何かと騒がしかったらしいその日の翌日。久しぶりにマアサも予定が合い、補習授業部へ再び手伝いに行った。マアサも落第にならない程度の成績ではあるけど、マイハが優秀すぎてアズサ、コハルと一緒に教えられる側に回ることとなった。
◇
そんなこんなでいよいよ補習授業部の二次試験が明日に迫った昼下がり、何度目かの先生とナギサの会談に同席することになった。もちろん、ただの護衛として。
「……お待ちしておりました、先生。ご無沙汰しております」
そうして、努めて冷静にナギサは先生を出迎える。
「あれからお変わりはありませんでしたか?合宿の方では、何かお困りのことはありますか?」
「"うん、おかげさまでなんとか。ところで今日はどういう用事?"」
「ふふっ、この合宿は元々『生徒たちをよく観察できるように』という配慮からでした。いかがでしょう、気づいたことなどはありますか?」
そしてナギサは先生に顔を少し近づけて、目を見据えて言う。
「もっと直接的に言いましょうか、『トリニティの裏切り者』は誰なのか……掴めましたか?」
「"……前にも言ったけど、私は私のやり方で対処するよ。"」
「……そう、でしたね。ただ第二次特別学力試験を前にして、改めてそこを確認しておこうと思いまして……本日お越しいただいたわけです」
そこまで言うとナギサは一呼吸置いて、わざとらしく微笑んで見せて続ける。
「……おそらく、ミカさんが接触してきましたね?よろしければ、そのお話の内容について教えていただけませんか」
「"……ミカから教えてもらったのは、トリニティの抱える事情と現状についてだけ。私は、誰かを疑うことに時間を費やすつもりはないよ。"」
そう言われていきなり何を、と言いたげなナギサに構わず先生は続ける。
「"あの子たちの頑張りが報われるように最善を尽くすだけ。"」
その言葉にはナギサの“裏切り者探し”へは協力しないという文脈が確かに含まれており、それを聞いた彼女は眉をひそめる。
「……一度改めて説明しましょうか、なぜ彼女たちなのかを。先生にも色々と情報網があるかと思いますが……順番にお話ししましょう」
それからナギサは補習授業部の面々がそこに入れられた理由を話した。
コハルは彼女を気にかけており、ゲヘナを良く思っていない様子を隠そうともしないハスミへの牽制目的。
ハナコは本来なら誰よりも優秀であるのにわざと試験では手を抜いており、何を企んでいるのか分からない。
アズサは中途半端な時期にやってきた謎の転校生であり、存在自体が怪しいところばかりである。そのうえ他の生徒と暴力事件を何度も起こしており、統制不可能という問題点もある。
……そして。
「ヒフミさん、は……」
「"ナギサは、ヒフミのことを……大切な友人だと思ってるんじゃなかったの?"」
そう先生に言われて、わずかに狼狽する。しかしまた、険しい顔に戻って。
「ですが……彼女の正体が実は、恐ろしい犯罪集団のリーダーであるという情報を耳にしてしまいました」
覆面水着団のファウストか……いや改めて考えると字面がバカすぎないこれ?覆面の水着って変態過ぎるでしょ……実際は別に水着じゃないけども。
先生も思うところがあるのか、何とも言えない表情でいたけどナギサは構わず続ける。
「こういったお話が、最も恐れることです。信じていたからこそ、何かが見えなくなっている……盲目的な状態になっているのでは、と」
それを言ったらヒフミじゃなくて……いや、よそう。
「どれだけ注意を払って築いた塔も、小さな亀裂から簡単に崩れてしまうものですから。私はちゃんとヒフミさんを理解できているのか、私が知らない真実が存在するのか……私には分からないのです」
「"誤解だよ……それには事情があって、私からもちゃんと説明を──"」
ヒフミの疑惑を晴らそうとする先生に、ナギサはピシャリと言いつける。
「どうやって?ヒフミさんの心を、本心を、本音を、どうやって証明するというのですか?」
先生はなおも説明を試みようとするが、聞く耳を持とうとせず。
「そうではない、誤解だ、事情がある……その言葉にどれだけの意味があるというのですか?真実性は?……心の中身など、証明できるものではありません」
思案するように目を閉じた後、ナギサは真顔で先生に続ける。
「ヒフミさんの優しい心、礼儀正しいところ……それらを痛いほど知っていても、本音を知ることはできないのです。どう足掻いたって所詮、私たちは他人なのですから」
「"……。"」
「ですから、退学させるしかないのです。……エデン条約の成功のために」
「……ナギサ様」
