正の高いあのキリト君が、ギルド入りしたってよ。
ギルドに入らないオレたちよりも社会性あるみたいだよな。実際あるんだろうな。
「そうだミコト、知ってたか?フレンドリストのとこで、位置情報知れるんだぜ?便利だろ」
「うん知ってる」
「はあっ!?なんで!?」
「いや、アスナとの待ち合わせとか、基本それ使ってるし……もしかして知らなかったの?」
「知ってましたけどー!?常識でしょこんなん!?」
「さっきキリトに教わったんだね。分かるよ、うん」
「ちくしょうエスパーめ!」
◇◇◇
それから1ヶ月が過ぎた。
前線でレベリングしながらも、偶にキリトのところに顔を出すようになった。
そこで、月夜の黒猫団の他メンバーに稽古を付けることがあり、それなりに仲良くなった。
リーダーで棍使いのケイタ。メイス使いのテツオ。ソード使いのダッカー。槍使いのサチとササマル。
キリト抜きだと前衛がほぼ1人という、バランスの悪い構成だった。そりゃキリトを欲しがるわけだ。
同性ということで、ミコトはサチと仲良くなったのだが、そのサチがこの前キリトが言い淀んでいた原因だそうだ。
何でも、根本的に戦闘が苦手らしく、人一倍に死の恐怖が大きいらしい。
当然と言えばそうなのだが、攻略組参加を目指すメンバーの手前、本音を言えなかった状態だったそうだ。
キリトがケアをしているらしいので、さほど深刻でもなさそうだが、いつまでも黙っている訳にはいかない、というのがキリトの意見だ。
ミコトも心配していたし、何か力になってやりたいとも思ったのだが、結局キリトに一任してしまっている。
というか、オレとミコトのレベルが40近いことに皆驚いていたのだが、キリトの連れなのだし、そこまで驚くことはないだろうと思った。
キリトは自分のレベルを言っていないのだろうか。……目を背けてたし、言ってないんだろうな。
まあアイツなりに、このほのぼのとしたパーティを楽しみたいという思いもあるのだろう。そこに何か言うほど野暮ではない。
そんなこんなで、現在6月12日。
夕暮れ時、オレは11層に来ていた。ミコトはアスナと用とかで遅れる。
月夜の黒猫団がギルドホームを購入するらしい。
ので、今日はその祝いということで、食用素材を持ってきたということだ。
今日1日、ケイタがギルドホームを探して、その間にキリト達はコル稼ぎに行くとの事だったので、そろそろ帰って来ている頃だろう。
オレはキリト達の位置を検索しようと、フレンドリストを開いたのだが、
「あれ?キリト1人だけか?」
11層の外周に向かって移動している。その先にはケイタがいた。
他のメンバーはどうしたのだろうか?
そんな疑問を浮かべていたが、オレはこの時あることを考えてもいなかった。
フレンドリストに、
外周付近に到着すると、何やら声が聞こえてきた。
「───何で……何でだよっ!?」
これは、ケイタの声だ。
何だこの声、困惑と……怒り?
「───ビーターのお前が、僕たちに関わる資格なんてなかったんだ!」
その言葉を聞いて、声が聞こえた方向に走り出す。
路地を抜け、外周の柵に沿った通りに出た。
そこには……柵の上に立ち、遠い目をしたケイタがいた。
「ケイタっ!」
「よせっ!」
ケイタと話していたらしいのは、案の定キリトだった。
オレとキリトの制止を無視し、ケイタはその身を投げ出した。
キリトは柵から身を乗り出して手を伸ばすが、何もかも遅かった。
ケイタの体は、空中でガラス片となって消滅した。
「……キ、リト……?」
茫然とするキリトに、オレは震えた声で問いかけた。
「何が……あった……?」
「…………転移……」
俯いたままのキリトは、その問いに答えることなく、逃げるように転移結晶で去った。
「なっ、アイツ……っ!?」
それを追おうとして、フレンドリストを開き、気づいてしまった。
キリトのネームの横に、ギルドマークが消えていた。
本来ギルドに所属していれば、プレイヤーネームの横にはそのギルドのマークが入る。
それが外れるときは3つしかない。
1つ目は、ギルドから脱退した時。
2つ目は、ギルドが解散した時。
もう1つは……ギルドメンバーが、
ケイタがあんな事を言ったの訳も、キリトが死にそうな顔をしてた訳も。
全て分かってしまった。
……月夜の黒猫団は、その日潰滅した。
そしてそれから、キリトとは連絡がつかなくなり、アイツは、本当に1人になってしまった。
ギルドマークの下りは、オリジナル……のはず。
原作にそんな設定なかったはず。
黒猫団生存ルートは無しです。キリトがナギ達とずっとパーティ組んでいれば、ナギとミコトも黒猫団に一緒に入り、一緒にトラップ部屋に入って、全滅は回避できたかもしれませんが……。