それから三日間の仕事の後、放課後スイーツ部たちは一足先にトリニティへ戻ったので三人体制での農作業。夏の収穫は大体終わったので秋~冬に旬が来るカキやミカンの摘蕾・摘果、枝の剪定などを行い、イチゴの苗作りも平行する。
そういった作業も一段落して夏休みも終わりという時、僕は名残惜しさを感じながらも実家を後にした。
「次に戻れるのは冬休みかなぁ」
相変わらず自動運転で走るロイアルティー号に揺られて、トリニティの中心部へ。段々と農地から住宅地へ、そして市街地に入ってきて……およそ3週間ぶりのトリニティ総合学園。
一応まだ夏休みではあるけど、既に制服で学校を出入りする生徒もちらほらと見える。まあ僕らも本来一般生徒は夏休みの時期に訓練とかしてたし、そういう用事があるんだろうけど。
「ねえ、聞きました?エデン条約」
「うん、確か1週間と少し後に調印式よね」
そしてそう、エデン条約。その調印式はとうとう目前まで迫っていた。実家にいる時はほとんど考えずに過ごせたけど、忙しくなるんだろうなぁ、これから。それに……。
(前世の知識通りなら、またアリウスからの妨害があるんだよね)
まあ正確にはアリウス以外も噛んでるけどね。ゲヘナの万魔殿とか。さすがに今から未然に防ぐのは無理だろうから、起きる被害を最小限に食い止める術を考えないといけない。
「でも、ゲヘナと和平条約なんて……」
「もし締結できて、今より平和になるならそれに越したことはないけれど、多分無理よね」
そもそもの話、トリニティの上層部でさえエデン条約に前向きなのはナギサくらいで、他は否定か様子見といったところ。ゲヘナに至っては生徒会にあたる万魔殿ではなく風紀委員会が主体となって進めている。なんかもうこの時点でかなり嫌な予感しかしないよねぇ……。
一般生徒の話し声を聞いて不安に思いながらも、寮の自室へと戻っていった。
◇
寮で荷物を整頓し終えたら、まずはマイハとマアサにこちらへ戻ってきたことを連絡する。それから教科書の次の範囲をさらっと読んだり、ゲームをしたりと二日間を過ごして、そして……。
「これからまた、授業の毎日ですわね……」
新学期も始まって、今日の分の授業を受けてきたところ。学生の日常に戻ってきたんだなぁとしみじみ思う。
「あ、この後あそこに行かないといけないのでした」
……ティーパーティーが使う、いつものベランダ。今朝、ナギサから学内メールで他の士官候補生と共にそこへ呼ばれた。この前の事件で『トリニティの裏切り者』は聖園ミカ、ということで一応決着したし……僕らのことで何か疑ってるというわけではないとは思うけど。
◇
到着すると、いつも通りマイハとマアサ、そしてホストであるナギサが席に座っていた。というか毎回僕が最後だな。
「……全員揃いましたね。今回皆さんをお呼びしたのは、単刀直入に言いますと、1週間後に差し迫ったエデン条約での動きについてです」
まあ、時期的にそういう話になるよね。それを聞いてマアサは特に表情も変えず口を挟んだ。
「やはりそう来ましたか。それで、私たちは何をすればいいんですか?」
「はい、まずはティーパーティー傘下組織の放課後の訓練ですが。その時間は“通功の古聖堂”に出向いて、シスターフッドが行っている作業をお手伝いしてください」
通功の古聖堂……単に古聖堂と呼ばれることの多いその場所は、何百年も前にトリニティ統合について話し合う第一回公会議が開かれた歴史的な史跡である。
現代ではただのデカい廃墟だったけど、エデン条約の調印式を行う会場としてゲヘナ側が提案して、それをトリニティ側*1が承認。シスターフッドを中心に急ピッチで修繕作業を進めているところだった。
「確か、万魔殿の人たちがあそこを使いたいって言ったんでしたっけ~?」
「はい、マイハさん。ゲヘナ学園の生徒会である万魔殿、その羽沼マコト議長からの提案です」
「そうですか、ゲヘナも物好きですね。あそこは変な格好の幽霊が出るという噂で有名なのに」
変な格好の幽霊……いったい何者だろうね*2。まあそれは置いといて、ナギサは次の話に移った。
「……ご存じの通り、そのまま会議の場として使うには些か荒廃しすぎているので、シスターフッドが主体となって改修と美化を行っています。それに皆さんも協力してほしいというわけです。併せて調印式のリハーサルも行いますので参加をお願いしますね」
「ええ、分かりました。当日の動きはどういった感じですの?」
僕が聞くと、ナギサは一瞬思慮するように目蓋を閉じて、それから。
「まず、皆さんには私に随伴して会場までの護衛を務めていただきます。そこから先、会場内での護衛は既に到着している正義実現委員会が行います。皆さんは調印式が終了するまで、周辺で怪しい動きがないか警戒していてください。私が古聖堂から退場したら、後はトリニティの本校舎へ戻るまでの護衛をお願いしますね」
大まかな流れは以上です、詳しい日程はリハーサルのときに。とナギサは締めた。
「……」
しばしの沈黙。どうやらナギサが呼び出した用事はこれで終わりのようだけど、ここに来てから10分経ったか経ってないかぐらい。ぶっちゃけこれならメールで良くない?
