晄輪大祭、正式にはキヴォトス大運動会──それは、「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」という理念の元、運動を通じた生徒たちの成長を目的とした催し。
二年に一度開催されるこの行事は、キヴォトス各地に存在する学園同士の生徒が普段のしがらみを忘れて互いに切磋琢磨することでキヴォトスの安寧に少なからず貢献してきた。
ただ、今度の晄輪大祭は連邦生徒会長の失踪をはじめとして、多くの騒動*1が発生して開催事態も危ぶまれていたものの……シャーレの先生を中心に多くの協力を得て無事に開催できることとなった。
晄輪大祭の主催は各学園の持ち回りとなっており、上手くやれるかどうかはその学園の力量のアピールに繋がる。前世でいえば、オリンピックや万国博覧会と言った一大事業というわけだ。
今回は、ここ十数年で急速に成長し三大校の一角に登り詰めたミレニアムサイエンススクールでの開催。ミレニアムの特色である先端技術のアピールのためにここ数ヵ月色々準備していたようだけど……前日になって応援用ロボットが破損したり、スタジアムの備品が紛失したり施設が損傷していたりとトラブっていたらしい。
それでも先生の協力でなんとか解決して、無事予定どおりの開催に漕ぎ着けたんだとか。それでもって、その晄輪大祭……僕はというと。
「あ、ハナコ先輩だ~」
「どの派閥にも属さない、一般生徒代表として登用されたそうですね」
いつもの二人と一緒に、D.U.地区にあるメインスタジアムへと来ている。三人ともトリニティの出場者として選ばれて種目に出ることになっている。
「あの子って、この前エデン条約の時に駆けつけてくれた……?選手宣誓をやるってことは、すごい人なのかな~」
マイハはハナコの隣に立っている奥空アヤネを見てそう呟いた。というか、よく覚えてるな……。
そうしていよいよ選手宣誓というタイミングで、マイクの前に立ったハナコが一瞬悪い笑顔をしていたのが見えて、そして。
「「私たちは晄輪大祭に参加する者として」」
「正々堂々、スポーツの精神に則って」
「『ありのままの欲望』に誓って」
あれ、なんだか言葉選びがおかしいぞ?
「ひとつひとつの競技に全力で取り組むことを」
「『身体の対話』に取り組むことを」
そこまで言ったところでアヤネの方も異変を察したらしく宣誓を中断してハナコに何か小声で話しかけているが、ハナコはマイクが入ったままでそれに答える。
「……晄輪大祭は、様々な学園の生徒が武器を置き、お互いの素肌をぶつけ合って親交を深める友愛の場。それはつまり──██と同じでしょう?」
そうして彼女はイイ笑顔で放送コードに余裕で引っ掛かるワードをぶっ込み、それを皮切りにヤりたい放題に言い始める。とてもお聞かせできる内容じゃないので、実際に彼女が何と言ったかは一部伏せさせていただく。
「前々から思っていたのです、晄輪大祭はなんと淫らなお祭りなのだろうと──」
ふと隣を見ると、マイハが手でマアサの両耳を塞いで教育に悪い言葉を彼女に聞かせまいとしていた。そのマアサはというと、ハナコの言っている言葉の意味はあまり分かっていない様子で。
「キヴォトスの全生徒が集まって仲良く████する姿は、まさに泰平なるキヴォトスを目指していく様であり──」
マイクには「あいつを壇上から下ろせ!!とか「トリニティは正気か!?」などとスタッフの声が拾われており、現場の混乱具合が察せられる。
「うふふっ、██、██です!みんなで██いたしましょう!!激しく、もっとお互いを求めて!██を!██を!██を──」
そう高らかにハナコが宣誓すると、僕らの席の周囲も本格的にざわめき出し、いよいよスタジアム中が混迷を極めるが、その原因はというとしびれを切らしたスタッフによって朝礼台から引きずり下ろされ、その声は遠ざかっていった。
「………アイカちゃん。ちょっとマアサちゃんと待っててくれる?」
「は、はい……」
マイハは一見にこやかな表情だけど目が笑っていなくて、はい以外に何も答えることはできないまま見送った。そして30分くらいして戻ってきた彼女は、何故かティーパーティーで使っている高級茶葉を持っていた。
いや、マジで何があったんだ……?
