三次試験の二日後、先生から掛かってきた電話。
〈"アイカ、補習授業部は全員無事に合格できたよ。"〉
「それは良かったです、これで退学せずに済むのですわよね?」
良かった。正直色々と介入しすぎた気もするので、まずは無事に合格できたことに安堵する。
〈"うん、アイカたちが手伝ってくれたお陰も少なからずあると思うから。マイハとマアサにも伝えてあげてほしい。"〉
「なに、アイカちゃん~?もしかして先生から~?」
ちなみに今現在の状況はというと、士官候補生三人で訓練場の休憩室に集まってお茶会をしていたところ。さすがにそろそろ夏休みなので訓練もないけど、なんとなく三人で色々話すならここが一番落ち着くのだ。
「ええ、はい。補習授業部、全員合格できたとのことですわ」
「おめでとう、だね~」
「そうですか、良かったですね。私はあまり勉強を教えたりはできませんでしたが」
マイハはとても嬉しそうにしていて、マアサも分かりにくいけど表情を少し緩めていた。
〈"二人もいるの?"〉
「ええ、代わりますか?」
〈"いや、大丈夫。落ち着いたらまた改めて話したいから。それじゃ、またね。"〉
「はい、失礼いたします」
先生が電話を切ったのを確認して、こちらもオフにする。そして僕たちは、茶会に戻った。
◇
その翌日、久々にナギサに呼ばれてベランダに向かうと、そこにはマイハとマアサ。そして……かなり窶れた様子のナギサがいた。
「みなさん、本日はお集まりいただき、ありがとうございます……」
見た目だけでなく声の方もなんか元気がないし、なんか様子がおかしい。
「あの……ナギサ様?大丈夫ですの?」
「はい……ええと、そうですね」
そうして、俯いていたのをこちらに顔を合わせて、目を見て言う。
「アイカさん。それにマアサさん、マイハさんも。その……申し訳、ありませんでした。皆さんに、かなりご迷惑をお掛けしたと思います」
なるほど、謝罪か。うーん、会談の時とかさすがに我慢ならない物言いだったし……ちょっと詰るようなことも言っちゃったけど、ナギサが相当苦労していたことは分かってるし、別に謝ってほしいとは思っていなかった。
「その……皆さんをティーパーティーに推薦して、私自ら面接をしたのも。そして入会した皆さんを、士官候補生という枠組に押し込めたのも。全て、皆さんのことをトリニティに害をなす存在だと疑って、私の手元に置いて監視しておくためでした」
そこまで言って、味を楽しむためでなく、ただ口内を冷やすためだけに紅茶に手を付けた。
……ティーパーティーホストによる茶会の場。最高級の茶葉を使用しているだろうに、ナギサが飲む様子は見ていて全く美味しそうには感じなかった。
「……冷静に考えてみれば、まだ入学してきたばかりのあなた方がそんなことをするわけがありませんでした。だというのに、私は疑心の余り皆さんに……アイカさんには特に、何度も会談の場で嫌な言葉を聞かせてしまいましたね……本当に、返す言葉もございません」
そうしてナギサから直接謝罪の言葉を聞いて、僕たちは互いに顔を見合わせて、どう答えようかと悩んで。それからまずは、直属の部下である僕が言うことにした。
「……いえ、あたくしは別に構いません。セイア様が未だ動けない状態で、ミカ様もその……ああいった感じでしたし。そんな中で、ナギサ様がひたすら心労を重ねていらっしゃったことは知っておりますから」
まあ補習授業部に対してかなり酷いことをしていたのには思うところがあるけど、それは紛れもなく本心だ。信用されてなかったのはちょっと悲しいけどね。
「私も別に気にしていませんよ。ミカ様と直接戦う機会もありましたし、いい経験になりました」
続いてマアサが答えるけど、それでいいのか……?
