僕らは虚妄のサンクトゥムの攻略が完了するまで、ずっと戦い続けていた。何日、何時間経ったのかは分からない。時計を見る暇すらなく、自治区の中をずっと駆け回っていたから。
そうして顔色に疲れを隠せなくなってきた頃、ようやく空は元の青色を取り戻した。
「終わったのですね……」
──いや、まだ終わってはいない。前世の知識ならばこの後もまた高濃度エネルギー反応が顕れ、虚妄のサンクトゥムが再度出現しようとする。それを阻止するためには、遥か上空にあるアトラ・ハシースの箱舟を破壊しなければならない。
「……あら?ナギサ様から?」
しばらく前世のことを思い返していると、ナギサから学内メールで呼び出された。トラックに乗っている他の二人と一緒にティーパーティーの建物に急ぎ、いつもの場所にて。
「……シャーレの先生から、トリニティに送られてきた情報があります。今回の自治区防衛で大きな役割を果たした皆さんには聞く権利があると思い、お呼びしました」
それからナギサは、先生から伝え聞いた情報を説明していった。
まず虚妄のサンクトゥムの攻略は完了し、空の色が元に戻ったのはそのお陰であること。
しかし、再び虚妄のサンクトゥムの前兆が現れたため、このままでは破壊と再生のいたちごっこになってしまうということ。
キヴォトス上空にあるエネルギーの発信源を破壊し虚妄のサンクトゥムの再出現を防がなければならず、発信源へ突入するための空中戦艦を無事アビドスで確保できたので、今から8時間後に向かうということ。戦闘やオペレートに人員が必要であるということも。
「それでは、あたくしたちが……」
「いえ、それは必要ありません」
それを聞いてアビドスに向かおうとしたら、ナギサに止められた。
「あちらにはハナコさんがいますし、他の自治区からも必要な人員は確保できたそうです。これ以上トリニティから送る必要はないでしょう」
是非とも、先生の助けがしたいと思ったけど……どうしようかな、勝手に行ってしまおうか?そう考えているとナギサが続けて言う。
「先生は宇宙まで行くと仰っていましたし、かなり危険が伴うはずです。私たちが卒業した後のトリニティを担うであろう士官候補生の皆さんを、そのような危殆に晒すのは……万が一のことを考えると、どうしても気が進みません」
そしてナギサは「もちろんハナコさんだから良いと言うわけでもないのですが」と締めた。
……僕たちがトリニティを担う人材、か。
「うーん、ナギサ様がそこまで仰るのならしょうがないですね~」
「そうですね、先生たちなら私たちがいなくとも何とでもできるでしょう」
二人の言葉を聞いて、僕もまた今回は大人しくしていることにしようと決める。
「そう、ですわね……はい、分かりました」
ナギサのティーパーティーホストとしての言葉に三人で頷くと、ナギサはいくらか穏やかな表情で言う。
「皆さんもずっとトリニティ防衛のために戦い続けて、疲れていらっしゃることでしょう。一旦お休みになられては」
「……ええ、お言葉に甘えさせていただきますわね」
そういうわけで僕らは一回解散して、それぞれの寮の自室へと戻っていった。
◇
部屋に戻ったらシャワーを浴びて、寝巻きに着替えて、髪を乾かす。
「ふあぁ……今になって、疲れと眠気がどっと……」
戦闘の最中はそんなこと気にもならなかった……いや、気にする余裕もなかったんだろうけど、僕はもうこの数日ずっと寝ずに戦っていた。非常対策委員会の会議に同行して、その帰り道で先生を助けるためにカイザーと戦って。一旦トリニティに戻ったら間髪入れずにまたD.U.地区に行ってシャーレを取り戻すためにカイザーを殲滅しに行き、それが終わったらまたトリニティに戻って色彩の軍勢から自治区を守って。そして今、ようやく一息つける。
「うぅん……おやすみ、なさい……」
目蓋を閉じて、ゆっくり意識を手放した。
気がついて目を開ける。辺りを見回すと、自分のいる場所は寮の自室ではなく、ただ真っ暗などこまで広がっているのか分からない空間で、自分の周りだけがスポットライトに照らされたように明るくなっており、床は完全な白色だった。
「ここは一体……夢、でしょうか?」
なんとなく、そう思った。いわゆる明晰夢というやつだろうか。そうしてしばらく立っていると、目の前から足音がしてくる。
何が出てくるのかと身構えていると、暗闇から現れたのは……。
「あら?小さい頃の、あたくし……?」
橙色に近い赤毛のショートボブで、鼻の上に少しそばかすがあり、青色のワンピースを着た少女……いや、幼女といった方がいいくらいの歳の女の子──僕が前世の記憶を思い出した頃、7歳くらいの祇園アイカだ。
「……もう、充分でしょ?」
彼女は僕の顔を見上げて、目を見据えて開口一番にそう言った。充分……?一体何が?