そこまで聞いて、さすがに黙って聞いているつもりにはなれなかった。彼女たちにエデン条約を妨害する気なんて毛頭ないだろうに。
「何でしょう」
「あたくしは、補習授業部の彼女達が、トリニティに害を為そうとしているとは思えませんわ」
「"アイカ……。"」
そういうと、ナギサはやはりというか、顔をしかめる。でも、それで止まる程度の覚悟で口を挟んだわけじゃない。
「……何を根拠に?」
「彼女達の知人に話を聞いて、そして実際に合宿で勉強の手伝いをさせてもらいましたの。先生もご存じですわね?」
最初に出会った時と、それからマアサも加わった昨日の2回、補習授業部で勉強を教えた。
「"うん、あの時は助かったよ。"」
「彼女達はトリニティで勉学に邁進し、友人や仲間と過ごし、所属する部活動や委員会の活動に励む……そんな当たり前の青春を送りたいだけだと、そう感じましたわ」
そうやって短いながら、一緒に過ごして感じたことを素直に告げるが、ナギサは溜め息をついて。
「……そうですか。忘れないでくださいね、アイカさん」
一体何を言うつもりなのかと思って聞いていると、ナギサは。
「『トリニティの裏切り者』候補には、貴女も含まれていることを」
……そう言った。僕が、トリニティを裏切ろうとしていると。
もちろんそんなわけはない。ここでただ、青春をやり直したかっただけなのに。
「"……ナギサ、それは。"」
「……やはり、そうでしたのね」
でも正直なところ、その可能性も陰ながら考えていた。優秀と評価されているらしい僕をティーパーティーの傘下組織、つまりは自分の支配下に置くと言うのは……そういう、ことだろうって。
「この際だから言っておきましょう。マイハさん、マアサさん……そしてアイカさん。貴女方の士官候補生という枠組は、エデン条約を妨害する勢力に回ると厄介な一年生を私の手元に置くための物です」
確かに、マイハはとても賢くて、マアサも一年生にしてはかなり強い。そんな生徒を野放しにしておけば自分に、トリニティに牙を剥いた時どうなるか。疑心に駆られたナギサはそう考えたのだろう。
「……薄々、気づいていましたわ。そうなのではないかと。ですが、あたくしたちは……」
「"ナギサ、君は今疑心暗鬼の闇の中にいる。"」
エデン条約の妨害なんて考えていない──そう告げようとしたら、先生はナギサの凝り固まった姿勢に何か言わないとと思ったらしく。
「"見たいものだけを見て、信じたいことだけを信じているんだと思う。"」
自覚がないのか、また何を言っているんだと言わんばかりに困惑して、そして先生を睨むように見つめる。
「"君を、そこから出してみせる。そして絶対に、補習授業部のみんなを合格させる。"」
「……ふふっ、そうですか。理解しました。まあつまりは、お話がシンプルになったということですね」
開き直って何か企んでいる様子のナギサ。一体何をするつもりだと……いや、その顛末は知っている。
「……承知しました。どうか頑張ってください、先生。私は私なりに頑張りますので」
そうして先生は部屋を後にして、会談は解散した。
◇◇
その夕方、ナギサの執務室にて。自分が直接行くと警戒されるだろうと考え、ある行政官に命じて士官候補生たちに補習授業部についての近況を聞いたところ、このままなら全員合格も不可能ではないということであった。
「まさかたった1週間でここまでやるとは……特にコハルさんとアズサさんはまず無理だろうと踏んでいたのですが」
本来であれば喜ばしいことだが、補習授業部全員を退学させなければいけないナギサにとってそれは朗報ではなかった。
「アイカさんたちの差し金でしょうか」
勉強を手伝ったという彼女たちが試験の情報を漏らした?いや、士官候補生は特別試験の問題作成に関わらせていない。そうなれば彼女たちが補習授業部に試験問題を漏らすには忍び込んで盗み見るとか、そういった明らかに危ない手段しかないが……さすがにそれは有り得ないだろうか。
「まあ、いずれにしてもこちらも手段を講じさせていただくまでです」
そして特別試験について、まずは範囲の変更を試験作成を担当する部署に指示して、それから。
「さて、温泉開発部の事務所に繋がる電話番号はどちらでしたっけ」
黒き手が、四人の生徒を捕まえようと忍び寄っていた。
そして数時間後、もうそろそろ深夜という時間帯。
「さて、頃合いでしょうか。『補習授業部の第二次特別学力試験に関する変更事項のお知らせ』……こんなものでしょう」
その告知をトリニティの電子掲示板にアップロードして数十分が経過して、二人分の足音が聞こえてくる。
「あら、こんな深夜に一体どなたですか?」
