夏休みの時期も終わって、多くの学校が始業しているこの頃。私はというとエデン条約関係でドタバタしていて息をつく暇もなかった。
それらがようやく一段落して少し暇ができたけれど、何をしようかと思っても何も思い付かない。事務仕事で使いすぎた頭は回復にしばらくかかるようだ。
そうして数分ほどボーッとしていると、モモトークの通知が鳴る。相手はアイカだった。
もう何度目かのアイカとの待ち合わせ。正門に向かうと、まだまだ残暑が厳しい空の下で日傘を差すご令嬢の姿があった。
「"来たよ、アイカ。"」
「はい、お待ちしておりましたわ。先生」
私の姿を見つけた彼女は、明らかに嬉しそうに笑みを浮かべる。そんなにスイーツが楽しみだったのか、あるいは……。
「"それで、どこに行くのかな?"」
「ええ、そのお店は移動販売の屋台で……今日はちょうどトリニティの第2広場に」
こちらです、と促すアイカについていき、スイーツの販売車があるという広場に行く。そこには工場直売などの旗を掲げたポップな塗装の販売トラックが停車していて、既に待ち列ができていた。
「あら……やはり少し並んでしまいますか」
とはいっても、この強い日差しの下でも待ち続ける生徒は少ないみたいで、思ったよりも早く私たちの順番が回ってきた。手渡されたメニューを見て、どれが良いかと選ぶ。
「どのケーキをお求めですか?」
「あたくしはショコラバウムをお願い致します。先生は?」
「"私はレアチーズケーキにしようかな。"」
注文を伝えると、冷凍室になっているらしい荷台からケーキが取り出される。それを受け取り、財布を取り出そうとするアイカを制止してカードを出す。
「"私が払うよ。"」
「いえ、お呼びしたのはあたくしですし……」
「"気にしないで。"」
割と高級なケーキらしく、私とアイカの分で4000円くらいだけど……子供は大人を頼るものだから、これくらいどうということはない。
◇
「"疲労した体に糖分が染み渡るね……。"」
「はい、濃厚なショコラの風味が味わい深くて……とても美味しいですわ」
近くの休憩室へ行き、二人同じテーブルに座ってケーキを食べる。値段が張った分、頼んだチーズケーキはチーズのまろやかさとコク、仄かな酸味が丁度良い具合に引き立て合う絶品だった。
「"アイカ、最近はどうかな?エデン条約でそっちも忙しいみたいだけど。"」
「そうですわね……少し前まで実家に帰っていたのですが、夏休みが明けて学園に戻ってきたら条約の関係で忙しなく動いておりまして」
この後もティーパーティーのトップであるナギサの指示で、古聖堂修繕作業を行うシスターフッドの手伝いをするんだとか。
「"エデン条約が無事に終わって、しっかり休めるといいね。"」
なんとなく不穏な空気を感じるけど、私も頼りにしているヒナやツルギたちだって会議場に参加する予定だ。そんなところに何か仕掛けようなんて、トリニティ生もゲヘナ生も思わないはず。
「そう、ですわね。何事もないと良いのですが……」
だけどアイカは少し俯いて、不安そうに返事をする。まるでエデン条約の調印式で何かが起こるのを予見しているような……。
「"アイカ?"」
「……ああいえ、少し悲観的になりすぎていましたわね。条約調印が成功することを祈っております」
「"もしかして、ナギサに何か言われた?"」
以前、私との会談の場でナギサはアイカたち士官候補生のことを『トリニティの裏切り者』として疑っていると言っていた。あの件は結局、ひとまずミカが裏切り者だったと決着して、ナギサもアイカたちに謝罪したみたいだけど……。
「はい、実はナギサ様からエデン条約の当日に何かが起きた場合、士官候補生は率先して場を収めるのに協力してほしいと頼まれまして……」
調印式当日に限り、士官候補生の権限を大きく強化するという。……なるほど。
「"ナギサは、また信じられるようになったんだね。"」
「それは喜ばしいことなのですが……やはり当日に良くないことが起こると、ナギサ様も薄々気づいておられるということでもあります。それが不安ですの」