◇
さて、晄輪大祭が始まって1種目が終わったところ、早速僕の参加する種目に向けて競技場所へ行く。
「槍投げは……ここですわね」
投擲。オリンピックの起源である古代ギリシアのオリュンピア大祭でも存在が確認されている由緒ある競技。その中でも槍投げは円盤投げと共に古代ギリシアの時代からある種目……なのだが。
「なんだか選手が隣の砲丸投げと比べると少ないような……」
銃や火砲が日常的に使われるキヴォトスでは槍という武器自体にあまり馴染みがなく、あまり参加希望者がいないらしい。トリニティでも出ようとしたのは僕くらいで……。
「まあ、どんな背景があろうと一勝は一勝です。全力を投球しなければ」
投げるのは球じゃなくて槍だけど。ちなみに同時に行われていた砲丸投げではミレニアムの白石ウタハが優勝したらしい。他の参加者が観客席まで飛ばす中、ロボ*2でスタジアム外まで飛ばしたという。えっ、飛ばすの本人じゃなくてもOKなんだ……。
さて、他の選手が投げ終わり満を持して僕の番。砲丸投げではスタンドに命中しても特にお咎めはないけど、槍は先端が尖っていて普通に危ないので観客席への命中は失格になる。つまりフィールド内に留めるか……もしくは、スタジアム外まで飛ばすしかない。
(ここでスタジアム外まで飛ばせれば、1位は確定……)
ここまででゲヘナの生徒一人がスタジアム外を狙って飛ばしたけど、飛距離が足らず観客席に突き刺さり幸い被害者は出なかったけど失格、それ以外は全員フィールド内。スタジアム外に届けば僕の勝ちだ。
(大丈夫、200m時点で50mの高さがあればスタンドを飛び越えられる)
練習で何度もやって、勝手は掴めている。
──行こう。
「すぅーー………とりゃあああああああぁぁぁぁ!!!」
「あの軌道は……スタジアム外を狙う気か!?」
助走を付けて、全力の全力で振り投げる。その軌道は、完全に計算した通り。僕の狙いを理解した周囲の選手や観客はどよめき出す。
「無茶だ、さっき失敗した選手みたいになるぞ」
「いや待て、あれは……超えたァ!?」
スタンドの10mほど上を通過し、槍は壁の外へと吸い込まれる。計画通り……僕の勝ちだ!!
〈観客席へ落ちていないので失格ではありませんが、場外に出たために計測に時間がかかっております。〉
そして数分後、結果が発表され……僕は496.5mで2位の209.9mにダブルスコアを付けての優勝と相成った。不人気競技とはいえ、勝利に違いないわけで。
二人が待つ観客席に戻ると、マアサはマラソンの準備に行ったらしく、残っていたマイハからハグをされる。
「アイカちゃん、すごいよ~!一年生なのに勝っちゃうなんて~!」
「そんな……あまりその、人気がない競技だったようですから」
「それでも、だよ~!」
というか、抱き締められてるせいで体操服越しに色々当たってる。なんとかマイハを引き剥がして、マアサのマラソン*3の観戦準備に入る。
◇
途中で一之瀬アスナが行方不明になり棄権判定になるなどのアクシデントがあったが、ハーフマラソンの結果は1位で乙花スミレが入線、マアサは2位だった。大食い大会の準備のために会場へ行ったマイハと入れ替わりでマアサが戻ってくる。
「マアサさん、お疲れさまですわ」
「ええ、ハーフとは言えマラソン、中々疲れますね……午後の距離走までに疲労が取れるといいのですが」
そう言うマアサに、近くの自販機で買ったスポーツドリンクを手渡す。
「……ありがとうございます。言いそびれましたが、槍投げは見事でしたよ」
「ええ、今のところトリニティが優勢だとのことで……微力ながら貢献できたようで嬉しい限りですわ」
そうして、もうすぐ始まる大食い大会の観戦に移り、マイハがわんこそばのところで鰐渕アカリと並んで座っているのが見える。
「マイハには是非とも頑張ってほしいところですが……」
「ええ、勝つのは厳しいですわね……」
美食研究会の暴食担当、底無しの胃袋を持つと言われているアカリが相手では無理だろう。一応マイハも結構食べる方ではあるのだが、あくまでそれは常識的な範囲に過ぎない上に彼女の好物はスイーツなどの甘いもの。どれだけ差を縮められるかになりそうだが、結果は……。
「……2位、ですね」
1位は言うまでもないだろう。マイハも頑張ったけど、あまりの食べるペースの早さに自動わんこそば製造機が追い付かず故障するという規格外の相手に勝てるわけもなく……。
「あれを見ていたらお腹が空いてきましたわね、少し早いですがマイハさんを迎えに行って昼食にしましょうか」
「そうですね、行きましょう」
そうして僕たちは、わんこそばを食べすぎて顔が青くなっているマイハを回収して一旦スタジアム外へ出た。
そのタイミングがかなり奇跡的だったみたいで、僕らはそのすぐ後に起きたなまこソーダ飲み競争の惨劇を目撃せずに済んだらしい。近くの生徒の話を聞くだけでも相当アレだったので、直接見た日にはしばらく食事が喉を通らなかっただろうね。
マイハが途中で離席した時何をしていたかと言うと、ハナコにお灸を据えに行っていました。開会式でやらかしたことが原因で実行委員会に連行されていたので、ついでにハスミ達にお詫びを兼ねて茶葉を貰ったというわけです。