ナギサから連絡を受けて先生を手伝いに行ってから数日間、僕は高揚と不安とが綯交ぜになった曖昧な気分でいた。
(えへへ、渡しちゃった……僕の羽根)
トリニティが現在のようにひとつの学園になる前、多数あった学校のうちのある一校では、翼を持つ仲の良い生徒同士で羽根を贈り合う風習があったという。そこには「いつまでも一緒にいられますように」という意味が込められていたそうで。
そこから転じて、生徒が異性に羽を贈るのは告白やプロポーズも同然だと見なされていたらしい。
数ヵ月前、暇だからと古書館でトリニティの歴史についての本を読み漁っていたらたまたま見つけた記述で、マイハやマアサ、それにナギサにもそれとなく羽根について聞いたけどみんな首を傾げていた。
数百年も昔の話だからか、今となっては忘れ去られてほとんどの生徒が知らないらしい。実際、その風習を知っていたら先生に贈ろうとする生徒はそれなりにいるだろうけど、反応を見るに先生が羽根を受け取ったのは僕のが初めてらしいし。
(ドキドキする……)
そう、僕以外にその意味を知る人はいないとは言え、遠回しに先生に告白したということなわけで……それを先生は受け取ったわけで……ある意味、先生を独占しているということなわけで。
それが高揚している、という部分。では不安、はなにかと言うと。
(バレたらどうなっちゃうんだろう、僕……)
先生に事実上の告白をした、なんて知られたら命を狙われるかもしれない*1。それに、羽根を渡され受け取ることの意味を先生が知ったら「ごめん、無かったことに」とか言われるかも。
(そんなこと言われたら……)
だからこその、不安。自分で思っている以上に、先生への気持ちが大きくなっているんだなと少しだけ思う。
そんな風に感傷に耽っていると、モモトークに通知が来る。相手はマイハで、先生からじゃなくてホッとした。
『やっほーアイカちゃん(^-^)/ 行きたい場所があるんだけど今日は時間大丈夫?>ω<』
今日は特にやることもないし付き合うことにすると、ティーパーティー本部前で集合と言われたので制服に着替えてロイアルティー号で待ち合わせ場所まで向かう。
◇
待ち合わせの場所にはマイハとマアサがいて、いつもの通り二人を運転席に乗せて僕は荷台へ。
「そういえば、行きたいところがあると仰っていましたが、一体どちらへ?」
「わたしの家だよ~」
マイハの家、か。そういえば前にD.U.地区にある*2って言ってたけど行ったことはなかったな。
「今日は余裕があるから、久しぶりに戻ろうかなって~二人ともいろいろ遊びたいし~」
「そういうことだったんですか」
場所を教えてもらって、自動運転で向かう。トリニティ自治区からD.U.に入っていき、市街地から郊外の方へと向かい、そして目的地。
「すごい、ご立派なお屋敷ですわね……」
高級住宅街らしい周辺地域の中でも一回り敷地の大きい家。クリーム色の大理石壁に薄青色の屋根、いわゆるマナー・ハウスといった趣のクラシカルな豪邸が目の前にはあった。門にある表札にはしっかり「土御門」とあり、ここがマイハの家であることを示している。
「おかえりなさいませ、お嬢様。そちらはご友人方でしょうか」
門の前でしみじみと建物を眺めていると、水色のメイド服で黒髪ロング、紫色のヘイローの女性が出迎えた。
「うん、ただいま~友達のアイカちゃんとマアサちゃんだよ~」
「なるほど、お二人が……」
メイドを雇ってるなんて僕みたいな田舎貴族とはスケールが違うんだなぁと思いつつ、案内されて屋敷の中へと入っていく。
◇
上等な調度品で彩られた邸宅の内部を歩いて、そしてマイハの部屋にたどり着いた。
「ここがマイハの部屋ですか」
「予想通りの感じ、ですわね」
「そう~?」