他の士官候補生も似たようなことを思ったか、顔を見合わせて退室するかどうか迷っている。
「……な、何か話した方が良いですか?世間話とか……そうです、夏休みは何をして過ごしましたか?」
困り顔でナギサが言葉を絞り出した。まあ、せっかくだし……そのくらいの雑談には付き合おうかな。
「夏休みですの?久しぶりに実家に帰りましたわ。そこで農作業をひたすら手伝って……ああでも、マイハさんやマアサさんと海に遊びに行ったり、お二人がうちに泊まりに来たこともありましたわね」
僕がそうやって夏休みのことを振り返ると、二人も続ける。
「わたしは美味しいって評判のスイーツ店を巡ったり、太らないようにちょっと運動したり~そんな感じです~」
「次は私ですか?ええ、アイカやマイハと遊びに行った以外はあまり外に出ていませんね。家でひたすらゲームをしたり、本を読んだりです」
僕ら三人が答えて、次はナギサの番。彼女は憂いを帯びた表情でためらいがちに言う。
「私は……そうですね、ミカさんが起こした事件の後処理に追われて、それが終わっても、エデン条約の準備やミカさんの様子を見に行ったり……あまり休めていませんでしたね」
僕らは苦笑いしながら話を聞くしかなかった。こっちはもう普通に夏休み満喫してるの楽しそうに話しちゃったのに、これを聞かされたら何も言えんがな。
「ただセイアさんは変わらず寝たきりだそうで、ミカさんも牢に繋がれていますし……例え暇があったとしても、お茶会をする相手はいませんけれど……」
お労しいどころじゃないなこれ、大丈夫なんだろうか。そう思いながら、当たり障りのない返事を精一杯考える。
「い、色々大変な思いをなさっておりましたのね……」
「もし手伝えることがあったら、手伝いますよ~?」
「いえ……これは現在のティーパーティーホストである私の責務ですので、仕方がないことですよ」
そうして微妙な空気のまま、茶会は解散と相成った。
◇
先に退室して廊下を三人で歩く。エデン条約に向けて張り替えた新品のカーペットを、なるべく傷つけないよう少し力を抜いて。
「それにしても、エデン条約ですか」
「うん、確かマアサちゃんってあんまり賛成派じゃないんだっけ~」
割と主戦派だったり反ゲヘナの傾向が強いパテル派だけあって、あまり良く思っていないことは確かだろうけど。
「歩み寄ろうとしているところをわざわざ邪魔するつもりはありませんがね。ただ、この条約が何事もなく無事に終わるとは思えません」
「わたしも何か起きるって言うのは同意かな~。トリニティ内部だけ見ても、全然一丸って感じじゃないもんね。同じくらいの学園規模のゲヘナだって一枚岩じゃないだろうし、三大校の中で蚊帳の外にされたミレニアムがどう思うかも気になるよ」
トリニティ・ゲヘナといった当事者だけでなく……キヴォトス全体でもただで終わると思えない、という意見が大半だ。それほど両校の溝は深いものだということでもある。
「もちろん、仲良くできるならしたいし、成功してほしいとは思ってるんだけどね。アイカちゃんはどう?」
「あたくしも無事に条約が結ばれるのが一番だと思いますわ。上手く行かないだろうという意見にも残念ながら同意せざるを得ませんが……」
そうしてそれぞれのエデン条約の意見を交わして、それぞれの部屋へ向かうために別れた。