ティーパーティーの田舎令嬢   作:サンタクララ

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05 渦巻く影

 先生がトリニティにやって来てから1週間が経った頃、ナギサが再び先生を呼んで話をするということで護衛として控えるよう指示を受けた。

 

 

 

 

 そして、迎えた会談の場。大体の部活動も活動時間が終わり、静まり返ったトリニティの夜。マイハに聞いた情報によると、二日前に一次試験が行われ、厳正な採点を経て今日の昼頃に結果が返ってきたらしい。

 

 ……そこで4人全員同時に合格することはできず、彼女たちの合宿が決定となったことも。

 

「お疲れ様です、先生。補習授業部の方はいかがでしょうか」

 

 先生がいつものベランダにやって来て席に着くと、笑顔で出迎えた後に早速ナギサは話を始めた。

 

「……と言いつつ、既に話は聞いております。最初の試験はうまく行かなかった様子ですね。ただ、後2回残っておりますので……」

 

 そこまで言って、ナギサは先生があるものに視線を向けていることに気づいた。机の上に置かれた、チェス盤と駒。

 

「……ああ、これですか?チェスです、趣味でして。このタイプは見慣れないものだと思いますが……」

 

 茶会の準備とか植栽の手入れ以外にもあったんだ、ナギサの趣味。彼女は自分に近い方である白の、キングをつまみ上げて再度同じ位置に戻して話を続けた。

 

「黒は王侯(キング)女王(クイーン)の他は歩兵(ポーン)のみ。対して白は王侯(キング)城塞(ルーク)司教(ビショップ)騎士(ナイト)がそれぞれ3~4つずつ」

 

 先生が来るまでずっとああでもない、こうでもないって並べ方にこだわってたけど一体どういう意図なんだろうね。僕は正直よく分からないけど、マイハに聞いたら分かるかな?

 

「"アイカとやってたの?"」

 

「いえ、私一人です。彼女はあくまで私の護衛ですから」

 

 それに今はうるさいミカさんもいませんしね、と呟いてから先生の顔を見上げ、思案する。

 

「今日は先生にお伝えしたいことがあったのですが……それよりも先に、先生の方から何か訊ねたいことがあるように見受けられますね」

 

「"もし試験で3回とも不合格になったら、補習授業部の生徒はどうなるの?"」

 

 ああ、やっぱりそこを聞いてきたか。

 

「……小耳に挟まれたのでしょうか?ヒフミさんから、でしょうか。彼女はあまり隠し事が得意ではないようですからね」

 

 ブラックマーケットでのこととか上手く隠せてるんじゃと思ったけど、やっぱりナギサまでその疑惑が届いてる時点で隠せてないな。

 

「さて、質問にお答えしますと、簡単な話です。何度も繰り返し不合格になるようであれば、彼女たちは助け合って勉強に励むことも充分にできないということで。……そのような生徒には、トリニティから退学していただくしかありません」

 

「"退学……!?"」

 

「もちろん、本来はここトリニティにも落第、停学、退学などに関する校則が存在します。ただ、手続きが長くて面倒でして、たくさんの確認と議論を経なければなりません。ゲヘナと違って我々は手続きを重要視しますので」

 

 そう言われて、指示されたわけでもないけどポケットから生徒手帳を取り出し、校則について書いてある辺りを見た。確かに停学や退学については何度も会議を重ねた後にようやく承認される仕組みとなっている。

 

 誰かの独断によって、恣意的に生徒が退学させられないようにするためだろう。……例えば、今のように。

 

「ですが今回急造された補習授業部は、このような校則を無視できるように調整してあります。シャーレの権限を少し組み込ませていただいたこともあり、このような措置が可能となっているのです」

 

 そうナギサが話している間、先生の顔は少し険しくなっていた。今の現状では補習授業部のメンバーが退学になるかもしれないと悟ったからだろう。

 

「……それに。そもそも補習授業部は、生徒を退学させるために作ったものですから」

 

「"どうしてそんなことを……!?"」

 

 先生はテーブルに手をついて、ナギサの顔を見上げた。

 

「……どうして、ですか。それは……あの中にトリニティの裏切り者がいるからです」

 

「"裏切り者……?"」

 

「その裏切り者の狙いは、エデン条約締結の阻止です」

 

 “裏切り者がいるかもしれない”ではなく、“裏切り者がいる”と断定している。言葉にするとたった六字の違いだが、そこに込められた意味には隔絶がある。

 

