「全く……なんでこんな辺鄙な場所にあるのかしら」
紺藍色のツーサイドアップに雪が降りかかり、頭頂が白くなる度に払い除けることを繰り返しながら歩く生徒。
ミレニアムサイエンススクールの生徒会であるセミナーにおいて会計を務め、数ヵ月前に自分の起こした事件の責を負って行方を眩ませたままの会長の実質的な代理まで担っている早瀬ユウカ。
彼女が業務のため忙しそうにミレニアム中の部活動を巡る姿は珍しくない光景であり、今日もそれは変わらなかった。
「次のバスまで時間があるからって、徒歩で来たのは失敗だったみたいね……」
ミレニアム中心部からモノレールで外縁地域まで来て、そこから先はバスで行くつもりだったものの……運悪く次便が来るまで20分ほどだった。渋滞で遅れる可能性も考慮して、徒歩で向かった方が速いだろうという計算。
「それにしても造船工学部、ねぇ」
そう、今日向かっている先はミレニアムでもかなりの規模を誇る部活動である造船工学部。先日起きたキヴォトスの危機では部長であるセイラの指示で被害は最小限だったと聞いてはいるものの、それでも確認しないといけないことが色々とある。それに加えて、次のミレニアムプライスに向けての進捗がどうなっているかも見ておきたい。
「まあ、大丈夫だとは思うけど」
造船工学部は歴史ある部活動で、これまでも堅実に成果を挙げている。どちらかというと校内に向けての活動より外部での活動の方が目立ってはいるものの、問題はない。
◇
「着いた……それにしても、相変わらず立派ね」
ユウカは目の前の赤レンガの倉庫を見上げる。何度か訪れたことはあるものの、近未来的な高層ビルが立ち並ぶミレニアム中心部とは違って古きよき空気感のあるこの建物は彼女も嫌いではない。
〈立ち止まってください〉
「ん……?」
造船工学部の敷地に入ろうとすると、目の前に急にホログラム映像の少女が現れる。体格は自分より少し小柄で、髪は金髪のショートボブ。服装は明らかにミレニアムの制服ではなく、ハイレグのレオタードの上にジャケットを羽織っていて、周囲に機械的な浮遊物がいくつか見られる……そんな、少々奇怪な格好だった。
「こんな子、いたかしら?」
友人である生塩ノアほどではないが、ユウカも記憶力には自信がある。ミレニアムの大体の生徒の顔は覚えているのだが、目の前の彼女は記憶にない。ゲーム開発部のアリスのように、造船工学部がどこかから拾ってきたのだろうか。そう思考を巡らせていると、建物のドアから出てくる人影。
〈部長、侵入者です。どうしますか?〉
「あー、侵入者じゃなくてお客さんだよ」
ユウカより頭ひとつ分ほど大きな生徒、造船工学部の部長、唐帆セイラ。彼女はホログラムの少女にユウカは侵入者ではないと告げる。それを聞いたら、少女はこちらに向き直り。
〈そうでしたか、失礼しました。私はミサイル巡洋艦『マルティニーク』です〉
「えっと……セイラ部長。これは一体……?」
少女は自身が船であると名乗ったが、そうは見えない。少なくともユウカからは、ただの露出度の高い格好をした女の子にしか見えない。
「それについても説明するよ、まずは中に入ろうか」
セイラがそう言って建物内に戻ろうとすると、ホログラムはふっと消えてしまい、ユウカはただそれに着いていくしかなかった。
◇
事務所の中に入ると、先回りしていたかのように例の少女が待ち構えていた。
「さて、順番に話していこうか」
「はい、お願いします」
応対用のソファに両者が腰掛けたら、早速話題に入っていく。
「うちがミレニアムプライスに出す作品としてミサイル巡洋艦を出すってのは、ユウカちゃんも聞いてるよな?」
「ええ、確かに」
先日、キヴォトスが紅い空に覆われて色彩の軍勢によって襲撃されたという事件。その時にミレニアム自治区にも敵が多く出現したのだが、他の生徒と共に防衛する際、セイラが竣工したばかりのミサイル巡洋艦による支援攻撃を行ったということも噂や報告書で聞いている。
「そのミサイル巡洋艦がマルティニークちゃんなんだけど……色々と新しい機構を盛り込んであるのさ」
