祇園アイカという生徒
トリニティの生徒会であるティーパーティー、そのメンバーたちに招かれてから数日後の朝。生徒とのやり取りによく利用しているモモトークにある通知が来ていた。
その差出人は1ヵ月ほど前に突然シャーレへとやってきた、ティーパーティー所属の生徒では初めて会った生徒であるアイカ。トリニティの生徒会長たちとの会談の場へ案内してくれた少女だ。
会った初日に連絡先を交換したけど、今まで特に何かやり取りがあったわけではない彼女。一体どんな内容なんだろうと思ってモモトークを開く。
補習授業部の顧問に就いている間、トリニティから提供されている来賓用の宿泊室を出て、まっすぐ正門へと向かう。そこには既にアイカがいて、私の到着を待っている様子だった。
「"おはよう、アイカ。"」
「はい、先生。お早う御座います。それでは早速、ご案内させていただきますわね」
そう言って歩き出す彼女についていき、トリニティ内の散策へと踏み出した。
◇
正門から学園の中心部へと向かっていく最中、多くの生徒とすれ違う。こちらに挨拶を返してくれる生徒もそれなりにいて、やっぱり三大校の一角だけあって活気に溢れている。
ただこれまでに訪れた、他の三大校であるゲヘナやミレニアムと違うのはあまり銃声や爆発音が聞こえず静かなところだろうか*1。お嬢様学校で宗教色が比較的強いと聞くし、その影響もあるのかもしれない。
そんな風に歩きながら考えていると、前を歩いていたアイカが立ち止まった。つられて足を止めると、目の前には立派な噴水がそびえているのが視界に入る。
「先生、ここがトリニティ総合学園の中心部……トリニティ・スクエアですわ」
「"聞いたことはあるよ。"」
「はい、ちょっとした有名スポットのようですわね。実際、このエリアにはトリニティの重要な施設の一部が集まっていますから」
そうしてアイカは私から見て右の方を向いた。その視線の先には何十m、下手したら100mを超えるような高さの巨大な教会があり、彼女はこちらに振り返って話し始める。
「まずはこのトリニティ大聖堂、ですわね。100年の歳月を費やして完成したというこの聖堂は、トリニティを象徴する建造物のひとつでもありますわ」
「"歴史ある建物なんだね。"」
「はい、そしてここはシスターフッドというトリニティでも大きな勢力が本部として使用しています」
シスターフッド、か。ここに来るまでの道中でも修道服風の制服を着た生徒がいたし、その子たちが所属している組織なんだろうか。
「お次は反対方向の……あちらですわ」
アイカの誘導に従って視線を追うと、巨大な門の向こう側に大聖堂ほどではないけど大きな建物が見える。
「キヴォトス最大の蔵書数を誇ると言われる、トリニティ中央図書館ですわね。それとは別に古書館という歴史的な書物を保存する施設が、向かって左の奥にございますの」
そう言われて見てみると、中央図書館より少し小規模な建物が
「あの中は広くて構造が複雑で時折遭難者も出るそうですので、もし利用する際は図書委員といつでも連絡できるようにしておくことをおすすめいたしますわ」
遭難者、という言葉で夏盛りの屋外だが少し寒気を覚えた。というのも、私は数週間前にアビドス高校へ行く時に遭難して数日間砂に埋もれた住宅地を彷徨い……たまたま通りかかったシロコに助けてもらわなかったら、着任早々ミイラになってしまうところだったのを思い出したのだ。
「……先生?少し顔色が悪いように見えますが……」
「"大丈夫だよ、心配しないで。"」
「そうですの?それならば、次の紹介にしましょうか。あちらに見えるのが、キヴォトスでも指折りの収蔵数を誇る美術館で──」
そうしてアイカは再び説明を始め、その美術館の方へと歩き出していった。
◇
「ええ、こちらが正義実現委員会の本部ですわね。といっても、既に先生は訪れていらっしゃるようですが……」
「"うん、補習授業部のメンバーと会う時にね。"」
◇
「あれですの?トリニティの監獄ですわね。あたくしは入ったことがないので詳しくは分かりませんが……」
「"アイカは真面目そうだもんね。"」
「そう、ですの?確かに優等生だと周りに言われることもありますが……」
◇
「先日ご案内した通り、こちらの建物がティーパーティーの本部です。あたくしが傘下組織護衛部隊としての訓練を行っている演習場も、そう遠くない……あちらの方にありますわ」
「"傘下組織って具体的にはどういうところなの?"」
「身も蓋もない言い方をしてしまえば私兵部隊ですわね、ティーパーティーのお三方の。ただ普段は正義実現委員会がティーパーティーの指令で動くので、練度としてはあちらの方が勝るかと思いますわ」
◇
「"あのビルは……?"」
「学生寮ですわね。同じような建物が複数あって、大部分の学生は寮から学校に通っておりますの。あたくしもそうですわ」
「"そうなんだ。"」
「……学生寮は男子禁制ですわよ」
「"私のことなんだと思ってるの……!?"」
◇
そうして朝から昼過ぎになるまで学園内を回り、主要な施設の大半を網羅したところで、アイカが。
「さて、普段使うような施設は一通り案内できましたわね。少々遅いですが昼食をいただきましょうか」
「"そうだね、私もお腹が空いてきたところ。"」
食堂でアイカおすすめの学食を一緒に食べてから、アイカと別れて割り当てられた宿泊室へと戻った。
◇
それからしばらくして、補習授業部の合宿が始まった。私もみんなと同じ建物に荷物を移して行動を共にする。合宿開始から何日か経って再びアイカからモモトークが来た。
