「アイカちゃん、マアサちゃん~!」
午後の授業が終わってすぐ、マイハが目を輝かせながらやって来た。
「どうされましたの?そんなに興奮なさって……」
「見てよ、これ~!」
そうして彼女が見せてきたスマホの画面には、販売トラックの広告のようなサイトが映っていて。
「ええと……アイスクリーム、ですか?」
「うんうん、今日はトリニティで幻のアイスの販売車が来るんだよ~!」
幻のアイス……真夏だったら飛びついただろうけど今はもう冬も近いし、最近若干寒くなってきたし……。
「アイスの季節はもう過ぎてますよ」
思ったことを言おうか迷っていたらマアサがぶっちゃけた。やっぱり遠慮がないな……。
「でも、先着100名限定なんだよ?今を逃したら何ヵ月も食べられないかもしれないんだよ~!?」
しかしマイハはそれにもめげずに引き下がり、まるでトルコアイス*1のように粘る。
「……そこまで言うのだったら、しょうがないですね」
「あたくしもまあ、少し付き合うくらいなら構いませんわ」
マイハは僕らの返事を聞いて途端にやったー、と笑顔になる。かなわないなぁ、彼女には。
◇
販売場所であるトリニティの第5裏門までは距離があるので、この後のアリウス生への授業に遅れないようロイアルティー号を出して向かった。
「……相変わらず騒がしいですね、あのバカな人たちは」
そう心底つまらなそうにマアサが言った視線の先には、未だにミカの断罪デモをしている集団。
「聴聞会の判決を撤回し、退学処分を下せ!」
「魔女に情けなど必要ない!!」
聴聞会で正式に決まった以上、覆るはずもないのに健気なことだ。虚しくないのかな。
「……ところで、アイスクリームの販売車は?」
「見当たりませんわね……ここが販売場所のはずですけれど……」
いるのはデモをしている暇そうな人*2とそれを抑えようとしている正実ぐらいでそれらしきものは見当たらない。そこでマイハが車から降りて、デモ隊の方へ向かっていった。
「マイハさん……!?」
苦情でも言いに行くのかと思ったら、にこやかな表情で話しかける。何かあったときのために、ウェブリー・リボルバーをいつでも取り出せるよう手を添える。
「こんにちは~、ひとつ聞きたいことがあるんですけどいいですか~?」
「なによ、あたしらの邪魔しに来たの?」
あくまで穏やかに接するマイハに対して敵意むき出しでつっけんどんな返事のデモ隊。マアサと顔を見合わせて、小さく溜め息。駄目だこの人たち……。
「違いますよ~?わたしはここでアイスクリームの販売をするって聞いたから来ただけ~」
「アイスクリームぅ?ああ、邪魔だから追い払ったよ」
「邪魔……どこへ行ったのかはわかりますか?」
邪魔なのはどう考えてもあなた方ですよね。そう言いたい気持ちをグッと抑えて、様子を見守る。
「知らないわよ、そんなの。用は済んだ?デモに参加しないなら出てって!」
そう吐き捨てられて、マイハはがっくりうな垂れてこちらへ戻ってくる。どうやって彼女を慰めようかと思っていた、その時。
「んん……?一体これは何事?」
「何よこの集団、アイス待ち?列も作らずに変な看板持って待つなんてマナーがなってないわね」
「あれ……?場所はここで合ってる、よね?……うん、午後3時にトリニティ第5裏門前、限定ショコラアイスクリーム、先着100名……うん、合ってるはず……」
「トラックが見当たらないんだけど」
……放課後スイーツ部。どうやら僕らと同じく限定アイスを食べに来たらしいけど……彼女達は異様な雰囲気に戸惑い、辺りをキョロキョロ見回して、そしてアイリと目が合った。
「あ、アイカさん……!ティーパーティーの制服……あの時言ってたことは本当だったんですね……じゃなくて、これは一体……?」
「えっと……」
どう言ったらいいかと迷っていると、マイハが代わりに説明を始めた。
「ごめんね、わたしもアイスクリーム買いに来たんだけど、この人たちがトラックを追い出しちゃったんだって……」
「追い出した……!?」
信じられない、とヨシミが叫ぶとデモ隊がスイーツ部とマイハに歩み寄る。
「だってデモの邪魔だし。アイスなんかよりも私達には聖園ミカを引きずり下ろすことの方が大事なの」
「ミカの支持者じゃないの?じゃああんたらもミカのデモすればいいじゃん、あのムカつく女が退学になったらスカッとするよ!」
しかしその言葉を聞いたスイーツ部の面々は、何を言っているのかよくわからないと言った様子で。
「ミカ?」
「誰それ?」
「というか、アイスなんかよりってどういうこと!?」
「えっと、ティーパーティーの聖園ミカ様のことじゃないかな?」
そうアイリが言っても、他の三人はピンと来てない感じで首を傾げる。一般の生徒からだとやっぱりあんまり興味ないのかな。
「ティーパーティー?今日はお茶会じゃなくてアイスクリーム食べに来たんでしょ?」
「ティーパーティーはトリニティの生徒会のことじゃない?」
ナツのその発言にカズサとヨシミは互いに視線を合わせて「知らん、何それ?」と言わんばかりの表情を見せる。一応僕もティーパーティーなんだけどな……。
「やれやれ……学園のパンフレットに書いてあったじゃないか、読んでないのかね?」
「うるさいわね、どうせあんたもお茶会のことだと思ってたんでしょ!?」
