01 ロールケーキ
お出かけにシャーレの当番とやたら充実した休日を送った翌日、ナギサに呼び出された。何でも、先生を茶会に招くので面識がある僕に案内をしてもらいたいということだった。
◇
それから数日後、たまに遠くの方で爆発音が聞こえて一体なんだろうと思いながらも待ち合わせ場所のトリニティの正門前で待っていると、いつもの白いコートを着た大人が手を振りながらやって来た。
「"案内よろしくね、アイカ。"」
「はい、先生」
そうしてひたすらに広いトリニティの校内を歩いて、例の部屋へと向かう。
「"ここがアイカ達の学舎か……。トリニティは歴史的な建物が多いんだね。"」
「ええ、壮麗な建物を見ていると、身も心も引き締まる思いですわ。あ、こちらの建物ですわね」
建物内に入って、階段を上がり、ようやく茶会の行われるベランダに辿り着いた。そこにはトリニティの最高権力者である、ティーパーティー三人のうちの二人が座っていた。
「ナギサ様、ミカ様、シャーレの先生をお連れ致しましたわ」
「ご苦労様です、アイカさん」
「あの、あたくしは退出した方がよろしいでしょうか」
「んー、大丈夫じゃない?ナギちゃんは?」
「そうですね……まあ、いいでしょう。退出しなくても構いませんよ」
「では、あちらで控えさせていただきますわね」
僕がそう言って近くの壁に沿って姿勢を正すと、ナギサは先生の方へと向き直る。
「こんにちは、先生。こうしてお会いするのは初めまして、ですね。ティーパーティーのホスト、桐藤ナギサと申します」
ミカの方へ視線を向けて、また先生に視線を戻し。
「そしてこちらは同じくティーパーティーのメンバー、聖園ミカさんです」
ナギサが言い終えると、ミカがまず先生の全体を見回し、そして顔を覗き込む。
「へー、これが噂の先生かー。なるほどー、ふーん……うん、私は結構良いと思う!!ナギちゃん的にはどう?アイカちゃんは?」
「えっと、その……あたくしは……」
おそらく、結構良いというのは容姿のことだろうか。確かに悪くはないと思うけど、それを初対面で言うのはどうなんだろうかと思わなくもない。というかいきなりこっちに振らないでほしい。
「……ミカさん、初対面でそういった話はあまり礼儀がなっていませんよ。愛が溢れるのは結構ですが、時と場所は選びましょうね」
……なぜそこで愛?
「うぅっ、それはまあ確かに……。先生、ごめんね?まあとりあえず、これからよろしくってことで!」
「"こちらこそ、よろしく。"」
「……」
「……ふふっ」
何か言いたげなナギサだが、微笑んで見せたミカにそれ以上何も言えずに話に戻った。
「……トリニティの外の方が、このティーパーティーの場に招待されたのは、私の記憶では先生が初めてです。普段はトリニティの一般の生徒たちも簡単には招待されない席でして」
僕もティーパーティーの傘下組織だけど手で数えるくらいしか呼ばれたことないしね。そんな風に思い返していると、ミカが何か企んでいる笑顔で口を挟む。
「あー、何それナギちゃんちょっといやらしい!恩着せがましい感じー!アイカちゃんもそう思うよね?」
「いえ、その……」
だからこっちに振らないでってば?!ナギサの方はというと目を閉じて、再び何か言いたげな様子を醸し出しているが、グッとこらえたようだ。
「……失礼しました、先生。そういった意図はなかったのですが……それはさておき、ミカさん?」
こらえきれなかったらしい。静かにしていてくださいね?と目線で伝えるナギサにミカは少しバツが悪そうにして。