柔らかな色合いの内装の部屋。ベッドの上にはぬいぐるみがいくつかあり、ドレッサーの上にはファンシーなデザインの化粧品が並べられていて、本棚には少女漫画らしいタイトルの本が置かれている。なんというか、ザ・女の子の部屋って感じだ。
「そういえば、マイハの親は今日はいないんですか?」
玄関から一直線で部屋で来たから会ってないんだよね、そういえば。
「パパとママはね、お仕事でちょっと前から別の自治区に行ってて~。貿易商をやってるんだよ~」
マイハの家はトリニティ生らしくお金持ちらしいとは思ってたけど、貿易業だったのか……初めて知った。
「アイカちゃん家はこの前行って大きな農家さんだっていうのは知ってるけど、マアサちゃんは~?」
「私の家ですか?地主で軍人の家系です」
軍人の家か……まあ確かにマアサはそんな感じはする。マイハはそれを聞いて、少し不安そうな表情で尋ねる。
「じゃあ、家のこととか厳しかったりするの?」
「いえ、そうでもありませんよ。ゲームが昔から好きですが、特にダメとは言われていませんし。ただ、体力作りの一貫として運動系の習い事は欠かすなとは言われています」
あ、海に行った時に水泳をやってるって言ってた*3けどそういうことだったんだ。なるほど納得。
「それで、マイハさんはどのような目的であたくしたちをお家に……?」
結局、マイハの家に行って遊ぶとしか言われてないから何をするつもりなのか具体的には分かってないんだよね。親に紹介するってわけでもないみたいだし。
「一緒に遊びたいなってだけだよ~?あとは着てほしいものがあって~」
「まさか、この前のように私にフリフリの服を着せるつもりじゃないでしょうね?」
「うふふ~」
マアサの言葉に否定も肯定もせず、ただニコニコと笑みを浮かべるマイハ。多分着せるんだろうな、この反応は。
「はあ……全く。あまり妙な服は持ってこないでくださいね」
マアサはしょうがないなと言った様子で答える。一応付き合ってくれはするらしい。なんだかんだマイハに対して気を許してるんだなぁと微笑ましく思ったり。
そうしてマイハはクローゼットから服を取り出し、僕らに手渡す。それは一体何かと言うと……。
「……メイド服、ですの?」
「そうだよ~細かなデザインは違うけど、三人お揃いなの~」
先ほどのマイハの使用人とは違った雰囲気のメイド服。黒の丈長ワンピースに、白色のエプロン。いわゆるクラシックメイドと呼ばれるタイプだ。
「なんだ、この程度なら身構える必要もなかったですね。ゴシックロリータでも着せられるのかと思っていましたから」
まあゴスロリも身長低めなマアサなら似合いそうではあるけど。そう思いつつ、制服から着替える。移動教室などで数え切れないくらい他の生徒と一緒に着替えるという経験はしているけど、友達同士の極少人数で着替える経験なんてそうそうないから、気恥ずかしさを感じる。僕は二人の方を見ないように壁の方を向いて着替えた。
◇
メイド姿になった僕らは、おやつを食べながらおしゃべりをしてしばらく過ごす。
それにしてもこのメイド服……サイズがピッタリだし、翼を出すための穴もちゃんと合ってる。僕らの身体データを入手した上で仕立てたようにしか思えないけど、一体どうやって情報を手に入れたんだろう*4。
「あ、そうだ~。メイド服、先生に見せに行こうよ~」
「先生、ですの?」
「先生はメイドが好きらしいと聞いたことがあります。どんな反応を見せるのか、確かに気になりますね」
先生……この姿を見たらかわいいねって褒めてくれるかな?そうだと、嬉しいな。
「行きましょう、ここからシャーレへはそう遠くはありませんわよね」
「わお、アイカちゃんすっごい乗り気~」
「分かりやすいですね、アイカは」
そう切り出すと、二人にからかわれて頬が熱くなる。マイハの提案に乗っただけなんだけどなぁ!?