「わたしも、わたし自身は大丈夫ですよ~」
そして最後に、マイハ。いつも通り朗らかな様子で答えるが、その後は真面目な顔になって続ける。
「でも、わたしたちより先に謝るべき人たちがいるんじゃないかな、とは思いますけどね」
怖いよマイハちゃん、既にメンタルボロボロのナギサにそんなこと言ったら壊れかねないって。大丈夫かと思ってナギサを見ると、バツが悪そうな様子で俯いた。
「うっ……それは、そうでしたね。分かっています、この後補習授業部や正義実現委員会の皆さんの方へ赴こうと考えています……」
さすがにそれ以上はマイハも何も言わず、そしてそのまま「皆さんのところに、行ってきます」とナギサが退室してその茶会はお開きとなった。
◇
それからさらに翌日。トリニティ内にいくつか存在する相談室の一つで、僕はある人物たちを待っていた。紅茶を飲みながら、ここに来る前にマイハが渡してくれたナッツ入りクッキーを摘まんでいると、ノックの音がする。
「白洲アズサさんですか?中へどうぞ」
「失礼する……って、アイカ?」
「ええ、奇妙な巡り合わせがあったものでして。今日お話を聞くのはあたくしですの」
これについては本当によく分からない。聞いたところ、上級生のティーパーティーの監察官や行政官は事件の後処理に忙しくて、比較的暇で役職持ちということで士官候補生まで駆り出されている。その結果がこれというわけだ。
それからしばらく、アズサの話を聞く。
セイアは予知夢によって事の顛末を先読みすることができて、アズサが自らのヘイローを破壊するという命を負って来たということも知っていたのに、逃げなかった。
その理由は、予め決まっていることを動かそうとするなんてできっこのないのだから、その行動は無意味である───アリウスで膾炙している言葉、vanitas vanitatum, et omnia vanitasと似通ったものだ。
だがしかし、セイアはアズサがその後に“それでも足掻くことを止めてはならない”と付け足していること。そして、人殺しになることを恐れていることを指摘してみせ、アズサは命令通りセイアを殺しに来たのではなく、どう足掻くべきかという助言を貰いに来たのだと見抜いた。
続けてセイアは、エデン条約によってトリニティとゲヘナの間の紛争がなくなればアリウスの問題を解決する足掛かりになるだろうし、両校の根深い問題を解決するには、今はエデン条約しか方法がないだろうと言った。しかし同時にアリウスはティーパーティーのヘイローを破壊しようとしており、それが実行されればキヴォトスは本物の戦場となるだろう。それを止めたいのかどうかを、アズサに聞いた。
『先に言っておくが、私は君の考えには首肯しない。5番目の古則……つまり“楽園の証明”は不可能だということを、誰よりもよく知っているからね』
しかし、セイアは「だが」とその先の言葉を続ける。
『全てが破局に向かうことを知ってもなお、君は足掻き続けるというのであれば……私の知恵を、君に貸そう。尤も、それがどんな結果を招くのかは保証しかねるけれど、ね』
「……そして、セイア様の部屋を爆破させ、死を偽装したということですの?」
「そうだ。そしてセイアは事件を隠蔽するための助っ人として救護騎士団長、蒼森ミネを指名した。それから私はあとのことを彼女に任せて、姿をくらました。アリウススクワッドはその後のトリニティでの騒動や情報を鑑みて、私が任務に成功したと判断した」
これが事件の顛末だ、と締める。何を思ったか不安げなハナコを見て、アズサは一言付け足した。
「その後については、私も知らなかった。まだ意識を取り戻せていないことも……」
「セイアちゃんの外傷は既に完治しているそうで、意識が戻らないのはそれ以外に理由があるようで……」
なんか神秘がアレなんだっけ、ちょっと度忘れしちゃったけど。まあいいか。その話は一旦置いておいて、次に移る。
「では白洲先輩は、襲撃命令を下したのがミカ様だったということは知らなかった……ということでしょうか?」
もっと言えば、ミカが本意はどうであれ、他の二人に対して内紛を起こそうとしていたと知っての行動かという問い。それは……と僅かに言い淀むアズサに、ハナコが代わりに続ける。
「ミカさんはずっと自分の正体を隠しきっていました。アズサちゃんのような、命令系統の一番下の位置から知ることは難しかったでしょう」
「あ、アズサちゃんは人殺しではありません……!あの時もアズサちゃんは、ナギサ様を救おうとして……!」
「ええ、その場にいましたからそれは分かっておりますが……あたくしは今はこうして話を聞くことが仕事ですので……」
仕事として任された以上、知人とは言え適当にやるわけにはいかないんだよね。ここら辺が組織人間の難しいところですよ。
「……ハナコ、ヒフミ、私は大丈夫。……実際に命令を下したのは、アリウススクワッドのリーダーであるサオリ。スクワッドの指揮を執っているのは彼女だ」
そうしてしばらく聴取を続けて、その終わり際。
「……聞きたいことは大体こんなところでしょうか。皆さん、お疲れ様でした。そして……」
「……?」
「合格、おめでとうございます。先生には既に伝えていますが、改めて皆さんにお伝えしますわね」
そう言って微笑むと、三人の固かった表情もいくらか和らいだ。
「……ありがとうございます、アイカさ…いえ、アイカちゃん。マイハちゃんと、マアサちゃんも、三人のお陰で色々と助かりました」
「そうでしたら幸いですわ。……では、お気をつけて」
三人が退室するのを見送って、片付けをしたら議事録とクッキーの残りを持って自分も相談室を出た。
最後のダメ押しにナギ上曇らせ。ただまあこの後ヒフミに謝るときも、あの時すぐに冗談だと言われたお陰でむせて倒れたりはしないでしょう。若干苦々しい顔はするでしょうけどね。