「い、いきなり何を……?」
どういう意味か分からず、ただ困惑していると、小さい僕は言葉を続けた。
「青春をやり直したい、って思ってたんでしょ。でももう充分に楽しんだよね?」
「……」
「大事な友達ができて、一緒にご飯を食べたり、お出かけしてショッピングしたり、勉強に励んだり。夏休みには海へ行ったりもしたよね」
大事な友達……そう言われて真っ先に思い浮かんだのは、マイハとマアサ。前世の知識には無かった生徒だけど、ナギサの疑心がきっかけでティーパーティーに入って知り合い、訓練するうちに打ち解けて、それから一緒に色々な時間を共にした。
「エデン条約の前後では協力しあって混乱を収めるのに役立ったよね」
マイハやマアサだけじゃない。トリニティ総合学園に入ってたくさんの人と知り合った。ティーパーティーや正義実現委員会、補習授業部に救護騎士団、シスターフッド……学外の人にも、多くの知人がいる。主にシャーレの活動に関係したことで、それにはエデン条約の一連の動きも含まれている。
「そう、シャーレの先生。陰ながらあの人のことを助けたよね。そして、一緒にいるうちに惹かれて……好きになった」
「……!」
好きに、なった……。
『"うん、よろしく。私がシャーレの先生だよ。アイカは──"』
『"うん、あの時は助かったよ。"』
『"みんな、待たせてごめん。ここから先は、私に任せて。"』
『"アイカは槍投げで1位になったんだよね。おめでとう。"』
『"それでも、勝てたのはすごいよ。"』
『"ありがとう、アイカ。"』
そう、か……やっぱり、僕は。ずっと前世のことを気にして、そうじゃないと思おうとしていたけど。
(先生のことが、好きだったんだ)
でも、それに気づいたところで?キヴォトスでは生徒と先生の恋愛は犯罪じゃない*1というけど、先生は良識がある*2から、告白しても断るだろう。それに僕の前世が男だったことには変わりはないわけで、僕なんかじゃ申し訳なくて告白すらもできそうにない。
「友達、勉強、休日、スポーツ、恋愛……青春を楽しむために過ごした時間は、もう充分でしょ?」
「あた、くしは……」
そう言われてみれば、僕はもう青春をやり直す、という目標は満足行くぐらい達成できているのかもしれない。
「満足したんでしょ?ならもう、消えちゃおうよ」
「えっ……?」
消えるって……僕は別に、この世に未練が残ってる悪霊とかではないんだけど。何か反論しようと思ったら、目の前の少女はそれを遮るようにまた話を続ける。
「あなたは元々、この世界に存在するはずがないモノ。違う?」
「それ、は……」
前世の知識では、この世界はあるゲームの中のもので、そこに僕──祇園アイカは存在しなかった。それに、転生して今いる場所とは全く違う世界で過ごした前世の記憶を持つ僕は……きっと、
「このキヴォトスの安寧は薄氷の上に成り立ってるんだよ、知ってるでしょ?あなたという存在はそれを安易に崩してしまう」
「ええ、でも……そうならないために、ずっと気をつけて動いてきて……」
自分でも、分かってる。それは夏ぐらいから自問自答してきた内容だから。でも結局答えは出せず、結論を出すタイミングを後回しにし続けてきてここまで来てしまった。
「……もう分かってるんじゃない?キヴォトスを崩壊させないために動く指針である、前世の記憶。それが役に立たなくなる時期が、もうすぐそこまで迫ってること」
「……」
今が丁度、最終編の3章辺り。あと半日くらい経てば先生がきっとアトラ・ハシースの箱舟を何とかしてくれて、またキヴォトスに平穏が戻るだろう。
でも、それが終わったら?そこから先はもうカルバノグ編2章と百花繚乱編しか残ってない。百鬼夜行のことなんてニュースくらいでしか知れないし、関与のしようもない。実質的な前世の知識のタイムリミットはほとんど残っていないということだ。
「前世の知識が意味を成さなくなって、あなたはキヴォトス崩壊に至るきっかけを回避せずにいられる?」
「自信は……ありませんわ」