「もう、お二人とも……!早く行きますわよ!」
立ち上がったら、誤魔化すようにそのまま早足で部屋の外へ出て、来た道を戻って玄関まで。そしてロイアルティー号に乗り込んでシャーレへと向かっていった。
◇
D.U.地区の中心から少し離れた、シャーレの建物。この辺りは普段ならスケバンがぶらついているのに、今日は人影もなくイヤに静かだ。
ほんの少し違和感を覚えながらも内部に入り、シャーレの執務室へ向かうと、そこには先生がおらず何故かシーツで簀巻きにされ口にガムテープを貼られた牛牧ジュリが一人だけ。
「えっと……何があったんですか?」
「むごご……むご!ふぐっ!」
「マアサちゃん、これじゃ喋れないからとりあえず助けないと」
マイハの言う通り、まずは拘束しているシーツを解いて手を使えるようにする。彼女は自分でテープを外すや否や、切羽詰まった様子で叫ぶ。
「せ、先生が……スケバンの皆さんに拐われてしまいました!!」
「先生が……?」
誘拐された……?そんな……早く助けに行かないと。
「えっと、落ち着いて……順番に話してもらえますか~?」
「はい……あ、まず私はゲヘナ学園で給食部をしています、牛牧ジュリです。それで今日は当番でシャーレに来ていたんですが……先生と一緒に書類仕事をこなしていたら、いきなりたくさんの不良生徒さんがここに入ってきて……とりあえず応戦したのですが、私だけでは敵わず……!」
「それで先生を連れ去られてしまいあなたは拘束されていた、と」
落ち着け、誘拐されたならすぐに害するつもりはないはず、先生は無事のはず、だから……。
「アイカちゃん、大丈夫?」
「は、はい……」
そう、今は先生をどうにか助けないと、話はそれからだ。
「うう……私がもっと強ければ、先生は……」
「いきなり大人数に襲われたのなら仕方ありませんわ、それに今から先生を取り戻せば良いだけですから」
不良生徒が何人いたのかは知らないけど相当な人数がいたみたいだし、そんな状況で不意を突かれても普通に返り討ちにできるのなんて、うちの正義実現委員会でもそんなにいないんじゃないかな。
「そうですか、それなら……!」
「うん、先生を皆で助けに行こう~」
マイハのその声に頷き、まずは先生の居場所を突き止める必要があると言うことで……連邦生徒会に連絡する。マイハは誰が出ても策は用意してあるから心配しないで、と言ったけどどうするつもりなんだろう。
〈もしもし、こちら連邦生徒会。急用じゃないなら後でかけ直してね〉
気だるそうな声に、なんかガサガサパリパリ音がする……通話相手が誰かはすぐに分かった。
「いえ、急用ですわ。先生が誘拐されましたの」
〈あ、先生じゃないじゃん。というか誘拐されたってどういうことさ?〉
正直モモカのサボり癖を知っていたから若干不安ではあったけど、とりあえず話は聞いてくれるみたいだ。ジュリから聞いたことを説明すると、彼女はというと。
〈ふんふん、なるほどねぇ。その不良が何か言ってたとかは?〉
「牛牧さん、不良生徒が言っていたことで覚えていることはございますか?」
そう聞くと、ジュリはしっかり受け答える。
「はい、確か先生を拐う時……『これで勝ちは貰った』『風紀委員会に一泡吹かせられる』『カチコミだ』と言っていたような気がします」
「……あ、そのスケバンの人たちの目的が分かったかも」
ジュリが思い出した言葉で、マイハは何かに気づいたらしい。一体なんだろうと思って耳を傾ける。
「先生の指揮がすごいってことはキヴォトスの色んなところで聞くよね。それで、不良の人たちは過去に痛い目を見せられたゲヘナの風紀委員会に、先生の手を借りてリベンジしようとしてる……そんなところじゃないかな?」
「……確かに有り得ますね」
まあ、それに先生が協力してくれるかは微妙なところだと思うけどね。でも、今大事なのはそこじゃなくて、先生の居場所だ。
〈ん、分かった。D.U.地区内の交通情報……シャーレからゲヘナ方面へ向かう車両……バイクが密集している道路……スラム街……ここだね〉
モモカにマイハの推理を伝えると、カチカチと機器に入力する音が数分ほど断続的に続いて、そしていくつかD.U.地区とゲヘナ自治区の境界付近の座標が送られてきた。
〈そのうちのどこかに先生がいるはず。先生が戻ってこないと落ち落ち仕事もサボれないからね、頼んだよ諸君〉
「あ、えっと……ありがとうございます」
〈ん、それじゃあね〉
通信がそこで途切れ、あとは任せたということらしい。
「では、皆さん。先生奪還作戦、開始いたしますわよ」
「「おーー!」」
連れ去られてしまった先生を取り戻すため、シャーレを出てロイアルティー号に乗り込み、早速目標地点のひとつへと向かっていった。
5thPV見たんですが、トリニティの文化祭?でしょうか。楽しそうじゃないですか!
もうちょっと早く見たかったですが……!だって士官候補生三人でアイドル的なライブとかお菓子販売とか他の出し物巡るとか、文化祭があるならやりたいことはたくさんありましたからね!
追記:この話の時系列は4章の後半辺り、原作だとパヴァーヌ2章辺りなのでまだキヴォトスの危機も来ていない頃です