元アリウス生への授業が始まってから数日後の休日、ちょっと遠出する用のバッグにタブレットや充電器、財布に紅茶などを入れて特急電車で向かった先はというと。
「夏休み以来ですわね……」
ミレニアム郊外の沿岸地域で威容を誇る、赤レンガの造船所。造船工学部の本拠地であるここにいったい何の用があるのか。
「おー、来た来た!アイカちゃん、よろしくよ!」
出迎えたのは、造船工学部の部長であるセイラ。もうとうに残暑は過ぎ去り秋も半分を越した頃なのに、格好は夏に会った時と変わらずヘソ出しルックだった。寒くないのかな。
「はい、お願い致しますわね。それで本日の件ですが……」
「うんうん、分かってるさ!新しいフネが欲しいんだろ?」
そう、前々から考えていた造船工学部への大型発注である。本人たちの知らないところでスケープゴートにしまくっていたので、さすがに申し訳なくて実際にやることにした。
「今回はかなり大規模な依頼になりますわ。巡洋艦クラス2隻と戦艦1隻を、前回と同じく古くなった船舶から改造して造っていただきたいと思いまして」
「ふむふむ……」
そう説明しながら、自分でまとめた資料を見せる。
リマーカブルと同じく、父の知り合いが老朽化したため処分しようとしていた90ft*1漁船。
マイハの家で古くなってきたため処分しようと思っていたけど、リマーカブルのことを思い出して譲ってくれた90ftメガヨット。
そして中古市場にてかなり経年劣化しているため破格の値段で投げ売られていた105ft*2メガヨット。
これらをそれぞれ軽巡洋艦、重巡洋艦、戦艦に改装してもらうつもりだ。
「もちろん艦名も決めてありますわ。軽巡洋艦はノリッジ*3、重巡洋艦はウィルトシャー*4、そして戦艦はプリンセス・ロイヤル*5とするつもりですの」
「へえ、良い名前だねぇ!」
それから僕たちは、詳しい改造内容について詰めることにした。
「ノリッジの外観はこのような感じで、主砲は15.2cmの7分の1で……22mmになりますかしら?」
「そうだねぇ……リマーカブルちゃんは空母でメインが航空機だからまだしも、砲戦が主体になる艦であんまり専用弾は採用したくないんだ。ちょっと小さめに20×102mm弾使用にするかね、ミレニアムの防衛システムでよく使われてるし」
◇
「ウィルトシャーちゃんの主砲は20.3cmから縮尺に合わせて……うーん、28mm砲弾*6がいいかな」
「なるほど……」
「それで高角砲は……10.2cmだけど、12.7mm弾仕様にするか」
◇
「プリンセス・ロイヤルの主砲には、この計画案の通り是非とも四連装砲を採用したいと思っておりまして」
「ふうん……ただ四連装はかなり構造が複雑になるから厳しくなりそうだな。でも折角依頼してもらったわけだし、頑張らないと。砲弾は6ポンド対戦車砲弾使おうか」
そうして1時間くらい図面とパソコンとにらめっこしながら、改造案を吟味する。大体良い感じにまとまったところで、セイラが軽く手を叩いて言う。
「さてさて、大まかな形は出来てきたね。残りは造船工学部の方で完成させるよ」
ちなみにノリッジはエディンバラ級軽巡洋艦*7、ウィルトシャーはノーフォーク級重巡洋艦*8、プリンセス・ロイヤルはキング・ジョージ5世級戦艦*9をモデルにしていたりする。
「はい、承知しましたわ。それと……」
「ん?」
そう言って、僕は小切手を渡す。本当は現金で持ってこようと思っていたけど、さすがに嵩張るので代わりにというわけだ。
「え、すごい大金じゃんか!?どういうことさ」
「本日の依頼料ですわ、これだけの大事業となると色々と必要になるでしょうし……」
親からの仕送りで生活費を除いた分をひたすら貯めて、そうして今まで貯金してきた額の実に8割をこの依頼料として拠出している。
「そんなの気にしなくていい……って言おうと思ったけど、うーん……受け取っておこうかねぇ。次のミレニアムプライスに向けて準備してたら、部の財務がカツカツになっちゃってさ」
「ミレニアムプライス……確かミレニアムの各部活動がその成果物を披露して競い合うコンテストでしたかしら」
成果を出せなければ廃部、という条件を突きつけられてミレニアムプライスで結果を出そうと奮闘することから原作のパヴァーヌ編が始まったんだよね。多分この世界でも大枠は変わっていないはず。
「そうそう、アタシらは7分の1スケールのミサイル巡洋艦を出すんだけど……統合戦闘システムの開発とミサイル全般で手間取っちゃってコストも増大しちゃったわけ」
「ミサイル巡洋艦……」
「見てみるかい?」
「ええ、是非」
そうして建造中のミサイル巡洋艦を見学したり、部長や他の部員と雑談したりして時間を過ごして、空も少しずつ紅くなり始めた頃。
「それではあたくしは、この辺りでお暇致しますわね」
「おうよ、また近いうちに進捗見に来てくれ!……あ、それと」
そう呼び止められて振り向くと、セイラはやや真剣な面持ちだった。
「ミレニアムの中心部は今はあんまり近づかない方がいいよ、騒動があったらしくてさ。なんかヴェリタスの部室が爆破されたとかなんとか……」
物騒でやだねぇ、と溜め息を吐く彼女の言葉に一つ思い当たることがあった。
ヴェリタスの部室が破壊された、というとパヴァーヌ編2章のアリスの暴走だろうか?なるほど、こっちではそんなことが起きていたのか。となると、最終編まであんまり時間がないってことになるのかな。
「ん、どうかした?アイカちゃん」
しばし黙って考え込んでいた僕に、不安に思ったのか声をかけるセイラ。ここで即座に思考に移ったのは良くなかったなと思いながら返事をする。
「ああいえ、教えていただきありがとうございます。そう言うことでしたら、すぐに帰りますわね」
「おう、気を付けてな」
エデン条約の件が片付いて以降、あまり考えなかった原作でのこと……色々と整理しないといけないな。
◇
列車を乗り継いで戻ってきたトリニティの寮、部屋着に着替えたらベッドの上に寝転んで、それから天井を見ながら考え事をする。
(パヴァーヌ編2章が終わったら最終編が来て、それから後は……)
もう、カルバノグ編2章と百花繚乱編しか残っていない。トリニティと隣接するD.U.地区での出来事がゆえに、まだ干渉のしようはあるカルバノグ編はまだしも……百花繚乱編は百鬼夜行での事件だからただのトリニティ生である僕にはどうしようもない──つまり。
(僕の前世の知識が有効な時期は、もう少しで終わってしまう)
これまでずっと、原作の展開を知っているからこそキヴォトスの崩壊に繋がらないように、大きく展開に変化が起きないように動いてきたけど……その行動のための指針が失われる時期が近づいてきている。
(僕は元々、この世界に存在するはずのない存在……)
その存在が、本来あるべき展開を壊してしまうかもしれない。これまではそうならないように気を付けていたけど、知識が役に立たなくなったらそれを続けられる保証はどこにもない。
(……やめよう。後の事は、これから来る最終編が終わった後に考えよう)
まずは、キヴォトスが崩壊に至る最大の危機を乗り越えてからでないと。あれこれ考えるのはその後でいい。
僕はそう問題を後回しにして、眠りに就くことにした。
3隻が完成したらリマーカブルと合わせて立派な空母艦隊の誕生ですね。まあ最低でも竣工に半年はかかるので本編中で披露することはないでしょうが。