今日もまた、訓練を終えて昼過ぎ。マアサは今日もパテル派の仕事があるらしく離脱。そしてマイハは補習授業部のために教材の準備をしてくるということで、僕一人になった。
これといってやることもないから、音楽室でピアノでも弾いてようかなと思って音楽堂に向かっていると、何かを探しながらキョロキョロと辺りを見回すシスターフッドの少女がいた。
「伊落さん、どうなさいましたの?」
「あ、アイカさん。その、白洲アズサさんという方を探しているのですが……中々見つからなくて」
「なるほど……白洲先輩なら補習授業部で別館の方だと思いますわ」
「別館ですか……」
昨日も行った通り、車で十数分という距離にある別館は徒歩で行くにはまあまあ億劫である。どうやら朝からずっとアズサを探していたらしいマリーはなおさらだろう。
「良ければ車でお送りしましょうか?」
「はい、お願いします……。さすがに歩きっぱなしでちょっと疲れてしまいました」
そうして昨日と同じく、寮の駐車場に戻って車を出庫してから補習授業部のいる校舎へ向かった。
◇
「ここですわね。あ、ちょっと待っていただたけて?」
「は、はい……?」
スマホを取り出してモモトークを開き、先生に連絡する。
「誰か校舎の方から人が来るまでお待ちくださいませ。昨日もここに来たのですが、その時は侵入者用のトラップが仕掛けてありましたので」
「侵入者……?と、トラップですか……?補習授業部は成績が振るわない方々が自習するための場所と聞いていたのですが……」
「それについては、あたくしにもよく分かりませんの」
まあ、補習授業部というかアズサがほぼ一人で設置したものだけどね。
「いた。アイカと……そっちは誰?」
そうこうしているうちに、探していた張本人が出迎える。その後ろには他の三人と先生もいた。
「その制服は……シスターフッドの?」
「マリーちゃんじゃないですか、どうしたんですか?」
シスターフッドと少なからず縁のあるハナコはやはりというかマリーとも知り合いのようすで。
「あ、ハナコさん。白洲アズサさんを訪ねて来たんです。こちらにいらっしゃるということで、お伝えしたいことがあって」
「私に?」
アズサはきょとんとした表情で首をかしげる。そこで先生の一声で立ち話もなんだということで一旦館内へと入り、教室で話を続けた。
「実は、先日アズサさんが助けてくださった生徒の方から、感謝をお伝えしたいのことでして。諸事情ありまして、こうして代わりに」
「感謝……?されるようなことをした覚えはないけど」
「クラスメイトの方々から、いじめを受けてしまっていた方がいらっしゃいまして……その日も突然、建物の裏手に呼び出されてしまったのだと聞きました」
マリーがアズサへの用事で補習授業部を訪れる、という話から想像は付いてたけどやっぱりこの話だったか。
「そ、そんなことが……!?」
「いじめ……っ!?ダメじゃない、そんなこと……!」
「……まあ、聞かない話ではありませんね。皆さん狡猾に、それに陰湿な形で行うせいであまり表には出てきにくいですが」
いじめについて聞いて、三者三様の反応。特にハナコはいろんな組織と接触する機会があったみたいだし、そういう場面を何度も見たんだろうな。だからこそトリニティに嫌気が差し始めていたわけだし。
「私たちも、その方から相談を受けてようやく知ったのですが……。そうして呼び出されてしまった日、偶然通りかかったアズサさんが彼女を助けてくださったとのことで」
「そ、そうなんだ?」
いくらか尊敬というか、期待というか……そんな眼差しでコハルはアズサの方を見た。
「ああ……そういえば、そんなこともあったな。ただ、数に物を言わせて弱い対象を虐げる行為が目障りだっただけだ」
「そしてその後、アズサさんに怒られた方が正義実現委員会と連絡を取られて……。どのようなやり取りがあったのかは分かりませんが、正義実現委員会とアズサさんの間でそれなりの規模の戦闘に発展してしまったとか……」
「えっ、それってあの時の!?」