「あー……ごめん、大人しくしてるね。できるだけ」
「……では、あらためて。こうして先生をご招待したのは、少々お願いしたいことがありまして」
「"お願い?"」
「おおっ、ナギちゃんいきなりだね!?もうちょっとこう、アイスブレイクとか要らないの?ちょっとした小粋な雑談とかは?」
大人しくするって言ったそばからこれかぁ……。いや、こっちに振らなければ別に僕は何でも良いんだけど、ナギサがどう思うかなんだよね。
「……」
あ、そろそろナギサやばそうだな。とうとうミカを睨みだしたし。まあ僕はここで控えてるだけだから関係ないけど。関係ないからね。
しかし、そんなナギサに怯まずミカは続けた。
「そんな綺麗な目で睨んでも、これはティーパーティーとしての在り方の問題なんだからダメ。きちんとしないと!アイカちゃんもそう思うでしょ?」
「……あたくしは一年生ですので、意見は控えさせていただきますわ」
さっきから派閥違うのに味方に付けようとこっちに振るのやめてください。ナギサがピリピリしてるのに巻き込まれたくないんだってば。
「ミカさん、アイカさんも困っているでしょう。そういったことはあなたがホストになった際に追求してください。今は一応私がホストですので、私の方法に従ってくださいな」
有無を言わせぬ笑顔で無言の圧力。さすがに敵わないと思ったのか、ひとまずミカは引いた様子だけど。
「"……ねえアイカ、いつもこんな感じなの?"」
「いえ、あたくしもあまり茶会に呼ばれる機会は多くありませんが……ここまで酷いことはなかったですわね」
先生と共に苦笑いを浮かべるしかなかった。いつになくグダグダだな、今日の茶会は。
「……そうですね。ミカさんの言う通り、少し話の方向を変えましょうか」
ヒソヒソと話していた僕らをスルーして続けるナギサだが、そこに先生が入ってきた。
「"あなたたちが、トリニティの生徒会長なんだよね?"」
「おお、先生の方から空気を読んでくれた!ほら、ナギちゃん!これが大人だよ、自然な会話への誘導!」
「……はい。仰る通り、私たちがトリニティ総合学園の生徒会長
どうやらいちいちミカに反応していたらいつまで経っても埒が明かないと判断したのか、無視を決め込むナギサ。
「『生徒会長たち』というのは耳慣れない言葉かもしれませんね……最初からご説明しますと、トリニティの生徒会長は代々複数人で担っているものなのです」
「あれ、ナギちゃん無視?もしかして無視かなー?おーい?」
「昔……トリニティ総合学園が生まれる前、各分派の代表たちが紛争を解決するために──」
「え、ひどっ……くすん、私ちょっと傷ついた……。アイカちゃんはどう思う?」
「お話の途中ですので……」
そうやって涙目でナギサの同情を誘おうとするが、ナギサは構わず続ける。というか僕はパテルじゃなくてフィリウス派だから振らないでってば。
「パテル、フィリウス、サンクトゥス……それらの三つの学園の──」
「ナギちゃんが本当に無視した……嫌がらせだぁ……ひどくない?私たち一応十年来の幼馴染だよ?こんなこと今までに……結構あったかもだけど……?アイカちゃんも冷たいし……」
「……その後から、トリニティの生徒会はティーパーティーという通称で呼ばれるようになり、各派閥の代表たちが順番にホストを───ああもう五月蝿いですね!?」
「ひぇっ……」
あ、やべっ。ついにナギサの堪忍袋の緒が切れ申した。
「今、私が説明をしているんですよ!?」
僕は関係ないからね、それに一応やんわりと止めたからね?