「ふむ……」
そう言ってセイラはそのマルティニーク号についての説明を手短に並べて行く。他の部活動と協力した際のデータを大いに活かしつつも、あくまで造船工学部内だけで完結させたという。
「……で、ミサイルや統合型防空システムも重要なんだけど、マルティニークちゃんで一番力を入れたのがこれってワケさ」
「NEREIS……?」
セイラに手渡された紹介用の資料のタイトルを読み上げる。
「……つまり、そこの彼女は巡洋艦マルティニークの人格として設定されたAIをホログラムで映しているということですか?」
「ま、そういうことだな。ただ端末にメッセージが表示されるだけじゃ味気ないから開発したシステムだよ」
そこまで言うと、セイラはマルティニークを手招きして、頭を撫でる。ただの映像なので実体はないはずだが、セイラは本当にそこに女の子がいるかのように手を動かし、マルティニークの方も実際に撫でられているような反応をリアルタイムで見せている。
「……さて、今日はミレニアムプライスに向けての発表の進捗を見に来たんだったかね、これで大丈夫かい?」
「はい。造船工学部はこれまでの様子から心配はしていませんでしたが、問題なさそうですね」
ミレニアムにある部活動の多くは大なり小なりクセというか、一筋縄では行かないところがある。ミレニアムでもトップクラスの実績をあげ続けているエンジニア部ですら、そういった点は少なくない*1。
造船工学部は艦船という開発スパンの長いモノを扱うからか、質実剛健な気風がある。ざっくり言ってしまえば問題児が規模の割に少ない。
「あとは……この前の事件で造船工学部に生じた損害についてお聞かせ願えますか?部の皆さんが奮闘したことで被害はそう多くなかったと聞いてはいますが」
「おうよ、まああん時は大変だったねえ。変なロボットみたいな連中が急にワラワラ湧いてきてさ……」
そうして造船工学部の近況を確認し終え、ユウカがミレニアム中心部へ戻ろうとしたところで。
「"セイラ、来たよ。……ユウカ?"」
「せ、先生!?」
「お、来たか先生」
連邦捜査部、通称シャーレの顧問である先生。ユウカとは彼が着任した時からの付き合いであり、何度も顔を合わせた相手だが……。
「ど、どうしてここに……?」
「"今まで造船工学部をゆっくり見たことがなかったからね。それに百鬼夜行から一旦帰ってきて、今日くらいは閑静な場所で過ごそうと思ったんだ。"」
先生はミレニアム内を軽く案内された時と、オデュッセイア海洋高等学校の船に逃げ込んだ黒崎コユキを追う時の2回、造船工学部を訪れている。しかしそのどちらもあまり余裕がある状態ではなかったため、セイラたち造船工学部の部員と話す機会はあまりなかった。ゆえに今日、時間を取ってやって来たわけだが。
「"ユウカはどうしたの?仕事?"」
「ええ、はい……セミナーとしての業務で。はあ、なんでこう、先生にはあまり可愛くないところばかり見せることになるのかしら……」
「"仕事を真面目に頑張っているユウカは素敵だと思うよ。"」
その言葉を聞いたユウカは頬だけでなく耳まで朱く染め、それを隠すかのように顔を背けた。
「と、とにかく!私は造船工学部での用事は済んだので戻りますね!」
そしてそのまま建物の外に出ようとしたところで、セイラからも先生からも「せっかくだし一緒に見て回ろう」と言われる。なんだかんだお人好しの部類であるユウカは断りきれず、ロマンに関して意気投合した二人に付き合うのだった。
造船工学部の日常編はひとまずこの二話で終わりです。次回以降はアイカに視点を戻します……と言っても、話とか何にも作ってないんですが。
時系列的には前回が補習授業部の合宿と同時期、今回が(百花繚乱編2章がまだ配信されてないのでどうなるかちょっと分からないですが)一旦百花繚乱編1章の内容が終わった直後でアイカの自室謹慎期間中です。
もうちょっと造船工学部の一般部員を出したかったんですが、全部セイラが済ませちゃいましたね……。あとセイラの口調、姉御肌な感じってこれでいいのかって微妙に悩みます。