自分の行動の結果、ほんのちょっとした変化でキヴォトスの破滅を引き起こすかもしれない。もしそうなったら……。
「もしキヴォトスが壊れちゃったら、大事な友達や、先生が──死んじゃうかもね?」
「……っ!」
マイハやマアサの顔が思い浮かぶ。もし僕が生きているせいで、彼女たちに危害が及ぶなんて……そんなの、絶対に許せない。
……そして、先生。あの人がいなくなったら、もしキヴォトスに何かあったときに……。それに、先生は僕にとって……。
「嫌でしょ?あなたのせいで大事な人が傷付くなんて。だからそうなる前に、消えちゃえばいいの。あなたは元々存在するはずがなかったんだから、いなくても何とかなるよ」
今まで僕が先生を手伝うためにやってきたこと……それらは全て、祗園アイカがいない原作でもどうにかできていた。悪い意味で影響が出ないようにして、当然そこから良い意味での影響も与えることがなく。
──僕の行動は、全て無駄だったんだ。
「……分かり、ましたわ」
僕のその返事だけ聞いたら、小さなアイカは踵を返して暗闇の中に消えていった。再び、僕一人になって立ち尽くしていると、聞き覚えのある声が遠くから聞こえる。
(ア…カ…ゃん…!)
(アイ…!)
その声の方へと向かおうとして、一旦立ち止まる。反対方向へと歩き出そうとしたところで──。
「っ……!はぁっ……はぁ……」
目が覚めて、起き上がる。そこは見慣れた寮の自室で、ベッドの隣には。
「やっと起きてくれた~!」
「顔色が悪いですよ、大丈夫ですか?」
士官候補生の二人がいた。窓の外を見ると、虚妄のサンクトゥムが顕現したときと同じ不吉な紅い色になっていて。
「どう、されましたの……?」
探せば分かることとは言え、二人に寮の部屋を教えたことはないはず。
「アイカちゃん、いつもならちゃんと来るのに、今朝にナギサ様が呼び出したのにずっと出なくて。それを聞いてわたしたちも不安になって、メールとか電話しても反応無かったんだよ」
「それだけなら疲れたから寝込んでるだけだと思っていたんですが……昼過ぎになっても起きてこないから、何かあったのかと思って部屋まで見に来たんです」
昼過ぎまで……?ということは解散してから部屋に戻ってすぐに寝たし、17時間くらいは寝てたってことになるのかな。
「そしたら、すごく魘されてて怯えてるような感じで、寝言でずっとごめんなさいって言ってるアイカちゃんがいたんだよ」
「あたくし、寝ている時にそのような……?」
「ええ、心配だったから起きるまで側にいたんです。あとアイカが起きる少し前に、空が夕焼けではない感じの嫌な雰囲気の紅色に戻って……」
僕がずっと眠って夢の中にいた間に、また虚妄のサンクトゥムが出現しようとしているわけか。
「先生たち、失敗しちゃったのかな……」
「……いえ、きっと大丈夫ですわ。最終的には何とかしてくれるはずです」
前世の知識でそれは知っている。だからそれについては自信を持って言える。
「……そうですね、先生なら」
……でも、その知識はもうそろそろ役に立たなくなる。夢から醒めてもずっと、気分は沈んだままだった。
夢の中の小さいアイカは色彩の影響を受けて出てきた、前世の記憶を思い出す以前の本来のアイカ……ではありません。色彩の襲来で精神が不安定になった影響で、ずっと心の奥底に押し込めて見ぬふりをしていた後悔や自責の念が表出しただけでこちらもまた現在のアイカの心情です。
あと自分がいなくなるべき、という結論ありきで自問自答してるので「そもそも士官候補生の他の二人やセイラたちも原作にいないんだから消えるべきなのでは?」とかそういう疑問は頭から抜け落ちています。
あと、アトラ・ハシース攻略にアイカを参加させるかは結構五分五分で迷いましたが……結局行かせないことにしました。理由はいくつかありますが、一番大きいのはポンポン砲持ち込むのが大変だからですね(美食研究会が勝手に給食部の車入れたりしてますが)。それにアイカ行かせなくても何とかなりますし。