「この言葉が持つ重さを理解していただくには……エデン条約とは何かについて、そろそろ説明しなくてはなりませんね」

 

 エデン条約──一言で言えば、トリニティとゲヘナの不可侵条約である。

 

 「エデン条約機構(Eden Treaty Organisation)」、略して「ETO」というトリニティとゲヘナ双方の重役をメンバーとする中立的組織。それが二学園間の揉め事に介入して、全面戦争となる前に解決を図る──それがエデン条約の主たる内容だ。

 

 トリニティとゲヘナの長きに渡る確執はお互いに大きな負担になっており、無意味な消耗を避け、キヴォトスにおけるパワーバランスを保つ唯一の方法となりうる。連邦生徒会長が提唱したこれは、彼女の失踪によって一度雲散霧消しかけたものをナギサが再びまとめて締結へ至ろうとしていた。

 

 そこまで説明して、ナギサは先生を見据える。

 

「……先生。やっとの思いでここまで持ってこれたというのに、エデン条約を妨害しようとする者たちがいるという情報を耳にしたのです」

 

「"……。"」

 

 先生もまた、黙ってナギサの目を見る。その表情は変わらず険しい。

 

「まだ、それが誰かは分かりません。特定には至りませんでした。そこで次善の策として、その可能性がある容疑者を一ヶ所に集めたのです」

 

「それが、補習授業部ということですの?」

 

 前世の知識で分かってはいたけど、そうやって当たり前のように言われると口を挟みたくなる。本当にそうなのか、と。

 

「ええ、アイカさん。……裏切り者はそこにいます。ですが、依然として誰かは分かっていません。であれば、一つの箱にまとめてしまうのがいいでしょう。いざという時、まとめて捨ててしまいやすいように」

 

「……ナギサ様、それは看過できる物言いではありませんわ。本当に、補習授業部の中に裏切り者がいるというのですか?」

 

 彼女がそれほどまでに追い詰められているのは分かってはいるけど、ただ学校に通って勉強に励んでいる生徒たちをまるで……。さすがに黙っていることはできなかった。

 

「……アイカさん、時に無情になることも組織のトップとして必要なことです。士官候補生である貴女ならいずれ理解する時が来るでしょう」

 

 そう諭すナギサの話を受け流して続ける。それに今やっていることは無情じゃなくて、無謀だ。

 

「そもそもエデン条約が結ばれるとなれば、蚊帳の外に置かれた三大校の最後の一角であるミレニアムがどう思うか。それにゲヘナは一枚岩なのでしょうか、万魔殿と風紀委員会には確執があると聞きますし……。エデン条約の妨害者は、本当にトリニティ内にいるのですか?」

 

「……それが、アイカさんの意見ですか」

 

 ミレニアムは名前を出しただけで別にエデン条約の妨害に噛んでいるわけではないけど、いくらか前世で知っている正解に繋がる情報を示唆した。これを聞いたところでナギサは考えを変える気はないだろうけど。

 

 そうして話は済んだということか、彼女は先生に向き直った。

 

「……ごめんなさい、先生。こんな血生臭いことへ巻き込んでしまって。何を言われようと受け入れるつもりです」

 

「"……でも本当にシャーレの権限を利用するだけだったら、私にこうして話す必要はないよね?"」

 

「……流石、理解が速いですね。……先生。補習授業部にいる裏切り者を、探していただけませんか?」

 

 結局補習授業部の四人の中に裏切り者がいる、という認識は変わっていないらしい。まあそうだろうとは思ってたけど。

 

「"……。"」

 

「先生を、トリニティを騙そうとしている者がいます。平和を破壊するテロリストです。私たちトリニティだけでなく、キヴォトス全体の平和を、自分たちの利益と天秤にかけようとしているのです」

 

 先生は快く思っていない様子でナギサの話を聞いていた。だがそれに構わず、ナギサはわざとらしく笑顔を作ってみせる。

 

「裏切り者を探し出すことが、キヴォトスの平和に直結します。如何でしょう、連邦捜査部シャーレとしてご理解いただけますと幸いなのですが──」

 

「"……私は私のやり方で、その問題に対処させてもらうね。"」

 

 生徒を信じて、その行動の責任を大人として背負おうとする先生のことだ。当然と言うべきか、「補習授業部に裏切り者がいるから探してほしい」というナギサを突っぱねた。

 

