トリニティ連合部隊がミカ救援のついでにアリウス自治区を制圧してからしばらくが経って、ようやくあることのための準備が整った。
「ごきげんよう、アリウスの皆さま」
「げっ、ポンポン砲の……」
「何を企んでいる、機関砲女……!」
今は使われていない古い校舎*1を急ピッチで修繕し、昨日作業が終わったばかりの教室で、椅子に座らされたアリウス生たち。教壇に立って挨拶したが、中々歓迎されていない様子である。
「ええと……アリウスの状況は聞き及んでおります。かなり酷い状態であった様子で……皆さまは生徒であるのに、ろくな教育を受けられなかったと」
「それもこれも全部トリニティが数百年前、アリウスを追放したからだ!」
「Vanitas vanitatum, et omnia vanitas…」
アリウス自治区に進入した時、アリウススクワッドをはじめとした一部の生徒は逃がしてしまったものの、ほとんどの生徒と訓練などを担当していたらしい大人の身柄を拘束。
そしてアリウス生をトリニティで保護して事情聴取と同時に、彼女たちが勉強する校舎と居住する寮の整備を進行していた。
「ええ、それはトリニティの責任ですわ。だからこそ今、アリウスの皆さまを今一度トリニティの仲間として受け入れ、必要な教育を施すことが決定されました」
先日行われた会合で、トリニティ上層部と先生が一堂に会しての決定だった。
まずティーパーティーとシスターフッドからは、比較的穏健な生徒をアリウスに勉強を教える教師として派遣。なお、生徒を教師役としたのは『大人』に虐げられてきたアリウスの生徒への配慮だ。
そして正義実現委員会からは元アリウス生と他のトリニティ生の間で揉め事が起きないように監視。アリウス生側はこれまでずっとトリニティへの恨みを植え付けられてきたわけで、当然問題を起こさないとは限らないのだ。それに……トリニティの中には元アリウス生に対してミカが受けたような嫌がらせをする者もいるかもしれない。それを防ぐためでもある。
救護騎士団は栄養失調や怪我で酷い状態の彼女らを救護*2し、図書委員会からは教材の提供。
……このプロジェクトは、まさにトリニティが一丸となって取り組んでいる。数世紀に渡る確執に終止符を打つため、そして贖罪のために。
「そんなことを言っても、私たちは全てを信じはしないからな」
「全ては空しいんだ……」
まあすぐに解決するわけもなく、アリウスの生徒が僕に向ける視線はいかにも怪訝そうな様子だけど。どれだけの時間を掛けてでも、少しずつ解きほぐしていかないといけないだろう。
「さて、まずは皆さまにテストをお配りしますわ。こちらを解いていただいて、現時点でどれだけの学力があるかを知りたいのです」
「そんなことをして私に何の得がある?」
「ばにたす」
うん、まあそうだろうなと思ってはいた。そういうわけで用意しておいた手段はというと。
「成績が……そうですわね、とりあえず半分の50点を上回った方にはこちらのお菓子を差し上げますわ」
ティーパーティーでも度々使われている、高級ブランドの茶菓子だ。とある事情で貯金している最中だけど、自腹を切って買ってきた。
「箱からしてめちゃくちゃ高そう……」
「そ、そんなものを差し出されても屈しないぞ!」
いや、あくまでいい点数取れたらの話なんだけど……ちなみにこのテスト、難易度は補習授業部が最初に受けた模試とほぼ同じ。
アリウスの中でも特に外に馴染みやすかったアズサですら、1週間勉強して30点台だった。現時点の彼女たちから50点以上を取れる生徒が現れるかというと……うん。
◇
そうして模試を行い、試験時間の終了後。回収して答案を読み取り機械に通す。普通のテストなら教員が一枚一枚採点するんだけど、今回はそんな時間はないのでAIによる採点だ。
主にミレニアムのお陰でこういったAIの進歩はすさまじく、記述式のテストも人の手でチェックするのとほぼ変わらない精度での採点が可能になっている。まあ、伝統を重んじるトリニティではあまり使われてないんだけども。
さて、それでこのクラスの採点結果は……。
「えーと……最高点は22点ですわね……」
「クソッ、会心の出来だったのに……」
「お菓子……ばにたすばにたーたむ……」
露骨に落ち込む生徒たち。ほぼ合格は無理だろうって思っていたのに、ご褒美をぶら下げて受けさせたのにはさすがに罪悪感を抱く。
「……そう、ですわね。皆さまは大人しく、真面目にテストを受けてくださったので……今回は特別です、全員に差し上げますわ」