アイカはまだ一年生だ。トリニティで半年近く過ごしてきたとは言っても、不安も多いだろう。絶対に失敗させられない大きなイベントとなればなおさらだ。
「"大丈夫、何があっても私が何とかするよ。それが大人の役目だから。"」
それならば、私がやるべきは彼女を安心させること。
「先生……はい、ありがとうございます。先生も、お気をつけくださいませね」
それからしばらく雑談して、ケーキを食べ終えたら修繕作業に向かうという彼女を見送って、私もシャーレへと戻った。
◇
色々あったエデン条約の調印式からしばらく経って落ち着いた頃。いつも通り書類仕事をしているとモモトークの通知が鳴る。これまでキヴォトスで過ごしてきた中で、たくさんの生徒と知り合って連絡先を交換したからこれ自体はそう珍しいことではない。早速見てみると、その相手は。
仕事を放り出……一旦置いておき、出向いたトリニティ総合学園の正門前。大きなアーチの下には見慣れた姿があった。
「ごきげんよう、先生」
「"うん、アイカ。聞いてほしいことがあるって言っていたけど、一体どんなこと?"」
「向かってからのお楽しみ、ということで。こちらへ来てください」
穏やかな表情で出迎えた彼女はそう言って、トリニティの敷地内へと踏み出していった。私もそれについて行くと、以前案内してもらったトリニティ・スクエアの更に奥の方、ガラス張りの建物の前へやってきた。
「"ここは……。"」
「トリニティの音楽堂ですわ。目的地はこの中にございますの」
音楽堂……確か、コンサートホールも備えた音楽関係の授業をするための施設だったか。ここでアイカは何をするつもりなのだろうか?
「……こちらです、先生」
音楽堂の中をひたすら歩いて、アイカが立ち止まったのは第3音楽室という教室の前だった。彼女の後に続いて部屋に入ると、黒板の左にはグランドピアノが置いてあり、壁にはずらっと音楽家の肖像画が並んでいるザ・音楽室といった感じの内装だった。
「"聞いてほしいものって、もしかして……。"」
「はい、あたくしの演奏ですわ。幼少の頃から弾いておりますから、少しは自信がありますの」
ピアノの椅子に腰掛けて佇むアイカは、まさに深窓の令嬢という言葉が相応しい姿で。ただ黙って固唾を呑んでいると、楽譜を立て掛けて弾き始める。
「"おお……。"」
その滑らかな指さばきに、高らかに奏でられる美しいピアノの旋律に、そしてアイカの雲を
彼女の弾く曲目はキヴォトスで流行りのポップスからクラシック、ゲーム音楽……それに随分懐かしく思える、外の世界の音楽もかなりの数含まれていた。
楽曲のテーマとしては恋愛系のものが多いだろうか。時折一年生とは思えない胆力のある行動を見せるアイカだけれど、やはり一人の多感な少女ということらしい。そういった曲に興味のある年頃みたいだ。そんなことを考えていると、どうやらフィナーレを迎えたようで。
「ふぅ……いかがでしたか、先生?」
「"アイカがこんなにピアノや歌が上手だとは思わなかったよ。"」
「もう……どういう意味ですの、それは?」
冗談めかして言うと、不服そうに頬を膨らませるアイカ。なんともいじらしい様子だ。
「"ごめんごめん、すごく綺麗だったよ。ピアノの音色も、アイカの歌声も。"」
「ふふ……先生にそう仰られると、照れてしまいますわね」
そうして目的を完了したアイカはずっと歌い続けていたからか喉が渇いたらしく、音楽堂の1階でミネラルウォーターを購入した。
その次は折角トリニティまで来たわけだし、ということで学食で限定のアイスクリームを二人で買って食べた。先程のアイカの演奏と合わせて、仕事に追われていた中でも心を休めることのできた時間だった。
アイカの絆ストーリーでは、先生はイオリやカリン相手みたいなヘンタイ的な要素が少なくかなり紳士的です。なぜかって?アイカにはこういう接し方が合ってるからじゃないでしょうか(適当)
あとはまあ、アイカって親からかなり愛されてる大農家の一人娘ですから……不埒なマネしたら最悪お父さんにショットガン突きつけられますね()