ナツは目をそらして口笛を吹こうとして……失敗した。どうやら図星らしい。
「とにかく、ティーパーティーにはミカ様って綺麗な人がいるんだけど、なんだか事件に巻き込まれたみたいで……このデモ?もそれが関係してるのかな」
「そうなの?」
「まぁあんまり興味ないんじゃない、生徒会のことなんて」
「わたし達、一応そのティーパーティーなんだけどね……」
アイリ以外の3人はそう言ったマイハを驚いた様子で見る。制服見ても気付かなかったのか……一般の生徒は全員こんな感じなのか、それとも彼女達が特別疎いだけなのか。そんな風に考えていると、アイリがデモ隊の方に向き直って。
「えっと、結局アイスクリームのトラックはどこに……」
「それはね……」
アイリの質問にマイハが代わりに答えようとしたところで、反ミカの生徒が。
「いい加減ウザったいなぁ、邪魔だからあっちにでも行ってなさいよ!」
──アイリとマイハを突き飛ばした。
「……」
突然、パァンと拳銃の銃声が響く。目を開くと、僕の右手には銃口から煙の出ているリボルバーが握られていて、その先にはマイハに手を出した生徒がふらついて倒れるのが見えた。
「あたしの友達に、なんばしようと?」
「ひっ……」
「しょ、正体を現したわね!ミカ派め!!」
やってしまった、という気持ちとやってやったという気持ちが同居していて、どうしようもないはずなのに体と口は勝手に動く。
「しゃあしいって言いようやろ」
銃を取り出そうとしている……していたのが1…2…3…4…5人。全員戦闘不能。
装填する時間も惜しい、荷台の隅に拳銃を放ってポンポン砲のクランクを回す。
「わー、ここで銃撃戦始めちゃ駄目っすよ!」
「い、イチカ先輩……撤退した方がいいです、巻き込まれます……!」
「そっすね……あの娘、同じタイプだったかぁ」
撃つ。クランクを回し続ける。1発、2発、3発……14発。
もう一度掃射しようと弾薬を装填──。
「…イ…、アイカ!」
そこで聞き覚えのある声、これは、マアサ……?
「マアサさん……?」
「アイカ、やりすぎですよ」
「えっ……」
冷静になって前を見ると、死屍累々と言った状態のデモ隊と、避難して遠巻きにこちらを見るマイハ、放課後スイーツ部、それに正義実現委員会。
「アイカちゃん、どうしたの!?」
「マイハさん……えっと……」
ついカッとなった、としか言いようがないよねぇ。
「えっと、助けてくれてありがとう……?」
もう大丈夫だと判断したのか、こちらへ来る放課後スイーツ部。
「ちょっとムカついてたからアイカのお陰でせいせいしたわ、ありがと」
「あいつら、うちのアイリも突き飛ばしやがったし」
「いえ、その……マイハさんに手を出されて、我慢の限界を迎えてついやってしまっただけで……感謝されるようなことではありませんわ……」
そう落ち込んでいると、イチカもトラックの側に来て。
「えっと、すいません。一応校内でトラブルを起こしたってことになるので……事情聴取に来てもらっていいすか?」
「はい……ですわよね……」
「……イチカ先輩」
マアサが何か言いたいことがある様子で呼び掛けると、彼女はそれに答えて。
「分かってます、今のはデモしてた人たちが悪いんで重い処分にはならないっすよ」
「……はい、お願いします」
そうしてイチカに付いて正実の部室へと向かい、事情聴取を受けて釈放された。結果、校門付近を破壊したことについては弁償することになったものの……デモ隊にかなり非があることと僕が反省しており、普段の素行にも問題はなかったということで処分は口頭注意だけとなった。
そして路面と門の構造物、それに植栽の修繕費についても……。
「私が支払っておきました」
「な、ナギサ様……!?」
執務室に呼び出されて、お説教でもされるのかと思って向かうと……まさかのナギサが肩代わりしたという。つまり、実質的にお咎めは無しということだ。
「なぜ、でしょうか……?」
「アイカさん、あなたはフィリウス派の所属でしょう?それならばフィリウスのトップである私が責任を取るのが自然です」
それはまあ、確かにそうだ。でも、造船工学部への発注でだいぶ貯金が減ったとは言え、弁償費を払えないほど困窮してるわけではないし……別に僕は普通に払っても良かったのだけど。
「それに」
「……?」
「ああいった方々は、一度痛い目を見なければ理解なさらないでしょうから」
そう言ってイイ笑顔をするナギサ。なるほど、幼馴染で親友のミカに対する不当なデモを続ける集団。それを代わりにボコってくれてスッキリしたからそのお礼、ってところかな?
「……今のは内緒にしてくださいね?」
「……ええ、もちろんですわ」
今回は何事もなく済んだけど、次からもっと落ち着いて行動しないとな……と思いつつ、ナギサの執務室を出た。
以前アイカが方言で話すのは実家にいるときくらいだと言いましたが、お嬢様言葉で取り繕えないくらい本当に本気で怒っている時も方言が出ます。なので、実は言うとエデン条約の前のナギサに対して補習授業部の待遇について怒っている時もガチギレってほどではなかったわけですね。ナギサが精神的にかなり追い詰められてることは知っていましたし。
さて、4章はここまでです。また数日ほど次まで開きますのでご了承下さいませ。