——空から女の子が降って来ると思うか。
逆光に包まれた夢の中の男がそう問いかける。
——ありえないと思うだろう。
男は一人でに言葉を続けた。
——俺も彼女と出会うまでは、そんな不思議体験すると思ってなかったんだ。
男の顔は見えない。けれど言葉を紡ぐたびに柔らかくなる声色に、『空から降ってきたであろう女の子』を想っているのだろう。
——彼女と出会い、俺の世界は一変した。それまでは知らなかった、およそ現実出来ではない悪魔や吸血鬼、魔女や秘密結社なんてものと触れ追う機会を得た。自分がどれだけちっぽけな世界にいたのか、痛いほどに痛感したよ。
俺としては割と色々なものに触れてきた自覚はあるけれど、何よりも俺に影響を与えたのは、
俺の世界を変えてくれた彼女には悪いと思ってはいる。けれど、彼の国からの来訪者と触れるたび、自分たちの世界と異世界の狭間で自分の意志が揺れる。彼女とは確かにずっと一緒にいたはずなのに、かつて掲げた同じ正義を持って歩めなくなる自分がいた。
男はそこで言葉を区切った。そして一言、
——俺は、諦めてしまったんだ。
そう告げた。
パチリ。まるでテレビの電源が入るかのように目が覚める。眼前には日本家屋の——実家だ——見慣れた天井が広がる。
「これで何回目だ……」
変声期を迎える前の『少年』の声が、部屋に響く。『少年』の瞳は諦念に染まり、その顔色はお世辞にも良いとは言えない。『少年』はとりあえず寝たままの状態から体を起こし、部屋をグルリと見渡し——ピタリとカレンダーに焦点を合わせる。そこには、平成十二年と書かれている。
「…今回は八歳ね。じゃあもう父さんとマキリは戦った後だな…さて、この世界では生きてるのか、死んでいるのか……」
『少年』は顔色の悪さはそのままに、部屋を出る。戸を開けば、燦々と輝く太陽に照らされ————
「…るわけないよなぁ、知ってた」
どっぷり夜であり、空は雲に覆われ月を見ることも叶わない。居間の方から声が聞こえるため深夜というわけではないようだが、完全に夜である。『少年』がぼんやり立っていると、部屋の戸を開けた際にした物音にでも反応したのであろう。居間の方から、こちらへ誰かが近づいてくる。
「おやまぁ、漸く目が覚めたんだねぇ。体に痛いところはないかい?」
近づいてきた女性は『少年』の顔を見て、安堵の表情を浮かべる。
「うん。それより婆ちゃん、お腹すいた」
「あらあらこの子は……ほら、居間までいらっしゃい。お夕飯は用意できてるよ」
『少年』は女性——祖母である——について行く。居間には『少年』と年の近い男の子と、男性が二人。
「キンジ!漸く起きた!」
「なんじゃキンジ、随分寝ておったの」
「今日は特に厳しい修行だったからな…ああ、まだ顔色が悪い。明日は一日休みにしようか」
三人は、『少年』——キンジ——の顔を見るなり、それぞれ話し出した。
「おはよう、兄ちゃん、爺ちゃん。それから……顔色は悪いけど、体は辛くないんだよ、父さん」
キンジはそれぞれの顔を見ながらそう答えると、座布団の上に座り、用意されていた食事を前に手を合わせた。
「いただきます」
「はい、召し上がれ。」
祖母の穏やかな柔らかい声がそう応える。
「婆ちゃんの料理はおいしいね。」
食事を取りながら会話に興じる彼らの姿は至って普通の、一般家庭でならよく見られるモノだ。それでもキンジは、家族の、とりわけ父親の姿を強く見つめながら思う。夢の中で語った男の姿を。
「ん?どうしたんだ、キンジ」
「父さんがいるなぁっておもっただけだよ」
あの男は、この光景を知らないのだろう。知る前に、父親はこの世を去り、兄と祖父母と過ごしていたのだから。
……………… 『——空から女の子が降ってくると思うか』だって?
思うさ。
夢の中では男は一方的に俺が否定すると思っていたみたいだがな。
きっと「何故か」と、夢の中の男は問うのだろう。
答えは至って単純だとも。
俺は今、女の子が降ってくる以上の不思議体験をしているからだ。
遠山キンジ、八歳。前々前世よりも前から命を繰り返してる…所謂、逆行者をやっています。
しゅじんこうのやりなおし