コハルは驚愕した様子でマリーとアズサを交互に見る。
「そうしてアズサさんが催涙弾の倉庫を占拠し、正義実現委員たちを相手にトラップを駆使して3時間以上抗戦したと……」
「何がどうあれ、売られた喧嘩は買う。あの時も弾薬さえ切れてなければもっと長く戦えたし、あれ以上に道連れも増やせたのに」
「あ、あうぅ……」
「ティーパーティーとしては、後処理の書類が面倒なのでできれば穏便に済ませて欲しいのですけれどね……」
まあ、あの時の書類仕事やったのは僕じゃなくてナギサだけどね。執務室の灯りが消灯時間になっても付いてたし。
「それで、その方が報告も兼ねて私たちの元を訪れてくださり、アズサさんに感謝をしたいと。ただ、学園では見つからず……たまたまお会いしたアイカさんにここまで連れてきてもらったというわけです」
「……そうか。でも、別に特別感謝されるようなことじゃない。結局私も最終的に捕まったわけだし」
「捕まったことは特に関係ないと思いますが……」
「それにあの事態は気の毒だけど、いつまでも虐げられるだけじゃダメだ。それが例え虚しいことだとしても、抵抗し続けることを止めるべきじゃない」
アズサの根幹にある考え。『全てが虚しいことだとしても、最善を尽くさない理由にはならない』、それが垣間見得る場面。
「……そうかも、しれませんね。はい、あの方にもそう伝えておきます」
そう言って、少し間を置いてマリーは。
「……ある噂を聞きました。アズサさんは暴力を信奉する氷の魔女だ、と。でもやっぱり、噂はただの噂ですね」
「ふふっ、それはそうですが、アズサちゃんには意外と『氷の魔女』らしいところがありますよ?ほら、他の方からするとちょっとだけ表情も読みにくいですし」
そう言われてアズサはわざとらしくムッとした顔をして見せる。
「ふふ。……マリーちゃんが元気そうで良かったです、最近は補習授業部でそちらに行けていないので」
「はい、私は……ですが、ハナコさんは……」
「玄関まで送りますね、アイカさんも一緒にどうぞ」
あれ、もう帰る感じ?まだここに来て30分も経ってないけど……。
「昨日みたいに勉強のお手伝いはしなくてもよろしいんですの?」
「ええ、大丈夫ですよ。ね、ヒフミちゃん?」
「は、はい……。アイカさんとマイハさんのお陰か、さっきの模擬試験では本番で全員合格も現実的な点数を出せましたから」
特に一次試験と変更がなければ、ね。もちろんそれを委ねられているのは僕ではないけど。
◇
そうしてハナコに押されるように旧館を出て、学園の中心部へ戻る。マリーを聖堂まで送った後、モモトークを見るとマイハから「教材の用意以外にも色々やってたら思いの外時間かかっちゃった>< マアサちゃんはお仕事で疲れて寮に戻ったみたいだしまた明日ね^^」という連絡が来ていた。了解しました、と返信して自室に戻った。
◇
その翌日は、朝から大雨で雷まで鳴る始末だった。さすがにこの天気では無理だということで訓練は無しになり、自室待機中。補習授業部へ勉強を教えに行くのも厳しいだろう。
「久々ですわね、こんなにじっくりゲームをやるなんて」
今頃補習授業部は水着パーティーでもやってるのかなと思いつつ、食事も忘れてずっとノートPCでミネラルクラフト*1をやって、気がつくと雨は晴れていて夕日が虹を作る幻想的な風景が窓から見えた。
「今日は何かイベントがあった気がしますが……うーん……ずっとゲームで肩が疲れたので寝ましょう」
マイハもマアサも、今日何してたのかモモトークで聞いたら本を読んで過ごしていたらしい。多分マイハは補習授業部で使う参考書で、マアサはまあゲーム関係の本だろうけど。
◇◇
深夜のトリニティに何度も響く爆発音。
「むにゃ……しゃあしかぁ*2……だれよ……こんな時間に……うぅん……すぅ……」
熟睡中のアイカが、ゲヘナの問題児・美食研究会による水族館強襲とゴールドマグロ強奪に端を発する真夜中の騒動を知ったのは、翌朝にニュースを見た時のことであった。