しばらく経って、季節もすっかり秋へと移り変わったある日の昼過ぎ。今日も今日とて書類に追われて、キリの良いところまで終わらせたら少し休憩を入れる。
今日は本来なら当番を頼む予定の生徒がいたんだけど、所属組織で急遽外せない仕事ができたということでどうしても来れないらしく。それなら仕方ないかなと思い一人で仕事をしているというわけだ。
だけど仕事の量は決して少なくはない。できるなら生徒の手を借りたいんだけど、どこも結構忙しいみたいで手助けは期待できなさそうだ。丁度そんなタイミングで、スマホに通知が来る。相手はというと、これまで何度も私のことを気に掛けていた生徒だった。
それから数十分が経って、シャーレにやって来たアイカを出迎える。
「"よろしくね、アイカ。"」
「ええ、先生。早く終わらせてしまいましょう」
アイカのその言葉に頷いて、書類に取りかかる。ちなみに仕事の内容はというと、この前ミレニアムで起きた騒動についての報告書がメインなんだけど……セミナーをはじめとした当事者たちは後処理で忙がしいから頼ることができない。特にユウカは、普段なら真っ先に手伝いをお願いしただろうけど……彼女はミレニアムの混乱を収めるのに尽力しているところだ。
そういうわけで、今アイカが触れている書類にはそれなりにミレニアムの重要な情報が含まれている。ただその事で私は特に心配はしていない。彼女は真面目で口が堅いから、言いふらしたりこれを利用して何か良くないことを企んだりといったことはしないと信じている。
◇
そうして何時間か経って、ようやく仕事も終わりが見えてきた。空は青色から橙色へと変わりつつあり、座って伸びをして体をほぐす。
「"ふぅ……大体終わったかな。そっちはどうかな?"」
「はい、こちらも整理し終えましたわ」
そう言ってアイカはキヴォトス各所からシャーレや連邦生徒会に送られてきた報告書や嘆願書を、学区ごとにまとめた状態で私に手渡す。
「"アイカのお陰で作業が捗ったよ、ありがとう。"」
「ふふ、どういたしまして」
お礼を言うと、アイカの純白の大きな翼はパタパタと嬉しそうに揺れる。それを見て、私はとっさに思いついたことを口にした。
「"……そう言えば、その翼の羽根って抜けたりするの?"」
「羽根、ですの?ええ、たまに抜け落ちますが数日したら生え換わりますわ」
なるほど、見た目どおり鳥の羽根に近い感じらしい。ということは……つまり。
「"じゃあ、その羽で何か作ったりできるのかな?"」
トリニティには翼を持っている生徒が多くいて、前々から気になっていた。主に正義実現委員会やアイカも所属するティーパーティーに翼のある生徒がいて、特にハスミのものなんてとても大きくて立派だ。だいぶ前に触らせてもらおうとしたけど、なぜか急に立ち上がって帰ってしまったから、結局翼がどういうものなのかはよく分かっていなかった。
「できますが、それをどうするおつもりで……?」
「"どうする、か……。そうだ、羽ペンとかどうかな。"」
羽の加工品で真っ先に思いついたのが羽ペンだった。他には羽毛の寝具やジャケットとか、アクセサリーもあるけど……そう何枚も抜き取るわけにはいかないし、羽一枚で作れるであろう羽ペンが良いんじゃないかと言うことで。
「せ、先生……その意味、分かって仰っていますか?」
だけど私の言葉を聞いたアイカは頬を赤らめて視線を逸らしながら言う。もしかしてトリニティ生の間では羽根を渡すって恥ずかしいことなんだろうか。
普通は抜け落ちてそのまま地面に放置されるものだから、お嬢様が多いトリニティだと、それをわざわざ取っておくなんてはしたないとか?
「"ごめん、もしかして良くないことだったかな。"」
「いえ、駄目というわけではありませんが……分かりました、先生にあたくしの羽根で羽ペンをお作りしますわね」
アイカは近くの机の上に置いてあった自分の鞄からポーチを取り出し、工務部やエンジニア部など複数の学園の部活の要望で設置している作業台に中身を広げる。それには裁ち鋏や縫い針、まち針やチャコペン、刺繍糸など様々な手芸用の道具が入っていた。彼女は翼から羽根を一本抜き、慣れた手つきで作業を始める。
◇
-先生、ご要望などはございますか?