「それなのにさっきからずっと!横でぶつぶつぶつぶつと……!」
「どうしても黙れないのでしたら、その小さな口に……」
「ロールケーキをぶち込みますよっ!?」
あまりの剣幕にミカも先生も絶句していたが、僕はというとゲームでの迷場面?に直に遭遇してしまったからか笑いを堪えるのに必死だった。
「ぷふふっ……」
失礼、結局こらえきれなかった。
「……あら。私ったら、何という言葉遣いを……」
一旦爆発させて冷静になったのか、ナギサは平静の様子に戻る。
「失礼しました、先生……ミカさんも」
「いやー、怖い怖い……」
怖いも何も、今のは自業自得じゃないかなと思わなくもない。
「……そろそろ本題に入りましょうか。私たちが先生にお願いしたいのは、簡単なことです」
「簡単だけど、重要なことだよ」
「はい、そうですね。……補習授業部の顧問になっていただけませんか?」
「"補習授業部?"」
それからナギサは補習授業部についての説明を始めた。文武両道を掲げるトリニティにおいて、落第しそうなほど成績の振るわない生徒が四名もいるので、そのサポートをしてほしい、と。
まあ4人のうち一人は試験サボタージュで自動失格、一人はわざと低得点を取り、そして一人はそもそもロクな教育を受けてないから……純粋に成績がアレなの一人だけだけどね。その一人も、いわば所属組織に対しての人質であり……根本的な話をすれば、補習授業部を設置しなくても個別で対応すればよかったとも言える。
「私たちとしてはちょっと困ったタイミングでっていうか……。エデン条約の件で、今はバタバタしててね」
エデン条約……ある意味、この補習授業部が創設された原因。先生は今はまだ知らないだろうけどね。
「あの子たちの件も何とか解決しないといけないんだけど、人手も時間も足りなくって……その時にちょうど見つけたの!新聞に載ってたシャーレの活躍っぷりを!」
廃校寸前の高校をひとまず窮地から救い、廃部になりそうだった部活動で結果を出し存続させることに成功した、とか?
「猫探し、街の掃除、宅配便の配達まで八面六臂の大活躍!」
んー?なんか思ってたのと違うぞ?
「先生……そんな雑用までなさっていましたの?」
「"う、うん……少しね。"」
「そのようなことまでやっていたら時間がいくらあっても足らないのでは……?」
生徒のことになると見境がないな……いや、さっきのって生徒のためなのか?どうなんだろう。
「"私だけ一日が48時間あれば、と思ったことはいくらでもあるよ。"」
「自慢することではありませんわよ?」
そうやって先生を咎めていると、ミカが割り入る。
「先生とアイカちゃん、何を話してるの?」
「先生の時間の使い方について、ですわ」
「ふーん、そう?まあいいや。それで、先生って先をの道を生きると書いて『先生』……つまり、『導いてくれる役割』ってことだよね?尊敬の対象、あるいは生きる指針としてみんなに手を差し伸べ、導く……補習授業部の顧問として、これはぴったりだなって思って!」
確かに、先生が大人として生徒のために手を差し伸べる人物だというのは事実だ。そう思っていると、ナギサはやや怪訝そうな顔で続けた。
「噂では、『尊敬』という言葉が合うかどうかについては、意見が割れているようですが……」
「あー、そうだったね。報告書によって全然違うっていうか……」
と、ここでずっとティーパーティー二人と先生の会話を聞いているだけというのも飽きてきたので、些細なイタズラでも仕掛けてみようかなと思い付く。
「例えば、ゲヘナの風紀委員の脚を舐めた…とか」
「……???」
「えっ、ゲヘナの?舐めっ……!?」
ちょっと噂の一つを挙げてみると、ナギサは微笑のままフリーズし、ミカは明らかに動揺し出した。
「"ちょ、アイカ……!?"」
「もちろん、ただの噂ですわよ?先生はそのようなことはしませんわよね?」
「"うーん、えっと……そう、だね。"」
視線をあちらこちらにやって最後に斜め上に固定する先生。かなり挙動不審である。ふふふ、傑作だねこれは。
「と、と、とにかく!今はちょっと忙しいから先生にこの子たちを引き受けてほしいの!ナギちゃんも惚けてないで!」
「は、はい。……いかがでしょう、先生?助けが必要な生徒たちに、手を差し伸べていただけませんか?」
「"私にできることであれば、喜んで。"」
まあ、先生が生徒のために手を貸してほしいって言われたら断るわけないもんね。
「……ありがとうございます。では、こちらを」
そう言ってナギサはあるファイルを先生に差し出す。おそらく、補習授業部の名簿だろう。