「……そうですか、分かりました。ですが、先生。ゴミを細かく選別して捨てるのが難しい時は、箱ごと捨てるというのも手段の一つ……そうは思いませんか?」

 

「……ナギサ様、聞き捨てなりませんわ。彼女達を一体なんだと思って──」

 

 ゴミ、なんて。同じ学校に通う仲間じゃないのか。そう思ってまた口を挟むが、ナギサは毅然として。

 

「トリニティの裏切り者、それだけです。変わりはありません」

 

「……そう、ですの」

 

 それ以上何も言う気になれなかった。今のナギサには、何を言っても無駄だろう。

 

「……それからもう一点、試験については基本的に私たちの掌の上にあります」

 

 急に試験範囲が変わるとか、難易度が変わるとか、試験会場が変更されるとか。そして白々しく、「そういったことがないといいのですが」と続ける。

 

「……失礼しました。それでは引き続き補習授業部をよろしくお願い致しますね、先生」

 

 そうしてまた微笑む。笑顔とは本来攻撃的なものだ、というどこかで聞いたことを思い出す。……そして。

 

「私たちの方から先生に対して不利益や損害を与えることはありません……と、言いたいところなのですが……」

 

「"……そうとも言いきれない、と?"」

 

 そうですね、と単に肯定したナギサ。もはや誤魔化す気すらない。

 

「……ただ、一次試験においては私たちは如何なる操作も行っていません。突破できなかったのであればそれが現時点での彼女たちの実力と言うことであり、この部分については誓って嘘ではないということをお約束します」

 

「"……。"」

 

「先生なりのやり方……それがトリニティに利するものであること願っていますね」

 

 それはどうだろうね。先生はあくまで生徒の味方であって、トリニティの味方ではないわけだし。

 

「……それでは、また」

 

 そして先生は立ち上がって、部屋を後にする。会談は平行線上のまま解散となった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 ナギサは自らの執務室で頭を抱え、甚く憔悴した顔で思案する。なんとかさっきまでは平静の様子を保っていたが、もはやその精神には限界が迫っていた。その手元には、すっかり冷めきった紅茶と睡眠導入剤があり。

 

『ナギサ様、それは看過できる物言いではありませんわ。本当に、補習授業部の中に裏切り者がいるというのですか?』

 

『エデン条約の妨害者は、本当にトリニティ内にいるのですか?』

 

『ナギサ様、聞き捨てなりませんわ。彼女達を一体なんだと思って──』

 

 先ほどの会談で、部下の少女が糾弾するような眼差しで発した問いかけを、頭の中で何度も反芻する。

 

『"……私は私のやり方で、その問題に対処させてもらうね。"』

 

 その少女と同じくらい冷たい視線を自分に突きつけた、大人の態度を何度も思い返す。

 

「……私だって、本当は」

 

 他人を疑い続けることなんて、これ以上したくない。エデン条約に対する妨害を防ぐために、大切な友人であるヒフミまで犠牲にしたのだ。

 

 ここまでやってなおも裏切り者が見つからないのならば、もういっそ投げ捨ててしまいたかった。エデン条約も、ティーパーティーホストという立場も。

 

「……でも、もしそうすれば。彼女は、どうなるんですか?」

 

 セイアが消され、自分が全てを放り投げて退場すれば、その次は誰か……言うまでもない。

 

「……明日からは、精神安定剤も取り寄せましょうか」

 

 机の上に転がるカプセルを見て、そう呟いた。どんなに非難されようと、もう後戻りはできない。

 

 ……自分が背負い続けるしか、ない。

 





ヘイト調整のためにナギサをちょっと曇らせるだけのつもりがなんか予想外に酷い状態になりました。別に私にそういう趣味があるというわけではないのですが……。
なので、これから何話か後のお友達ごっこの時も少し救済を入れようかなと思っています。


それとナギサのチェスってどういう意味なんでしょうね?間違った解釈を堂々と主人公に言わせたらどうしようかと思って本文ではボカしましたが……。
黒はゲヘナで白はトリニティを現しているという考察を別のところで見たのですが、そこから黒のキングはヒナ、クイーンはアコ、その他のポーンが風紀委員会。白のキングがティーパーティーのトップ三人、ルークが救護騎士団、ビショップがシスターフッド、ナイトが正義実現委員会を表しているのかなと個人的には思ったりします。

まあ素人考えなので話半分に聞き流してください。
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