-こういう飾り付けがいいな、とか。
-この文字を入れてほしいな、とか。
-ある程度そういったことにはお応えできますわ
-ピアノと同じく、幼少期から嗜んでおりますから。
"アイカに任せるよ。"
-ええ、分かりました
-それでは、あたくしの思うままに。
-それにしても……
-こうして先生と一緒におると、落ち着くっちゃんね……。
-あ、えっと……今のは……
-はい、実家で使っていた言葉です……。
-家族だけの場所でしか、使わなくて……
-先生の前ですと、不思議と心が休まりますの。
"アイカのやりたいようにしていいよ。"
-うん、それじゃ……これでよか?
-えへへ、先生ってほんとにすごい人やね。
◇
そうして数十分ほど経って、アイカの羽ペンが無事完成した。
「では早速、使ってみてくださいませ」
「"あ、喋り方戻したんだ。可愛かったのに。"」
ちょっと残念そうにした私の言葉に、アイカは頬を染めてムッとした表情で返す。
「もう……恥ずかしいので、あたくしの素がああいう感じだということは言いふらさないで下さいませね?」
「"もちろん、アイカがそう言うなら。"」
羽根を受け取り、ペン先をインクに浸して試しにサインを書いてみる。持ち手は持ちやすいように布を巻いた上に金具で止めて太くしてあり、ボールペンには劣るけど思ったほど使い心地は悪くない。それにペンで描いた字はボールペンで書いたものより線の太さに変化があって、味がある……気がする。
「……どうでしょう?」
「"中々いい感じだと思うよ。今度リンちゃんからの書類にはこれでサイン書こうかな。"」
「そ、そうですの……ちなみにそのまま使い続けると書きにくくなるので、時折ペンナイフで先を削ってくださいまし」
たまに文具店で見るペンナイフって、どんなペンに使うんだろうと思っていたけど羽ペンに使うんだ……。
「あと、それで磨耗しきった場合はまた作りますからお呼びくださいませ」
「"うん、それじゃあね。"」
仕事も終わったことだし、トリニティに戻るアイカを見送る。それから部屋に戻って、できたての羽ペンをしばらく眺めていた。
◇
百鬼夜行で起きた事件から戻ってしばらくのこと。仕事の量は年を越しても変わらず、処理しても処理しても追加される書類に目を回しそうになる。
仕方ない、誰かの手を借りようと思った矢先に通知が来る。もし来てもらえるならちょうどいいし、手伝いを頼もうかと思って相手を確認すると……。
しばらくしてアイカが到着、早速作業に入ろうとしたところで袋入りのクッキーを手渡される。
「"これはもしかして、マイハの?"」
「はい、マイハさんお手製ですわ。材料にあたくしの実家のドライフルーツも使われておりますの」
そう言われてよく見てみたら、クッキーの表面にはイチゴやミカンの乾燥果肉らしきものが見える。
「シャーレの方に行くと言ったら、持たせてくださいましたのよ。まずは少し休憩して、リフレッシュしてからにしましょう」
頭脳労働は糖分を使うので、この心遣いはありがたいものだ。袋を開けて、言われた通り休息を取る。
「"アイカも食べる?私はコーヒーにするけど、アイカは紅茶がいいかな?"」
「あたくしは……いえ、お願いします。銘柄は特にこだわりはありませんわ」
彼女の返事を聞いて頷き、ポットでお湯を沸かしてそれぞれの飲み物を淹れる。アイカにはナギサから定期的に送られてくる割とお高い茶葉の紅茶*1、私のコーヒーは常備しているインスタント。
「"ふぅ……こうやって一息入れると、頭もスッキリしてまた集中できる気がするね。"」
「はい、えっと……そういえば、先生に見せようかと思っている物がありまして」
クッキーを摘まみながら休んでいると、アイカがそう切り出した。私に見せたいもの、か。一体なんだろうと思いつつにアイカの次の行動を観察していると、鞄から水色のカバーを装着した電子辞書のようなものを取り出した。
「"電子辞書?"」
「いえ、少し違いますわ。電子手帳です」
と言っても辞書機能もあるので同じようなものですが、と苦笑いする彼女。アイカは手慣れた様子でその手帳を開き、指紋認証とパスワード入力を済ませて起動した。
「"大事なもの?"」
「……ええ、とても」
懐かしむような、穏やかな表情でアイカは電子手帳の外側を撫でる。その様子だけでも、本当に大切にしているモノなんだということが窺い知れる。