そういって箱を開けて中身のクッキーを人数分配り、余りは監視に就いている正実部員に分けた。
「お仕事、お疲れ様ですわ」
「あ、ありがとうございます……!」
アリウス生の方を見ると、包装を開けて美味しそうに頬張っている様子が。
「全ては虚しいけど、美味しい食べ物だけは虚しくない……!」
「意外と良い奴なのかも……?いや、騙されないぞ!」
そうして、何とか元アリウスたちの補習授業はスタートした。
◇
翌日、アリウスの生徒たちがいる教室へマアサと一緒に向かった。昨日はテストを受けさせるだけだったから一教室に一人だけだったけど、今日からは本格的に勉強を教えるので効率を良くするために二人の配置だ。そして授業の内容は教える生徒に一任されている。
ちなみにマイハはコハルと一緒だという。なぜか正実としてではなく補習授業部の活動の一環としての参加だったことに若干不満だった様子らしいけど、まあマイハがなんとかしてくれるだろう。
「まず昨日のテストの結果から、皆さまが重点的に勉強する内容についてですが……」
傾向として、数学と理化学については他の科目より出来ている子が多かった。これは恐らく、戦闘において重要な知識だからだろう。数学は弾道計算に関わってくるし、爆発物やトラップなどの作成に化学と物理学は欠かせない。それでもまあ、基礎的な内容を問うてるのにいきなり応用問題だけ教えられた状態なので余り良い状況ではないんだけど……。
(ベアトリーチェめ……)
今頃、色彩をキヴォトスに呼び込んだことでゲマトリア内で処分されているのだろうか。確認する術はないけど、これ以上アリウスの生徒から何かを奪わないのなら何だっていいか。
「理系科目は一応できてはいるので、まずは文系の……取り分け、国語からですわね」
テストでは実に半数近くの生徒が中学校段階でならう漢字を書けていない。読解問題は選択式にも関わらず壊滅。古典文学はほぼ全員が答える気すらない空白。
惨状という他ないが、悲しいかな……読み書きというのは使い捨ての駒には必要がないスキルだから、疎かにされていたことにも納得する他なかった。
「まずは漢字から。置かれていた状況が状況だけに仕方ありませんが、高校生として生活するにはあまりにも……」
「私も見ましたが、中々に酷いですね。アリウスのトップとやらは絶対に許せません」
マアサは忌々しげに吐き捨てた。彼女の判断基準的には、偏向に満ちた教育を受けさせ、生徒ではなく兵士として捨て駒として扱い、子供たちを搾取してきた存在なんて……悪以外の何者でもないだろうからね。
「……まあ、とにかく。勉強を始めましょうか」
ただ、漢字の学習は中学生向けの漢字ドリルをやってもらうだけであまり教えられることなどはないのだけど……。
◇
しばらくドリルをやってるところを見ていて、ずっと気になっていたことを聞く。
「皆さま、ガスマスクは取りませんの?」
そう、彼女たちはずっとなぜかガスマスクを着けたままでテストや勉強をしていたのだ。それについて聞くと、多数が顔を上げて僕の方を見る。表情は見えないけどなんとなく困惑、不安を抱いている感じで、
「取った方がいいの……?」
「いえ、息苦しくないのかと思いまして……着けたままの方がいいのであれば、強制はしませんが」
「ううん……でも……」
そうして皆は悩んだ末に、一人が外し始めると全員がマスクを取った。ゲームでは基本見ることのなかった素顔だ。
「ああ、えっと、装着している方が落ち着くのであれば自由にしていただいて構いませんからね」
そう言ったけど、結局着け直す生徒はいなかった。やっぱり着けたままだと邪魔だったんだろうか。
◇
そうして少しずつ勉強して、アリウスの生徒の閉ざした心を解していって。
「アイカ先生、この問題は?」
「これは……こう、この公式を使って……」
「なるほど、そういうことか」
しばらくしたら模試で50点以上を取る生徒もちらほら出てきた。他のクラスも同じような感じで、このプロジェクトは一定の成果を挙げたわけだ。
もちろんアリウスとの確執が完全に消えたわけではないけど、その解決のための一歩を確かに踏み出せたはず。
「お腹空いた……おやつ頂戴、マイハ先生」
「ダメだよ~?さっきも一個食べたのに、また食べたら晩御飯入らなくなっちゃうし」
「……Vanitas vanitatum, et omnia vanitas.」
……踏み出せたと思う、うん。