そうわざとらしく言うと、ノックの後に入ってきたのは赤毛のロングヘアと栗色のショートボブの見慣れた姿で。
「ナギサ様~?これは一体、どういうことでしょうか~」
「どういうこととは?それにマアサさんは一緒じゃないんですね、珍しい」
とぼけて見せると、アイカがこちらに視線を合わせて言う。
「マアサさんはもう就寝されていましたから、わざわざ起こすのも悪いと思っただけですわ。それより、補習授業部の二次試験の変更……どういったお考えでこのようなことをしたのですか」
「『試験範囲を既存の範囲から三倍に拡大』、『合格点を60点から90点に引き上げ』……これだけならまだしも、『試験会場をゲヘナ自治区第15エリア77番街の廃墟の1階に変更』……。ここって確か、スラム街でしたよね~?なんでそんな場所で試験をする必要があるんですか?」
執務室のデスクで座った状態のナギサを、マイハは立った状態から見下ろして言う。アイカもそれに続いて。
「時間も、『朝9時から深夜の3時に変更』……今から向かわないと間に合いませんわ」
そうして試験内容についての変更を並べ立てて、最後にマイハは。
「どうしても、合格させたくないみたいですね?」
非難するような視線が突き刺さり、ナギサはわずかに渋い顔をして、それから。
「彼女たちはトリニティを破滅へ追いやろうとする裏切り者です。いかなる手段をもってしても退学させるしかありません」
開き直って答えると、マイハは呆れてものも言えないという様子で、アイカだけが口を開く。
「ナギサ様、さすがに横暴が過ぎますわよ。……このようなやり方をしていたら、いつか手酷いしっぺ返しを受けることになります」
「あなた方が、それを為すとでも?」
「……そういうわけでは、ありませんが」
アイカは僅かにうつむいて答える。これ以上話しても無駄だと悟ったのか、マイハはアイカの手を引いて帰ろうと促す。
ナギサの方もそれを引き留めることはなく、二人は出口で無言で礼だけして、再び執務室には静寂が戻ってきた。
「……私の味方は、誰もいないのですね」
彼女たちがティーパーティーに入る前、面接した時のことを思い出す。アイカはトリニティに期待を抱いて、純粋な様子で。マイハはとても朗らかで、フレンドリーな印象を受けた。
そんな二人が自分に対して失望というか、怒りというか……そんな厳しい眼差しを向けたという事実に、ほんの少しだけ傷心する。穏和であまり怒った姿を見せない彼女たちが、そこまで感情を顕にするようなことを自分はしたのだと自覚する。
「……ミレニアムから取り寄せた睡眠薬も、山海経から取り寄せた漢方も、全く効きませんね」
机の引き出しの中には胃腸薬や頭痛薬も常備している。それでもここ最近体調が優れず、他者との会話ではなんとか大丈夫な風に見せているが、もう限界なんてとっくに超えていた。
「でも、私がここで倒れたら……倒れたら、次は、ミカさんが狙われる……それは絶対に避けなくては、何を犠牲にしようとも、必ず……」
呂律が回らなくなってきた一人言を止めて、立ち上がって執務室を後にする。自分だけが全容を把握しているセーフハウスへ向かい、眠気はあるのに眠りに就けないまま次の日を迎える。
そして、補習授業部は答案用紙を紛失して全員失格したという
いよいよもってお労しさが天元突破してきたナギ上。
それとナギサの名誉のために言っておきますと、当初の目的は置いておいて、アイカ・マアサ・マイハの三人が存在する時間軸で彼女たちを一ヶ所に集めると言うのは……実はトリニティを、ひいてはキヴォトスの平穏を守る結果に繋がります。
詳しく説明しますと、この三人がトリニティで出会わず互いに友人同士になれなかった場合、トリニティに失望してそれぞれで自主退学を選んでしまいます。そして自由な(混沌ともいう)ゲヘナに転入して、元トリニティ生ということに目を付けたマコトが、トリニティを攻め入る際効率的に物事を進める為の手駒として万魔殿に入会させ、そこで出会って三人は意気投合します。
そしてエデン条約調印式の当日、万魔殿の私兵として調印の場に参加した三人はミサイルの着弾に巻き込まれ、どさくさに紛れた無名の司祭によって色彩と接触させられて神秘が恐怖に反転して暴走、アリウスと共にトリニティを滅ぼしてしまうという結末を迎えます。
ちなみにトリニティ所属のままだと三人は色彩に触れても廃人化してしまうだけで暴走はしません。ではなぜゲヘナだと暴走するのか?それはもちろん、彼女たちの元となったのが……ふふふ。
……まあこの辺の話は、本編の話に区切りが付いたらまた改めてやると思いますのでその時に。