「この中にはたくさん、あたくしに関する情報が詰まっています。日常の中で思いついたことや、前世の記憶をテキストとして残したり……画像閲覧もできるので、親や友人たちと過ごした時の写真を保存したり……掛け替えのない思い出が、たくさん詰まっています」
先生がこっそり撮っていらした写真もありますわよ、と言われてある画像を見せられる。それはツルギたちと海に行った時に、合間合間でカメラに納めていた、海を満喫する士官候補生の画像だった。
あの時せっかく撮ったものだからと三人にそれぞれ送っておいたけど、アイカはそのうちの何枚かをこの手帳に移したみたいだ。
「とても大事なものですが……同時に、この中身は知られるととても恥ずかしい内容ですの」
「"それを私に見せてくれるの?"」
「先生にはあたくしの秘密を、何もかも知られてしまいましたから」
そう言って顔を赤らめるアイカ。そう、この前のサンクトゥムタワーでの事件で、私は彼女が抱える多くの秘密をその口から聞き出したわけで。
「……責任、取ってくださいませね」
「"そ、そういえばその電子手帳はどこで買ったの?"」
アイカの雰囲気が怪しい感じになってきたので話を元に戻す。そう聞かれてアイカは、郷愁の表情で手帳に視線を落とした。
「7年前、8歳の誕生日の時に両親にプレゼントしていただいたものですわ。ええ、大好きな両親からの大切な贈り物です」
目を閉じて、恐らくは親御さんと過ごした日々を回想している様子のアイカ。その表情は安穏そのもので、彼女がどれだけ愛を注がれて育てられてきたのかが垣間みえた。
「……さて、そろそろ充分に休めたでしょうか。先生、お仕事を片付けますわよ」
「"う、うん!"」
そうして仕事へと取りかかる。しっかり休止を入れたからかアイカが来る前よりも目に見えて効率が上がって、本格的に暗くなる前に終えることができた。
「"よし……!終わった……。"」
「はい、お疲れ様ですわ。……先生、こんなに溜める前に誰かに助力を求めてくださいませ」
「"でも、やっぱり皆この時期は忙しいみたいですぐに来られる子は少ないんだよ。"」
来年度への引き継ぎを始める時期だからか3年生たちはあまり来られず、2年生も最高学年に向けての準備があるし、かといって1年生にも余裕がある生徒は少ない。そういうわけでどうしても当番が確保しにくい状況と言うわけだ。
「はぁ……あたくしも多少の伝手がありますから、先生を手伝える方がいないか探しておきますわね」
「"アイカは手伝ってくれないの?"」
私がそう返すと、またアイカは頬を染めて、しかし残念そうな様子で言う。
「あたくしも来たいのは山々なのですが……今日はたまたま予定が空いていたものの、ナギサ様から引継教育を受けているので確実に来られるというわけではありませんの」
「"そうだったんだ。頑張ってね。"」
「ええ、これまで何度もナギサ様にはご迷惑をお掛けしましたし、最後くらいは期待に応えたいですので」
ただ、以前ナギサが当番に来たときに聞いたけど、彼女はアイカは真面目で優秀だし、この前の事件も気の迷いだったんだろうとあまり気にしている様子は無かった。アイカが思っているよりもずっと、周囲の人たちはアイカのことを評価していると思うけどなあ。
「"そっか、それじゃあまたね。"」
「ええ、先生もお体には気をつけてくださいませ」
夕陽でオレンジ色に染まる外へと歩いていくアイカを見送って、コーヒーを一服。今日やるべき仕事が残っていない状態で夜を迎えるのはこんなに晴れ晴れとした気持ちなのかと思いながら、暗くなりゆくD.U.地区を眺めた。
メモロビ回収(EP05)&愛用品ストーリー(EP06)です
自分の羽根の加工品を贈る意味ですか?さあ、一体なんでしょうねフフフ……。
そうそう、これは関係ない話ですが「羽根には天使が宿り、幸運をもたらす」という言い伝えがあるそうで、結婚式では羽ペンで誓いの署名をすると新郎新婦に幸福が訪れると言われています。
あと、この話の更新に合わせて活動報告の「オリキャラについて」も内容を追加しています。具体的にはアイカのメモリアルロビーやセイラのイメージ図ですね。
次の話は……掲示板形式で考察スレという名のネタばらし回か、造船工学部の日常かのどちらかですね。ではまた後ほど。