「そちらの方々が対象です」
「つまりトリニティの厄か──」
割と補習授業部のこと抜きにしても厄介な生徒なのは否定できないけども、ひどい言い草である。
「その表現は愛が足りませんよ、ミカさん。こう言いましょうか、トリニティにおける『愛が必要な生徒たち』」
……なぜそこで愛。
チラッと先生の方を見やると、名簿のあるページをジッと見ている様子だった。そう言えばたしか、補習授業部の一人、ヒフミとは面識があるんだったか。
「ん?何か気になる子でもいた、先生?」
「"……ううん、何でもない。"」
「詳しい内容についてはまた追ってご連絡いたします。他に気になる点はございませんか?」
そう聞かれると、先生は手を顎に当てて、少し考えてまた口を開いた。
「"エデン条約……って、何?"」
そうか、先生は今日トリニティに来たばっかりだし何も知らないのか。エデン条約について尋ねられたナギサとミカはお互いに顔を見合わせ、どこまで話そうかと考えて、結論を出したらしい。
「うーん……それは何て言えば良いのかなあ」
「その説明には中々時間がかかってしまいますので、また後日お話ししますね。一応、それなりに内部機密ということもありますし……。それに、補習授業部の件とはそれほど関係のないことですから」
……嘘。関係は大アリだ。まあ、今ここで話すべき内容じゃないから黙っておくけど。
「"あと、ティーパーティーのもう一人の生徒会長は?"」
「それは……」
「セイアちゃんは今、トリニティにいないの。入院中で……」
これも嘘。セイアは今、入院中ということになっているが……ヘイローを破壊された、つまりは死亡している。
……ということになっているが、本当は救護騎士団長によって匿われており、未だ意識不明ではあるものの生きてはいる。ややこしいなぁもう。
「本来であれば、今のホストはセイアさんだったのですが……そういった事情で不在のため、私がホストを務めているところです」
「"そっか、早く良くなると良いね。……今聞きたいのはこれぐらいかな。"」
「承知しました、また何かあれば聞いてください」
セイアのこと……は今話しても混乱を招くだけだろうか。後でエデン条約については先生にフォロー入れようかな?でもどうせ何日かしたらナギサから説明されるだろうしなぁ……。
「では準備が整い次第、先生にはトリニティ総合学園に派遣という形で来ていただくことにできればと。先生のご協力に感謝します、これで一安心です」
「じゃっ、またね先生。また会えるのかどうか分からないけどっ」
「特に今は忙しい時期ですし、こうしてまたすぐに集まれるとも限りませんから」
「ふふっ、やっぱり忙しいんだ?ま、でも先生のお陰でナギちゃんの顔も見られたし、良かった良かった」
「はい、私もですよ。ミカさん」
「ふふっ」
そうやって仲睦まじく笑い合うところを見ると、なんだかんだ幼馴染で親友なんだな、と思う。ロールケーキぶち込みのくだりについては見なかったことにする。
「では、これからよろしくお願いいたしますね、先生」
「"うん、よろしくね。"」
早速補習授業部のメンバーに会いに行くという先生を見送って、この場にはナギサとミカ、そして僕が残された。
「さて……ミカさん」
「な、何かな?」
「はぁ……私が話している最中に一々茶々を入れるのはやめてくださいね。あと、アイカさんはフィリウス派です。あなたの援護をしてほしいのならマアサさんにでも頼んでください」
まさかのミカへのお説教タイムが始まった。関係ないし退室したいんだけど。
「えー、でもあの子は私の味方してくれそうにないし」
まあマアサなら「人が話してる時は静かにしたらどうですか?」って一蹴しそうではあるけどね。
「それはミカさんの振る舞いが、仮にもパテル派のトップとして相応しいとは言えないからではないですか?」
「うっっ……自覚は、あることはあるけど……」
「全く……今日はこのくらいにしておきますが、次先生と茶会を共にするとしても、はしゃぎすぎないでくださいね」
「はーい」
そうして茶会は今度こそ解散となった。それにしても、まさか「ロールケーキをぶち込みますよっ!?」という迷場面に立ち会えるとはね。ティーパーティーに入った役得、かな?
ついに原作でも、この小説でも最大の山場となるであろうエデン条約編突入です!
ついでに言うと、プロットを考え出した時にアビドス砂漠を駆けるシーンの次ぐらいに思い浮かんだのが、ここの「ロールケーキをぶち込みますよっ!?」に同席するアイカだったりします。