トークで言われた通りにティーパーティーの本部に向かう。すぐ側の駐車場には対空機関砲が備え付けられたトラックが停められており、建物の正面にはアイカが日傘を差して立っていた。
「あら……お早いですのね、先生」
「"生徒に呼ばれたらすぐに駆けつけるのが先生だからね!"」
「そ、そうですの……」
私の言葉に少し困惑したような表情を見せ、それから傘を畳んで中に入っていくアイカ。彼女の後ろについていきながら、今日呼んだ理由について尋ねる。
「"手伝ってほしいことがあるって言ってたけど、どんなこと?"」
「はい、先生にはある書類を運んでいただきたいのです」
それからアイカは、今日の仕事についてより具体的に話した。ティーパーティーの一員として担当している書類があって、それは処理を終えたら少し離れた場所にある保管庫へと運び込む必要があるのだとか。
「その仕事が大量にありまして、事務室と保管庫を往復する手間も惜しいのです。なので、とりあえず先生に運ぶのをお任せしたいと思って……」
なるほど、そういうことか。それならお安いご用というものだ。袖を捲って、早速作業に取り掛かる準備をする。
「あの……しばらくはゆっくりしていただいて構いませんわよ?」
「"そっか……。"」
また戻すのも億劫だし袖は捲り上げたままにして、冷房の効いた事務室の回転椅子に腰掛け、アイカがある程度書類を仕上げるのを待つことにした。……少し肌寒い。
◇
数十分の間にアイカは夥しい量の書類に目を通してチェックを入れ、“済”のラベルが貼られたプラスチックのボックスに次々と納めていく。
時折会話はするけど、アイカは仕事に集中しているのかあまり言葉は続かない。
「……さて、まずはこのくらいでしょうか。先生」
「"私の出番かな?"」
「はい、この書類を第2保管庫へお願い致します。この部屋を出て左手にまっすぐ進んで、突き当たりを右へ行って少ししたらあるかと思いますわ」
書類は部屋の前にある机に置いてください、というアイカの言葉にしたがって、紙束を手に持って部屋を出た。
◇
書類を運んでいる最中、時折ティーパーティー所属の生徒とすれ違うだけで、建物内は静かでひと気も少ない。比較的冷涼な気候だというトリニティでも夏の廊下はさすがに暑く、足早に空調の効いた部屋に戻ってきた。
「"そういえば……。"」
「どうされましたの?」
「"アイカは1年生なのに、それなりに重要そうな仕事をやってるんだね。"」
チラッと見えた内容は、兵装や備品の予算案や警備計画など、一応は部外者である私が見てしまっていいものなのか判断に迷うような書類だった。それについて聞いてみると、アイカの答えは。
「ええ、ティーパーティー傘下組織は一定の兵力を持つものの、基本的には正実で事足りるというのは以前お伝えしましたが……そういう事情もあって、普段は事務仕事をこなしております」
「"そうだったんだね。"」
「そして先生もご存じだと思われますが、エデン条約。あの条約はナギサ様、つまりはフィリウス派が主導しておりますの。ですからフィリウス派で士官候補生という役職のあるあたくしにも仕事が回ってきているわけでして……」
アイカは色々と大変な様子だ。そういうことなら、私もできることをやらないとね。
「"お疲れ様、私のことはいつでも頼ってもらって構わないからね。"」
「……はい、お願い致しますわね」
しばらく待って、また書類が溜まったら部屋から運び出した。
◇
そうして何往復かして時間は昼から夕方へと移ろうとしているところ、ついに書類のチェックが終わったらしい。
「ありがとうございます、先生。ここまでで大丈夫ですわ」
「"でも、まだ書類は保管庫の前に置いただけだよ。"」
整理や分類をしないといけないんじゃないだろうか。実際、私も連邦生徒会に提出する書類を整理不十分でリンちゃんに突き返されたことは一度や二度じゃないし。
「そちらはある程度分類しながら処理していましたから、すぐに終わりますわ」
「"じゃあ、私も一緒に行くよ。"」
補習授業部の方は見ていた限り自習でも特に問題はないようだったし、ならアイカに付き添おうと思って。
「仕方ありませんわね……それなら、お願い致します」
書類を半分持って、二人で事務室を出て保管庫へと向かっていった。
◇
仕事が完了した頃には、すっかり夕焼けで空は柔らかな橙色に染まっていた。
「先生、今日は本当にありがとうございました。それと申し訳ありません、雑用のようなことを頼んでしまって……」
「"気にしないで、むしろもっと頼ってほしいくらいだよ。アイカみたいな子は、どうしても一人で抱え込んじゃうからね。"」
「先生……」
思い当たるところがあるのか何も言えずに立ち尽くすアイカに、自販機で買ってきたアイスミルクティーを渡す。
「えっ……?」
「"アイカは頑張ってるから、私からほんの労いの気持ちだよ。"」
「えっと、その……いえ、ありがとうございます」
それからアイカに別れを告げ、合宿の場所である別館に戻ってシャーレから持ってきた自分の仕事に取り掛かった。
……というわけで明けましておめでとうございます。完結後のおまけということでアイカの絆ストーリー第一弾ですね。一応どんな内容にするかはEP06(愛用品開放)まで考えているのですが、本編の時と違って書き溜めゼロの状態なので次はまた数日くらい開くと思います。
モモトークは特殊タグで独自に再現したものです。ただ、誤字報告やここすきで文章を見れば分かるかと思いますが、意外とそこまで複雑な構造ではないですよ。やってることは背景色・文字色の設定とフォント変更、それに左寄せ右寄せをしてるだけですからね。